36 / 37
U&E日本支部
しおりを挟む秋も大分深まった頃、星來は子供二人と一緒にU&Eへ呼ばれた。
久しぶりに電車へ乗って東京へ。
アパートからほんの一時間位なのに、星來も、考紀も、もうずっと来ていなかった。
東京の街並みを見て何か思う所があるかと思ったが、何も思わないどころか新鮮に感じる自分が意外で、星來はそっちに驚いた。
考紀の方も同じだったようだ。
「そう言えば、楓も東京に住んでたんだよな。この辺?」
「ううん。少し離れたところ」
「そうなんだ」
話しながら、楓と考紀は慣れた様子で人を避けて行くが、後ろを行く星來はぶつかりそうになる。
(もう都会には住めない……)
星來が人に酔ってふらふらになった頃やっと到着したU&Eは、繁華街から離れた小高い場所にある、周りを白い高い塀に囲まれたガラス張りのビルだった。
楓が柱に付いている認証カメラの前に立つと、ピッと音がして横の黒くて大きい門が自動で開いた。
それに星來と考紀はすっかり驚いてしまう。
楓の話だと、こちら側は客人専用の入り口だそうで、職員は専用の入り口があるそうだ。
三人が中へ入ると、また軽い電子音がして、門が重い音を立てて閉まった。
「わぁ」
「すげー」
塀の中は良く手入れされた美しい庭園だった。
それほど広くはないが、真ん中に噴水まであり、水しぶきに虹が架かっている。
もう直ぐ冬になろうかと言うのに、足元には色とりどりの花が咲き乱れていて、蝶や蜂が飛んでいて、空気も門の外より大分暖かい。
不思議に思いながら、星來は上着を脱いだ。
庭園を真っ直ぐ突っ切って、自動ドアを潜ると、受付だった。
モニターしかない無人の受付は簡素な作りだったが、そこかしこに監視カメラがある。
気が付かなかったが、庭園も監視されているのだろう。
楓が手慣れた様子で受付のタブレットに自分の名前と、星來、考紀の名を登録すると、またもや軽い電子音がして受付の左側の扉が開いた。
壁だと思っていた部分が開いて星來がびっくりすると、何度も驚いていると言って、子供たちに笑われてしまった。
「オレも結構ビビりだなって思う時があるけど、星來はもっとビビりだよな」
扉の奥の、ホールにあったエレベーターへ乗り込むと考紀がそう言った。
このエレベーターも全面ガラス張りで、足元が透けていて星來は乗り込むときに足が竦んだのだ。
「こんなに見晴らしが良いのに。ね、楓」
「そうだね」
眼下へ下がって行くビル群を見ながら考紀がそう言うと、楓はいつも通りクールに答えた。
でも、さっきは星來を見て笑っていたし、ちゃんと子供らしいところもあるのを皆知っている。
もしかしたら格好付けているのかなと思ったら、楓が可愛く見えた。
ポーンと音がして、エレベーターが到着したのはビルの最上階にあるラウンジだ。
見事なシャンデリアと全面ガラス張りのラウンジには調理場やバーカウンターもあったが、今の時間は全てセルフらしく、楓に聞いて自販機でお茶を淹れる。
「楓くんはここには何回も来てるんだね」
「うん、父さんが家を長く開ける時なんかはここで見てもらってた。でも、アパートに行ってからは一度も来てないな」
「へー、部屋とかどんなの?」
「病院みたいで好きじゃない」
「そうなんだ」
三人でお喋りしながら、窓際の一番見晴らしの良い場所に座る。
眼下に見える車や人がミニチュアみたいだ。
暫くその様子を見ていると、静かなラウンジにエレベーターの到着音が響いて人が下りてきた。
「よ、みんな久しぶり」
やって来たのは竜弥だ。
彼に会うのは、あの203号室の騒ぎ以来。
そんなに長く会っていなかった筈なのに、今の竜弥は随分大人びて見える。
その隣には、あの日一緒にいた生物学者のスミス。
そして竜弥の背に負ぶわれているのは……。
「あっ、その子。この間の子でしょ?」
「そう、名前あるんだぜ。ましろって言うんだ」
「まんまだね……黒永くんが付けたの?」
「そうだよ?」
「まぁまぁ」
楓の生意気な言い方に、いつも通り竜弥が食い付いたところで、これまたいつも通りに星來が止めに入った。
竜弥が大人びて見えたのは気のせいみたいだ。
全員でテーブルを囲むと、ましろは当然と言った感じで竜弥の膝に座った。
「それで、今日来てもらったのはさ、俺、もうアパートに戻れなさそうなんだよ」
「え? まだ引っ越してきたばっかりじゃない」
「そうなんだけどさ、こいつが俺から離れないと帰れないんだよ。まさか連れ帰る訳にもいかないし」
指を指されて、ましろは大きな目をゆっくり瞬きさせる。
真っ白な髪に真っ白な肌、真っ白なワンピースみたいな服を着たましろは、一見かなりの美少年だが、時々動きが爬虫類っぽい。
そう言えば、シャーリーもこうやって上下から瞼が閉じるタイプだった、『訪問者』に多いタイプなのかなと、星來はましろの美しい瞳を見ながら思う。
「ましろの目、すっごく綺麗だね! お話はできるの?」
「少しだけな。見た目はでっかいけど、中身は赤ん坊なんだよ。二人共、こっちに来て相手してやってくれ。俺は星來と話があるから」
「うん」
「……」
嬉々としてましろへ近付く考紀の後を、渋々と言った様子で楓が続く。
ましろが二人に興味を示したのを確認してから、竜弥は体を捻って話の続きを始めた。
「それで、今日は解約の手続きをしたい。荷物は新井が取りに行くから」
新井と言うのは対地球外生命体課の職員だ。
星來と面識があるのは、竜弥と彬以外には彼しかいないので選ばれたのだろう。
「ねぇ、ましろ。あっちで遊ばない?」
気付くと、考紀が持って来たゲーム機を出してましろを誘っていた。
だが、ましろは首を振って竜弥へしがみ付く。
それを見た考紀が「竜弥くんにそっくりだね」と言う。
「どこが似てる? 顔も似てないし、色なんか正反対だろ?」
「だって竜弥くん、星來に甘えてそうやって抱き着くじゃん」
「ばーか、もうしねぇよ」
そう言って、ましろの頭を撫でる。
「……タツヤくん……大人になって。なんだか感動しちゃった!」
星來が目をウルウルさせていると、竜弥は顔を赤くして「止めろよ」と言った。
「あと、今日来てもらったのにはもうひとつあってさ」
動揺が収まると、竜弥が居住まいを正した。
考紀と楓がましろに見せながらゲームを始めると、ましろはゲームに興味があるのか、瞳がきゅーっと縦に細くなった。
「考紀をU&Eの系列の高校に入れられないか? 楓は元々そのつもりだったんだけど、考紀が行かないなら地元の高校に行くって言い出してさ。この間、博士と宮島さんに何とかしてくれって泣き付かれたんだよ」
「楓くん……」
そう言えば、楓は中学校へ進学する時も同じような事を言っていた。
彼の考紀への執着は何なのだろうか。
親を散々困らせていた星來が言うのも何だが、彬を困らせないで欲しい。
今、彬は竜弥がいなくなってますます忙しくなり、殆ど家に戻れない状態なのに。
「検討してもらえねぇ?」
「だって、そこ間違いなく私立でしょ。うちにそんなお金無いんだけど……」
「星來。澪に出してもらえば?」
「え、でも……」
ゲームをしながら話を聞いていた考紀がそう言ったが、星來は即答できない。
考紀の母、澪が会社を興してそれなりに稼いでいるのは知っている。
でも、まだ中学生にもなっていないのに相談するのもなぁと思う。
「いや、金はどうにかなるんだよ。博士が考紀と楓に、ましろと一緒に学校へ通って欲しいんだと」
「そうなの? じゃあ、彬さんと話してから、澪と相談してみる」
「頼むよ」
そう言って、竜弥は学校のパンフレットを渡してきた。
*******
スミス氏はましろの記録を取っているだけです。
空気だと思って下さい。
決してストーカーなどではないです。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説



皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
市川先生の大人の補習授業
夢咲まゆ
BL
笹野夏樹は運動全般が大嫌い。ついでに、体育教師の市川慶喜のことも嫌いだった。
ある日、体育の成績がふるわないからと、市川に放課後の補習に出るよう言われてしまう。
「苦手なことから逃げるな」と挑発された夏樹は、嫌いな教師のマンツーマンレッスンを受ける羽目になるのだが……。
◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC)
※「*」がついている回は性描写が含まれております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる