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物語の始まり
ジルの話 2
しおりを挟む『黒炎の魔術師』『100年に一人の天才魔術師』
厨二病とか言われそうだが、それが僕の別名だ。
前者は闇魔法と火魔法が得意な事から付いたらしい。
口の悪い者には『魔王』と呼ばれる事も知っている。
まぁ、あながち間違いではないがな。
僕は魔王になれる素質が元からあるらしく、潤沢な魔力とそのおかげで使える高度な魔術で飛び級して、余裕で王宮魔術師団に入れたのだ。
実際はかなり努力したけれど。
それからはそれなりの地位に就くために経験が必要で、恐ろしく忙しい身になってしまい、フィオを迎えに行くのに9年も掛かってしまった。
その間どうしていたかと言うと、例えば、手早く経験を稼ぐために暇さえあれば討伐へ行った。
ある時は王子の一人がプロポーズに使うための魔花を探しに氷山へ行った。
スタンピードを防ぐために、騎士団や兵士と一緒に大型の魔獣と戦った。
護衛で他国へ行ったり、海で海賊と戦ったりと言う話をフィオへの手紙に面白おかしく書いてやれば「凄い!」「格好いい!」「俺もジルの活躍見たかった!」なんて、嬉しそうな返事をくれるものだから、今となっては良い経験だったと思える。
しかし、隣国の姫に気に入られて、捕らえられそうになったのには参った。
上層部や引退した父にまで迷惑をかけてしまったが、無事に戻って来られたし、思いがけずフィオを迎えに行ける時間を手に入れられたから、まあ良しとするか。
そんな事もあって、途中からは手紙も出せないほど忙しくなってしまった僕を、フィオはどう思っているのか心配だ……。
そして、やっと会えたフィオは何にも変わって……いや、すごく変わっていた。
ふわふわと癖のある亜麻色の髪はそのままに、小さくてふくふくしていて可愛かった手は大きくて節くれだっていたし、丸かった頬もシュッとして精悍な感じになっていた。
体つきもがっしりして、何なら背だって僕より高いくらいだ。
でも、やっぱり僕には可愛く見えるし、そっと触れて確認すればあの懐かしい、相性の良い魔力を感じる事が出来た。
フィオの方はと言えば、なかなか僕の事が分からなかったが……。
そりゃあ、僕だって村にいる頃に比べてずっと背も伸びたし、身体も鍛えて騎士の奴らと遜色ないし、見た目だってフィオに引かれないように格好付けてるからな。
恰好良くなって見違えたって言われて、そりゃあ嬉しかった。
それに見た目は随分変わっても、フィオの中身は余り変わっていなくて相変わらずぼんやりしていた。
まあ、それも好都合だった。
実は僕はフィオに変な虫が付かない様に、こっそり護衛を村に配していた。
僕が村から去った後に、村で妻と共に雑貨店を開いたトニオだ。
彼は以前ディガッタ家の私設騎士団に所属していた男で、子供の頃は僕に剣を教えてくれていた。
だから高齢でも腕は確かだし信頼も出来る。
フィオは気付いていないが、なかなか仕事が見つからないこの田舎の村で、時々仕事にありつけていたのもトニオが手を尽くしてくれたおかげである。
だから、俺はフィオの両親がこの9年の間に亡くなってしまった事や、村でフィオの立場があまり良くない事なども知っていたのだ。
トニオの事は言わなかったが、知っていたのに中々会いに来られなかった事を謝り、暫く王都の僕の屋敷へ遊びに来ないかと提案したところ、快諾して貰えたのは良かった。
それが決まった夜、僕は村に滞在している間にこっそりトニオの所へ訪ねて行き、特別に報酬を渡してフィオがいなくなってしまった後の家や、両親の墓の管理を頼んだり、僕の家との繋がりが切れない様に手配してきた。
そうして、村を後にした僕たちは二人で馬に同乗してゆっくりと王都を目指した。
たった一週間だったが、とても楽しい旅だった。
ずっと二人きりで、一緒に宿の部屋を取り、会えなかった日々を埋めるように話をする。
僕は今までで一番、穏やかで幸福な時間を過ごせた。
ああ、このまま時が止まればいいのに!
それより、フィオに手を出してしまわなかった僕を褒めてくれ!
……寝ている間に頬へキスしたのは、秘密だ。
そんな感じで王都の自宅に戻り、2、3日もすると、フィオは突然、屋敷で働きたいと言い出した。
どうやら、上げ膳据え膳のお客様扱いに気疲れしてしまったようだ。
それでも、僕の傍に居たいと思ってくれて屋敷で働く事を望んでくれたので良かった。
離す気は全くないので、家を出て他で働きたいと言われたら、全力で阻止しなければいけないところだった。
ちなみにフィオに、僕に仕えて一日中僕の傍に居ないかと家宰のエドモンドが提案したそうだが、あっさり断られていた。
それもそうだ、主従関係になってしまったら、今後厄介な事になるのは目に見えている。
ならばと高齢の庭師の手伝いをして欲しいと言ったら、喜んで引き受けてくれたそうだ。
実のところ、この家に本家を引退したベテランばかり配したのは僕だ。
未熟な若い奴なんか雇ってフィオに変な気を起こしたら、今度こそ僕が魔王になって国ごと滅ぼしかねない。
「ジル!お帰りなさい!」
僕が帰宅すると、庭で仕事をしていたフィオが足取りも軽く近付いてくる。
これはほぼ毎日の日課で、庭師が気を利かせてフィオを僕が通る場所で作業させているらしい。
この家の者は皆、僕の味方をしてくれる、有難い事だ。
フィオは旅の間に僕の馬のエリアスともすっかり仲良くなった。
僕が牽いているエリアスを撫でているフィオの頬に僕はただいまのキスをする。
最初は恥ずかしがっていたが、挨拶だと説き伏せて、今では当たり前になった。
でも、こんなに親密になったのに、フィオは一緒に食事をしてくれない。
理由は雇われている身だからとかではなく、マナーを知らないからなのだそうだ。
一緒に宿へ泊った時は、僕だけだったので平気だったそうだが、客として滞在していた間は随分気にしていた。
それで、本人が気にするなら教育を受けてもらうのも良いかもしれないと僕は思った。
教師がエドモンドならフィオも気兼ねなく学習が出来るだろうと、エドモンドに打診したら「喜んでお受け致します」と言ってもらえた。
ついでに教えられる事は全て教えると言って、ダンスからマナーから一通り教えるつもりらしい。
フィオは教えられる事はなんでも覚えようと頑張っていた。
それが僕も自分の仕事ぶりを振り返る切欠にもなったのだ。
毎日必ず家へ帰る為に、警護から魔道具開発の部署に異動させてもらった。
年に1回、半月ほどの休みを取ってフィオの里帰りへ付き合うために、仕事の計画を練り直した。
早く昇進して、父親にフィオとの結婚を認めてもらうために、前世の記憶を思い出して新しい魔道具を開発した。
疲れが限界まで来たら、眠る時におしゃべりに来るフィオを捕まえて寝ぼけた振りで隣に眠ってしまえば、不思議な事に次の日はスッキリ快調になっている。
ここまで魔力の相性が良いと逆に恐ろしい。
これで身体を重ねたりしたらどうなってしまうのだろうか?
……なんて。
そんな願いが叶い、僕は25歳の誕生日についに歴代最年少で王宮魔術師団魔道具開発部(長い)の副責任者になったのだ!
実は前職が辞めた後にやりたい者がいなかっただけなのだが、どんな理由でも地位を手に入れられれば構わない。
家の者たちに祝福された後、いつものように部屋で二人きりになった僕はもう我慢できなかった。
毎年のように、プレゼントしてくれる手作りのサシェを渡された時に、フィオの唇ももらった。
――柔らかい、良い匂い、流れる魔力が気持ち良い。
触れるだけの口付けにフィオは戸惑っていたけれど、やっぱり僕の気持ちに気付いていなかったんだな。
いつか聞かれた好みのタイプだって、フィオそのものなのに。
これではハッキリと口に出さなくちゃ一生気付いてもらえないだろう。
僕は顔を引き締めてしっかりフィオと目を合わせた。
「フィオ、ぼんやりしないで僕を見て……お願いだから、その瞳に僕を映して。
そして、僕と結婚して欲しい」
「………………ええっ!」
僕の言葉がなかなか理解できなかったらしく、時間差があってからフィオは真っ赤になった。
「でも、俺は女の子じゃないし……」
「同性婚は違法じゃないから、フィオがいれば必要ない」
「伯爵家に平民の俺は釣り合わないんじゃ……」
「その辺は了承済み。僕は家を継がないし、最低限のマナーの勉強はエドモンドがしっかり教えてくれただろう?」
「あ、あれってそうなんだ!どうりで使用人に教えるにしては、厳しすぎると思った」
ポカンとした顔になったフィオも可愛い。
「僕はフィオが僕を助けてくれた時からずっとフィオだけを想ってきた。好きだよ、大好き、誰よりも愛してる」
「……あのね、俺、今まで誰かを好きになった事がないから自信が無いんだけれど……」
「ん?」
「ジルは特別なんだ。俺の一番で、離れ難いの。ジルの事ばっかり考えちゃうし、帰ってくると嬉しいんだ。これが好きって事?」
「!!!フィオ!!!」
僕は思いっきりフィオを抱きしめた。
するとフィオの良い匂いが少し濃くなり、今度はフィオから口付けを返してくれた。
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