普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南

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7章 すべてを終わらせる

125.幻夢①

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 気がつくと俺は十四年前の我が家の玄関先にいた。不思議に思いながらも扉を開ける。

「パパ、おかえりなさい。抱っこして」
「セイヤ、おかえり」
「あ~」
「ただいま。星歌は甘えん坊だな」

 見覚えがある懐かしい場所に、三歳か四歳の星歌と流星を抱いたスピカの姿あった。俺の帰えり、温かく出迎えてくれる。
 いつも通り元気いっぱいの星歌は、俺の胸元へ飛び込んでくる。

 この頃は俺が帰ると、抱っこをせがんでいたよな。
 ああ、これは幻夢か。
 今まで俺が望んでいた幸せな未来。
 だがこの幸せは、これから現実となる。星歌は当然。スピカもいて、流星もまた生まれてくる。

「今日はみんな来ているよ」
「みんな? それは龍ノ介達のことか?」
「そう。それからルーナスさんとゲンキョさんも」
「師匠が?」

 思わぬ人の名前に俺は心底驚き、星歌を抱いたまま急いで食卓へと急ぐ。

 この世界では、師匠も生きているのか?



「師匠?」
「お帰り、セイヤ。どうしたそんなに慌てて?」

 師匠は何食わぬ顔でそこにいた。
 龍ノ介達と話を盛り上がっていて、唖然としている俺に少し戸惑い首をかしげる。
 幻夢だと分かっていても、感動のあまり涙が溢れ出す。

「パパ、どうしたの? なんで泣いてるの?」
「嬉しいからだよ」
「嬉しくても泣くの? 星ちゃんも嬉しいけど、涙はでないよ」
「これはもう少し大きくなったら分かる感情だよ」
「もう少しってどのぐらい?」

 子供には難しい疑問をされ、訳を教えてもやっぱり難しいのか分かってもらえず。仕方がないので曖昧に答え、星歌を椅子に座らせる。
 少しだけ機嫌が悪くなり頬を膨らましムッとされるが、その姿も懐かしくて愛らしい。

 こりゃぁ目覚めたら、アルバムとDVDの鑑賞会だな。

「セイヤ、どうした? そんなにゲンキョさんに会いたかったのか?」
「そうなんだ。師匠、お話があります」
「は、冗談抜かすんじゃない。酒盛りを始めてるのが分からんのか? 明日にしろ明日」

 今の空気を読めとばかりの呆れきった表情で却下されあしらわれる。言われてみればすでにジョッキを持っている辺り、顔は軽く赤らめていた。
 そう言えば師匠は、ルーナス先生以上の豪酒だったな。

「ですね。じゃぁ俺も……そうじゃない。師匠大切な話があるので、ちょっといいですか?」
「明日じゃ駄目なのか?」
「はい」

 危うく頷き言いかけるも我に戻り理性を保ち、首を横に振り強い口調で強引に意見を押し通す。

 現実と幻夢の刻の異なっているため自覚してても、あまりの居心地さに現実に戻ることを先延ばしていると飲み込まれ戻れなくなってしまう。こないだの俺がそうだった。
 シノブに精神がズタズタにやられてしまった俺には、スピカと流星。そして星歌の家族四人で暮らす日々は楽園その物。
 星歌の呼びかけと温もりがなければ、目覚めることもなく消滅していただろう。
 そう考えると師匠など気にせずさっさと目覚めるべきなのだが、俺はどうしても師匠に今の心境を話したかった。

「パパ、どっかに行っちゃうの? 星ちゃんを残して……」
「行かないために、父さんは師匠と話すんだよ。父さんは世界で一番星歌を愛してる」

 これも幻夢の仕業なのか、星歌は悲しそうに俺の裾を掴み行く手を阻もうとする。幻夢は俺の弱点を熟知している。いくら幻夢だとしても星歌を無碍に扱うことなど出来ないが、今回ばかりはやっぱり本物の星歌、スピカ、流星の方が大切だ。
 こんなことをスピカに聞かれたらへそを曲げられるだろうと思いながらも、誰にも聞こえないよう俺の本心を耳打ちし頬にキスをする。
  星歌は俺の命を何度も救ってくれた。今ではスピカよりも愛していると断言出来る。もちろん父子愛だがな。

「星ちゃんもパパが世界で一番好き。だから早く戻ってね。お姉ちゃんの星ちゃんはきっとまた死ぬほど心配してから」

 ニッコリ笑顔で星歌は意味深なことを言い終わった後、目の前の光景は一瞬で無機質な空間へと変わる。
 師匠以外の人の姿が消えていた。なのに師匠は驚きもせず微笑み俺を見つめている。



「セイヤ、お前は幸せか? 争うことを好まず温厚だったお前を、無理矢理一流の格闘家に育て上げたワシが憎いか?」
「は、俺は今すごく幸せですよ。それに師匠には感謝しかありません。むしろ俺が不甲斐ないばかりに……」
「ほらそうやってお前は。いつも自分を責めててばかりいる。どんなに最強であってもすべての者は護れない。いちいち悔やんでいたら、どんなに鋼の精神を持っていたとしてもいつかは崩壊してしまう」

 いきなり何を言い出すのかと思いきや見当はずれの問いをされ否定するも、逆に叱られ忠告されてしまう。よくこうやって何度となく説教されていた。
 懐かしくて再び涙があふれだす。
 それだけ師匠は俺のことを心配してくれている。

「大丈夫です。俺はそれでも何度だって立ち上がれます」

 星歌がいてくれるから、俺は立ち上がれる。

「……ワシに足りなかった物は、ひょっとしたら誰かを真剣に愛することだったかも知れんな。そう言う感情は強くなるためには、必要がないと思って捨てていた」
「師匠……」
「セイヤ、これから先何があろうとその信念を貫き通せ。それからワシが死んだのは、セイヤのせいではない。ワシ自身の力がなかったからだ」

 どうも様子がおかしい。
 幻夢の師匠が自分の死など知るはずもない。
 それなのになぜ知ってる?
 それともこれも俺の願望? だとしたら俺は飛んでもない弟子だ。

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