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歩く攻略本サラの憂鬱1
しおりを挟む私の名前はサラ・ディール。かつてはアンペール家に仕えるメイドのひとりにすぎなかった。
私が十四歳の頃、旦那様が再婚することになった。お相手はまさかの庶民の女性で、しかも娘がいるという。あまり喜ばれる再婚とはいえなかったが、旦那様は周りの声も無視し、話が決まるとあっという間に再婚してしまった。
私はお相手である奥様のひとり娘であるリアーヌお嬢様の侍女に任命され、まだ四歳のお嬢様が立派になるまで、一生懸命仕えることを決めた。
「サラ、よろしくおねがいします」
屋敷に来たお嬢様を見た瞬間、私の頭に衝撃が走った。文字通りひどい頭痛が私を襲い、いろんな記憶が一気に脳内に吸い込まれて行くような気持ち悪い感覚がした。
――次にお嬢様の顔を見たとき、私は前世の記憶を思い出していた。そして気づいた。
ここは、私が前世でプレイした乙女ゲーム〝ワンステップtoラブ〟、通称〝ワンラブ〟の世界だということに。
私は前世では日本人で、いわゆる〝オタク〟というものだった。あらゆる漫画やアニメ、ゲームに手を出したが、いちばん私を虜にしたのは乙女ゲームだ。乙女ゲームというのは、女主人公を操作してイケメンたちを攻略して恋に落ちていくというもの。現実ではありえない世界観や設定、現実ではどこを探しても見つかりそうにないほど顔も中身もイケメンなキャラクターたち。乙女ゲームをやっているときだけは、モテない独り身人生を送っていたつらい現実を忘れることができたのだ。
私は、死ぬときも立派にオタクとして散っていった。ワンラブのイベントに行った帰り、友人と遅くまで感想を言い合いながら居酒屋で飲み明かし、べろべろの状態で帰路に就く。そこで私の記憶は途切れている。きっと酔っぱらって、歩道橋から落ちたりしたのかもしれない。とにかく、死んだということだ。大事そうに、ワンラブのグッズが入った紙袋を抱えたまま……。
そんな私が、まさか本当に乙女ゲームの世界の住人に転生してしまうなんて。しかも、名前だけが出てきたモブキャラのサラ。そして目の前で無邪気な笑顔を見せるのは――ワンラブ人気投票最下位、悪役令嬢リアーヌ・アンペール。
なんてこと! 私が今から人生を共にする大事なお嬢様がリアーヌなんて! ていうか、リアーヌの幼少期かわいすぎじゃないかしら!?
「……サラ? どうかした?」
「あっ! 申し訳ございません。サラ・ディールと申します。お嬢様、本日からどうぞよろしくお願いいたします」
「うん、よろしくね、サラ!」
その日から私は、どうやったらお嬢様の愛くるしい笑顔と未来を守れるかで、頭がいっぱいになった。
リアーヌは重度のブラコンで、義理の兄であるヴィクターが婚約したことを機に闇落ちしたかと思うほど性格が悪くなる(と、ファンブックに書いてあった)。
ゲームの舞台である王立レヴェリスト学園では、男女問わず生徒から人気があるワンラブのヒロイン、アイリスに自身の取り巻きとともに陰湿な嫌がらせを繰り返し、最後には殺人未遂を起こして地下牢にブチこまれ処刑される。どのルートでも、リアーヌの結末だけは変わらない。
制作陣の意図としては、〝リアーヌはゲーム中プレイヤーにとってかなりのストレスになったと思うので、最後にスカッとできるように〟ということで、こういった救われない結末のみを用意したらしい。自分たちが悪役として生み出しておいて、なんとも勝手な話である。
実際、リアーヌはプレイヤーからもかなり嫌われていた。見た目は綺麗だが、男にだけ媚びるその態度と、ヒロインの恋路を執念深く邪魔するしつこさ。しかし、彼女の妨害があってこそ、ヒロインと攻略キャラたちの恋は燃え上がっていく。悪役令嬢という彼女のこのゲームでの立ち位置は、物語に刺激を与えるスパイス的な役割だった。
このように、嫌われ役としての役目を全うしていったリアーヌだが、私はリアーヌのことが好きだった。それも、ヒロインのアイリスよりも。
まず見た目が好きだ。銀色の長い髪は美しく、猫のような瞳は綺麗の中にかわいらしさもある。なにより、自分の幸せのために貪欲なところは、ほかの誰よりも人間くさかった。ゲームでは元庶民だったことにコンプレックスを感じ、周りにバレないよう必死に上流貴族の振る舞いを覚え、気丈に振舞っていたところも健気で好感が持てる。
なによりファンブックに書いてあった〝元は素直で明るい、お兄様が大好きないい子だった〟という設定を知って、リアーヌも普通の女の子だったんだなと思い、好感度が爆上がりした。
リアーヌにどうか救済を。リアーヌにどうか幸せを。どうしたらリアーヌを助けられる? いや、私がリアーヌを助けてあげたい! ゲームをやりながら、何度もそう思った。
――そうか、だからか。
だから私は、サラとして転生したのか。
そう思ったとき、なんだかスッと体が軽くなったのを覚えている。
「私がお嬢様を守り抜かないと……!」
そう心に誓い、私は、お嬢様が十歳になったらすべてを話すことを決意した。
お嬢様が幸せになるためには、お嬢様の協力は必要不可欠。お嬢様なら、私の話をきっと信じてくれる。ふたりで手を取り合って、お嬢様の運命を変えるんだ!
予定通り、お嬢様が十歳の誕生日を迎えた日、私はすべてを話した。
お嬢様がゲームの世界の悪役令嬢であること。このままでは断罪エンドを迎えてしまうこと。どうやったら回避すればいいかのアドバイスも。
お嬢様は自分に待ち受ける過酷な未来に怯えながらも、立ち向かっていく決意をしてくれた。さすがお嬢様だ。私はこの日、お嬢様にとっての〝歩く攻略本〟になることを決めた。
私のアドバイス通りに動いたからか、お嬢様はゲームのときとは全然異なる性格に育っていった。兄離れの効果は絶大で、ヴィクター様の婚約をきっかけに性格が歪まなかったことがいちばんの要因といえる。
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――もうすぐ、お嬢様はゲームの舞台であるレヴェリストに入学してしまう。
ここからの二年間が、私とお嬢様にとっての本番というわけだ。
絶対に、私の愛するリアーヌをゲーム通りの悪役令嬢にさせてたまるか。
そう強く思うたび、私の不安やプレッシャーは大きくなっていった。なにしろお嬢様の未来は、私にかかっているのだから。
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