月原さんの憑き物祓い 画霊

珈琲妖怪

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13「SHIN」

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13「SHIN」

――見たことがある
 桂の言葉に華名子は驚きを隠せない。いや、驚きすぎて言葉が出ないのだ。まさか本当に手がかりが見つかるとは思っていなかったのだ。
――本当ですか? どこで? だれが……
 聞きたい事は山ほどあるが、言葉がでない華名子に代わってムツミが口を開いた。
「へー、やるじゃん。それで、どこで見たの」
 桂はじっと華名子を見つめながら
「それがどこだったかな――」と頭を掻いている。
「それが分からないなら意味ないでしょ? よく思い出して。どこであの絵を見たのよ」
 そういうと、桂は不思議そうな顔をした。
「へ? 絵……ああ、違う違う。えーと、池内さんだよね。君のことだよ。どっかで会ったよね」
 桂は華名子に視線を送った。どうやら絵の事ではなく、華名子の事を見たことがある、と言うことだ。胸を撫で下ろす華名子だが、目の前にムツミの顔がみるみるうちに赤くなってくる。ムツミは照れたり緊張したりすると、顔がすぐ赤くなる。そして、怒ったときも――
「桂! あんた、自分の女の前で後輩を口説くなんてどういう神経してるのよ!」
「ち、違う、誤解だって! ただどこかで――」
「あたしの後輩なんだから何度も見た事あるに決まってるでしょうが! もういい、あっち行け!」
「そういう事じゃなくて、おい、ムツミ落ち着けって」
「うるさい! 早くいって!」
 ムツミは近くにあったティッシュ箱を掴むと、まずいと思ったのか桂はそそくさと元の部屋に戻っていってしまった。
 荒く息をするムツミを見て、華名子は大学時代もこんな事がよくあったと思い出した。明るく華やかで、一見さっぱりした性格をしているが、実はかなり嫉妬深く、浮気を疑ったムツミが桂を追い掛け回している光景は日常茶飯事だった。その全てが勘違いだったと、後に結から聞かされていた。
 ムツミはキッチンに置いてある飲みかけの麦茶を飲み干すと、落ち着いたのか、まだ頬を赤らめながら席に戻った。
「池ちゃん、ごめんね。うちの馬鹿が……」
「いえ、いいんです。気にしないで下さい」
「でも、いい絵だね。もう一回見せてよ」
 華名子は言われるがままにひまわりの絵を見せた。
「――私はこのままでもいいような気がするけどね。アンバランスも魅力の一つだし。でも本当に上手だね……これだけ描ける人は中々いないよ。もし、本気で探すなら、学生から当たるのは効率が悪いよ。その道で食べてる人を当たったほうがいいんじゃない?」
「八木さんはその道の人なんですか?」
 月原は静かに口を開いた。
「私もまだ、それ一本では無理だけど、ある程度はお金ももらえるようになってるよ。そうだ、月原ちゃん、美大志望なんだよね。折角OB訪問してるなら、私の絵、見てみる? 今度のOB展にも実は偶然、ひまわりの絵をだすんだ」
「いえ――
「あー! 先輩! すいません
 月原の声に被せるように華名子は大きな声を出した。どうせ、その言葉の先はろくでもないものに決まっている。
「どうしたの、いきなり大きな声出して!」
 ムツミも目を丸くしている。
「あの私達、一旦学校に戻らなくちゃいけなくて、そろそろ夕方だし、混みますよね!」
「そ、そっか。じゃあ仕方ないね。またOB展やるから、その時観にきてよ」
「はい、是非。ね、月原さん」
 華名子が少し強い口調で言うと、無表情で「楽しみにしています」と言った。

 華名子と月原は狭い玄関で並んで靴を履くとムツミに礼を言った。
「忙しいのに、ありがとうございました。OB展頑張ってください」
 隣の月原も言葉に合わせてお辞儀をした。
「力になれなくてごめんね。またいつでも遊びに――
 ムツミが言い終わる前に奥の部屋の扉が乱暴に開かれる音がした。先程部屋に押し込められた桂だろう。
「うるさいなー、ちょっと桂! 隣からまた苦情がくるよ」
 ムツミが振り返り怒鳴っているが、桂はお構いなしに玄関にやってきた。その手には一枚の紙をひらひらさせていた。
「やっぱり、見た事あると思ったんだよ」
「あんたねぇ……だから、何度も池ちゃんとは会ってるでしょ」
 華名子と桂は何度も顔を合わせた事はあるが、あまり話したことも無い。桂があまり印象に残っていないのも無理は無い。華名子も愛想笑いをしてお暇しようとするが――
「ほらほら、これだよ」
 桂は手に持っていたチラシをムツミに見せると、みるみるうちに表情が変わっていく。
「あー、そういう事」
「な、よく似てるだろ?」
 華名子はその言葉に背筋が凍りつくような、嫌なものを覚えた。今すぐにこの場を去りたくなったが、月原は既に桂から紙を受け取ってしまった。
 紙は小島が昔、開催したグループ展の情報が載っていた広報誌だ。開催年月日を見ると、ちょうど華名子が入学する一年前でそこには、携わるメンバーの集合写真があった。
 華名子が見知った顔も当然ある。主催の小島、当時のムツミや助っ人の桂などの先輩達。そして――
「この人、先生によく似ていますね」
 月原が指をさしたのは、集合写真の一番端に写る、やせた男だった。
「そうそう、似てるだろ」
 桂が得意げに胸を張った。
「確か、この頃までよく小島先生のヘルプに来てたよね……名前は」
 名前を思い出せないムツミに代わり、桂がサポートメンバーの名前の欄を指差した。そこにはローマ字でSHINと書かれていた。
「そうそう、シンさんだ。あの人無口で存在感無いから忘れてた。そういえば、一回だけこの人の絵を見たことがあるけど、すっごく上手だったわ」
「絵の上手いとか良くわかんないけど、俺は人の顔と名前は忘れないからな、誰かさんと違って。小島先生の友達らしいぜ」
 嫌味を言う桂にムツミが肘うちをする姿を見ても、ぴくりとも反応せず、月原は更に続けていく。
「この人は、先生の関係者なんですか」
 皆が一斉に華名子の顔を見るが、声が上がってこない。それどころか胃の方へ落ち込んでしまっているようだ。体が、心が凍り付いていく。
 そんな華名子の異変に気付かず、桂は
「確か、シンさんって、本名は池内進(すすむ)だったな。進だからシン、って結構単純だよな。って事は池内さんの親父さん――」
「桂!」
 桂は謎を解き明かし、上々な気分だったが、ムツミの声で周囲の空気に気付いたらしく焦って頭を掻きはじめた。
「あ、あんた、適当な事言ってんじゃないの」
 ムツミも目が泳いでいる。事情は知らないだろうが、華名子にとって触れられたくない事。それは凍りついた華名子の顔を見て察しがついたようだ。
「そんな事ないって、俺たち男メンバーって結構仲良くって、それに俺、シンさんの――」
 桂の言葉が終わる前に、華名子は月原の腕を掴み、玄関を飛び出した。
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