上 下
86 / 127

第86話:転移魔法の実験

しおりを挟む
 ――――――――――王都コロネリア正門外にて。アナスタシウス大司教視点。

 ガルガン宮廷魔道士長とパルフェが魔法の実験をするということで、王都正門外までやって来た。
 ガルガン以外にも宮廷魔道士が一〇人以上いるし、クインシー殿下やユージェニー嬢まで来ている。
 魔法の勉強になるだろうということか。

 いや、そんなことはどうでもいいのだ。
 私は最近我が身に起こった変化に呆然としているところなのだ。

『娘もアナスタシウス殿下ならばと申しております。どうぞ可愛がってやってくだされ』
『お前が独身主義だということは知っている。ただ物事には年貢の納め時ってものがあるのだ。理解して諦めろ』
『お姉ちゃんが生き方を選べなかったのは聖教会のせいだろーが。聖教会のトップが責任取るのは当たり前じゃん』
『アナスタシウス猊下。末永くよろしくお願いいたします』

 どれが誰の発言かは省略する。
 あっという間に私がシスター・ジョセフィンと結婚することが決まってしまったのは事実なのだ。
 段取りがスムーズ過ぎて、口を挟む余地すらなかった。
 どうしてこうなった?

「大司教猊下」
「ああ、ゲラシウス殿か」

 薄毛の筆頭枢機卿だが、今日のカツラは盛っているな。
 この時期正門外は寒いからだろうか。

「転移魔法の実験だそうではないですか」
「そうだな。さほど危なくはないだろうということで見学が許されたが」
「準聖女ネッサも見たがっていたのですが、小娘が実験に参加し大量に魔力を消費するとなると、ネッサは礼拝堂に残しておかねばなりませんのでな。諦めさせましたわ」

 滅多にない見世物だからか上機嫌だな。
 ゲラシウス殿は私が結婚することについて、事情を知っているのか?

「この度、私とシスター・ジョセフィンが婚約しただろう?」
「おめでとうございます。お似合いでございます」
「ゲラシウス殿、事情を知らないか?」
「は?」
「瞬く間に舞台が整えられてしまって降りる隙がなかったというか。私自身何故こうなったのかわからないのだ。シスター・ジョセフィンには私でなくても、もっとふさわしい者がいるだろうに」
「おりませぬよ」

 断言するゲラシウス殿。
 そうだろうか?

「シスター・ジョセフィンは公爵令嬢でありながら、高位貴族の具えるべき心持ちや知識、人脈を持ちませぬ。それらを身に付けるべき期間を正教会に捧げたからであります」
「それはそうだが……」
「シスター・ジョセフィンなら今後の努力でそれらを身に付けるのは可能でありましょう。しかし年齢は待ってくれぬのです」

 そうだ、シスター・ジョセフィンはもう一九歳。
 これ以上年を重ねていい縁談があると思えぬ。

「猊下が娶るのが最も丸く収まります。観念なされませ」
「観念、というのは違うのだが……」
「何か御懸念が?」
「兄陛下とパルフェが同じ目をしていたんだ。そう、喩えて言うなら狙った獲物は逃がさんぞという……」
「猊下はカンがおよろしい」
「は?」

 やはり企みがあったのか?
 やけに手際がいいとは思っていたんだ。

「小娘が王家を巻き込んでこの結婚を仕組んだのですぞ」
「パルフェが?」
「元々は準聖女ネッサが来たということで、いよいよシスター・ジョセフィンの立ち位置が微妙になったということがあるのですが」

 今はパルフェとネッサがいる。
 エインズワース公爵家の出ということもあり、シスター・ジョセフィンが修道女を代表する立場であることは変わらない。
 しかし以前のような絶対的な存在ではないということか。

「小娘は言っておりましたぞ。陛下はイタズラ好きだから、猊下の知らない内に外堀を埋めて結婚させてしまうのだって持ちかければ、必ず乗ってくると。猊下には絶対に断れない段階にまで持ち込んでから伝えようと」
「そんな陰謀があったのか」
「もちろんシスター・ジョセフィンは了解の下です」

 いや、ゲラシウス殿も了解していたのだろう?
 むしろ呆れる。

「ただ反対する者はおりませなんだな。猊下のためにもシスター・ジョセフィンのためにも一番良いことだと、皆が信じておりますれば」

 そこまで信頼されているとはな。
 応えねば男が廃るではないか。
 流されるばかりでなく、もっと前向きに考えねば。

「お、実験が始まるようですぞ」

 宮廷魔道士達がパルフェから離れる。
 パルフェが大きな魔力に包まれた。
 数瞬の後に姿が消え、二〇歩ほど離れた位置に現れる。
 成功だ! 宮廷魔道士達が大騒ぎしている。
 しかし現象としては地味!
 パルフェにも不満があるようだ。

「ねえ、ガルガンさん。やっぱメッチャ起動遅いわ。こことこことここ削ろう」
「む? これを削るのはもう少し検証してからにしたいですな。代わりにそちらを削除して……」
「そーだな。二重制御になってるもんな。じゃ、外してもう一回やってみる」
「魔力は大丈夫ですかな?」
「だいじょぶだいじょぶ。全然問題ない」

 パルフェの魔力量は規格外だからな。
 再び転移魔法の発動、ふむ、確かに先ほどよりスムーズだ。

 その後何度か修正を加えながら実験を繰り返し、今日の検証は終了した。

「ふいー、お腹減った」
「御苦労様です。理論的には問題のないことが証明されましたぞ」
「それはそうなんだけどさ。この魔法、現状あたししか使えないじゃん」
「そうなのか?」

 つい口を挟んでしまった。

「あ、おっちゃんか。ガルガンさんの転移魔法は全属性使ってるからバランスがいいの。すごく安定してるんだよ。でもこれ、全属性持ちでかつそれぞれの魔法属性を独立で扱えなきゃいけないじゃん? 個人で使う魔法じゃないな」
「魔法陣を設置して各属性の魔力の持ち主に協力してもらい、魔力を注ぎ込んで起動するというのが現実的ですな」
「今んとこはそうだねえ。でも純粋な聖属性や闇属性の持ち主を確保するのは大変だぞ?」
「むう……」
「やっぱ純粋な各魔力属性を選り分けるか生み出すかの魔道具が必要だわ。宮廷魔道士で研究してよ」
「……予算の問題が」
「お金かー」

 どうにもならない問題というのは、大体金だな。
 うんうん。

「純粋な聖属性魔力を扱えるなら、国防結界の維持にも使えるのになー」
「聖女と準聖女が存在して国防結界を維持できる現在は、ウートレイド王国始まって以来の安心感ですからな。純粋な聖属性魔力を得る研究に税金を投入できるかと言われると、少々厳しいのです」
「そーいえばそうだ。うまくいかんもんだなー」
「篤志家が寄付してくれるというのが一番よろしいのですが」
「ウートレイドには篤志家を生み出す土壌がないよなー。平民の大金持ちって貿易商くらいじゃん? 商業を活発にするためには、王都の閉鎖性がダメだわ。街中に入るのにあんな手続きが面倒じゃ、商人が来ようって気にならない」
「王都コロネリアには『魔の森』があるから、怪しい者を入れられないという事情があるんだ」
「ならば王都を双子都市化すべきだな。現在のコロネリアと隣接させて商業地区を作ってさ。商業地区の方はめんどくさい手続きナシで出入り自由にすればいい」

 パルフェの発想は飛コロネリアぶなあ。
 しかし王都コロネリアの厳重な門の警備による弊害はしばしば語られるところだ。
 商業地区を別に設ける案はアリかもしれない。

「殿下、よろしく」
「えっ?」

 次代の国王クインシー殿下に丸投げか。
 パルフェだって王妃が濃厚なんだぞ?
 投げっ放しはやめなさい。

「そんなことよりお腹が減った。動けなくなりそう」
「そんなことだろうと思って、焼き菓子を持ってきたであるぞ」
「あっ、ゲラシウスのおっちゃん冴えてる! いただきまーす!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。

葉月
恋愛
「どうしてこうなった……」 トラックに跳ねられて死んだはずの俺は、某ギャルゲーの主人公ジェノス王子になっていた。 え? ヒキニートからジョブチェンジしてイケメン王子で良かったねだって? そんな事はない!! 俺が前世を思い出したのはつい数分前。 イヤアアアアア!? 思い出した瞬間、ショックのあまりか弱い乙女さながら気絶した。 このゲームにはエンディングが一つしか存在せず、最後は必ず主人公(俺)の処刑で幕が下りる。 前世でトラックに跳ねられて、今世は死刑台!? そんなのは絶対に嫌だ! バッドエンドを回避すべく、俺は全力で玉座から逃げることを決意。 え? 主人公がいなきゃ本編が始まらない? 知らんがな! だが、逃げるために向かった王立アルカバス魔法学院では、俺を死に追い詰める者達が!? すべては王国のため、この世界の平和のため、そんな訳がない! 全てはバッドエンド回避のため! 全力で逃げきろうと思います。 【小説家になろう】でも公開してます。 ひとまずアルファポリス版は完結です! なろう版の方では来月10月から2章突入です!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います

下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。 御都合主義のハッピーエンドです。 元鞘に戻ります。 ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...