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歩く攻略本サラの憂鬱3

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「お嬢様! リアーヌお嬢様!」

 名前をいくら叫んでも、お嬢様からの返事はない。
 不気味な赤い光が森を照らす。空を見れば、真っ赤な月が嘲笑うかのように私を見下している。
 ――恐怖を感じた。急に、森が不気味に思えた。本当に、森の中に飲み込まれる気がした。

「まさか、お嬢様……」

 ただの噂だ。迷信だ。そう思いながら、私は今なにを考えている?

「いや、まさか……ね」

 その後必死で捜索をしても、お嬢様に会うことは出来ず。
 お嬢様は、きっとここに来ること自体を拒んだんだ。そう思って心を落ち着かせ、一晩を過ごした。
 朝になっても、心の中のざわつきは収まることはなく、私はいてもたってもいられずにまた森の中を捜しまわった。お嬢様が屋敷にいるなら、さすがに私に迎えの馬車をよこすはず。本来の予定ならば、馬車は今日の夜来ることになっている。未だに馬車が来ないということは、お嬢様は予定通り昨夜屋敷を出発した可能性が高い。

 もし私のせいで、お嬢様が死んでしまったりしたら……。

 守るどころか、危険な目に遭わせるなんて、私はお嬢様の侍女失格だ。
 いや、でもそれは最悪の事態。あのお嬢様が、そんな簡単に命を落とすはずがない。

 木々をくぐり抜け、道が開けたところに出ると、見覚えのある帽子が落ちていた。
 あれは、私がお嬢様の誕生日プレゼントであげた帽子だ。
 やはり、お嬢様はこの森に来ていた。
 すぐに帽子を拾い上げる。周りを見渡しても、お嬢様の姿はない。

 もう、どうしたらいいかがわからず膝をついてしまいそうになった。でも、私がここで止まったところで、お嬢様のほうから来てくれることはない。
 夜まで馬車を待つことができず、私は自分の足で屋敷まで戻ることにした。馬車では一時間程度で来れる場所だ。帰り道は下りだし、ぬかるみは一晩でだいぶマシになり、足場は安定している。
 足がパンパンになり、呼吸も乱れる。それでも、私は必死に足を動かして森を抜け、屋敷まで戻った。すっかり日は落ちている。
 ちょうど迎えの馬車を出そうとしていたのか、門の前で馬車の準備をしている使用人仲間のヤンを見つけた。ヤンは私に気づくと、ぎょっとした顔をして駆け寄って来る。

「サラさん! どうしたんですか!?」
「……お嬢様は、リアーヌお嬢様は、屋敷に戻って来てる?」
「いえ。リアーヌ様は、昨夜自分が森まで馬車でお送りしました。……まさか、リアーヌ様になにかあったんですか!?」
「……どこにもいないの。昨日、森にある家にお嬢様は来なかった。必死に捜したけど、この帽子しか見つけられなくてっ……!」
「そんな――! ああ、私が最後までお送りしなかったせいだ」

 その場で泣き崩れるヤン。話を聞くと、不安定な地面を馬車で走らせることを懸念したお嬢様が歩くと言い、途中で馬車から降りることを許可してしまったと言う。ヤンの過失ではあるが、たしかに昨日のぬかるみでは細い道を馬車で通るよりは歩いたほうがマシだっただろう。それに、降ろした場所も家からすぐ近いところだった。
 自分を責めるヤンを見て、胸が締め付けられる。もとはと言えば、すべて私が原因だ。ヤンも、私に巻き込まれたひとりに過ぎない。

 騒ぎを聞きつけたのか、屋敷から奥様と旦那様、ヴィクター様も出て来る。お嬢様がいなくなったことを伝えると、奥様と旦那様は青ざめ言葉を失くした。ヴィクター様は血相を変え、すぐに森へ向かおうとするが、旦那様に押さえつけられている。

「離してください父様! リアーヌが、リアーヌがっ!」
「落ち着けヴィクター! 気持ちはわかるが、暗いなか闇雲に捜すのが得策だといえるのか!? サラが何時間捜してもいなかったと言っている。ちゃんと捜索願を出して、明るくなってから捜すほうがいい」
「そんなのんきなことしていられません! その間にも、もしかしたらリアーヌはひとりで助けを待っているかもしれない。……サラ、君はなにをしているんだ! リアーヌがいないとわかった時点ですぐに、救援を頼むべきだっただろう!」
「……仰る通りです。本当に、申し訳ございません……!」

 ぐうの音もでない正論だ。これ以上ないくらい、私は深々と頭を下げ続けることしかできない。
もっと私がしっかりしていれば。混乱して、冷静さを失っていた。……もう、何日も前から。

「サラ、よく自分で戻ってきたわね。とりあえず一回休みなさい。また明日みんなで捜しましょう。大丈夫。あの子は仮にもあの森で暮らしていた子よ。きっと無事でいるわ」
「……奥様」
「ほら、ヤンも頭を上げて。ヴィクターも、痛いほど気持ちは伝わったから、今晩はおとなしくしていなさい」

 お嬢様の生みの親である奥様に言われ、ヴィクター様も口をつぐむ。

「……っ! もしリアーヌになにかあったら、僕は君たちを許さない」

 ヴィクター様はそう言うと、納得していない表情で屋敷に戻って行った。
 私も奥様に支えられながら、お嬢様のいない屋敷で一晩を過ごした。

◇◇◇

 夜が明けた。
 旦那様はすぐに王都の自警団に連絡し、お嬢様が行方不明なことを伝える。しかし自警団の半数以上が、現在王都のはずれで起きた火事の救援に向かっているようで、本格的に動けるのは午後過ぎと言われてしまった。素人が勝手に動くのは危ないと言われ、私たちは屋敷での待機を言い渡される。

 動きたいのに動けない。その気持ちが苛立ちを募らせ、ヴィクター様は限界が近いように見えた。

「――もう我慢できない! 僕だけでも先に森へ向かう! 今すぐ馬車を出せ!」
「ヴィ、ヴィクター様っ……」
 
 メイドが立ち上がり歩き出すヴィクター様を止めようとするが、それを奥様が制止した。

「……そうね。私ももう待てないわ。ヴィクターの意見に賛成よ」

 奥様も、限界だったようだ。
 こうなるともう誰にも止めることはできない。旦那様も納得し、自警団の忠告を無視して私たちが森へ行こうとした――そのときだった。
 屋敷の外に出た私のもとに、ひらひらと一通の手紙が飛んでくる。まるで、風が私に手紙を運んできたように。

「これは……!」

 手紙に書いてある文字を見て、私は驚きの声を上げた。

〝アンペール家のみんなへ〟

 そこには、お嬢様の字でそう書いてあったのだ。
 
「貸せ!」

 すぐにヴィクター様に手紙を奪われ、普段のヴィクター様とは思えないほど荒々しく封を開けると、中には小さなメッセージカードが入っていた。

〝お兄様、あの言い伝えは、半分本当だったようです。私は無事です。なので安心してください。平和で楽しそうなところにいます。次のレッドムーンまでに、必ず戻ります。心配無用です。〟
〝P.S サラへ。私が帰るまでの間、よろしく頼むわね〟
〝リアーヌより〟

 すぐに理解できる内容ではなかったが、何度見返してもそれはお嬢様の字だった。
 見慣れたお嬢様の字で書かれたその手紙を、そこにいる誰もが偽物だと思うことができず、ただ呆然と立ち尽くす。というか、どこからこの手紙を飛ばしてきたのだろうか。

「――レッドムーンの日、森がリアーヌをどこかへ連れて行ったとでもいうのか?」
「深い森の中に入ると、王国に戻って来れない、という噂のことですよね」

 ヴィクター様のひとりごとのような呟きに、私は食いつく。


「そうだ。でもそんなことが実際に起きるなんて……」
「でもこれは間違いなくリアーヌの字よ。……あの子ったら、勝手にどこかへ行くなんて」

 そのとき、私はとあることを思い出した。

 ワンラブには、〝隠しルート〟が存在するということを。
 残念ながら、隠しルートの追加は後に出る予定のリメイク版からだったので、私はプレイすることができなかった。なぜならその前に死んだからだ。

 しかし、死ぬ間際に行ったワンラブのイベントで、隠しルートの内容が少しだけ公開されたのだ。私はその隠しルートの内容を思い出した。

 それは――レッドムーンと呼ばれる夜に森へ行く選択肢を選ぶと、今までのワンラブとはまったく違う世界観のルートに突入できるということ。新たな攻略対象と、新たな物語を体験できる、と大きく宣伝していた。たしか……魔法がテーマになっていたような。
 今までのワンラブは魔法とは無縁で、ただただ青春学園生活を送るだけのストーリーだった。
 しかし、この世界には以前魔法使いが存在している。その設定はリメイク前からあったので、もしかするとワンラブの制作陣は最初からリメイク版を作ることを視野に入れていたのかもしれない。

 それに今思えば、通常版のワンラブの世界にレッドムーンなんてものは存在していなかった。だとすると……この世界は、リメイク版のワンラブの世界なのではないだろうか。どうして私は今まで、こんな重要なことに気がつかなかったのか。
 私が森にお嬢様を誘ったのはただの偶然に過ぎない。でも、偶然に偶然が重なったのだとしたら。

「お嬢様は、もしかして――」

 アイリスではなく、お嬢様がその隠しルートとやらに突入してしまったのではないか。だとしたら、少しだが納得できる。レッドムーンの夜、森でいきなり消えたことも、こうしてどこかわからない場所から、不思議な力を使い手紙を送ってきたことも。

「サラ、リアーヌの居場所になにか思い当たるところがあるの!?」

 私の呟きに、奥様が反応する。

「い、いえ。詳しくはわかりませんが――。ひとつ言えるとしたら、お嬢様は別の世界のような場所にいるのかもしれません」
「……サラ、君はなにを言っているんだ。そんな非現実なことを言って、頭がおかしくなったんじゃないか?」

 大真面目に言う私を、ヴィクター 様が一蹴りした。
 ……そりゃあそうか。こんなこと、誰も信じるわけがない。

 結局その後、何日か捜索をしたが、お嬢様はどこにもいなかった。
 途方にくれた私たちはお嬢様からの手紙を信じ、次のレッドームーンの日を待つことにした。現状、それがいちばんの得策だと判断したのだ。
 
 結果――幸か不幸か、お嬢様の学園への入学は遅れることとなった。

 最後の追伸。これはきっと、お嬢様は自分が学園に入学するのが遅れることをわかったうえで、私がやろうとしていたことをやれと言っているんだろう。
 予定とはちがう展開だけど、お嬢様が与えてくれた機会を、私は絶対に無駄にしない。お嬢様が帰って来るまでの間に、必ずお嬢様を救うためになる情報をひとつでも多く得てみせる。

「それにしても……お嬢様は本当に、森に攫われてしまったのですか? それとも――そこが、隠しルートなのですか?」
 
  お嬢様の部屋で帽子と手紙を胸に抱えながら、私はひとり呟いた。

 
 お嬢様、どうかご無事でいてください。そして戻ってきたら、私にそちらの世界の話を聞かせてください。
 

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