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シンシアは運がいい

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「ロクに実戦経験もない皇太子殿下が総司令官ですよね? しかも十分な数の兵を揃えてもらえず。どれだけジョロキア第二皇子派リーパー第三皇子派に嫌われているのかと」
「やはりツィートリアからはそう見えるか」
「当然でございましょう?」
「……当時、北方の蛮族どもが蠢動していてな。ツィートリア戦に投入できる戦力は限られていたのだ」
「ツィートリアは実、北の異民族は虚でございましょう? 虚に脅えて実を疎かにするなどあり得ぬことでございます」
「うむ……」

 苦々しげなのか面白がってるのか、測りがたい表情です。

「ちなみにシンシア嬢がパメライデスの最高権力者ならどう采配した?」
「当然ツィートリアには経験豊かな司令官と十分な兵力をもって当たります。北へはまず使者を送りますね」
「オレが総司令官では力不足だったか?」
「勝つべきに勝つ状況を作り出すのが戦略です。ハバネロ様の実際の指揮能力統率力とは関係がありません」

 用兵巧者の声望を確立している今だったら、ハバネロ様が総司令官たることは第一選択でしょう。
 しかし戦いの始まった二年前、ハバネロ様はまだ十代で、その軍事的天才は知られていませんでした。
 信頼できない司令官を戴いたパメライデス兵の士気低下はいかほどだったでしょうか?

「シンシア嬢は美しいな」
「は?」

 いきなり何でしょう?
 あまりにも唐突です。

「歳は一七だったか?」
「さようです」
「ツィートリアでは評判の美人令嬢とのことではないか。婚約者がいないのは何故なのだ?」
「父の納得する令息がいなかったということもありますが……」

 戦争初期には既に、パメライデスを圧倒することができないという認識がありました。
 いずれも婚姻していないパメライデスの皇子の妃として送り込むということが検討されていたのです。
 私以外に二人の王女殿下も同じ事情で、婚約者を定めておりませんでした。

「ほう。ツィートリアから仕掛けてきた戦だろうに、かなり早い内に出口を模索していたのだな。強かなことだ」
「愚かな戦でした。しかしパメライデスがツィートリアに勝っていたのは、ハバネロ様の戦闘指揮能力だけでしたよ」
「……うむ」

 兵数、武器弾薬、兵糧、本国のバックアップの全てにおいて、ツィートリアがパメライデスを凌駕していました。
 情報と個々の武勇においては、あるいはパメライデスは自軍の優位を誇ったかもしれませんが、資料を見る限り互角だと思います。
 つまりツィートリアは、ハバネロ様一人に主導権を握られたと言っていいのです。

「ハバネロ様こそ婚約者がおられないではないですか。何故なのです?」
「シンシア嬢ならばわかるであろう?」
「……想像は付きますが」

 皇太子に立てられる際にもかなりのドロドロした争いがあり、幾人かの有力者が処刑されたと聞きます。
 その後母の正妃様とその父公爵を相次いで亡くし、ハバネロ様は後ろ盾を失ったのです。
 側室腹であるジョロキア第二皇子とリーパー第三皇子の勢力が日の出の勢いであったろうことは想像に難くなく、誰が好き好んで落ち目のハバネロ様の婚約者になりたがるでありましょうか?

 ツィートリア戦で総司令官に任命されたのも、死んでこいという意味だったでしょう。
 ところがハバネロ様は想定外の功績を挙げてしまった。

「だから後ろ盾をツィートリアに求めた。違いますか?」
「違わない」
「敵国に助けを求めるなんて非常識ですよ」
「ハハッ。その敵国と戦ってる間に、国内の有力貴族は弟どものどちらかに与してしまった者が多くてな。軍の士官や市民の支持はあるんだが」
「救国の英雄ですからね」

 つまり戦争を優勢に進めながら、その助力を必要としたためツィートリアを追い詰め過ぎることをしなかったということです。
 完全に戦況をコントロールしてるじゃないですか。
 しかも理解されにくい。
 一つ間違えれば利敵行為にも通じるのですから。

「正直、期待はしていなかった」
「それで美姫を差し出せという表現になったのですね?」
「そうだ」

 皇太子妃を迎えるとバカ正直にツィートリアに伝えることは、戦争をパメライデス優位に終結させながら弱みを見せることになります。
 つまり皇太子としての立場の危うさとパメライデス国内の綻びをツィートリアに晒してしまう。
 同時にパメライデス国内では、ツィートリアに媚を売る姿勢が責められるでしょう。
 美姫を差し出せという、一見傍若無人にも見える条件は、その意図を正確に読み取ることのできるパートナーを探しているとのメッセージに違いありません。

「もし目的に合致しない御令嬢がドナドナされてきたら、どうされるつもりだったんですか?」
「そりゃもちろん笑い者になってもらったさ。敗戦国ツィートリアからやって来た哀れな道化として、国民の鬱憤を晴らす材料にしたろうな」
「ひどい人」
「褒め言葉かな? オレは少しでも支持を得なければならんのでね。見世物にしかなれないならばその役を振るのは当然だ」
「私は合格ですか?」
「さてどうかな?」

 意地悪ですね。
 急に表情の引き締まるハバネロ様。

「……二人の王女のどちらかを送り込んできたら、妃として迎え入れようと思ってたんだ」
「そうでしょうね。でも王女殿下がいなくなると、ツィートリア国内がまとまらなくなりそうなんですよ」
「……うむ」

 二人の王女殿下は美しく聡明な方です。
 御自分の役割を理解されているはずです。
 おそらくは年周りの合う侯爵令息と辺境伯令息に嫁ぎ、勢力バランスを王家側に傾けて国内の結束を高めることでしょう。

 ……ハバネロ様は、現段階でツィートリアの国力が落ちることを望んでいないに違いありません。
 何故なら自分のバックとしてある程度の存在感が欲しいから。

「公爵令嬢では重みが足りないと思ったのは事実なんだ」
「それは実は……私もなのです」
「ところが君はドナドナ令嬢として、ツィートリア国民の同情を一身に集めてきたろう?」
「計算外でした」
「おまけに勇将クレイグ・ヘイワードを引き連れてきた」
「それも計算外でした」
「ではシンシア嬢は運がいいんだな。オレはその運を……」

 あれ、そこで切るセンテンスじゃないでしょう?
 ハバネロ様どこを見てらっしゃるんです?
 私の後ろのアン?
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