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出発
しおりを挟む「おはよう」
夜が明けると同時に、二人は起きた。
朝は昨夜の残りのスープに雑穀を入れておかゆのようにして食べた。
足りない分はアルバがマジックバッグから出してくれたので十分だった。
それから家の中を少し片付けて、服やら保存食やらと大切な物をリュックに詰めて、短剣と弓と矢と矢筒を持って……改めて見ると本当にこの家には何もないなぁとサシャは思った。
それから、もしも自分がいないうちに父や母が戻ってきても大丈夫なように手紙を書いてキッチンの机の上に置き、綺麗な石を重しにする。
「サシャは読み書きができるのか」
サシャの書いたものを見てアルバが感心している。
それも、この世界の識字率はまだ低く、こういった学校も碌にない田舎では特に字が読めても、書けると言う人は少ないのだ。
ちなみに竜族はその辺りはちゃんとしていて、竜族の伴侶になってから読み書きを習う者も少なくはない。
「うん。オレの母さんはこの村の人じゃないだ。
詳しくは教えてくれなかったけれど、ちゃんと教育を受けてたみたい。
おかげでオレもこうやって文字や計算を教えてもらえたんだ」
「そうか」
アルバはこれで昨夜の伯母や村人の態度が納得いった。
(田舎でよくある余所者を受け入れられないやつか。
毛色の違う者が気に入らず、ああやってなるべく関わらないようにしているのだろう。
若い者はそうではないようだったが、そのうち親に感化されていくのかもしれない。
あの伯母はサシャの面倒を見てくれていただけ、まだ良い方なのかもな)
実際、サシャの赤褐色の髪色や緑色の瞳はこの国では余り見かけない。
母親は異国人なのだろう。
村人たちはサシャと母親を重ねて見ているに違いないとアルバは推測した。
準縄が終わると、サシャがズボンのポケットから小さな布袋を出してきた。
「これ、大したものは入ってないんだけど、旅の足しに出来るかな?」
アルバが受け取って中を見ると、小さな魔石がたくさん入っていた。
「これは?」
「倒した魔物から採ったり、拾ったりして集めたんだ。
大きいのは売ったけど、こっちも綺麗だし、加護が付いてるよ。
昨日、あんな大きな魔石を出してもらっちゃったし、少ないけど換金して使って」
アルバは魔石を一つ摘まみ出して日に透かした。
何のものかは分からないが、確かにキラキラ輝いて綺麗な魔石だ。
「……サシャは魔石に何の加護が付いているか分かるのか」
「うん。 それはね、『寒くない』だよ。」
「寒冷防護か? こっちは?」
もう一つ出して見せる。
「これは『怪我をしにくい』」
「どうしてわかるんだ? これは適性があっても相当訓練した者でないと分からないそうだが」
アルバがサシャの方を見ると、サシャは少し怯えていた。
「あ……別に疑っているのではなくて」
「じゃ、じゃあアルバが持ってる魔石で加護が分かってるものを見せて」
サシャに言われた通り、アルバはいくつかの魔石と、魔石を埋め込んだアクセサリーを出した。
それらの加護や何の魔石かをサシャは次々と言い当てていく。
「凄いな、サシャは。
ならば就職先は魔石を取り扱っている店かギルドか。
冒険者ギルドなら俺と会う機会が増えて良いかもしれないが、あそこは荒くれ者が多いな。
魔石の加工場などはどうだろうか?
それとも上流階級相手の宝石商か。
ああでも、この能力は面倒事に巻き込まれないようにまだ隠しておいた方が良いな」
「あ、うん?」
実は過去に疑われた事があったので、今までこの能力事は黙っていた。
疑われることを承知で思い切ってアルバに話したが、アルバは疑うどころか嬉しそうに就職先の宛てを挙げている。
そこまで信用してもらえた事が嬉しくて、サシャは笑いが堪えられなくなった。
それからアルバは魔石は直ぐには売らないで預かっておくと言って、アイテムボックスに大切そうにしまい込んだ。
最後に忘れ物が無いか二人で確認をし、施錠して家を出る。
「あ……」
家から出て数メートル歩いた所で、民家の陰から少女が数人現れた。
その中心にいるのは村長の娘のエリーゼだ。
亜麻色の髪に青い瞳で人形のように可愛らしい彼女。
つい数日前には見かけただけで心が躍ったものなのに、なぜか今は近くにいても何も感じなかった。
「アルバさん、初めまして。
私、村長の娘のエリーゼと申します。
先日はこの村の為にキマイラを倒して下さったそうですね、ありがとうございます。
良ければこの後、家にもお寄りください。
おもてなし致しますわ」
エリーゼはサシャの事など無視して、他の少女たちと一緒にアルバに熱の籠った視線を送っている。
だが、アルバは面倒臭そうに顔を顰めただけだった。
「それは仕事だし、家に行くのは断ったはずだが」
アルバの今までの柔らかい態度が一転し、冷え冷えとして行く。
「そんな事言わずに、ねぇ、皆」
エリーゼの合図で少女たちがアルバに群がった。
どうしてそんなにアルバを家に招きたいのか、流石にその理由はサシャにも分かる。
要は竜族と縁を持ちたいのだ。
出来れば村の娘と家庭を持たせて村に縛り付け、村に利益をもたらす存在として囲い込む。
でも、こんな強硬手段に出るとは、昨夜、伯母に魔石を渡した事が知れて、その欲が大きくなったのかもしれないなとサシャは思った。
(結局、余所者は受け入れられないくせに勝手だな)
母の苦労していた姿が脳裏をよぎった。
でも、それ以上に我慢できない事があった。
少女たちがアルバにぎゅうぎゅうと身体を押し付けているのだ。
少し前だったら羨ましいと思っただろうが、今のサシャは嫌だった。
(だって、アルバはオレの……)
そこまで考えてはっとした。
あんな事したからって何だと言うのだと。
(あれは治療なんだ。 オレが困っていたから助けてくれたんだ)
急に少女たちに何て言って止めればいいか分からなくなって、サシャは固まってしまった。
「サシャ、具合が悪いのか?」
気付くと、少女たちの間を抜けてアルバが傍に来ていた。
心配そうな金色の瞳がサシャを見下ろしている。
「神殿に行かなくちゃならないのだろう?」
「そうだった」
サシャは少女たちの前で、アルバに優しく肩を抱き寄せられる。
そしてアルバは更に「俺はサシャがいない場所には用が無い」と冷たく言い放ったので、皆、驚いてしまった。
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