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リーズ村

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サシャがアルバを連れて、家のある『リーズ村』に帰って来たのは夕刻になってからだった。

死んでしまったと思われていたサシャが、竜族を伴って帰って来たのだ。
珍しい竜族の登場に村は大騒ぎになった。

まず、ダンとヨハンが現れてサシャに置いて逃げた事を謝って来た。
それをサシャが許して家へ入ろうとしたところへ、今度は村長がやって来たのだった。
村長はアルバを村長宅でもてなしたいと申し出たが、サシャを殆ど気に掛けない様子にアルバは不信感を抱き断った。

他にもたくさんの人がアルバに話しかけて来たので、二人は1時間ほどして、やっとサシャの家へ入る事ができた。
散々騒がれて不機嫌な様子になってしまったアルバに、サシャはお茶を勧める。

「……サシャ、ご家族は?」
暫くして落ち着いたのか、アルバが話し出す。
サシャは頭を振った。
「いないよ。 父さんは随分前に行方不明になっちゃって、母さんは6年位前に父さんを探しに行っちゃって、ずっと会ってない」
「だいぶ前からなんだな。 ところでサシャはいくつなんだ?」
「18歳になったばっかり」
「成人はしているのか。
誰か見てくれる者はいなかったのか?」
「一応、親戚の伯母さんが見てくれてるんだけどね」

そこでアルバは家の中をぐるっと見回した。
平屋の一軒家は殆ど物が無い。
聞けば、生活するためにいらない物は売ったのだそう。
食事は2、3日に一度、その親戚が持ってきてくれたそうだが十分ではなく、サシャは家の物を売ったり、時には森以外の狩場でちょっとした狩りをして生活していたと言った。

「……随分と大変な思いをしたんだな」
「平気だよ! もう慣れちゃったし」
えへへ、とサシャが笑った。
「それより村の人が騒いでごめんね。
そろそろ何か作ろうか? お腹すいちゃったでしょ?」
「ああ、頼む。 出来る事があったら手伝う」
「本当? じゃあ、後でお皿を並べてもらおうかな」

そう言うとサシャは小さな保冷庫から野菜と肉を出した。
「食料は出来るだけ使っちゃうか。
王都に行ったらどのくらい帰って来れなくなるかわかんないし」
サシャの体調もあるので、二人は次の日には王都へ向かって出発する気だった。
目安として、ここから王都まで歩いて20日ほどかかるそうだ。
馬車を使えばもっと早く着けるのだが、アルバはいつも馬に嫌われてしまうので馬車には乗れないと言う。
「すまない」と謝って来たが、サシャはアルバでも嫌われる事があるのが面白くて、申し訳ないけれど笑ってしまった。

「明日の朝、出かける前に伯母さんの所に寄って行かなくちゃ。
あと神官さまにも」
「ああ」
一頻り笑ってから、サシャは手際よく野菜を切り、肉と炒めた。
アルバは笑われても何とも思わないらしく、黙ってサシャの手元を見ている。
それからスープを作って、硬いパンを炙って、作り置きの総菜も出して、少しづつだが残っていた食材を使い切ったのでなかなかボリュームのある夕食になった。
でも、さっきもたくさん食べていたし、身体の大きいアルバには足りないかもと思い、家の裏から木の実をもいできて剥いて出した。

慌てて作った食事だったが、アルバにはなかなか好評で「サシャは料理が上手いんだな、また作って欲しい」と言われて悪い気はしなかった。
それに、やっぱりアルバは沢山食べる人で、朝食に出せるくらいしのスープしか残らなかった。
でも、食べっぷりは気持ち良かったし、こんなので喜んでもらえるなら安い物だとサシャは思った。


食後は片付けをしてから、井戸の水で身体を拭いてさっぱりして、後は寝るだけだ。
前開きのラフなシャツに着替えたアルバも、身体がしっかりしているからか格好良く見える。
しかし、サシャは頭を抱えていた。
実はこの家にはベッドが一台しかないのだ。
あんな事をした後なのに「一緒に寝ませんか」なんて言える筈がない。
仕方がないので台所に木の椅子を並べて寝ようと準備している時だった。

ドンドンと大きな音を立てて、誰かがドアを叩いたのだ。
「誰だ?」
反射的ににアルバが剣を手に取る。
「サシャ、いるんだろう?」
「待って、伯母さんだ」
しゃがれた声の女性は、父の姉でもある、サシャの伯母だった。

大柄なその女性はサシャがドアの閂を外すと、ずかずかと家の中へ入って来た。
アルバを見ると一応、頭を下げたが。

「サシャ、何でうちに一番に報告に来ないんだい!」
伯母は開口一番、サシャに怒鳴った。
「ごめんなさい、遅くなったから明日言いに行こうと思って」
「大体、こんな何もない場所に竜族のお方をどうやってお泊めする気だったんだい?」
「それは……」
「全く、この子は躾がなっていないね。
こんな所でなく、うち連れて来れば良いだろうに!」
アルバの伯母だと言う女性はアルバに対して高圧的で、話など碌に聞かずに一方的に話している。
下手をすればサシャに掴み掛からんとする勢いだ。 
危険を感じて、アルバはサシャと伯母の間に身体を割り込ませた。

「サシャを叱るな。俺がここに泊めて欲しいと頼んだのだから」
「そ、そうですか」
アルバが爬虫類の瞳を眇めて睨めば、大抵の人間なら怖気付いて黙るものだ。
勢いを削がれた伯母にアルバは話を続けた。
「それにサシャは明日、俺と王都に行く」

「何ですって? 何時帰って来るんだい?」
「ま、まだ分かんない……」
叔母はアルバではなく、サシャに向かって大声を上げ始めた。
「何で早く言わないんだい?
こっちにだって都合があるんだよ?
大体、あんた狩人になるって言ってたじゃないか?
王都に行って、今まで面倒を見てやった借りは返してくれるんだろうね?
行ったきりじゃ困るよ!」
「え、えっと……、ちゃんとお返しはします」
「なら、村長に言って書類を」「サシャの伯母よ」
一方的に話しまくる伯母に、アルバが割って入った。

「サシャは成人しているのだろう。
ならば自分の身の振り方は自分で決めていいはず。
これでもうサシャを自由にしてやれ」
アルバが何かを握っている拳を伯母の前に突き出し、目の前でそっと開いた。


 ~~~~~~~

尻尾が邪魔になっちゃうので、背もたれのある椅子は背もたれが後ろに来ないようにし、寝る時も横向きにしか眠れないアルバ。
専用の枕は、よく髪型が崩れないように使われる『高枕』みたいなやつです。
うーん、座って寝た方が良くない?
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