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鋭い瞳の奥にあるもの2
しおりを挟む「リアーヌ、ちょっといい?」
フェリクスと別れ仕事に戻ろうとすると、メイド仲間のエミーに呼び止められた。エミーは私がここへ来たばかりのころ、仕事をずっと教えてくれていた。今では城でいちばん仲の良いメイドだ。
「どうしたの?」
「これ、私のかわりに陛下のところに持っていってくれない? 近々ある会議の書類なんだけど」
「いいけど、なんで私が?」
「それは、えーっと……今日は陛下、朝から機嫌悪そうだったから。怖いなって」
「なによその理由」
「いいでしょ! リアーヌは陛下と仲良いみたいだし! ねっ! お願いよ!」
エミーは私に書類を押し付けると、逃げるように去って行った。
別に私は構わないけど、たまにあるのよね。こういうお願い。私がいなくなったらどうするつもりなのだろう。この手を使えるのも、あと一か月半だというのに。
それにしても、ギルバート様が機嫌が悪いっていうのは本当かしら。だったら、なにか機嫌が良くなるようなものをついでに持っていけたらいいのだけど……。
そうだ! 甘いものでも食べたらいいかも! 厨房に行って、料理長になにかお菓子でも作ってもらおうっと。
「ブレットさん!」
厨房に行き、ちょうど晩餐の準備を始めようとしている料理長のブレットさんに声をかける。ブレットさんは体が大きくてゴツめの男性で、あまり料理人には見えないが、作る料理は最高に美味しい。
エミーはブレットさんがタイプらしく、なにかと言い訳を考えてよく私も一緒に厨房へ連れて行かれていた。
「リアーヌ! 今日はひとりなのか。どうしたんだ」
「ギルバート様になにか差し入れ持っていきたいんだけど、お菓子とかない?」
「陛下に? さっき焼いたクッキーなら余ってるが……」
「うわぁ……美味しそう……」
キッチンの上に、カラフルな星型のクッキーが並べられたお皿が置いてある。どれも美味しそうで、おもわずごくりと生唾を飲んだ。
「けど、陛下の口に合うかわからないぞ。陛下が甘いもの食べてるとこなんて、昔からほとんど見かけないしな」
「出さないから食べないだけじゃない? 本当はすっごく好きかもよ。ほら、陛下って子供っぽいとこあるし」
「どんな理屈だ。俺は陛下が紅茶に砂糖を入れてるところも見たことないぞ」
「え!?」
嘘でしょう。私、この前たしかに見たわよ。ギルバート様がフェリクスの前で砂糖を三つも入れていたところ……。
まさかギルバート様、みんなの前ではかっこつけてる?
「なに驚いてるんだ? リアーヌ」
「いや、なんでもないわ。あ、このクッキーはもらっていくわね」
「別にいいが、無理に食べさせたりするんじゃないぞ。余ったら、エミーとでも食べてくれ」
「わかったわ。ありがとう」
私はティーワゴンの上にクッキーを乗せ、用意していたお茶と書類と共にギルバート様がいる執務室まで運んでいく。
「ギルバート様! 失礼します!」
ノックをし扉を開けると、足を組んで本を読んでいるギルバート様の姿があった。
「……お前なぁ、いつも返事を待ってから開けろって言ってんだろ」
「すみません。すぐ開けちゃうクセがついちゃってて」
「変なクセだな。なんの用だ」
「これ、書類が届いていたみたいです」
「ああ……そのへんに置いておいてくれ。そうか、もうすぐ会議か。めんどくせぇ」
私にはなんの会議かわからないが、ギルバート様は気だるげそうに伸びをしながらそう言った。
「あと、ついでにお茶とお菓子持ってきたので、ご休憩なさってはいかがですか?」
「……お前、そんな気が利くことできたのか」
「失礼ですね。そのくらいできますよ」
「はっ! いつも用もなく勝手に来て、どうでもいい世間話するだけのやつがよく言うな」
そう言いながらも、ギルバート様の声色はさっきよりも機嫌が良さそうだ。フェリクスの言う通り、ギルバート様はもしかして本当に私に構ってもらうのが楽しいのだろうか。そう思うと、目の前で悪態をついているギルバート様がかわいく見えてきた。
「ギルバート様、お砂糖はおいくつですか?」
「……いらねぇ」
お茶を淹れながら訪ねると、少し間があったあと、ギルバート様は言う。
「……本当に?」
「しつこい。いらないって言ってるだろ」
「フェリクスの前では三つ入れてるのに?」
「…………」
気まずそうに目を逸らすギルバート様。どう言い逃れようか考えているのだろうか。
「ギルバート様、甘いもの好きなんでしょ? どうして隠すんですか。お菓子もみんなの前だと食べないらしいじゃないですか。いったいなんの意味があるんですか?」
「うるせぇな! ……二十年間も隠してていまさら好きでしたって、かっこ悪いだろ」
「そもそもなんで隠してたんですか?」
「この見た目で、男で、王族で、好物が甘いものなんて言えるか! 黙ってでかい肉とか苦いもの飲んでるほうがかっこいいだろ」
「ちょっと言ってることがよくわからないですし、逆に隠れてこそこそ食べているほうがかっこ悪いかと思います」
「お前……なかなか言うじゃねぇか」
思いのほかくだらない理由で、私は拍子抜けしてしまった。甘いものが好きな王族なんて、この世にたくさんいるというのに。
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