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それからの日々
しおりを挟む――エアトベーレンとルナリの戦場から逃げるように去ってからひと月以上も経った現在、アルバ、サシャ、ヴェルナー、バルドゥルの4人は竜の里に程近い、小さな町の宿に泊まっていた。
エアトベーレン王都からずっと北にある竜の里付近は、どこの国にも属さない竜族に守られた土地である。
なので、ここまで来ればもう追っては来ないだろうと、4人はやっと寛ぐことが出来た。
聳え経つ岩山麓の町は、可愛らしい装飾が施された、暖かい色の三角屋根の家々が立ち並んでいる。
サシャは自分が生まれ育った場所とも、エアトベーレン王都とも違う景観に興奮して、つい部屋の窓を全開にして眺めていたらバルドゥルに、風邪をひくからと窓を全て閉じられてしまった。
「それにしても、君は人が良いね」
部屋の中で新聞を読んでいたヴェルナーがアルバに向き直って、呆れたように言った。
結局、ここまで一緒に来てしまったヴェルナー達に、アルバは何度こう言われたか分からない。
何故なら話をすり合わせているいるうちに、シュトリームはアルバに都合の良い事しか伝えておらず、アルバもサシャを助けたい余り、碌に考えもせずにそれを信じてしまっていたからだ。
アルバは国民の為などと聞かされていたが、その実はまごう事なき侵略戦争だったのだ。
あのままだったら、アルバは侵略者の片棒を担いだとして、そう言った事が嫌いな竜族の元へは帰れなくなっていたかもしれない。
中途半端な事になってしまったが、全て放り出してきて正解だった。
「まぁ、『番』が絡むと竜族や獣人は馬鹿になるよね」
自分でカップに紅茶を注ぎながら、ヴェルナーが言うのを、サシャは苦笑いで聞いていた。
実はあれからアルバの様子がおかしいのだ。
サシャ全く離れようとしないし、事あるごとにサシャに向かって「可愛い」「好きだ」「離れないで」と言う。
しかも夜中でもサシャが隣にいないと飛び起きてしまう。
二人きりになると子供に戻ったように振舞う事さえあるのだ。
サシャは自分が2度も攫われたり、アルバが自分に似た人物を傷付けた事で混乱しているのかと思っていたが、それだけではない。
発情近くになると今まで以上にねちっこく、サシャの頭が蕩けないうちに手を出して来るのだ。
それはヴェルナーの言う通り『番』に対するように。
でも、自分に自信のないサシャはそんな事は微塵も思っていない。
相変わらず、自分が勝手にアルバに好意を持っていると思っている。
それがまたヴェルナーには面白くて、恰好の揶揄う材料になっているのだが。
ヴェルナ―と言えば、今回の責任を取って父であるルベルク伯爵が宰相の座を辞したと新聞に載っていた。
ヴェルナー自身も戦闘で行方不明と言う事になっているらしく、人探しの欄に全く似ていない似顔絵が載っていたそうだ。
それなのに本人はケロッとしていて「僕は自由だ!」と喜んでいた。
そして傍には相変わらずバルドゥルが付き添っている。
バルドゥルは何でも率先してやってくれて、全てにおいて有能なのだが相変わらず余計な事は話さない、謎の人物であった。
ヴェルナーの話では二人は恋仲らしいが、バルドゥルの態度はそう言った甘いものには見えず、サシャはヴェルナーの妄想ではないかとちょっと疑っている。
しかし二人には思いの外、助けられたとサシャもアルバも感謝している。
ヴェルナーは気さくで誰とでも仲良く出来て、とにかく交渉が上手い。
おかげでアルバが変に優遇されたり引き止められないように立ち回ってくれて、いつかのように変に拗れたりせずに済んだし、バルドゥルは細かな事に良く気付いてくれる。
それに二人は良く相談に乗ってくれる。
大人らしくアドバイスしてくれることもあって、サシャはそれにも随分助けられた。
もし、これがサシャとアルバ二人だけの旅だったらこんなに早くここまで辿り着けなかったかもしれない。
*****
竜族の里は麓の町の北に聳え立つ万年雪が残る山の中腹にある。
辿り着くには険しい山道を歩かねばならず、冬ともなれば雪が深く外界と断絶してしまう。
中には冬の間だけ町へ降りてくる者もいるが、アルバの両親は山で冬を越すのが基本らしい。
今は秋口なの早くしないと里へ辿り着くのが難しくなってしまう。
そこで、町で装備を整えながら3日程休んでから、4人は里に向かって出発した。
そして山を歩く事2日、アルバ、サシャ、ヴェルナー。バルドゥルはやっと竜族の里に辿り着いた。
「やぁ、これは素敵な場所だ」
こんなに美しい場所に来るのは初めてだとヴェルナーは喜んだが、サシャは自分の故郷のリーゼ村にどことなく似ているような気がして心が和んだ。
竜族の里はなだらかな丘に沿って石や岩を組み合わて建てた家が疎らに建っていて、その周りでは山羊や牛が草を食んでいてとても長閑だ。
綺麗な水が流れる小川があって、そこでは小鳥が遊んでいた。
「もう少し早く歩こう。
もう少しで山に太陽が隠れてしまうぞ」
ここは高い山々に囲まれているので、今の時期は午後4時を過ぎるとそこに陽が入ってしまい辺りが暗くなってしまう。
この辺りでも暗くなると狼が出るので、夜間は武器を持たずに出歩かないようにと、アルバは注意をした。
「おーい! アルバじゃないか!」
暫く歩くと、銅色の角を持つ竜族が家畜を引き連れて向かい側からやって来た。
「久しぶりだなぁ? そっちはお客さん?」
「どうも、アルバさんにはお世話になっております」
ヴェルナーが気さくに握手していたので、サシャも握手しようとするとアルバに止められてしまった。
「あぁ、もしかしてそっちの子がお前の『番』?」
「そうだ」
「ついに見つけたのか、おめでとう!」
「ああ」
銅色の角の竜族は自分の事の様に喜んで「里長は何か言ってくるかもしれないけれど、気にするなよ」と言って去っていった。
「つ、『番』……。
オレが?いいの?」
二人の会話を聞いていたサシャは、自分を『番』と紹介された事にびっくりしていた。
未だにアルバは女性を選ぶと思っていたのだ。
しかしもうアルバは決めたのだ。
アルバにはサシャしかいない。
アルバは頷くと、サシャを抱きしめた。
「嫌だったか?」
「嫌なわけないよ……うれしい」
「良かった。 サシャが嫌だと言っても、誰かに反対されても、俺は絶対に離さないからな」
サシャはこの時、アルバがいつも本心から自分を好きだと言ってくれていた事にやっと気付いた。
余りにも嬉しくて、嬉し涙が頬を伝っていった。
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