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第32話:後始末

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 ――――――――――王都聖教会本部礼拝堂にて。アナスタシウス元大司教視点。

 三ヶ月も王都コロネリアを空けたのは初めてだ。
 帰ってきて改めて思ったのは、空気や喧騒が心地よく、懐かしさを感じさせるということだった。
 イルートものんびりしたいい町だったが、やはり私は王都の人間なのだなと実感する。

 聖教会に帰ってきてすぐにパルフェが結界の基石に魔力供与を行い、国防結界崩壊の危機は脱した。
 あっけなさ過ぎる。
 パルフェが半月もあると言ってたのを何となく思い出して苦笑してしまう。

 それにしても飛行魔法を何時間も使用し、大量の魔力供与を行ったはずなのにパルフェは元気だな。
 さすがは聖女だけのことはある。
 驚くべき保有魔力量だ。

 そんなパルフェと賢者フースーヤ翁がやいのやいのと言い合っている。

「もーわかったってば」
「どうせ金と肉に釣られたんじゃろ!」
「その通りだけれども」
「聖女にあるまじき性根じゃ! じゃから辺境区に引きこもってろと言うたのに」
「じっちゃんだったらお金とお肉に釣られないのかよ」
「釣られるに決まっとるじゃろ」
「じゃあ弟子のあたしが釣られるのはしょうがないじゃん」
「ワシは聖女じゃないからの」
「あっ、ずるーい!」

 似たもの師弟だな。
 これが聖女と賢者かと思うと複雑な気持ちになる。
 しかしパルフェとの掛け合いを見ていると、フースーヤ翁が偏屈というのも噂だけのことなのかと思えるな。

「ところで教えてくれる魔法って何かな? 楽しみだったんだ」
「おう、そうじゃった。アナスタシウス殿のところへ行っておれ」
「はいはーい」

 何だろう? フースーヤ殿とは大部屋の端から端の距離があるが?
 ふむ、魔法を発動したな。

『聞こえるか? 伝達の魔法じゃ』
「あっ、すごいすごい!」
「ふむ、遠くまで声を届ける魔法か」

 確かに面白い。
 フースーヤ殿が鼻を膨らませ、大威張りで近寄ってくる。

「どうじゃ、驚いたか」
「これって闇魔法でしょ? 珍しいね」

 闇属性を持っている人間は極端に少ないため、研究がほとんど進んでいないと聞く。
 そのため実用化されている魔法もごく少ないのだと。

 フースーヤ翁から伝達の魔法の説明を受け、パルフェがうんうんと頷いている。

「大体わかった。対象指定で理屈の上ではどこまででも届くのか。でもこれ不確実な魔法じゃない?」
「そうじゃな。魔力を持つものを通過するたび減衰してしまう」
「うーん、聖魔法で包んでやると長持ちしそうだな」
「どうしてお主は別の魔法を同時発動する思考なのじゃ! ソーサリーワードを弄ることを考えんか!」
「あたしは魔法の研究者じゃないもん。ソーサリーワードを弄るのは難しくて」
「む? まあお主が下手に魔法の構成を弄ると、国が吹き飛ぶかもしれんしの」

 国が吹き飛ぶとか洒落になってないんだが。
 でもフースーヤ翁本気みたいだな。
 怖っ。

「それでパルフェはもう伝達の魔法を使えるのか?」
「使えると思う。おっちゃんに飛ばしてみる」
「お主は闇属性持ちじゃ。ワシと同じ要領で伝達の魔法を使うと、とんでもない大声になるぞ? 注意せよ」
「あっ、そーいえばそうだ。気を付けるね」

 パルフェが部屋の隅から魔法を飛ばす。

『パルフェだよ。にこっ』
「うむ、明瞭に聞こえる」
「合格じゃの。覚えだけは早い」

 しかし少し説明されただけで、全然知らない魔法をすぐ使えるようになるのか。
 どれだけ規格外なんだ。

「パルフェ様」
「あっ、お姉ちゃん久しぶりー」
「何と美しい! パルフェ、紹介せい!」
「シスター・ジョセフィンだよ。どっかの公爵家のお姫様」
「貴女がシスター・ジョセフィンか。名前は耳にしておった。かほど美しき女性だったとは! 花も恥じらうとはまさにこのこと」
「お姉ちゃん、注意してね。じっちゃんは美女に見境がないんだ」
「ええと……」

 シスター・ジョセフィンのこれほど困惑している顔は初めて見るな。
 新鮮な感じがする。

「漂泊の賢者と言われているフースーヤ殿だ。パルフェの魔道の師匠」
「えっ? あの有名な?」
「そうじゃ、有名なフースーヤじゃ」
「おいこら、あたしのお姉ちゃんに触るな。ぶっとばすぞ!」
「少しは師匠を敬え!」

 てんやわんやだ。
 本当によく似た子弟だなあ。

 シスター・ジョセフィンが俯きながら言う。

「申し訳ありませんでした」
「「えっ? 何が?」」

 キョトンとした顔も似ている。
 子弟というより、祖父と孫のようだ。

「私の魔力で国防結界を維持できるなどと、うぬぼれていたのです。思い上がりでした」
「お姉ちゃんは全然悪くないよねえ?」
「勘違いさせたのはワシが悪かった。純粋な聖属性魔力を扱える者がいなければ結界は持たぬと、早期に通告しておくべきだった」
「そーだ、じっちゃんが悪い!」
「お主が早く王都に帰還しておれば! 追放になどならなければ! そもそも王都になど来なければ! レディ・ジョセフィンが気に病むことはなかったではないかっ!」
「運命に翻弄された薄幸の美少女を責めなくたっていいじゃないか。あっ、その薄幸の美少女を王都に連れて来たり追放したりしたおっちゃんがそこにいるわ」
「すまなかった」

 これに関しては私が悪かった。
 パルフェを王都に連れて来たことも追放したことも、今から考えると誤りだった。

「えっ? いや、エンターテインメントの最中にそう頭を下げられると困っちゃうんだけど。王都も楽しかったし、ギガトードも美味しかったよ」
「うむ、アナスタシウス殿の持っていた情報からは適切な判断だったと思う。追放後パルフェから目を離さなんだこともグッドじゃ」
「はあ、しかし……」
「ダメなのはレディ・ジョセフィンでもアナスタシウス殿でもない。あのゲラシウスとかいう大司教じゃ!」
「んーカツラのおっちゃん?」
「でもゲラシウス猊下は修道士修道女からの評判は高かったんです。うまく聖教会を運営していると」
「パルフェの追放を撤回せず、行方も追わず、ヴィンセント聖堂魔道士長の献策も聞かず放置。結果世界を危機に晒した! それだけで一〇ぺんは縛り首だわ!」
「大変だ。首の数が足りなくなってしまう!」

 ゲラシウス殿を大司教の後任に推したのも私だ。
 責任を感じてしまうな。
 他に選択肢などなかったが。

「明日、ゲラシウス大司教の断罪が行われる予定じゃ。現聖教会幹部とアナスタシウス殿、パルフェは王宮に召喚されておる」
「へー。王宮行くの初めてだな」

 聖教会の落ち度とはいえ、ガン首揃えて王宮に出頭するのは王家とのパワーバランス上よろしくないことだ。
 兄陛下は理解しているのか?

「ゲラシウス猊下への罰はいかなることになるのでしょうか?」
「ワシが思うに、極刑は免れ得ぬのではないか」
「そんな……」
「一番悪いのは自然派教団じゃんねえ」
「そうだ、シスター・ジョセフィン。自然派教団のテロ実行者達はどうなったのだ?」
「全員幽閉されていると聞きます」

 ふむ、自然派教団のテロは一応終息したと考えていいな。
 となると明日の王宮での裁きで全ての決着がつく。
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