バイオテック・ローレライ

瀬良ニウム

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第二話

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マスターの微かな息づかいの変化を、メロウは見逃さなかった。

もう一度コーヒーを啜ると、彼は深く息を吐き呼吸を整える。


「長く西の地に住んでいるようですから、知っていて当然でしたね」


どこか試すような口調に、マスターは返事をしなかった。
静かに彼を見つめ、次の言葉を待つ。


「彼女の歌声は、人々に最高の癒しを与え、そしてまた、苦痛に満ちた死を与えることもある」


メロウはそう言うと、きゅっ、と口元を締めた。
少しだけ、空気がピンと張り詰める。


「故に人々は、彼女のことをローレライと呼ぶ・・・・遥か昔の、人魚伝説をもとにそう呼ぶようになったそうですね」



その言葉を聞き、ようやくマスターが口を開いた。

「そんなことを出来る人間が、本当に存在すると思うのかね?君は」


メロウはカウンターに両手をつき、グイと顔をマスターに近づけた。


「それが本当にただの人間なら、もちろん、居ないでしょう!ただの人間なら!」


彼の淡いブルーの瞳が、きらきらと光を増す。
マスターは勢いに押され、少し後ろへ下がった。



「わたしは、個人的にその噂について調べていました。今は立ち入ることの出来ない北の大地以外は東や南へも足を運び、集めた情報を自分なりに整理して、そして、ようやく見つけたのです」


体勢を立て直すと、ふう、とひと息つく。



「・・・ローレライと呼ばれた少女が、どこにいるのか」



マスターが、ほう、と眉を上げる。


「ただの噂では、ないと?」

その問いに頷くと、メロウはスーツケースを持ち上げカウンターの空いているスペースに乗せた。


ケースを開けると、中は紙やら本やらで溢れかえっていた。


「機器に集めた情報を残しておくとハッキングされて盗まれてしまうので」

 古風ですが、全て紙に書いて持ち歩いています、と彼は続けた。


「どんな経緯で情報を集めたかは、重要ではないのでいまは割愛します。ええと、マスター、このままマスターとお呼びしても?」



メロウの微笑みながらの問いに、マスターはふんと鼻を鳴らす。

「サイモンだ。サイモン・グッドナイト」


普通に名前を聞いたらいい、とぶつぶつ話している老人をまるで気にせず、彼は話を始めた。


「ではミスターグッドナイト、あなたにわたしが今まで調べ、集めた情報から導き出した噂の真実を、ぜひ聞いていただきたい」


興奮気味にそう言うと、手際良くカウンターに何枚かの紙を並べる。



「まるで手品のショーでも始めるようだな」


そんな小さな嫌味は、いまの彼の耳には全く届いて居なかった。
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