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陣営にて
しおりを挟む馬車の中でウトウトしていたサシャは、フロンに揺り起こされて目を覚ました。
「着きましたよ」
フロンに促されて馬車を降りると、辺りでは騎士たちが忙しなく動き回っている。
「ここは?」
「ルナリとの国境に接するエアトベーレンの騎士団司令部の陣営です。
ここから我々はルナリに攻め込みます」
「え?」
そこは隣国ルナリを見下ろせる丘の上だった。
こちらからルナリは良く見えるが、ルナリ側からはこちらが見えにくいのか、眼下に広がる景色はのどかそのものだった。
「戦争するの?」
「ええ、でもここは大丈夫ですよ。
ここには作戦本部があるので守りもしっかりしていますから」
「そう言う事じゃなくて……」
肝心な事になるとフロンは黙ってしまう。
サシャは困ってしまった。
サシャが馬車に揺られて、王都からここまで3日掛かった。
何故だかとても急いでいたようで、馬車を乗り換えて昼夜問わずに走り続けた結果、まさか戦場に連れて来られるなんてサシャには意味が分からない。
それにまた攫われてしまうなんて、自分はなんて馬鹿なのだろうと思った。
きっとアルバが心配しているに違いない。
フロンは宿屋の娘にアルバへの手紙を託したと言っていたが、サシャは早く会って安心させてやりたかった。
それに、ここは男性ばかりだ。
ここでで発情したらどうなってしまうのか。
一週間前に満月は過ぎたし、次の発情まで猶予はあると思うがサシャは心配だった。
(フロンさんは聖女様の弟だって言ってたけれど、オレの淫紋の事は知らないのかな?)
おそるおそるフロンの表情を覗き見ると、無表情に一瞥された。
「取り合えず、貴方にはテントを一つお貸しします。
傷でも付けたらアルバが協力してくれなくなってしまうかもしれませんからね」
フロンの言葉でサシャはハッとした。
やっぱり彼はアルバとサシャの関係を知っている。
淫紋の事だって知っているのだろう。
要はそこを利用されてアルバは戦争に参加させられそうになっているのだ。
(アルバをこんな事に巻き込んでしまうなんて……)
考え事をしていたらカチリと音がして、サシャの首に細い金属の鎖のが付けられていた。
「何これ? 外して!」
「貴方が逃げないように付けさせて頂きます。
ここから一定距離離れると死ぬまではいきませんが苦しみますよ」
サシャは半ばパニックになって鎖を引っ張ったが、それはいくら引っ張ってもびくともしない。
「ごめんね。 こうでもしないとアルバが来ないから」
一瞬、フロンが泣きそうな顔になったのを見て、サシャは逆に冷静になった。
「あなたはアルバの仲間なんじゃないの?」
「今は違います。
私は魔術騎士団の魔術師ですから」
それ以上フロンはサシャの言葉に耳を向けなかったので、サシャは黙って後を付いて行った。
「君は」
サシャがフロンに付いてとぼとぼ歩いていると、突然、黒い軍服を着たいかにも貴族と言った男に肩を掴まれた。
前に会った時と全く雰囲気が違ったので2度見してしまったが、彼はヴェルナーだった。
隣にはバルドゥルもいる。
「やっぱりサシャだ。 どうしてこんな所に?」
屋敷で話した時は何時も余裕そうだったのに、戦場でサシャに会うなんて流石にびっくりしたのか、ヴェルナーは焦っていた。
「オレにも分からないんです」
「あの竜族は? 一緒じゃないのか?
あれだけ君を守れと言ったのに、何をしているんだ一体」
「え…」「すみません、この方は大事なお客様なんです」
二人で立ち話をしていると、フロンが戻ってきて間に割って入って来た。
「ふーん、ねぇ、君。 この子と私は知り合いなんだ。
久しぶりだから、一緒にお茶をしたいんだけれど良いよね?」
気を取り直してヴェルナーはフロンに向き合いにっこりと笑って見せたが、その目は笑っていない。
「……10分だけですよ」
「ありがとう」
相手が貴族だからだろうか、フロンは逆らったりせずに条件付きで許可を出した。
すると、ヴェルナーは直ぐにサシャを連れて自分用のテントへ移動する。
フロンはと言うと、プライベートな場所と言う事でテントの中へは入れず外で待たされた。
「ここには結界が張ってある。
これならあの男に話を聞かれる心配はないだろう?
察するところ、君はあの竜族を戦わせる為の餌と言う訳か」と、ヴェルナーはサシャの首の鎖を指し示した。
そこまでしてルナリを手に入れたいのかね、あの人たちは」
「ヴェルナー様」
テントに入ると急に素のヴェルナーに戻って不敬な物言いをしたのでバルドゥルに注意される。
この二人は主人と侍従と言う立場らしいが、時々、侍従の方が普通に主人を窘めるので、見ていて面白いと思いながら、サシャはソファーに座わって薄いお茶をチビチビ飲む。
とても喉が渇いていたのでありがたかった。
「それで、あなたはどうしてここに?」
「ああ、僕は宰相の命令で騎士団と兵士の間を取り持つ調整役としてここへ来たんだ。
騎士は爵位持ちばかりだから、特にこう言う場所では平民出身の兵士に酷く当たったりするからね。
君も困った事があったら僕に言ってくれたまえ」
「はあ」
サシャにはよく分からなかったが、貴族も大変なんだなと思った。
「それにしても彼だって地位があるのに、何で王子の下僕めいた事をしてるんだか」
ヴェルナーは入り口近くに立つフロンの方を一瞥した。
それから、何も知らずに連れて来られたサシャに、今回の戦争に関する事を教えてくれた。
今回、王はエアトベーレン王国より後進国のルナリを手に入れ、奴隷制度などを廃止してルナリ国民の生活をエアトベーレンの水準まで引き上げたいのだとか。
しかし、その実はルナリ西部にある鉄鉱山の奪取だ。
実のところルナリはそこまで生活水準が低いと言う事はなく、奴隷の扱いも法律で守られていて他国が口出しするほどではないらしい。
要するにこれは口実であり、それにかこつけた侵略であると。
「今回、中心になって軍を動かしているのは第二王子のシュトリーム殿下だ。
もし会う事が会ったら機嫌を損ねないように気を付けなさい。
あの方は気が短く、執念深い」
それからヴェルナーは王都から追加の兵力が来るのは早くても2日後だと教えてくれた。
しかも待遇は何とかするから頑張れと励ましてもくれる。
機密事項ではないかと思うような事まで教えてくれて少し焦ったが、何も知らないよりは良いと思って、サシャは有難く話を聞いていた。
(変な人であるが、やはり根は良い人なんだよな。
この人もバルドゥルも)
チラっとバルドゥルを見ると、彼は真剣な眼差しでヴェルナーを見詰めていた。
それが自分を見るアルバに重なって、サシャは胸が締め付けらる。
(ああ、オレもアルバ会って、あの胸に抱きしめられたい、あの黒い角に触れてみたい、口づけして欲しい)
そこまで考えて、迷惑ばかり掛けておいて何を言っているのかと思ったが。
「10分経ちました」
そこでテントの外からフロンの声が掛かったので、サシャはお礼を言って二人の元を去った。
案内されたテントはサシャがやっと横になれるくらいしかない上に、クッションが二つと毛布しかなくて寒々しい。
まだ早い時間だったが、馬車に揺られ続けて身体もあちこち痛いしすることもないので、横になって目を瞑ってみたけれど知らない場所で一人で眠るのは寒くて、やっぱり寂しかった。
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