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4話 動きだした悪魔
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「さっきは、すまなかった」
「良いんです。気にしていませんから」
あたしは下を向いたままそう言った。
今は神さんは運転中だから、平気なんだけど当分神さんの顔がまっすぐと見られない。
罪悪感で一杯だ。
知世のいない今、下手なことを言えば神さんにまた疑われたしまう。そんなことになれば、あたしは正直に全てを告げてしまうだろう。せっかく知世のフォローのおかげでなんとか誤魔化せたって言うのに……。
神さんと節さんの会話を聞いた時から、薄々気づいていたって事にしている。
そしてあたしは神さんに正式なガードの依頼を頼んで穏便にすんだ。嘘はついていないけれど、なんか後味が悪い。
知世と違ってこういうこと苦手なんだよね。すぐ顔に出ちゃうんだ。
「な、深沙湖」
「はい」
「お前はあのスイーパーが憎いか?」
「え?」
神さんの突然の質問にあたしはキョトンとして思わず神さんを見上げてしまった。
そんなこと考えたことなかった。確かにあいつのことは一時も忘れたことはなかったけれど、憎いとかそう言う思いはなかった。だってあたしは両親が死んでからも何一つ不自由なく育ったし独りぼっちになったことなんてない。
おじいちゃんが両親の代わりをしてくれた。舎弟達はお兄ちゃん代わりだった。運動会の時はおじいちゃんと舎弟達が、応援に来てくれたから寂しくはなかった。
神さんの横顔は、真剣である。
「深沙湖の幸せな生活を奪い、今度は命とそれから」
馬那斗の命を奪おうとしている。って続くのだろう。
その馬那斗は後ろの席で大人しく読書をしているようだ。
馬那斗だって今は幸せなんだろう。叔父さん夫婦は馬那斗のことを実の息子のように可愛がっている。
もしかして神さんは、あたしがあいつを憎いなんた言ったら殺すつもりなんじゃ?
あたし達の所にも、あたしと同じような過去を持った人が依頼に来る。
復讐して下さいって。気持ちは痛いほど解るんだけど、あたし達はなるべく殺さずにすむ方法を探している。いくら悪人でも人である以上、人が人を殺してはいけないと思う。 依頼人だって絶対後悔する。感情がある人ならば。
だけど最悪の場合は殺すことだってある。
この場合はまだ解らない。どっちの方があたし達にとって良いのか。
このまま野放しにしていたら、馬那斗が北海道に帰れば簡単に殺されてしまう。馬那斗が死んだらあたしも叔父さん夫婦もたくさんの人が悲しむ。
それにあたしと同じ想いをする人が出てくる可能性だってある。
あたしはたまたまそれからが恵まれていたから良かった物のそうとは限らない。第一お金のためだけに、罪のない人達の命を奪うなんて許せないこと。
そう考えると最悪の手段を選ばれざれなくなる。
しかしあたしにはそんな権限が言える立場ではない。
理由がどうあれ、あたしも神さんもあいつと変わらないのだ。
スイーパーに正義なんかない。全てが悪魔に魂を売ってしまった堕天使だ。
神さんも遙さんだってそれぐらいは解っているはず。それでも警察のやり方の甘さに納得いかずスイーパーに転職したんだと思う。
実は神さん達の両親もあたしと同じようにスイーパーの殺し現場を目撃したため、殺されたらしいの。
だから同じようなあたしのガードを率先して引き受けて、優しくしてくれただけなのかも?
なのにあたしと来たら神さんの後を追うと言うだけで、こちらの世界に入ったなんて我ながら大胆だなって最近思う。あの頃のあたしはなんとしてでも神さんに近づきたかった。
だから知世が神さんはスイーパーになっていると聞かされた時、周囲がどんなに反対してもおじいちゃんにぶたれたもあたしの意志は変わらなかった。
あの時あたしはまだ中二だった。普通の子だったら遊びに恋愛の楽しさが解り始めた思春期だっただろう。
神さんと再会した時足手まといにならないためだったら、どんなに好きなことでも我慢出来た。でもだんだん解ってきた。おじいちゃんが猛反対していた意味も。
これは遊びじゃないこと。犯罪者になること。警察に捕まれば、法律で罰せられる。
だからあたしは何も答えず、黙っていることにしていた。
神さんもそれ以上何も言わなかった。
きっと勘違いされていると思うけれど仕方がない。
「お姉ちゃんのパパとママってどんな人だった?」
お墓でお参りをしていると、馬那斗はあたしにそう尋ねる。
神さんにも手伝ってもらったおかげで、いつもの数倍綺麗になったお墓。
天国にいる父さん、母さん。馬那斗はもう十歳になりました。あの時のあたしと同い年です。すっかりお兄さんになっちゃって、成績優秀らしいです。あたしも馬那斗も離ればなれで暮らしているけれども、元気で楽しくしているので心配しないで下さい。そして天国からあたし達を見守っていて下さい。
またこうやって三人でお墓参り出来たらいいな。
あ、今度はおじいちゃんも一緒に。
おじいちゃん母さん達が殺されたことを自分の責任でもあると思って一度もお墓に来たことがない。もし自分が事前にスイーパーのことに気が付いていれば、殺されなくてすんだといつもあたしに申し訳なさそうに言っている。あたしはもちろんそんな風には思っていない。
「優しい人だったよ。一緒に遊んでくれたり相談にも乗ってくれた良い両親なんだ」
「そうなんだ。僕も会いたかったな」
一瞬馬那斗の顔が、悲しそうな顔に変わった気がした。
やっぱり馬那斗の様子がさっきからおかしい。
何かあったんだろう?
そんなことを考えていると、突然殺気がした。
誰かに狙われている。
「深沙湖、馬那斗。伏せろ」
神さんの叫び声と同時にあたしは、呆然としている馬那斗をかばいながら墓石に身を寄せた。気配は右横のしげみの方からするから、この位置に隠れていれば安心である。
ドゥ~ギュ~ン
鈍い銃声が墓場全体に響き渡る。
思った通り着弾は右横から発砲されたようだ。
あたしは馬那斗の耳を塞ぎながら抱きしめた。馬那斗の体は震えている。あたしは慣れているから平気だけど、馬那斗にしてみればこうなるのも当たり前である。
やっぱりここに来るのは失敗だった?
神さんは拳銃を構え辺りを見回している。
いつもはあたしの仕事だけど、今回はガードされる側。今回は馬那斗の支えになることだけ考えればいい。
多分馬那斗にとってこの数日間は忘れられない、最悪忘れられないのい出になるだろう。あたしはそれを少しでも良い思い出に替えてあげたい。十年前のあたしと同じように。あたしは悲しい思い出と良い思い出が同じぐらいある。
これもそれも神さんのおかげなんだよね。だから今度はあたしが馬那斗にしてあげる番。
「馬那斗大丈夫だよ。神さんに任せておけば。そしてあたしが命をかけて守から」
もう大切な人達を絶対目の前で失いたくない。
あの時そう思ったのに、あたしは二度もそんな思いをしたのだ。あたしの高校時代の思い出が蘇る。
それはあたしと知世が高三の夏休みだった。あたし達の担任だった尚弥先生が知世を庇い死んでしまった。
尚弥先生の家庭は戦国時代から続く怪盗一族で、尚弥先生は教師の傍ら弱きを助ける怪盗だった。あたし達の正体も知っていた。本当に生徒思いな熱血先生で、良くあたしの仕事を手伝ってくれていた。
だから死んだの。
あの時あたしが側にいたのに、あっけなく銃で撃たれてしまった。あたしと来たらあの頃とまるで変わってなかった。どんなにスイーパーの名が有名になってもなんの意味もない。あたしったら少しぐらい有名になったからって、ちょっと調子に乗っていた。
大切な人を守れないなんて。悔しくて悲しい思いだった。
でも一番ショックだったのは知世なのかもしれない。愛する人が自分のせいで死んでしまったから。好きだったのに正直に好きと言えないまま死んでしまったから。
知世の涙を見たのは素直な少女になったは、あの時の一度切りだった。
次の日知世はいつもの毒舌で疑り深い知世に戻っていたけれど、今もまだ尚弥先生のことが忘れられないと思う。だってたまに知世の枕が濡れているから、尚弥先生の話をすると一瞬動揺をするんだもん。
だから今度こそは絶対に、守ってみせる。あたしの世界で一番大切な弟だから。
「深沙湖、馬那斗。先に車に行って待ってろ」
神さんは車のキーをあたしに放り投げ、走り出した。
あいつを見つけたようだ。ひとまずこの場は安心。まさかあいつに仲間がいるとは思えない。しかも相手が神さんと来れば相手が悪い。裏のNO1を狙うか、怖い物知らずの人なら話は別なんだけどね。
スイーパーとしての地位と名誉を奪われた相手なんだから、誰の手も借りずにあたし達を殺すはず。
「馬那斗君、歩ける?」
「うん。でも今のは何だったの?」
馬那斗の問いにあたしは戸惑う。
何も知らない馬那斗にとっては、さっきのことがどうして起きたのか解らないのは当然だ。これからのためにも何か良い言い訳をしなければいけない。でも十歳を狙うなんて、普通あり得ない話である。
ならば、
「家に帰ったら説明するわ。今は神さんの指示に従いましょう」
時間稼ぎをして知世に相談しよう。
「そうだね」
素直に頷く馬那斗。
聞き分けの良い子である。
そんなことをしていると、携帯の音が鳴り出した。この着信音は知世からだ。
あたしはイヤホンを付け小型マイクの電源を入れた。これも知世の発明品。電話をしても両手が使えるなら市販もされているけれど、これはどんな地下だろうが山奥だろうが電波が一本でも立っていれば通話は乱れない。他にはソーラーバッテリーとソーラー電池。これさえあれば電池がなくなるトラブルは解消出来る。
「知世、どうしたの?」
『深沙、神は近くにいる?』
「いないよ、あいつを追っている」
『それじゃ、襲われたの?』
「狙撃された」
『そう。それでか、神の車に爆薬の仕掛けた反応が出てたんだ』
「え?」
『多分鍵を開けると爆発すると思う。仕掛けた場所はトランク見たい。爆弾処理係手配しといたから。だから気お付けてね』
ツーツーツー
それだけ言って電話は切れてしまった。あたしは目が点になる。
爆弾処理係?知世の推薦する程の腕が良い爆弾処理係ってことは、おじいちゃんの舎弟でもある広土さんよね。
広土さんはあたしと三つ違いで舎弟の中では一番下だけど、爆弾処理や武器のメンテナンスの腕は知世以上の物を持っている。その広土さんが来てくれたら百人引きだ。
「お嬢、お久しぶりです」
駐車場ではすでに広土さんは、爆弾の解体作業をしている最中だった。
「久しぶり。ごめんね、呼び出したりして」
「良いんですよ。姉さんの頼みですしお嬢の一大事と来れば、たとえ地球の裏側にいたって駆けつけますって」
広土さんがそう言うと本当にやりかねる。性格からして広土さんは冗談とか大げさなことは言わない。舎弟の中でも真面目で有名だもん。おまけにあんまりしゃべらないし、喜怒哀楽がないスイーパーの理想的性格だ。
「あありがとう。どう調子は?」
「順調ですよ。もっともこれ姉さんが設計した爆弾なんで、時間さえあれば解除出来ます」
「知世が?」
そう言えばそんなこと言っていたような。
高校時代破格の依頼料だったから設計データーまで売ったとか。それがとんでもない悪党だと知っていたのにもかかわらず。知世ってば依頼料が良ければ誰でも良いんだもん。全く昨日のことと言いしょうがないんだから。そんなお金貯めて何をやるんだろう?
「所で、その子は誰ですか?」
呆れているあたしに広土さんは、手を動かしながら馬那斗のことを聞く。
広土さんが馬那斗に会うのは今日が初めてだった。もちろんあたしの本当の弟だと言うことも知らない。知っているのは古株の舎弟でも一部だけだった。
「あ、従弟の馬那斗君。馬那斗君、こちらおじいちゃんの弟子で広土さんって言うの」
馬那斗には、そう言った方が無難だ。
まさかおじいちゃんは伝説のスイーパーで舎弟がたくさん居るなんて言えるはずがない。そんなこと言ったらどうなることだか。馬那斗にしてみればスイーパーなんて漫画の話でしか存在していないんだろう。
しかし馬那斗は今の話を何も疑問をもってはいないのか、黙って聞いているだけだ。
「こんにちは」
今もただそれだけ言って、また黙ってしまった。
家に帰ってまとめて聞くつもりだろうか?物わかりが良いのも困りもんかも。
「大人しい子ですね」
「そうなの。でもさっき狙撃されたから余計かもしれないわ」
「そうですか」
話が続かない。いつものことだがなんか調子くるうような。不安な気持ちの馬那斗には沈黙と独りぼっちが余計駄目なのだ。
あたしもそうだった。静かだととても心細い上にあの時の恐怖が蘇ってしまう。だからここは何が何でも場を盛り上げないと。
「馬那斗君。どこか行きたい場所とかある?」
あからさまに場違いな問いであったが、あいにくそんな言葉しか思いつかなかった。
本当は他にも馬那斗と話したいことがたくさんあったはずなのに。いざとなったら頭の中が真っ白になっている。
馬那斗だって少し困った顔になって、あたしの顔を見ている。あんなことがあった矢先だ。何処にも行きたくないはずだ。
こんなことであたしは馬那斗の力になってあげられるだろうか?そう思うと神さんってすごいな。不器用でもちゃんとあたしの力になってくれたもん。いつでも冷静で物事が判断出来るなんてあたしには無理だと解っている。
だけどあたしにしか出来ないことがあるはずだから、あたしは自分らしくして頑張れば良いんだ。ってあたしがスイーパーの自信がなくなっていた時、そうおじいちゃんが教えてくれたんだ。
おじいちゃんも馬鹿だよね。
そんなこと言わなければ、あたしはあの時スイーパーを辞めていたかもしれないのに。
おじいちゃんって中途半端なことが大嫌いなんだ。一度決めたことは何がなんでも最後までやり通せといつも言っていた。なんだかんだ言ってもおじいちゃんは、いつだってあたしの味方なのかもしれない。
「僕デニーランドに行きたかったけど、でも………」
やっぱりさっきのことを気にしている。
馬那斗がデニーランドに行きたがっていたのは、前から薄々気づいていた。電話先でも手紙でも度々デニーランドの話題が出ていたし、昨日見た馬那斗の荷物の中にはデニーランドのガイドブックが忍ばせてあったのを見つけたのだ。
「大丈夫よ。神さん達がいれば何処にでも行けるわ」
どうせ家にいても場所が解ってしまえば、危険であることには違いない。それだったら行きたい所に行た方が良い。
案外人混みにいた方が安全だったりするんだよね。人がいるほど目撃される確率は高くなる=警察に捕まる。それは死を意味している。
「そうなの?」
「うん。知世と彰君も誘ってみんなで木曜日行こうか?」
二人が来てくれれば怖い者なし。
馬那斗も二人には結構懐いているから安心出来る。
「本当に、いいの?」
「あたしが馬那斗君に嘘付いたことある?」
「ない」
きっぱり馬那斗は嬉しそうに答える。
今鳴いたカラスがもう笑った。やっぱり馬那斗はあたしの弟で単純だ。
「お嬢、あの人ですか?お嬢の思い続けた悪魔は?」
突然広土さんは不機嫌な口調で、あたしに訪ねた。広土さんの視線の先には、これまた思わしくない顔をしている神さんがこちらに戻ってくるのがかすかに見える。
あたしも広土さんも視力は、ずば抜けて良いんだ。
しかし悪魔って、おじいちゃんがまた変なことを広土さんに吹き込んだのか。おじいちゃんって神さんのこと当たり前だけど、嫌っているんだよね。確かに神さんが居なければ、あたしはスイーパーになんなかったけれど、その前にあたしはあの時死んでいたかもしれないんだよ。命の恩人なのに。
「悪魔じゃないけどそうよ」
いつものことなので、あえて理由は述べない。
広土さんに理解させるのには、おじいちゃん以上に骨が折れる。
「解体終了したので、今日の所は大人しく帰ります」
今日の所は?
イヤな予感がしたが、問いだ出していたら神さんに怪しまれる。
ここは聞かなかったことにしよう。
「ありがとうね。おじいちゃんには近いうち行くねって伝えといて」
「はい。解りました」
と広土さんは言って、あっという間に姿を消した。
ご親切にちゃんと元通りにしてくれている。これなら神さんに黙っていれば気づかれずにすむ。
「さぁ、車の中に入りましょう。帰りはあたしも後ろに乗るわ」
「わーい、嬉しいな。一人だとつまんないんだよね」
あたしは神さんに借りた鍵でドアを開ける。
「そうだったの、なら始めに言ってくれれば良かったのに」
「でも、お姉ちゃんは神さんの隣が良かったんでしょう?」
小声でそう囁く馬那斗に、あたしの顔に一瞬で火がつく。
直接言われるとさすがに恥ずかしい。馬那斗はニコリと笑う。
今朝五つ子と知世に教えられたのだろう。なんて言われたのかはしらないけど、それで馬那斗なりに気を遣ってくれたんだ。
「優しいんだね、馬那斗君。だけど神さんとはこれからもずーと一緒だから、遠慮しなくても良いんだよ」
とあたしは照れがくしをしながら答えた。
本当のことである。
神さんと違って馬那斗はまたすぐに北海道へと帰ってしまう。そしたら今度はいつ会えるか解らない。もしかしてもう二度と会えないかもしれないと思うと辛くてたまらない。本当は一緒に暮らしたいけれど、真実を馬那斗に話たら叔父さん達迷惑をかけてしまう。 何より馬那斗自身の心に深い傷を残してしまう可能性だってある。
馬那斗の両親は本当の両親じゃなく、本当の両親は馬那斗が産まれてすぐに殺された。その現場を姉であるあたしが目撃したため今回の事件が起こった。
とはとてもじゃないけれど言えない。
「そうか。お姉ちゃん、幸せなんだね」
「そうよ。神さんの側にいられるだけであたしは幸せなの」
こんなクサイ台詞がすんなり言えるあたしって、きっと恵まれているのだろう。
あたしは神さんに視線を向け手を振った。
「神さん、早く帰りましょう」
「良いんです。気にしていませんから」
あたしは下を向いたままそう言った。
今は神さんは運転中だから、平気なんだけど当分神さんの顔がまっすぐと見られない。
罪悪感で一杯だ。
知世のいない今、下手なことを言えば神さんにまた疑われたしまう。そんなことになれば、あたしは正直に全てを告げてしまうだろう。せっかく知世のフォローのおかげでなんとか誤魔化せたって言うのに……。
神さんと節さんの会話を聞いた時から、薄々気づいていたって事にしている。
そしてあたしは神さんに正式なガードの依頼を頼んで穏便にすんだ。嘘はついていないけれど、なんか後味が悪い。
知世と違ってこういうこと苦手なんだよね。すぐ顔に出ちゃうんだ。
「な、深沙湖」
「はい」
「お前はあのスイーパーが憎いか?」
「え?」
神さんの突然の質問にあたしはキョトンとして思わず神さんを見上げてしまった。
そんなこと考えたことなかった。確かにあいつのことは一時も忘れたことはなかったけれど、憎いとかそう言う思いはなかった。だってあたしは両親が死んでからも何一つ不自由なく育ったし独りぼっちになったことなんてない。
おじいちゃんが両親の代わりをしてくれた。舎弟達はお兄ちゃん代わりだった。運動会の時はおじいちゃんと舎弟達が、応援に来てくれたから寂しくはなかった。
神さんの横顔は、真剣である。
「深沙湖の幸せな生活を奪い、今度は命とそれから」
馬那斗の命を奪おうとしている。って続くのだろう。
その馬那斗は後ろの席で大人しく読書をしているようだ。
馬那斗だって今は幸せなんだろう。叔父さん夫婦は馬那斗のことを実の息子のように可愛がっている。
もしかして神さんは、あたしがあいつを憎いなんた言ったら殺すつもりなんじゃ?
あたし達の所にも、あたしと同じような過去を持った人が依頼に来る。
復讐して下さいって。気持ちは痛いほど解るんだけど、あたし達はなるべく殺さずにすむ方法を探している。いくら悪人でも人である以上、人が人を殺してはいけないと思う。 依頼人だって絶対後悔する。感情がある人ならば。
だけど最悪の場合は殺すことだってある。
この場合はまだ解らない。どっちの方があたし達にとって良いのか。
このまま野放しにしていたら、馬那斗が北海道に帰れば簡単に殺されてしまう。馬那斗が死んだらあたしも叔父さん夫婦もたくさんの人が悲しむ。
それにあたしと同じ想いをする人が出てくる可能性だってある。
あたしはたまたまそれからが恵まれていたから良かった物のそうとは限らない。第一お金のためだけに、罪のない人達の命を奪うなんて許せないこと。
そう考えると最悪の手段を選ばれざれなくなる。
しかしあたしにはそんな権限が言える立場ではない。
理由がどうあれ、あたしも神さんもあいつと変わらないのだ。
スイーパーに正義なんかない。全てが悪魔に魂を売ってしまった堕天使だ。
神さんも遙さんだってそれぐらいは解っているはず。それでも警察のやり方の甘さに納得いかずスイーパーに転職したんだと思う。
実は神さん達の両親もあたしと同じようにスイーパーの殺し現場を目撃したため、殺されたらしいの。
だから同じようなあたしのガードを率先して引き受けて、優しくしてくれただけなのかも?
なのにあたしと来たら神さんの後を追うと言うだけで、こちらの世界に入ったなんて我ながら大胆だなって最近思う。あの頃のあたしはなんとしてでも神さんに近づきたかった。
だから知世が神さんはスイーパーになっていると聞かされた時、周囲がどんなに反対してもおじいちゃんにぶたれたもあたしの意志は変わらなかった。
あの時あたしはまだ中二だった。普通の子だったら遊びに恋愛の楽しさが解り始めた思春期だっただろう。
神さんと再会した時足手まといにならないためだったら、どんなに好きなことでも我慢出来た。でもだんだん解ってきた。おじいちゃんが猛反対していた意味も。
これは遊びじゃないこと。犯罪者になること。警察に捕まれば、法律で罰せられる。
だからあたしは何も答えず、黙っていることにしていた。
神さんもそれ以上何も言わなかった。
きっと勘違いされていると思うけれど仕方がない。
「お姉ちゃんのパパとママってどんな人だった?」
お墓でお参りをしていると、馬那斗はあたしにそう尋ねる。
神さんにも手伝ってもらったおかげで、いつもの数倍綺麗になったお墓。
天国にいる父さん、母さん。馬那斗はもう十歳になりました。あの時のあたしと同い年です。すっかりお兄さんになっちゃって、成績優秀らしいです。あたしも馬那斗も離ればなれで暮らしているけれども、元気で楽しくしているので心配しないで下さい。そして天国からあたし達を見守っていて下さい。
またこうやって三人でお墓参り出来たらいいな。
あ、今度はおじいちゃんも一緒に。
おじいちゃん母さん達が殺されたことを自分の責任でもあると思って一度もお墓に来たことがない。もし自分が事前にスイーパーのことに気が付いていれば、殺されなくてすんだといつもあたしに申し訳なさそうに言っている。あたしはもちろんそんな風には思っていない。
「優しい人だったよ。一緒に遊んでくれたり相談にも乗ってくれた良い両親なんだ」
「そうなんだ。僕も会いたかったな」
一瞬馬那斗の顔が、悲しそうな顔に変わった気がした。
やっぱり馬那斗の様子がさっきからおかしい。
何かあったんだろう?
そんなことを考えていると、突然殺気がした。
誰かに狙われている。
「深沙湖、馬那斗。伏せろ」
神さんの叫び声と同時にあたしは、呆然としている馬那斗をかばいながら墓石に身を寄せた。気配は右横のしげみの方からするから、この位置に隠れていれば安心である。
ドゥ~ギュ~ン
鈍い銃声が墓場全体に響き渡る。
思った通り着弾は右横から発砲されたようだ。
あたしは馬那斗の耳を塞ぎながら抱きしめた。馬那斗の体は震えている。あたしは慣れているから平気だけど、馬那斗にしてみればこうなるのも当たり前である。
やっぱりここに来るのは失敗だった?
神さんは拳銃を構え辺りを見回している。
いつもはあたしの仕事だけど、今回はガードされる側。今回は馬那斗の支えになることだけ考えればいい。
多分馬那斗にとってこの数日間は忘れられない、最悪忘れられないのい出になるだろう。あたしはそれを少しでも良い思い出に替えてあげたい。十年前のあたしと同じように。あたしは悲しい思い出と良い思い出が同じぐらいある。
これもそれも神さんのおかげなんだよね。だから今度はあたしが馬那斗にしてあげる番。
「馬那斗大丈夫だよ。神さんに任せておけば。そしてあたしが命をかけて守から」
もう大切な人達を絶対目の前で失いたくない。
あの時そう思ったのに、あたしは二度もそんな思いをしたのだ。あたしの高校時代の思い出が蘇る。
それはあたしと知世が高三の夏休みだった。あたし達の担任だった尚弥先生が知世を庇い死んでしまった。
尚弥先生の家庭は戦国時代から続く怪盗一族で、尚弥先生は教師の傍ら弱きを助ける怪盗だった。あたし達の正体も知っていた。本当に生徒思いな熱血先生で、良くあたしの仕事を手伝ってくれていた。
だから死んだの。
あの時あたしが側にいたのに、あっけなく銃で撃たれてしまった。あたしと来たらあの頃とまるで変わってなかった。どんなにスイーパーの名が有名になってもなんの意味もない。あたしったら少しぐらい有名になったからって、ちょっと調子に乗っていた。
大切な人を守れないなんて。悔しくて悲しい思いだった。
でも一番ショックだったのは知世なのかもしれない。愛する人が自分のせいで死んでしまったから。好きだったのに正直に好きと言えないまま死んでしまったから。
知世の涙を見たのは素直な少女になったは、あの時の一度切りだった。
次の日知世はいつもの毒舌で疑り深い知世に戻っていたけれど、今もまだ尚弥先生のことが忘れられないと思う。だってたまに知世の枕が濡れているから、尚弥先生の話をすると一瞬動揺をするんだもん。
だから今度こそは絶対に、守ってみせる。あたしの世界で一番大切な弟だから。
「深沙湖、馬那斗。先に車に行って待ってろ」
神さんは車のキーをあたしに放り投げ、走り出した。
あいつを見つけたようだ。ひとまずこの場は安心。まさかあいつに仲間がいるとは思えない。しかも相手が神さんと来れば相手が悪い。裏のNO1を狙うか、怖い物知らずの人なら話は別なんだけどね。
スイーパーとしての地位と名誉を奪われた相手なんだから、誰の手も借りずにあたし達を殺すはず。
「馬那斗君、歩ける?」
「うん。でも今のは何だったの?」
馬那斗の問いにあたしは戸惑う。
何も知らない馬那斗にとっては、さっきのことがどうして起きたのか解らないのは当然だ。これからのためにも何か良い言い訳をしなければいけない。でも十歳を狙うなんて、普通あり得ない話である。
ならば、
「家に帰ったら説明するわ。今は神さんの指示に従いましょう」
時間稼ぎをして知世に相談しよう。
「そうだね」
素直に頷く馬那斗。
聞き分けの良い子である。
そんなことをしていると、携帯の音が鳴り出した。この着信音は知世からだ。
あたしはイヤホンを付け小型マイクの電源を入れた。これも知世の発明品。電話をしても両手が使えるなら市販もされているけれど、これはどんな地下だろうが山奥だろうが電波が一本でも立っていれば通話は乱れない。他にはソーラーバッテリーとソーラー電池。これさえあれば電池がなくなるトラブルは解消出来る。
「知世、どうしたの?」
『深沙、神は近くにいる?』
「いないよ、あいつを追っている」
『それじゃ、襲われたの?』
「狙撃された」
『そう。それでか、神の車に爆薬の仕掛けた反応が出てたんだ』
「え?」
『多分鍵を開けると爆発すると思う。仕掛けた場所はトランク見たい。爆弾処理係手配しといたから。だから気お付けてね』
ツーツーツー
それだけ言って電話は切れてしまった。あたしは目が点になる。
爆弾処理係?知世の推薦する程の腕が良い爆弾処理係ってことは、おじいちゃんの舎弟でもある広土さんよね。
広土さんはあたしと三つ違いで舎弟の中では一番下だけど、爆弾処理や武器のメンテナンスの腕は知世以上の物を持っている。その広土さんが来てくれたら百人引きだ。
「お嬢、お久しぶりです」
駐車場ではすでに広土さんは、爆弾の解体作業をしている最中だった。
「久しぶり。ごめんね、呼び出したりして」
「良いんですよ。姉さんの頼みですしお嬢の一大事と来れば、たとえ地球の裏側にいたって駆けつけますって」
広土さんがそう言うと本当にやりかねる。性格からして広土さんは冗談とか大げさなことは言わない。舎弟の中でも真面目で有名だもん。おまけにあんまりしゃべらないし、喜怒哀楽がないスイーパーの理想的性格だ。
「あありがとう。どう調子は?」
「順調ですよ。もっともこれ姉さんが設計した爆弾なんで、時間さえあれば解除出来ます」
「知世が?」
そう言えばそんなこと言っていたような。
高校時代破格の依頼料だったから設計データーまで売ったとか。それがとんでもない悪党だと知っていたのにもかかわらず。知世ってば依頼料が良ければ誰でも良いんだもん。全く昨日のことと言いしょうがないんだから。そんなお金貯めて何をやるんだろう?
「所で、その子は誰ですか?」
呆れているあたしに広土さんは、手を動かしながら馬那斗のことを聞く。
広土さんが馬那斗に会うのは今日が初めてだった。もちろんあたしの本当の弟だと言うことも知らない。知っているのは古株の舎弟でも一部だけだった。
「あ、従弟の馬那斗君。馬那斗君、こちらおじいちゃんの弟子で広土さんって言うの」
馬那斗には、そう言った方が無難だ。
まさかおじいちゃんは伝説のスイーパーで舎弟がたくさん居るなんて言えるはずがない。そんなこと言ったらどうなることだか。馬那斗にしてみればスイーパーなんて漫画の話でしか存在していないんだろう。
しかし馬那斗は今の話を何も疑問をもってはいないのか、黙って聞いているだけだ。
「こんにちは」
今もただそれだけ言って、また黙ってしまった。
家に帰ってまとめて聞くつもりだろうか?物わかりが良いのも困りもんかも。
「大人しい子ですね」
「そうなの。でもさっき狙撃されたから余計かもしれないわ」
「そうですか」
話が続かない。いつものことだがなんか調子くるうような。不安な気持ちの馬那斗には沈黙と独りぼっちが余計駄目なのだ。
あたしもそうだった。静かだととても心細い上にあの時の恐怖が蘇ってしまう。だからここは何が何でも場を盛り上げないと。
「馬那斗君。どこか行きたい場所とかある?」
あからさまに場違いな問いであったが、あいにくそんな言葉しか思いつかなかった。
本当は他にも馬那斗と話したいことがたくさんあったはずなのに。いざとなったら頭の中が真っ白になっている。
馬那斗だって少し困った顔になって、あたしの顔を見ている。あんなことがあった矢先だ。何処にも行きたくないはずだ。
こんなことであたしは馬那斗の力になってあげられるだろうか?そう思うと神さんってすごいな。不器用でもちゃんとあたしの力になってくれたもん。いつでも冷静で物事が判断出来るなんてあたしには無理だと解っている。
だけどあたしにしか出来ないことがあるはずだから、あたしは自分らしくして頑張れば良いんだ。ってあたしがスイーパーの自信がなくなっていた時、そうおじいちゃんが教えてくれたんだ。
おじいちゃんも馬鹿だよね。
そんなこと言わなければ、あたしはあの時スイーパーを辞めていたかもしれないのに。
おじいちゃんって中途半端なことが大嫌いなんだ。一度決めたことは何がなんでも最後までやり通せといつも言っていた。なんだかんだ言ってもおじいちゃんは、いつだってあたしの味方なのかもしれない。
「僕デニーランドに行きたかったけど、でも………」
やっぱりさっきのことを気にしている。
馬那斗がデニーランドに行きたがっていたのは、前から薄々気づいていた。電話先でも手紙でも度々デニーランドの話題が出ていたし、昨日見た馬那斗の荷物の中にはデニーランドのガイドブックが忍ばせてあったのを見つけたのだ。
「大丈夫よ。神さん達がいれば何処にでも行けるわ」
どうせ家にいても場所が解ってしまえば、危険であることには違いない。それだったら行きたい所に行た方が良い。
案外人混みにいた方が安全だったりするんだよね。人がいるほど目撃される確率は高くなる=警察に捕まる。それは死を意味している。
「そうなの?」
「うん。知世と彰君も誘ってみんなで木曜日行こうか?」
二人が来てくれれば怖い者なし。
馬那斗も二人には結構懐いているから安心出来る。
「本当に、いいの?」
「あたしが馬那斗君に嘘付いたことある?」
「ない」
きっぱり馬那斗は嬉しそうに答える。
今鳴いたカラスがもう笑った。やっぱり馬那斗はあたしの弟で単純だ。
「お嬢、あの人ですか?お嬢の思い続けた悪魔は?」
突然広土さんは不機嫌な口調で、あたしに訪ねた。広土さんの視線の先には、これまた思わしくない顔をしている神さんがこちらに戻ってくるのがかすかに見える。
あたしも広土さんも視力は、ずば抜けて良いんだ。
しかし悪魔って、おじいちゃんがまた変なことを広土さんに吹き込んだのか。おじいちゃんって神さんのこと当たり前だけど、嫌っているんだよね。確かに神さんが居なければ、あたしはスイーパーになんなかったけれど、その前にあたしはあの時死んでいたかもしれないんだよ。命の恩人なのに。
「悪魔じゃないけどそうよ」
いつものことなので、あえて理由は述べない。
広土さんに理解させるのには、おじいちゃん以上に骨が折れる。
「解体終了したので、今日の所は大人しく帰ります」
今日の所は?
イヤな予感がしたが、問いだ出していたら神さんに怪しまれる。
ここは聞かなかったことにしよう。
「ありがとうね。おじいちゃんには近いうち行くねって伝えといて」
「はい。解りました」
と広土さんは言って、あっという間に姿を消した。
ご親切にちゃんと元通りにしてくれている。これなら神さんに黙っていれば気づかれずにすむ。
「さぁ、車の中に入りましょう。帰りはあたしも後ろに乗るわ」
「わーい、嬉しいな。一人だとつまんないんだよね」
あたしは神さんに借りた鍵でドアを開ける。
「そうだったの、なら始めに言ってくれれば良かったのに」
「でも、お姉ちゃんは神さんの隣が良かったんでしょう?」
小声でそう囁く馬那斗に、あたしの顔に一瞬で火がつく。
直接言われるとさすがに恥ずかしい。馬那斗はニコリと笑う。
今朝五つ子と知世に教えられたのだろう。なんて言われたのかはしらないけど、それで馬那斗なりに気を遣ってくれたんだ。
「優しいんだね、馬那斗君。だけど神さんとはこれからもずーと一緒だから、遠慮しなくても良いんだよ」
とあたしは照れがくしをしながら答えた。
本当のことである。
神さんと違って馬那斗はまたすぐに北海道へと帰ってしまう。そしたら今度はいつ会えるか解らない。もしかしてもう二度と会えないかもしれないと思うと辛くてたまらない。本当は一緒に暮らしたいけれど、真実を馬那斗に話たら叔父さん達迷惑をかけてしまう。 何より馬那斗自身の心に深い傷を残してしまう可能性だってある。
馬那斗の両親は本当の両親じゃなく、本当の両親は馬那斗が産まれてすぐに殺された。その現場を姉であるあたしが目撃したため今回の事件が起こった。
とはとてもじゃないけれど言えない。
「そうか。お姉ちゃん、幸せなんだね」
「そうよ。神さんの側にいられるだけであたしは幸せなの」
こんなクサイ台詞がすんなり言えるあたしって、きっと恵まれているのだろう。
あたしは神さんに視線を向け手を振った。
「神さん、早く帰りましょう」
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