神父と男

ume-gummy

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 あれから一年以上経った。

 ラファエルは王都へ行ったままで何の音沙汰もない。
 母親が亡くなった時も戻っては来ず、街の者も彼の事を次第に忘れ始めていた。

 そんなある日、手伝いの老夫婦が聖魔法を使えると言う子供を連れて来た。
 子供は聖魔法が使える事を隠して資産家へ売られそうになったいたところを、警備兵が保護したそうだ。

 そもそも人身売買は違法だ。
 しかも子供で、聖魔法の素質があるのだ。
 売ろうとした方も買おうとした側も酷く罰せられたはずである。
 詳しく聞くと、売ろうとした方は両親で、買おうとした方はラファエルの父親だった。
 
 どこにも身寄りが無くなった子供は、私が預かって王都へ連れて行く事となった。
 中央教会へ届け出る為だ。
 子供はまだ3歳、今から修業すれば中央教会へ勤められるかもしれない。

 実はこの教会はラファエルが離婚された後、寄付が減ってしまっただけでなく信者もやって来なくなり、かなり廃れてしまった。
 今では私の代で廃止する事を考えているほどだ。
 
 手伝いの夫婦にも給金が出せなくなってしまったが、有難い事に気の良い彼らは気が向くと、こうやって手伝いに来てくれる。
 そこで教会を空ける間の事をなけなしの金でお願いして(本当はいらないと言われたのだが)、私は子供を連れて王都へ向かったのである。


 旅の間、子供は親を恋しがってむずがったが、色々な人に助けられて私たちは無事に王都へ着く事ができた。
 王都へ来たのは10代の頃、神学校へ二年ばかり通った以来で、変わらない街並みを前に、親から離れて寮へ入っていた頃が懐かしく感じた。

 私は王都へ着いて、直ぐに中央教会を訪ねた。
 手続きに行くと、なんと受付には旧友の姿があったのだ。
 
「久しぶりだなあ」
「君こそ、中央教会で働いているなんて大出世じゃないか」
「俺なんか下っ端だよ」
 そんな事を言っていたが、旧友は子供の届けを滞りなく行ってくれ、弟子にまでしてくれると言った。

「何から何まで世話になったな」
「いやいや、こっちが助かったよ」
 応接間へ案内され、私は旧友ともてなされる事となった。
 見習いがお茶を淹れて応接間を出て行くと、彼はそう切り出して来る。

「何で?」
「中央では弟子がいると位が上がるだろ。それなのに、最近はめっきり聖魔法の素質がある子供が減って、弟子が取れなくなっていたんだよ。でも、お前のおかげで俺も少し位が上がって、受付から解放される」
 受付は主に新人の仕事だ。
 旧友はもう8年も受付にいたそうだ。

「でも、なんで聖魔法の素質がある子が減ったんだ?」
「それな。実は聖魔法が使える子供は、性産業で人気があるんだよ。この間も保護された若者がいたぞ」
「へぇ」
「癒しや浄化が使えるだろう。それで色々されても自分で治せるじゃないか。仲間も治せて、酷い事をされても隠す事ができる。そんな子は裏で高値で取引されていて、誘拐されるだけじゃなく、親もそっちに売ってしまうらしいぞ」
「……そんな」

 私はラファエルの事を思った。
 彼も同じ目に合ってはいないだろうか。
 彼は母親の身を案じていたが、もうその母もいない。
 父親も捕まり、今ならば彼を助ける事ができるのではないだろうかと。

「なぁ、もう一人弟子が増やせるかもしれないんだが、協力してくれるか?」
 暫く考えた後、私は旧友に相談を持ち掛けた。



 数時間後、私たちは騎士を連れて、ラファエルのいる伯爵家にいた。
 伯爵に直接会ってラファエルに面会したいと言ったが、そのような者はいないと言われる。
 聖魔法の使えるラファエルに中央教会の司祭が騎士を連れて会いに来たのだ。
 その意味は分かっているだろうに、更に罪を重ねる気なのだ。

 仕方なく、私は教会から借りた戸籍の写しを伯爵に見せた。
「ここに、養子、ラファエル・リードとあります。私は彼の故郷の友人です。彼はどこに?」
「あの子は父親が捕まったのを知って出て行ったよ」
「どこへ?」
「知らん」
 伯爵はしらを切り通すつもりのようだ。

 仕方がないので、教会の権限を使って騎士が伯爵家をくまなく捜査したが、ラファエルの姿は見当たらなかった。
 ラファエルの聖魔法の事も知らぬ存ぜぬで、一向に進展はしない。
 
 だが、年老いた侍女が「伯爵に秘密で」と言って、こっそりラファエルの事を教えてくれた。
 彼女は孫ほどの年のラファエルをいつも気に掛けていたそうだ。
 それに、彼女は敬虔な信徒でもあり、神に嘘は付けないとも言った。
 私たちは彼女を中央教会で保護し、伯爵には数人の騎士を付けて逃げないようにした。


 向かった先は伯爵家の地下だ。
 入り口は巧妙に隠されており、教えられた通りに探しても中々見つける事ができず、中へ入る事ができたのは夜遅くになってしまった。

 真っ暗な通路を、火魔法が使える騎士と松明を頼りに歩く。
 季節は夏なのに、地下は凍える程に寒い。
 どんどん下へ降りて行き、辿り着いた地底湖のほとりの、牢の中に彼はいた。


「ラファエル!」
 牢を開け、駆け寄る。
 彼の身体はすっかり冷えていて、顔色が悪くなっていた。
 私は慌てて、前より目に見えて痩せた身体に持って来た毛布を被せると、自ら抱えて運ぶ。

 老女の話だと、ラファエルがここへ入れられて2日ほどだと言う。
 その間ずっと放置されていたのだろうか。
 彼を朽ちさせてまで証拠隠滅したいと言う邪心を、伯爵がどんなに懺悔しても私は許せないだろう。


 
 中央教会へ戻ると、私が借りている部屋へ彼を連れて籠った。
 彼を裸にして隅々まで浄化すると、冷えた身体を温め、癒す為に、私も裸になってベッドへ入る。
 
 一体、ラファエルは今までどんなに辛い目に合ってきたのだろうか。
 美しい見た目と、聖魔法と言う力さえなければ、彼の人生はこんなに事にならなかったのだろうか。
 しかし、ここまでになっても彼が生きているのは、聖魔法がその身体に宿っているからなのだろう。
 
 私は一晩中、彼を抱きしめて聖魔法を注ぎ続けた。
 次第に温かくなって行く身体に安堵して、私もいつしか眠りに落ちていた。


「……様、神父様」
 気付くと、陽が高く昇っていた。
 そして、すっかり顔色の良くなったラファエルが私をのぞき込んでいる!

「ラファエル、良かった」
「助けてくれてありがとう」
「いいや、君を助けたのは私だけじゃない。皆にも礼を言ってくれ」
「それでも、僕は貴方に……ここまで来てくれた貴方に、最初の礼を言いたいんだ」
 彼は私に抱き着くとさめざめと泣いた。


 私たちが起きたのを知ると、旧友が昼食へ誘ってくれた。
 庭に用意されたテーブルへ行くと、旧友は弟子を膝に乗せて待っていた。

「もう大丈夫みたいだな。それより聞いてくれよ、伯爵は聖魔法持ちをもう3人も囲ってたんだ。他所にも融通してたのもあって、そっちも暴いたおかげで俺は功績を認められて一気に位があがるんだ! もう受付じゃないんだぞ~」
 旧友が勢いよく膝の上の弟子を撫でまわすと、弟子は嫌がって泣いてしまった。

「おお~、ごめんよ。とにかくお前たちのおかげだ。それでラファエルの処遇だが、証言や調書を取らせてもらってから、一度俺の弟子になってもらって、その後お前の所へ派遣して見習い修行してもらう」
「良いのか?」
「だって、成人してたら神学校にも入れないし、ラファエルの事情を知ってる奴にいじめられるかもしれない」
「それもそうか……しかし、家の教会は廃れて、私の代で終わりにしようと思ってるんだが」
「後はお前たちの好きにしたらいいんじゃないか? 俺もお前たちの仲を邪魔したくないんだよ」

 私とラファエルは顔を見合わせる。
 全て知られていると分かって、お互いの顔が赤くなった。


 ラファエルが全ての証言を終えるまで3ヶ月もかかると言うので、私は教会を預かってくれている手伝いの夫婦に手紙を書いた。
 事件に巻き込まれたがもう大丈夫な事、それによって帰りが3ヶ月ほど延びるので、その間は中央教会で務めをする事、見習いを連れ帰る事、等々。
 
 返事には、向こうの教会は閉めたままで、他の教会へ行くように勧めているから気にしなくて良い。とあった。
 それを読んだ私は、戻ったら残っていた僅かな信者まで他へ行ってしまって、もう教会を続けるのは厳しいかもしれないと思う。
 ならばラファエルと二人、他の教会を手伝いながら農民のように畑を耕して暮らすのも良いかもしれないな。
 
 しかし、ラファエルが嫌がったらどうしようか。
 彼は街での生活しか知らないのだ。

「どうしたの?」
 私が送られてきた手紙を読んでいると、ラファエルが戻って来た。
 手紙を彼に見せ、今悩んでいた事を相談すると「僕は貴方に付いて行くだけなので心配ありません」と言う。
「何なら、僕に残された財産も全て寄付しますよ」と、言われて、そこまでしてくれなくて良いと断った。
 結局、その財産は、彼の意向で全て被害者救済に使われる事となった。
 
 今、ラファエルは証言をしながら、見習いの勤めを習っている。
 習い始めの頃は父が逮捕されたのは仕方がないとは言え、母が亡くなっていた事を知らなかったのを酷く悔やんでいたが、私や旧友、小さな兄弟弟子が彼を励まし続け、今では持ち直している。
 今では褒められると、私の為に早く覚えたいだけと言うので、周りの私に対する温かい目がこそばゆい。
 
 そんな健気に頑張っている彼だが、時々夜中に泣いている事がある。
 そんな時は私のベッドへ誘って抱きしめてやった。
 本当はその先もしたいが、教会内で性行為は出来ないので、ここは我慢である。
 只、口付けだけは許して欲しい。
 私たちは少しでも隙間を埋めたいのだ。
 
 しかし、ラファエルが異常なくらい甘えて来る時がある。
 その時は、以前、旧友が言っていた様に誰かにいじめられているのではないかと思い、直ぐに相談したものだ。
 すると「俺が目を光らせているのに、そんな事あるか」と、旧友から一笑に付されてしまった。
 どうやら只、私に甘えたいだけだったようである。
 それを知って増々、ラファエルが愛おしくなったのは言うまでもない。
 

 見習いになってから、ラファエルは長かった銀髪を刈り上げて、見習い然とした外見になった。
 こちらに来て苦労をしたのだろう、滑らかだった顔には皺が出来ている。
 それでも、彼は世界一美しい。
 天使よりも、女神よりも。
 こんな事を言ったら、神に仕える者として失格にされてしまうので、表立っては言わないが。
 
 でも、私は毎日彼に伝える。
 
 世界一美しい、世界一愛する、私のラファエル、と。

 


 
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