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ここは地獄だった
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私の知っている〝Limited time lover〟でのリアムお兄様ルートは、本来であれば以下のような流れだ。
まず、お互い婚約を断り、両親のいない屋敷での生活が始まる。
こんなに長い間、両親が不在なのは初めてのことなので、そこでお兄様が私にこんなことを言ってくる。
『せっかくだし、俺とミレイユのふたりだけでできる遊びをなにかしようか』と。
そしてお兄様は、その遊びに〝恋人ごっこ〟を提案してくるのだ。兄妹でなく、恋人同士のように屋敷で過ごすことを。
一か月限定で、両親が帰って来るまでのちょっとした遊び――。うまく言いくるめられ、ミレイユはそれを了承する。
最初はただの〝ごっこ遊び〟だったが、元々ミレイユに恋心を抱いていたお兄様は、これをきっかけに積極的にミレイユへ自分を兄ではなく男として見てほしいというアピールをしていく。
ミレイユもお兄様に惹かれ、いつしかふたりはお互いを本当の恋人のように思い始める。否、本当の恋人になれたらいいのに、と。
お兄様からの溢れんばかりの愛を受け止め、これからもずっと共に歩んで行く覚悟を決めたらハッピーエンド。
お兄様からの恋愛感情を拒否し、普通の兄妹でいることを望むと、狂ったお兄様がミレイユを屋敷から連れ去り、どこかわからない小さな家に軟禁されバッドエンド。
私は後者を狙い、ヤンデレお兄様に一生添い遂げていく――はずだった。
「リアム様! 会いたかったですわ!」
「ネリー。俺も会いたかったよ」
どうしてこうなった。もう一度言う。どうしてこうなった。何回でも言う。
……どうしてこうなった!
「ミレイユ、ネリーに挨拶しないと」
「……コンニチハ」
なぜ、私とお兄様の愛の巣にネリーがいるんだろうか。
あれから週に何度もネリーは屋敷にやって来て、私とお兄様の時間を奪っていく。
お兄様から恋人ごっこを提案されるどころか、恋人とのやり取りを見せつけられる日々を送っている。ここは地獄か。
「ミレイユも一緒に話さないか?」
お兄様とネリーがふたりでお茶を飲んでいるところに、なぜか私を誘うお兄様。
ほら、お兄様がそんなこと言うから、ネリーが私を睨んでいるじゃない。今やこの屋敷で邪魔者はネリーでなくて、私なのだから。
「ネリーが自分の屋敷で焼いたクッキーを持ってきてくれたんだ。せっかくだし、ミレイユにも食べて欲しくて」
未来の姉の手料理に今の内に慣れておけって? 全然食べたくないが、拒否するとすっごく感じ悪いし、いらないとは言えない。
結局、私はお兄様とネリーと一緒にティータイムを過ごすことになった。ここは地獄か。
三人でいる空間が嫌すぎて、レモンが浮かんだ紅茶も、ネリーが焼いたクッキーも、まったく味がしない。
「それにしても、本当にリアム様とミレイユ様は仲が良いのですね」
ネリーは私たちを交互に見て、頬杖をつき笑いながらそう言った。
「よく言われるよ」
「おふたりは付き合っているんじゃないかと、貴族たちの間で密かに噂になっていましたのよ」
「あはは。兄妹なのにそんな噂が立つなんて。変な話だね、ミレイユ」
「……そうね」
〝どんなに仲良く見えようが、所詮兄妹だ〟と言われてるみたいで、私は笑うことすらできなかった。お兄様、前までは恋人に間違われると「実は恋人です」って機嫌良さそうに冗談を言っていたのに。すっかりネリーの虜になってしまったのか。
「ミレイユ様はやはり、将来リアム様みたいな人と結婚したいのですか?」
こんな質問をしてくるなんて、ずいぶん婚約者としての余裕を見せつけてくるじゃない。
ここ数日ネリーと話してわかった。ネリーはちくちくと嫌味を言ってくる小姑のようなタイプだ。表面ではにこにこしているからタチが悪い。美人で品が良いと社交界で言われていたらしいけど、とんだ腹黒女だと思う。
「みたいな人と言われても……お兄様はひとりしかいませんから」
イライラしていたせいもあり、私は無意識に負け惜しみのような発言をしてしまった。案の定、ネリーはフッと鼻で笑う。
「あら。それは、リアム様がよかったということ? ふふ。かわいい妹さんですわね。微笑ましいですわ」
馬鹿にされたような気がして、カッと顔が赤くなる。
「……そろそろ私は失礼するわ」
情けない顔を見られたくなくて、私は立ち上がり早足で居間から玄関のほうへと向かった。一刻も早くこの場から消えたい。
「ミレイユ、どこかへ行くのか?」
「え、ええ。天気もいいし、ちょっと街のほうへ」
「そうか……。今日はネリーが来ているから俺は一緒に行けないけど、遅くならないようにね」
「……」
ついこの間まで、どこへ行くのも一緒で、来なくていいと言っても強引について来たくせに。
――お兄様まで、これ以上私をみじめにしないで。
これから毎日こんな日々が続くなら、こんな屋敷になんていたくない。耐えられなくて、いつか爆発してしまいそう。
私が好きなのは、私のことを一番に考えてくれるリアムお兄様だった。そのお兄様は、もうこの世界にはいない。
今まで順調に物事が進んでいたこともあり、私はこの状況にすっかり心が折れてしまっていた。
お兄様をヤンデレにする前に、完全に私のほうが重い女になっている。
このままじゃ、私がヤンデレになってしまうわ! お兄様なんて、もう知らない!
思い描いていた甘い日々とは程遠い毎日に唇を噛みしめる。
私は現実から逃げるように、行くあてもなく馬車に揺られた。
まず、お互い婚約を断り、両親のいない屋敷での生活が始まる。
こんなに長い間、両親が不在なのは初めてのことなので、そこでお兄様が私にこんなことを言ってくる。
『せっかくだし、俺とミレイユのふたりだけでできる遊びをなにかしようか』と。
そしてお兄様は、その遊びに〝恋人ごっこ〟を提案してくるのだ。兄妹でなく、恋人同士のように屋敷で過ごすことを。
一か月限定で、両親が帰って来るまでのちょっとした遊び――。うまく言いくるめられ、ミレイユはそれを了承する。
最初はただの〝ごっこ遊び〟だったが、元々ミレイユに恋心を抱いていたお兄様は、これをきっかけに積極的にミレイユへ自分を兄ではなく男として見てほしいというアピールをしていく。
ミレイユもお兄様に惹かれ、いつしかふたりはお互いを本当の恋人のように思い始める。否、本当の恋人になれたらいいのに、と。
お兄様からの溢れんばかりの愛を受け止め、これからもずっと共に歩んで行く覚悟を決めたらハッピーエンド。
お兄様からの恋愛感情を拒否し、普通の兄妹でいることを望むと、狂ったお兄様がミレイユを屋敷から連れ去り、どこかわからない小さな家に軟禁されバッドエンド。
私は後者を狙い、ヤンデレお兄様に一生添い遂げていく――はずだった。
「リアム様! 会いたかったですわ!」
「ネリー。俺も会いたかったよ」
どうしてこうなった。もう一度言う。どうしてこうなった。何回でも言う。
……どうしてこうなった!
「ミレイユ、ネリーに挨拶しないと」
「……コンニチハ」
なぜ、私とお兄様の愛の巣にネリーがいるんだろうか。
あれから週に何度もネリーは屋敷にやって来て、私とお兄様の時間を奪っていく。
お兄様から恋人ごっこを提案されるどころか、恋人とのやり取りを見せつけられる日々を送っている。ここは地獄か。
「ミレイユも一緒に話さないか?」
お兄様とネリーがふたりでお茶を飲んでいるところに、なぜか私を誘うお兄様。
ほら、お兄様がそんなこと言うから、ネリーが私を睨んでいるじゃない。今やこの屋敷で邪魔者はネリーでなくて、私なのだから。
「ネリーが自分の屋敷で焼いたクッキーを持ってきてくれたんだ。せっかくだし、ミレイユにも食べて欲しくて」
未来の姉の手料理に今の内に慣れておけって? 全然食べたくないが、拒否するとすっごく感じ悪いし、いらないとは言えない。
結局、私はお兄様とネリーと一緒にティータイムを過ごすことになった。ここは地獄か。
三人でいる空間が嫌すぎて、レモンが浮かんだ紅茶も、ネリーが焼いたクッキーも、まったく味がしない。
「それにしても、本当にリアム様とミレイユ様は仲が良いのですね」
ネリーは私たちを交互に見て、頬杖をつき笑いながらそう言った。
「よく言われるよ」
「おふたりは付き合っているんじゃないかと、貴族たちの間で密かに噂になっていましたのよ」
「あはは。兄妹なのにそんな噂が立つなんて。変な話だね、ミレイユ」
「……そうね」
〝どんなに仲良く見えようが、所詮兄妹だ〟と言われてるみたいで、私は笑うことすらできなかった。お兄様、前までは恋人に間違われると「実は恋人です」って機嫌良さそうに冗談を言っていたのに。すっかりネリーの虜になってしまったのか。
「ミレイユ様はやはり、将来リアム様みたいな人と結婚したいのですか?」
こんな質問をしてくるなんて、ずいぶん婚約者としての余裕を見せつけてくるじゃない。
ここ数日ネリーと話してわかった。ネリーはちくちくと嫌味を言ってくる小姑のようなタイプだ。表面ではにこにこしているからタチが悪い。美人で品が良いと社交界で言われていたらしいけど、とんだ腹黒女だと思う。
「みたいな人と言われても……お兄様はひとりしかいませんから」
イライラしていたせいもあり、私は無意識に負け惜しみのような発言をしてしまった。案の定、ネリーはフッと鼻で笑う。
「あら。それは、リアム様がよかったということ? ふふ。かわいい妹さんですわね。微笑ましいですわ」
馬鹿にされたような気がして、カッと顔が赤くなる。
「……そろそろ私は失礼するわ」
情けない顔を見られたくなくて、私は立ち上がり早足で居間から玄関のほうへと向かった。一刻も早くこの場から消えたい。
「ミレイユ、どこかへ行くのか?」
「え、ええ。天気もいいし、ちょっと街のほうへ」
「そうか……。今日はネリーが来ているから俺は一緒に行けないけど、遅くならないようにね」
「……」
ついこの間まで、どこへ行くのも一緒で、来なくていいと言っても強引について来たくせに。
――お兄様まで、これ以上私をみじめにしないで。
これから毎日こんな日々が続くなら、こんな屋敷になんていたくない。耐えられなくて、いつか爆発してしまいそう。
私が好きなのは、私のことを一番に考えてくれるリアムお兄様だった。そのお兄様は、もうこの世界にはいない。
今まで順調に物事が進んでいたこともあり、私はこの状況にすっかり心が折れてしまっていた。
お兄様をヤンデレにする前に、完全に私のほうが重い女になっている。
このままじゃ、私がヤンデレになってしまうわ! お兄様なんて、もう知らない!
思い描いていた甘い日々とは程遠い毎日に唇を噛みしめる。
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