金継ぎ

有田 シア

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星の流れない星空 ー美奈ー

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「ありがとうございました。」
美奈は逃げるようにさっさと帰って行く三人の客を見送った。
「海斗、なんかかっこよかったよ。」
美奈はヒーローに駆け寄るように海斗の隣にさっと歩み寄った。
「あいつら最初話してた時はいい奴らだと思ってたんだけどな。」
「何話してたの?」
「ここの居酒屋の特徴は、常連客だっていう話。今日は雑誌の取材じゃないっていうから冗談で常連客の面白い話してただけ。」
「でも確かに、ここの居酒屋の常連客は面白いよね。」
「知ってた?弁二さん常連客ノートつけてるの。何日の何時に来て、何食べたかとか、何話したかとか書いてあるんだ。俺見ちゃったんだ。」
海斗はいつもそういう大胆な行動をとる。
美奈は海斗のことが自分の弟のように心配になってしまう。
「そういうの見ちゃだめなんじゃない?見つかったら叱られるよ。」
「別に秘密のことが書いてあるわけじゃないよ、ただの事実が書いてあるだけ。たまに誰々の趣味ゴルフとか、誰々は奥さんと別居してる? とかいう個人情報もあったけどね。」
海斗は少し罪の意識を顔に表した。
「常連客って言ってもいろいろいるからね。覚えるのも大変なんだよ。」
「なるほどね。」
美奈は人見知りな弁二を思った。
「弁二さん手汗すごいの知ってる?」
海斗が急にニヤッとして言った。
「弁二さんって顔に汗かかないけど手に汗かくみたくて、いつもまな板の横に置いてあるタオルで手拭いてるんだよね。」
太田さんくらい仲良い人と喋ってる時は全く手を拭かないのに、新しい客だとしょっちゅう手拭いてるよ。」
「人見知りだから緊張するのかな。」
「とにかく、今度見てみて。それで弁二さんの苦手な客が誰かわかるから。」

美奈は弁二が戻って来たたら弁二の手元に注目するだろう。
海斗はいつもこの居酒屋がすごい面白い場所であるかのように話す。
美奈は海斗のこの平凡な居酒屋で面白いことを見つける才能を羨ましく思った。

金曜日の夜。
いつものように飯田やすしは7時半に店に来た。
「こんばんは~」
飯田は明るい声で居酒屋にいるみんなに挨拶するように言った。
そして何の迷いもなくいつものようにカウンターの真ん中の席に座った。

ネットビジネスをやっているという飯田はいつもポロシャツにチノパンというスタイルで金曜日の夜に一人で店にやってくる。
今日の飯田はホットピンクのポロシャツを着ている。
飯田の個性的な性格を現すような大胆な色のチョイスだ。どうみてもオシャレに着こなしていないのが残念だった。

「今日はピンクが眩しいねー飯田さん。」
美奈は親しみを込めて言う。
決して飯田の服のセンスをけなしているのではない。
「僕はですね、ほぼ毎日家にいるんで、パジャマで一日中過ごすんです。でも、ここに来る時はおしゃれしますよ。もしかしてこれがオシャレ?ダサいとか思ってます~?毎回ポロシャツの色変えてるんですけど、気付いてもらえてますか。」
飯田は秘密を教えるように美奈に言った。
「そうなんですねー。飯田さんのこだわりですね。」
美奈は飯田におしぼりを渡しながら言った。

飯田は満足そうにおしぼりで丁寧に手を拭き出した。
「弁二さんね、しばらくお店に出れないんです。」
美奈は飯田に言った。
「そうですか。でも僕は美奈ちゃんに会いにここに来てるんですよ。」
飯田は何の照れもなく当たり前のように言ってとびきりの笑顔を見せた。
この笑顔を気持ち悪いととるか、清々しいとかとるかはその人次第だ。
美奈はただ、飯田をジャッジすることなく一人の客として見る。

「あ、そうだ。これは僕の知り合いのアーティストがタロットカードの「女帝」をイメージして描いた作品なんですけど、美奈ちゃんに似てると思って。これ、あげます。」
飯田が美奈にはがきサイズのカードを手渡した。
白の長いゆったりとしたドレスを来て冠を被った女の人が椅子に座っている絵だった。
優しい整ったその顔はモナリザのように微笑を浮かべている。
自分がその人に似ているとは思えなかった。
「ありがとうございます。」
美奈はそれをエプロンのポケットに入れた。

「すみませんー。」
と呼ばれたので美奈はテーブルで手をあげているお客のところへ向かう。
美奈の足取りは軽かった。
この晴れ晴れとした気分はなんなんだろう。
美奈はわかっていた。
飯田にきれいな女の人に似ていると言われてただ嬉しかったのだ。

「お会計お願いします。美味しかったわ~」
小綺麗な中年の女の人が言った。
その人の旦那と思われる、男の人がレジでお金を払った。
「ごちそうさまでした。」
男の人はそう言って今返したお釣りの3千円をそのまま美奈の手に握り返した。
「これはあなたへのチップだから、取っといて。秘密で。」
囁くような低い声で言った。
「えっ、そんな。。。」
美奈が戸惑っていると、女の人もレジまで来た。
「すごく丁寧に接客してくれてありがとう。チップはアメリカでは普通のことなのよ、気持ちだから、受け取って。」
そう優しく言った。
今まで常連の磯貝が競馬で勝ったと言って、
いくらかくれたことはあるけど、このお金はそれとは違っていた。
美奈の今までやっていたことがやっと認められたような価値のあるものだった。
「ありがとうございました。」
私のこと、認めてくれて。
美奈は頭を下げて二人を見送った。

美奈は3千円をエプロンのポケットにしまって、そこに入っていた飯田にもらった絵を取り出してみた。
美奈はレジの横にある鏡に映っている自分の顔とその絵の女の人を比べてみる。やっぱり似てない。
どう見ても自分の顔はこんなに綺麗じゃないと思いながらも、その女の人に不思議な親近感を感じていた。
カードをひっくり返してみると
女帝:未来を信じることが今の豊かさをもたらします
と書いてあった。
もう一度鏡の自分を見る。
鏡に映る自分はいつもよりすっきりした顔をしていた。背中がピンと伸びてて姿勢がいいからかもしれない。
「ここに鏡を置いてるのはね、常に自分がどんな顔してるかチェックするためなの。接客業だからね、気づかないうちに表情が曇ってたりするからね。」
佳奈恵にそう言われてからいつも会計が終わったら、鏡で自分の顔をチェックするようにしていた。
いつも鏡の向こうの美奈は作り笑いでこっちを見ていたが、今日の美奈はの顔の筋肉の力が抜けていい具合の笑顔だ。

美奈は気づいたら鼻歌を歌っていた。
喉の筋肉も緩んでいるようだ。

閉店時間になると全員の客がさっと帰って行った。
「今日は忙しかったね。お疲れ。みんな座って、ビールでも飲もうか。」
静かになった店内で佳奈恵がそう言ってビールを注だ。
美奈はビールを受け取り、海斗と徹のいるテーブルに座った。
「お疲れ~」
美奈は忙しい日の仕事が終わった充実感と達成感を海斗と徹と分かち合うように乾杯した。
美奈の疲れた体にビールが染み渡り、目の前の霧が晴れていくようだった。
悟りを開いたように、美奈の心に明るい考えが浮かびあがる。
自分の人生は全てが上手くいっていて、何の不安もない。
美奈はそんな錯覚を感じた。

いや、錯覚ではない。
現実がどうであれ、美奈が今感じたことは確かなのだ。

美奈が店を出て空をみあげると星が見えた。
吸い込まれそうなほど暗い中に星が散らばっているからこそ夜空は遠くて広いとわかる。
美奈は見えない大きい力に心を動かされているような気がした。
流れ星が流れていなくても星は空を飾り、神秘的なフォーメーションで何かを伝えているようだった。
流れ星が見えないと落ち込んでいた自分がおかしく思えた。
そもそも流れ星って一体なんなんだ
今度飯田に聞いてみよう。
飯田に聞いたらすぐに教えてくれるだろう。
美奈には一緒に流れ星を見る彼氏はいないけど、星を見上げて綺麗と思える満ち足りた心
がある。
美奈は光る星を拾い集めるように眺めていた。


(飯田やすし)

美奈さん、流れ星とはですね、彗星が残した塵の中を地球が通ったときに、塵が地球の大気圏に突入して、大気中の原子や分子と衝突して、プラズマ発光する現象です。
流れ星は塵です。星じゃないですからね。塵でも光って流れれば人に綺麗と言われるんです。
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