オレと竜族の事情~淫紋ってどうやって消すんですか?~

ume-gummy

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戦場

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 その日は良い天気だった。

 なだらかな緑の丘の下、眼下の草原にルナリの兵士がちらほらと集まっているのが見える。
 数は見るからに少なく100人くらいだろうか。
 こちらが不穏な動きをしているのを察知して、慌てて人を集めたのだろうとは思うが、それにしては人が少なすぎる。

 だが、こちらの数も約300人。
 戦況によってはシュトリームの祖父である辺境伯から援軍が来る予定であるが、本格的に軍を投入されたら負けてしまいそうな数だ。
 しかし、ここにいる者は自派閥の筆頭である第二騎士団騎士団長エイム直属の者ばかりで、よく訓練されており信用できる。
 それに、こちらには荒事に慣れているアルバ達冒険者がいるし、村の一つや二つ簡単に手に入れられるだろうとシュトリームは思っていた。


 すっと一段高い場所へ立ち、エアトベーレン第2王子シュトリーム・ドゥ・エアトベーレンは兵たちを見回す。

 一番前にはアルバ。
 その後ろには他の冒険者たちが続く。
 中には竜族程ではないが希少な種族もいて、それだけでも向こうをけん制するには十分だろうとシュトリームはほくそ笑んだ。

 そしてこの戦いで中心となる第二騎士団の者が騎士団長エイムの指示で散開する。
 兵士たちは皆、緊張した面持ちでシュトリームの動きを見詰めていた。

「皆の者。
 ここまでの協力に感謝する」
 皆が静まった所で、シュトリームが徐に手を上げてから話し出した。

「しかし、本当の闘いはここからである。
 エアトベーレン王国、いや国民の為、この戦い負けるわけにはいかぬ!
 今だに奴隷制度を強いている野蛮なルナリを我らの手で開放し、エアトベーレン王国共々繫栄させようではないか!」
「おーーーーっ!!!」
「手始めに周辺の村を占領する。
 エイム、手筈通りに」
「はっ」
「それでは良い知らせを期待しているぞ!」
 シュトリームの激励に兵士や騎士たちが一斉に雄たけびを上げると、地響きの様に地を揺らした。


 ******


 アルバは眼下の村を目指して戦場を駆けた。
 さっさと予定通りに村を占領すれば、この戦いに早々に片が付き、無駄な争いも避けられると思ったのだ。

 長剣を構え、丘を駆け下り、草原を疾走する。
 人族よりもずっと体が大きく、魔力を放出して威圧している限りは誰も寄っては来ない。
 おかげで非戦闘員である村人はさっさと逃げて行ったのでアルバはホッとした。

 出来れば人を傷付けたくはない。
 それが以前、聖女と旅をした時のポリシーであったし、今もそれが正しいとアルバは思っているからだ。


 しかし、中には勇敢な者もいてアルバに向かって来る。
 大抵は上手く躱して、武器を叩き落としてやるか、遠くへ投げ飛ばしてやれば戦意を喪失したが中々しぶとい者もいて、その時は仕方なく太く固い尻尾で殴りつけてやれば、足か腕の一本くらい簡単に折って動けなくする事が出来た。

 しかし、その時は油断してしまった。
 その者は隠密のスキル持ちだったらしく、他に気を取られていたアルバはそれに気づかなかった。
 一瞬の隙を突いて、背後からアルバの肩に槍を突き刺してきたのだ。
 竜族の固い皮膚に然程のダメージは無かったが、アルバは反射的に相手を切ってしまう。
「うわあぁぁ!!!」

 よく見れば相手は年端も行っていない少年だった。
 両腕を一度に切られてパニックになっている。
 少年が身体を捩って地面を転がると、被っていた兜が脱げ落ち、その顔が露になった。

「サシャ……?」
 少年の髪は赤褐色、目はエメラルドの様な緑色だった。
 アルバは少年がサシャと重なり動揺し、慌ててに少年に駆け寄ると、腰に帯びていたポーションを開けて少年の腕に振りかける。

「バカ、何やってるんだ!」
 声を掛けられた方を見ると、馬上からフロンが叫んでいて、魔法でこちらに来る攻撃から辺りを守っていた。
「しかし、サシャが!」
「よく見ろ! そいつはサシャじゃない!
 サシャ、サシャってお前は何なんだよ!」
 フロンはアルバの腕を引っ張って立たせ、無理やり後方へと下がらせた。


 *****


「アルバ、大丈夫か?」
「……ああ」

 アルバはフロンによって天幕に押し込められていた。
 サシャによく似た少年を切ってしまってから、アルバは動悸が止まらない。
 地面に蹲り、今にも吐きそうに顔を顰めた。

「全く、そんなにあの子が良い訳?
 どこが良いの? それこそコーディアルや俺の方が役に立つし可愛くない?」
 フロンから水を渡されたが、アルバは俯いたままゆるく頭を振る。
 するとフロンはアルバの正面に膝をついて覗き込んできた。
「ねえ……俺が慰めてあげようか?
 アルバが男の方がいいなんて知らなかったから今まで遠慮してたけど……」

 太腿にフロンの手が這った瞬間、アルバは反射的にその手を弾く。
「サシャ以外は御免だ!」
 珍しく大声で叫んだアルバに、フロンはびっくりしたらしく肩を跳ねさせたが、暫くするとゆっくり立ち上がった。

「冗談。
 とにかく頼むよ、結果が出せなかったら、その大切なサシャも危ないんでしょ?」
 そう言い残すと立ち去ってしまった。

 今、アルバはとてもサシャに会いたかった。
 実際それほど離れていない場所にサシャはいる。
 だが会ってしまったら激しく取り乱してしまいそうで怖かった。

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