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3「美術部の生徒」
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3「美術部の生徒」
華名子は午前中の授業を終えると、昼食もとらず、鞄を持ち駐車場へ向かっていた。昼の授業は一コマ空くので、少し時間がある。
車に乗り込むと、美術部員の佐々木理穂が入院している病院に向かった。事前に佐々木の母には電話では伝えている。先に見舞いに行った生徒の話からすると、一日中殆ど付き添っているのだという。
詳しい病状は分からないが、急に倒れてから意識が戻らないという。佐々木が倒れたのは四月の中頃。美術室で倒れている所を他の部員が発見した。
華名子も当初はコンクールのために根を詰めていたので、過労で倒れたのだろうと甘い予想をしていたが、それが今の今まで意識が戻らないのだ。
原因不明とはいえ、部活中に起きた事なので、気まずさを引きずりながら華名子は病室の扉をノックした。
華名子を迎え入れてくれたのは佐々木の母親だった。心労からだろうか、ひどくやつれていた。定型文のようなお見舞いの言葉を告げ、果物を渡すと、ベッドで眠る佐々木の下へ案内された。
「理穂、池内先生が来てくださったわよ」
佐々木の母は優しくも悲しげな表情だ。
「こんにちは、佐々木さん」
華名子もどう声をかけていいか迷うが、先輩職員はそういう時は何も喋らなくてもいいと言っていたので、ただ黙って佐々木の顔を見つめた。
肌はほんのりと赤みが差している。どう見てもただ眠っているようにしか見えず、肩でも揺さぶってやると「うるさいなー、もう少し寝かしておいて」と文句でも言いそうだ。
そんな事を考えていると、母親が口を開いた。
「体は――元気みたいなんですが、どうしても意識だけが戻らなくて」
「そうなんですか……」
「この前美術部のお友達がお見舞いに来てくれて……みんな忙しいのに、本当に親として嬉しい限りです」
「理穂さんはいつも明るくて、人気者でしたから。みんな待ってるわよ」
華名子がそういうと、母親は顔を抑えて泣き出してしまった。華名子は肩を支え、ベッドの横の椅子に座らせた。
「心中お察しします」
子供もいない華名子は悲嘆に暮れる母親にどう声をかけて言いか分からず、落ち着くまで背中を擦ってやるしかなかった。
暫くすると、ようやく落ち着いた母親は目を真っ赤にしながら華名子に礼を言った。
「先生、ごめんなさいね。折角お見舞いにきてくれたのに」
「いえいえ、とんでもないです。今はお辛いでしょうが、きっとすぐに元気になりますよ」
そう言うと、華名子は理穂の頬に静かに触れ
「早く元気になってね。学校で――みんなで待ってるからね」
母親も心なしか嬉しそうな顔をしている。きっと、これで正解なのだ。華名子は自分の立ち振る舞いに問題が無かったと、心の中で安堵の溜息をついた。
午後の授業の時間が迫ってきているので、また見舞いに来ると告げ華名子は席を立った。
「お忙しい中、ありがとうございました」
母親が深々と頭を下げた。
「そんな、気にしないでくさい」
「いえいえ、理事長先生に続けて顧問の先生まで来てくださって――」
「え? 理事長がですか」
華名子は思わず口を開いてしまった。
「ええ、今日の午前中に――」
しかし、普通に考えると、自分の学校の生徒が原因不明の病気で倒れて入院しているのだ。別に理事長が見舞いに来ても何もおかしな事はないだろう。華名子はもう一度挨拶をして帰ろうとしたが
「生徒さんと一緒に」という母親の一言が引っかかってしまった。
「生徒、ですか?」
何故、理事長が生徒と一緒に――
「私は知らない子だったけど、理穂の友達なのかしら……確か、理事長先生が芹さんって読んでいたような」
芹――確か、月原の下の名前だ。なぜかは知らないが、理事長が多大なる便宜を図っている、自分のクラスの生徒だ。
何故、月原が、と考えても仕方ない。何か事情があるのだろう。考えても分からないし、知りたくもない。変な事に首を突っ込んでも面倒なだけだ。
華名子は話を区切り、挨拶をして病室を後にした。
学校へ戻り残りの授業を済ませると、HRをして終わりだ。
生徒達が教室に集まっていたが、月原は居なかった。しかし、きっと何か事情があるのだろう。周囲の生徒も気にしている様子はない。月原が急にいなくなる事は珍しいことではない。華名子は気にも留めずにHRを終えると、職員室へ戻っていった。
職員室に戻ったが、またすぐに美術部の指導の為に美術室だ。一服するくらいは許されるだろうと、華名子はインスタントコーヒーを淹れ、席へ座った。
「お疲れ様です池内先生」
「萩尾先生もお疲れ様です。先生もコーヒーのみますか?」
萩尾は疲れた顔をしながら首を横に振った。
「大丈夫ですよ。これからすぐに野球部の練習なんです。それにちょっと胃が、ね」
萩尾は昔、野球少年だったからと、この青葉学園の野球部の顧問を押し付けられている。外部の監督は居るが、その監督も中々気難しい人物なので、生徒と監督の間で板ばさみの状態だと言いながら、胃薬を飲んでいた事を思い出した。
「すいません、そういえば胃が痛いと」
萩尾は力なく笑いながら、気だるそうに職員室を出て行った。
その背中を見送りながら、自分の美術部は特にトラブルも無く、どちらかと言えば緩い方の部活で本当に良かったと華名子は安堵した。
美術部の多くの部員は運動が嫌いだから、楽そうだからという理由で入部してきている。昔は真剣に絵を描きたいという生徒と楽そうだからと入部した生徒でひと悶着あったそうだが、華名子が顧問になった頃には各自が好きなようにやるという形で収まっていた。
やる気が無くても、絵を描かなくても良いが、真剣にやっている者の邪魔をしなければ良いとう方針は随分楽なものだ。その分指導する生徒が減るのだから。
そして浮いた時間と体力は残りの真剣な生徒に注げばいいのだ。
今入院している佐々木理穂は真剣な生徒だった。中学生まではバレーボールをしていたようだが、膝を故障してしまい、高校生になってから美術部に入った。
当初はやる気がなかったが、試しに描かせてみたデッサンが思いのほか上手く、華名子が少し力を入れて指導すると、佐々木も絵の楽しさに気付き、あっという間にのめりこむようになっていた。
コーヒーを飲みながら、佐々木の事を思い出していると、ふとどこからか自分の名前を呼ぶ声が耳に入った。
あたりを見回すと、生徒が職員室の扉を少し開け、華名子を見つめていた。華名子は自分に指をさすと、生徒は嬉しそうに首を縦に振った。
華名子が手招きすると、「失礼しまーす」と小さな声で挨拶して生徒が職員室の中に入ってきた。扉の近くの体育教師に声が小さいと叱られながら近づいてくるのは美術部の部長の綾瀬だった。
「どうしたの? 綾瀬さん」
綾瀬は困ったような顔をして口を開いた。
「池ちゃん、あのね」
「こら、池内せんせいでしょ」
華名子がたしなめると、綾瀬はしまったという顔をしていた。華名子と親しい生徒やフランクな――礼儀をわきまえていない生徒は華名子の事を池ちゃんや池ちゃん先生と呼んでいた。本当は注意するべきなのだろうが、こんな事で生徒と軋轢を生んでも仕方ないし、生徒とは上手くやる事に越したことは無いので、美術室の中だけは許容しているのだ。
「ごめんなさい、池、内先生」
「はいはい、それでどうしたの、部活の時間でしょう?私もそろそろ行こうかと――」
「その事なんだけど、今日は部活休みなの?」
綾瀬が不思議そうな表情をして尋ねた。しかし、華名子はもっと不思議そうな表情をして綾瀬に返した。
「どうして? 今日は普通に部活の日だけど」
「そうだよね、先生、休みなんて言ってないよね。さっきね、美術室で準備してたら急に教頭先生が来て、今日は休みにするから帰りなさいって――」
華名子が教頭の席を見ると、姿は無い。そんな話は一言も聞いていない。部活を中止にする事は構わないが、流石に理由くらいはきちんと説明してもらわないと、目の前にいる綾瀬は納得しないだろう。
綾瀬も佐々木と同じく真剣に絵に取り組んでいる生徒で、コンクールに出品する作品の製作がしたいのだろう。
華名子は教頭に事情を尋ねるため、探しに行こうとすると、その目的の人物がタイミングよく戻り、席に座った。
「綾瀬さん、ちょっと聞いてくるから、職員室の外で待ってて」
「はーい」
綾瀬が大人しく職員室を出る姿を見届け、華名子は教頭の下へ足を運んだ。
「お疲れ様です教頭先生」
「あ、池内先生。ちょうど良かった、今日は美術部は休みです」
そういうと教頭はメガネを外し、拭きだした。華名子はこの神経質で上のご機嫌ばかりとっている男が心底嫌いだった。本当は話もしたくないが、仕方ない。
「それは先程綾瀬さんから聞きましたが……何か理由が」
華名子がそういうと、教頭はぎょろりとした気持ちの悪い目で睨みつけて言った。
「知りませんよ! 理事長からのお達しで、今日は美術室を使うから空けておいて欲しいといわれたんです」
まるで華名子に対して、怒っているのかのような態度に内心毒を吐くが、そんな事を言って立場を悪くする気は無い。ただ「そうですか」と頭を下げるしかないのだ。
華名子はそう言うとさっさとその場を離れ、職員室前で待つ綾瀬の元へ向かった。
「――というわけで、理事長先生が何か、御用があるみたいなの」
「えー! なんで」
「じゃあ私たちはどこで絵を描いたらいいんですか」
「みんなで文句いってやろうよ」
職員室前には綾瀬だけでなく、他にも部活を楽しみにしていた生徒が集まっていた。綾瀬の声に呼応するかのように次々と不満を口にしている。
こんな事、教頭や口うるさい他の教師に聞かせるわけにもいかない。
「みんな、気持ちは分かるけど、ここで騒いだら池ちゃ――池内先生の迷惑になっちゃうよ」
華名子の困った表情を察してか、部長である綾瀬が制止すると、ようやく静かになった。こう言う時は、やはり生徒と仲良くやっていて良かったと思える数少ない瞬間だ。
「みんな、本当に悪いけど今日は部活中止ね。でもまた明日も中止ってなったらコンクールも近いし困るから、私がちゃんと事情を聞いておきます。だから、今日は、ね」
華名子が顔の前で手を合わせると、部員達も諦めたかのように帰って行った。
しかし、これで一件落着とはいかない。華名子は内心気後れしながらも、事情を尋ねる為に美術室へ重い足を向けた。
華名子は午前中の授業を終えると、昼食もとらず、鞄を持ち駐車場へ向かっていた。昼の授業は一コマ空くので、少し時間がある。
車に乗り込むと、美術部員の佐々木理穂が入院している病院に向かった。事前に佐々木の母には電話では伝えている。先に見舞いに行った生徒の話からすると、一日中殆ど付き添っているのだという。
詳しい病状は分からないが、急に倒れてから意識が戻らないという。佐々木が倒れたのは四月の中頃。美術室で倒れている所を他の部員が発見した。
華名子も当初はコンクールのために根を詰めていたので、過労で倒れたのだろうと甘い予想をしていたが、それが今の今まで意識が戻らないのだ。
原因不明とはいえ、部活中に起きた事なので、気まずさを引きずりながら華名子は病室の扉をノックした。
華名子を迎え入れてくれたのは佐々木の母親だった。心労からだろうか、ひどくやつれていた。定型文のようなお見舞いの言葉を告げ、果物を渡すと、ベッドで眠る佐々木の下へ案内された。
「理穂、池内先生が来てくださったわよ」
佐々木の母は優しくも悲しげな表情だ。
「こんにちは、佐々木さん」
華名子もどう声をかけていいか迷うが、先輩職員はそういう時は何も喋らなくてもいいと言っていたので、ただ黙って佐々木の顔を見つめた。
肌はほんのりと赤みが差している。どう見てもただ眠っているようにしか見えず、肩でも揺さぶってやると「うるさいなー、もう少し寝かしておいて」と文句でも言いそうだ。
そんな事を考えていると、母親が口を開いた。
「体は――元気みたいなんですが、どうしても意識だけが戻らなくて」
「そうなんですか……」
「この前美術部のお友達がお見舞いに来てくれて……みんな忙しいのに、本当に親として嬉しい限りです」
「理穂さんはいつも明るくて、人気者でしたから。みんな待ってるわよ」
華名子がそういうと、母親は顔を抑えて泣き出してしまった。華名子は肩を支え、ベッドの横の椅子に座らせた。
「心中お察しします」
子供もいない華名子は悲嘆に暮れる母親にどう声をかけて言いか分からず、落ち着くまで背中を擦ってやるしかなかった。
暫くすると、ようやく落ち着いた母親は目を真っ赤にしながら華名子に礼を言った。
「先生、ごめんなさいね。折角お見舞いにきてくれたのに」
「いえいえ、とんでもないです。今はお辛いでしょうが、きっとすぐに元気になりますよ」
そう言うと、華名子は理穂の頬に静かに触れ
「早く元気になってね。学校で――みんなで待ってるからね」
母親も心なしか嬉しそうな顔をしている。きっと、これで正解なのだ。華名子は自分の立ち振る舞いに問題が無かったと、心の中で安堵の溜息をついた。
午後の授業の時間が迫ってきているので、また見舞いに来ると告げ華名子は席を立った。
「お忙しい中、ありがとうございました」
母親が深々と頭を下げた。
「そんな、気にしないでくさい」
「いえいえ、理事長先生に続けて顧問の先生まで来てくださって――」
「え? 理事長がですか」
華名子は思わず口を開いてしまった。
「ええ、今日の午前中に――」
しかし、普通に考えると、自分の学校の生徒が原因不明の病気で倒れて入院しているのだ。別に理事長が見舞いに来ても何もおかしな事はないだろう。華名子はもう一度挨拶をして帰ろうとしたが
「生徒さんと一緒に」という母親の一言が引っかかってしまった。
「生徒、ですか?」
何故、理事長が生徒と一緒に――
「私は知らない子だったけど、理穂の友達なのかしら……確か、理事長先生が芹さんって読んでいたような」
芹――確か、月原の下の名前だ。なぜかは知らないが、理事長が多大なる便宜を図っている、自分のクラスの生徒だ。
何故、月原が、と考えても仕方ない。何か事情があるのだろう。考えても分からないし、知りたくもない。変な事に首を突っ込んでも面倒なだけだ。
華名子は話を区切り、挨拶をして病室を後にした。
学校へ戻り残りの授業を済ませると、HRをして終わりだ。
生徒達が教室に集まっていたが、月原は居なかった。しかし、きっと何か事情があるのだろう。周囲の生徒も気にしている様子はない。月原が急にいなくなる事は珍しいことではない。華名子は気にも留めずにHRを終えると、職員室へ戻っていった。
職員室に戻ったが、またすぐに美術部の指導の為に美術室だ。一服するくらいは許されるだろうと、華名子はインスタントコーヒーを淹れ、席へ座った。
「お疲れ様です池内先生」
「萩尾先生もお疲れ様です。先生もコーヒーのみますか?」
萩尾は疲れた顔をしながら首を横に振った。
「大丈夫ですよ。これからすぐに野球部の練習なんです。それにちょっと胃が、ね」
萩尾は昔、野球少年だったからと、この青葉学園の野球部の顧問を押し付けられている。外部の監督は居るが、その監督も中々気難しい人物なので、生徒と監督の間で板ばさみの状態だと言いながら、胃薬を飲んでいた事を思い出した。
「すいません、そういえば胃が痛いと」
萩尾は力なく笑いながら、気だるそうに職員室を出て行った。
その背中を見送りながら、自分の美術部は特にトラブルも無く、どちらかと言えば緩い方の部活で本当に良かったと華名子は安堵した。
美術部の多くの部員は運動が嫌いだから、楽そうだからという理由で入部してきている。昔は真剣に絵を描きたいという生徒と楽そうだからと入部した生徒でひと悶着あったそうだが、華名子が顧問になった頃には各自が好きなようにやるという形で収まっていた。
やる気が無くても、絵を描かなくても良いが、真剣にやっている者の邪魔をしなければ良いとう方針は随分楽なものだ。その分指導する生徒が減るのだから。
そして浮いた時間と体力は残りの真剣な生徒に注げばいいのだ。
今入院している佐々木理穂は真剣な生徒だった。中学生まではバレーボールをしていたようだが、膝を故障してしまい、高校生になってから美術部に入った。
当初はやる気がなかったが、試しに描かせてみたデッサンが思いのほか上手く、華名子が少し力を入れて指導すると、佐々木も絵の楽しさに気付き、あっという間にのめりこむようになっていた。
コーヒーを飲みながら、佐々木の事を思い出していると、ふとどこからか自分の名前を呼ぶ声が耳に入った。
あたりを見回すと、生徒が職員室の扉を少し開け、華名子を見つめていた。華名子は自分に指をさすと、生徒は嬉しそうに首を縦に振った。
華名子が手招きすると、「失礼しまーす」と小さな声で挨拶して生徒が職員室の中に入ってきた。扉の近くの体育教師に声が小さいと叱られながら近づいてくるのは美術部の部長の綾瀬だった。
「どうしたの? 綾瀬さん」
綾瀬は困ったような顔をして口を開いた。
「池ちゃん、あのね」
「こら、池内せんせいでしょ」
華名子がたしなめると、綾瀬はしまったという顔をしていた。華名子と親しい生徒やフランクな――礼儀をわきまえていない生徒は華名子の事を池ちゃんや池ちゃん先生と呼んでいた。本当は注意するべきなのだろうが、こんな事で生徒と軋轢を生んでも仕方ないし、生徒とは上手くやる事に越したことは無いので、美術室の中だけは許容しているのだ。
「ごめんなさい、池、内先生」
「はいはい、それでどうしたの、部活の時間でしょう?私もそろそろ行こうかと――」
「その事なんだけど、今日は部活休みなの?」
綾瀬が不思議そうな表情をして尋ねた。しかし、華名子はもっと不思議そうな表情をして綾瀬に返した。
「どうして? 今日は普通に部活の日だけど」
「そうだよね、先生、休みなんて言ってないよね。さっきね、美術室で準備してたら急に教頭先生が来て、今日は休みにするから帰りなさいって――」
華名子が教頭の席を見ると、姿は無い。そんな話は一言も聞いていない。部活を中止にする事は構わないが、流石に理由くらいはきちんと説明してもらわないと、目の前にいる綾瀬は納得しないだろう。
綾瀬も佐々木と同じく真剣に絵に取り組んでいる生徒で、コンクールに出品する作品の製作がしたいのだろう。
華名子は教頭に事情を尋ねるため、探しに行こうとすると、その目的の人物がタイミングよく戻り、席に座った。
「綾瀬さん、ちょっと聞いてくるから、職員室の外で待ってて」
「はーい」
綾瀬が大人しく職員室を出る姿を見届け、華名子は教頭の下へ足を運んだ。
「お疲れ様です教頭先生」
「あ、池内先生。ちょうど良かった、今日は美術部は休みです」
そういうと教頭はメガネを外し、拭きだした。華名子はこの神経質で上のご機嫌ばかりとっている男が心底嫌いだった。本当は話もしたくないが、仕方ない。
「それは先程綾瀬さんから聞きましたが……何か理由が」
華名子がそういうと、教頭はぎょろりとした気持ちの悪い目で睨みつけて言った。
「知りませんよ! 理事長からのお達しで、今日は美術室を使うから空けておいて欲しいといわれたんです」
まるで華名子に対して、怒っているのかのような態度に内心毒を吐くが、そんな事を言って立場を悪くする気は無い。ただ「そうですか」と頭を下げるしかないのだ。
華名子はそう言うとさっさとその場を離れ、職員室前で待つ綾瀬の元へ向かった。
「――というわけで、理事長先生が何か、御用があるみたいなの」
「えー! なんで」
「じゃあ私たちはどこで絵を描いたらいいんですか」
「みんなで文句いってやろうよ」
職員室前には綾瀬だけでなく、他にも部活を楽しみにしていた生徒が集まっていた。綾瀬の声に呼応するかのように次々と不満を口にしている。
こんな事、教頭や口うるさい他の教師に聞かせるわけにもいかない。
「みんな、気持ちは分かるけど、ここで騒いだら池ちゃ――池内先生の迷惑になっちゃうよ」
華名子の困った表情を察してか、部長である綾瀬が制止すると、ようやく静かになった。こう言う時は、やはり生徒と仲良くやっていて良かったと思える数少ない瞬間だ。
「みんな、本当に悪いけど今日は部活中止ね。でもまた明日も中止ってなったらコンクールも近いし困るから、私がちゃんと事情を聞いておきます。だから、今日は、ね」
華名子が顔の前で手を合わせると、部員達も諦めたかのように帰って行った。
しかし、これで一件落着とはいかない。華名子は内心気後れしながらも、事情を尋ねる為に美術室へ重い足を向けた。
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