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婚約した
しおりを挟む私は落ち着きを取り戻すと、庭園にあるベンチに座って、エクトル様にお兄様の話をすることを決めた。
「実は、お兄様が婚約してしまって」
「……リアムが? バスキエの令嬢の話を受けたのか?」
「はい。あの夜会の次の日、正式に婚約を交わしたそうです」
「……なにしてるんだ、リアムは。僕にあんな牽制をしておいて」
私が言うと、エクトル様は頭を抱え、大きなため息を吐いた。
「今、わけありで両親が一か月ほど屋敷を留守にしているんです。そんな中、毎日私以外の女性と楽しそうに過ごしているお兄様を見ているのがつらくて……自分の居場所を奪われたような気がして、耐えられなくて今日は屋敷から逃げ出したんです。……いくら義理とはいえ、私たちは兄妹なのに。こんなことを思ってしまうなんて、おかしいですね。私」
「……おかしくないよ。兄妹だからといって、惹かれ合ってはいけない理由にはならない」
「エクトル様……」
言い方的に、私がお兄様を好きだということには気づいたのだろう。自分を振り、兄への感情を優先したことも……。
それなのに、私の感情を一切否定することなく、むしろ肯定する言葉をエクトル様はくれた。この人は、どこまで器の大きい人なのだろうか。
「――僕が君に婚約を断られた理由は、君の心にリアムがいるからだとわかっていた。そして、それをわかったうえで、僕はリアムには勝てないと判断した。君を想う気持ちも、君と過ごした思い出の数も……君から想われている愛の重さも。だから、あっさり身を引いたんだ」
「そう、だったんですね……」
やっぱり、あのときエクトル様が勝てないと言っていた相手はお兄様のことだったんだ。
「でも僕は間違っていた。君を想う気持ちは僕のほうが上だ。思い出の数は、これから増やしていけばいい。君からもっと愛されるような男に、僕は必ずなる」
お兄様からの裏切りに傷ついた私の心に、今のエクトル様の言葉はじんわりと染み渡り、私の鼓動を速くする。
こんなに私のことを想ってくれていたなんて。お兄様は……思わせぶりな態度を取り続けて、あっさり別の女性と婚約したというのに。
「こんなときに言うのはずるいってわかってる。それでも言わずにはいられない。ミレイユのことは――僕が幸せにしたい」
夜会の日と同じように、エクトル様は私の両手を握った。あのときよりも強い力で。
「改めて、君に婚約を申し込むよ」
真剣な眼差しが、私を捕らえて離さない。
夜会のときは少し心がざわついたくらいだったのに、今は心臓のど真ん中を射抜くくらいの威力を持ち合わせている告白だった。
私、お兄様でなくエクトル様の個人ルートに入ってたのかな。いや、エクトル様のルートにこんな場面はない。
自分が一番よくわかっている。ここまできたらもう、ルートもシナリオもほとんど関係ないことを。
……だったら私は、先の見えないエンディングのことばかり考えるのはやめて、今の気持ちに正直に動いてもいいわよね。
「……はい。よろしくお願いします」
私の涙を拭ってくれた優しい手を、今度はしっかりと握り返した。
「え……? ミレイユ、本当に?」
「ここで冗談を言えるような女に思えますか?」
「思わない。……はは! やった!」
エクトル様はとてもうれしそうな声を上げ、そのまま勢いで私を自分の腕の中に閉じ込めた。
「きゃっ!」
「あっ! ご、ごめん。つい……うれしくて」
突然のことに驚きの声を上げると、エクトル様はすぐに私を腕の中から解放する。お兄様はこんなとき、自分の気が済むまで決して私を離そうとしなかった。でもエクトル様は、いつだって私のことを優先して考えてくれている。
「僕を選んでくれてありがとう。ミレイユ」
子供のように無邪気なその笑顔を見て、まったく眼中になかったがエクトル様が、急に愛おしく見えた。
ヤンデレお兄ちゃんに夢中で、完璧王子様の良さに気づかなかったなんて、前世の私はどうかしていたんだ。
私はこれから、私を幸せにしてくれる人の手を、決して離さないようにしようと決めた。
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