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婚約破棄されましたけど、御先祖様のおかげで『わたくしは』救われました

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 まあ情報は入ってた。
 入ってなくとも、漏れ出すやる気が満々で不快感を催させるほどだった。
 何のことかって?
 オリヴァー第二王子殿下のワンマンショーだよ。
 弟のことを『殿下』付けするのも何だけど。

「カトリーナ・アークビショップ。私はそなたとの婚約を破棄する!」

 あーあ、始まった。
 どうするんだ、これ?
 選りによってアークビショップ侯爵家主催のパーティーでだもんな。
 嫌がらせにもほどがあるだろ。

 カトリーナ嬢も固まってしまってるじゃないか。
 気の毒に。
 オリヴァー殿下とブレンダ・ギボン男爵令嬢とのロマンスはよく知られるところで、婚約者であるカトリーナ嬢が蔑ろにされていたこともまた周知の事実だ。
 婚約解消に至ることは既定路線だったろうが、カトリーナ嬢もまさか公開婚約破棄宣言なんて辱めを受けるとは思ってなかったんだろう。

「オリヴァー様、どういうことでしょうか?」

 震える声で説明を求めるカトリーナ嬢。
 思ったより気丈だな。
 しかし悪手だぞ?

「どういうこととはこれいかに。そなたが身分を笠に着てこれなるブレンダ・ギボン男爵令嬢を虐めていたことは知っておるぞ」
「いいえ、そんなことは……」
「ブレンダは私にとっての真実の愛なのだ」

 ブレンダ・ギボン男爵令嬢か。
 清楚なカトリーナ嬢とは真逆の、男好きのする美貌の持ち主であることは間違いない。
 婚約者のいるオリヴァー殿下に近寄ることはもちろん褒められたことではないが、その側近まで含めて誑し込む手腕は大したものだ。
 最初は殿下にもブレンダ嬢にも苦言を呈する者はいたが、最後にはカトリーナ嬢だけになってしまった。
 とばっちり食ってはかなわんからな。
 それを虐めと捉えられてはカトリーナ嬢も浮かばれん。

「カトリーナ様は会うたび睨んでくるので怖いのですう」
「ああ、そうだったか。もうこれからカトリーナは私に意見する立場でないから安心せよ」
「……」

 蒼白になるカトリーナ嬢。

 ……ギボン家は男爵とはいえリーフレイス侯爵家の庶流で、本家との関係は悪くない。
 適当な妃候補のいないリーフレイス侯爵家にブレンダ嬢が養女として入り、オリヴァー殿下の婚約者となることはあり得る。
 神事や伝統を守る立場のアークビショップ侯爵家と、新興で経済に強いリーフレイス侯爵家は対立することも多い。
 オリヴァー殿下がブレンダ嬢を選んだことは、今後王家がリーフレイス侯爵家を重視すると解釈されるだろう。
 気の毒だが、カトリーナ嬢に付くものはいないと思われる、俺以外は。

「ハハハハハ! どうなのだカトリーナ! 陛下やリーフレイス侯爵家の了承は取れている。そなたが頑張っても婚約破棄は変わらんぞ?」
「そうよ! 私がオリヴァー様のお嫁さんになるには、あなたが邪魔なんですからねっ!」

 ん? 急にどうした?
 オリヴァー殿下とブレンダ嬢の雰囲気が変わったな。
 本音が出過ぎというか、取り巻き連中が慌ててるじゃないか。
 まあこの場で陛下やリーフレイス侯爵家の了承は取れているなんて叫ぶのは、本当だとしたら情報の出し過ぎだ。
 王命で決まった婚約だろうに簡単に覆されては、貴族の間で動揺が走るぞ?
 バカも極まる。

「……婚約破棄、承りました」
「ハハハハハ! この場を去れ!」
「……はい」

 見ちゃいられない。

「……クライヴ殿下?」
「カトリーナ嬢、手を」
「……ありがとう存じます。助かります」

 カトリーナ嬢をエスコートして退場する。
 えらいことになったもんだ。
 オレもババを引いてしまったか?

          ◇

 ――――――――――一〇日後。

 たった一〇日で状況は激変した。
 オリヴァーは廃嫡され、ブレンダ嬢は修道院に放り込まれた。
 陛下とリーフレイス侯爵家の権威に縋り、無断でカトリーナ嬢を婚約破棄したかどで……と表向きはそういう理由になっている。

 立太子間近だったオリヴァーから『殿下』の敬称が取れ、婚約破棄されたカトリーナ嬢をエスコートしたため何らかの処罰を覚悟していたオレが一躍王太子候補筆頭だ。
 オリヴァーが嫡男だったから、第一王子とはいえ側妃の子であるオレにお鉢が回ってくるとは思わなかったのだが。
 どうしてこうなった?

 王宮医務室でオリヴァーの症状について話をする。

「パーティー当日、オレが退場した時点ではちょっと興奮していて言動が考えなしだな、と思ったくらいなんだ」
「その後は結構ひどいぞ?」

 腕のいい王宮医であるアイクはオレの叔父でいい兄貴分だ。
 正妃様に睨まれていた側妃腹の俺をよく庇ってくれた。

「レポートを見るかい?」
「要約して話してくれ」
「二日目には興奮が収まらない状態になり、ものを乱暴に投げ散らかすようになった。三日目には散発的に高笑いするようになり、ほぼ意思の疎通ができなくなった。四日目にはもう人とものとの区別も付かなくなったようだ」
「恐ろしい……」

 わけがわからない。
 何故急にオリヴァーはそんなことになったんだ?

「カトリーナ嬢の防御反応だと思うんだ」
「防御反応? 魔術の一種か?」
「理解が早いね。おそらくは、だけど」
「カトリーナ嬢が婚約破棄され、その防御反応でオリヴァーとブレンダ嬢の脳が壊れた……」

 魔術なんて遠い昔に失われてしまったはずのものだ。
 しかしアイク叔父がそう考えているなら蓋然性があるのだろう。

「治る見込みはないんだな?」
「壊れた脳は治らないよ。陛下とリーフレイス侯爵家がオリヴァーを処分する判断を下した理由もわかるだろう?」

 つまりオリヴァーが廃人になり国を統治できる見込みがなくなったから、罪を全部被せて事態の収拾を図ったということだ。

 オリヴァーと呼び捨てにするのもまだ慣れない。
 常に殿下呼びを強制されていたから。
 正妃様の唯一の子だったオリヴァーは別格だった。

「カトリーナ嬢に未知の特別な力がある、ということか?」
「推定だよ? でもアークビショップ侯爵家の娘だから」

 アークビショップ侯爵家は古い家だ。
 勇者として魔王を倒した始祖王様を支えた賢者様の直系と言われている。
 もっとも千年も昔のことだから、どこまでが事実でどこからが伝説なのかわからない。

「とても信じられない。証拠はないんだろう?」
「ない。しかしちょっと面白い事実があるんだ。読むかい?」
「これは?」
「アークビショップ侯爵家で聞き取り調査したんだ。そのレポート」

 アイク叔父はそんなこともしてたのか。
 医師のやることじゃないと思うが、さすがに他の者とは視点が違う。

「カトリーナ嬢は昔、盗賊団に誘拐されかけたことがあったそうだ」
「何だと?」
「ところが盗賊団は同士討ち、全員死亡らしい」
「……あり得ない」
「そう、あり得ないと言ったら、一〇日前に突然どなたかさんの脳が破壊されたことに比べてもよっぽどあり得ない」
「……ふーむ」
「賢者様の血を引くカトリーナ嬢が、自分に危害を加えようとする者を発狂させる力を持っているとすれば、全て説明が付く。それだけの話さ。もちろん証拠なんてない」

 精霊王に愛された者とか聖女とか。
 異能の持ち主なんてものは御伽話の中の存在だと思っていたが、どうやらカトリーナ嬢がそうだとすると矛盾がないらしい。

「で、どうすればいいんだ?」
「どうすれば、とは? もしカトリーナ嬢が件の能力を持っているのが本当だとしても、自由に操れる可能性はまずないよ。極度に精神が追い詰められた時に無意識に発動するんじゃないかな」
「いや、そのことじゃなくて、オレの今後がだね」
「放っときゃクライヴが立太子されると思うがね」

 オリヴァーとブレンダ嬢の気が違ってしまい、治癒も不可能なことを知った陛下は、すぐさまオリヴァーを切り捨てアークビショップ侯爵家との関係を修復することを選んだ。
 リーフレイス侯爵家もまた、オリヴァーが夜会で述べたことは事実無根と言い切った。
 この辺の決断はさすがだ。

「カトリーナ嬢は正妃クリスティン様の評価が高かったから、オリヴァーの婚約者とされたと聞いたよ」
「賢くて物腰が柔らかいからな。勝気な正妃様とは性格が合うんだろう」

 正妃クリスティン様に子はオリヴァーの一人だけ。
 年齢から今後子が生まれることも考えにくい以上、側妃腹の王子の中から太子が選ばれることになるだろう。

「もうクライヴに決まりじゃないか」

 妃教育が進んでおり、正妃様との関係が良好なカトリーナ嬢が王太子妃になることはほぼ確定なのだ。
 となると夜会の日、カトリーナ嬢の手を取って退出したオレが王太子となるだろうとの大方の予想。
 本当にどうしてこうなった?

「クライヴは辛抱強いし優秀だ。全然問題ないね」
「そうか? オレは正妃様が苦手なんだが」
「ハハッ、あの方はどの王子に対してもキツいぞ? それこそ実子のオリヴァーに対してもな」
「そうなのか?」
「ああ、正妃様を避けてるクライヴは知らないかもしれないが、誰よりも国を大事にしている方だと見るね。そしてカトリーナ嬢を買っていた。だからカトリーナ嬢の公開婚約破棄についても、オリヴァーは正妃様には伝えてなかったんだろう」

 頷かざるを得ない。
 あれはどうやらオリヴァーと陛下とリーフレイス侯爵家の間で取り決められたことのようだから。
 ブレンダ嬢を正妃としたいオリヴァー、経済政策を重視したい陛下、王家に食い込みたいリーフレイス侯爵家の思惑が一致したんだろう。
 結局オリヴァー一人に責任を押し付けたわけだが。
 ああ、事後に正妃様が激怒している様子が目に見えるようだ。

 アイク叔父がウインクする。

「早めにカトリーナ嬢を連れて、陛下と正妃様に挨拶すべきだと思うよ。殿下」

          ◇

 ――――――――――一〇年後。

 クライヴ王とカトリーナ妃の下、王国は発展した。
 アークビショップ侯爵家の指導で復活された古い時代の儀式が、連年の豊作を生んでいるとされる。
 もちろん真偽のほどは定かでないが。

 先王の正妃クリスティンはカトリーナ妃と仲が良く、今日もお茶会をしていた。

 ――――――――――

「ねえ、カトリーナちゃん。オリヴァーのこと覚えてる?」
「もちろんですよ」

 驚きました。
 わたくしが婚約破棄されてから、オリヴァー様のことがクリスティン様の口から話題になったのは初めてです。

「オリヴァー様のことは……その、すみませんでした」
「アハハ、いいのよ。あの子がおバカだったんだから」

 オリヴァー様とブレンダ様の気が触れたのはわたくしに責任があるようなのです。
 何でも賢者様の血が私を守ってくださったがための結果らしいのですが。

「元々オリヴァーは出来が悪いと思ってたのよ。それでも支えることが王国の安定だと思ってたけど、カトリーナちゃんを婚約破棄するほどおバカだとは思わなかったわ」

 ふっ、とため息を吐くクリスティン様。

「カトリーナちゃんは被害者よ」
「ですが……」
「大体ブレンダでしたっけ? あんな物知らずの子に王妃が務まるはずないでしょう。男どもは何を考えてたのかしら?」

 歯に衣着せぬ切れ味鋭い物言い。
 時には陛下を叱咤することもあると聞きます。
 わたくしも見習うべきところがありますね。

「カトリーナちゃんが王妃でよかったわ。王国のためにはね。ブレンダがオリヴァーとともに国を治める未来があり得たかと思うとゾッとする」

 クリスティン様は王妃の中の王妃です。
 自分の子であるオリヴァー様よりも国を優先していらっしゃったのです。

「クライヴ陛下はどうなの?」
「お優しいです」
「そうね。本当は貴族間の力関係を考えて側妃を娶るべきなんでしょうけれども」

 わたくしもそう思います。
 しかし陛下は頑なに側妃を迎えようとなさらないのです。

「でも間違いじゃないと思うわ」
「そうでしょうか?」
「結果として御子には恵まれたし、賢者の裔たるカトリーナちゃんが安定してますからね」
「えっ?」

 ひょっとして暴走するかもしれないわたくしの未知の力が危険物扱いされていますか?
 本当に申し訳ないです。

「二人でお茶会かい?」
「あら、陛下。カトリーナちゃんをお借りしてますわよ」
「ハハハ、どうぞ」

 陛下も参加のようです。

「ああ、潤うな」
「タイムのハーブティーにハチミツを入れたものです」
「ねえ、せっかくハチミツが入ってるんだから、二人の甘いところを見せなさいよ」
「ええっ?」

 もう、クリスティン様ったらお茶目なんですから。

「違うのよ。きっと賢者様の加護は、カトリーナちゃんが幸せだと周囲にも恩恵があるんだと思うの」
「そ、そうでしょうか?」
「こんなところでどうですか」

 陛下に抱きしめられます。
 恥ずかしい。
 クリスティン様がニッコリしてます。

「あらあら、お熱いこと。国はまだまだ安泰ね。汗をかいてしまったのではなくて? もう一杯ハーブティーをどうぞ」
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