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世界は俺を置いて進んでしまう・1

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「忘れ物ない? 大丈夫かなぁ」
「僕が付いてるんで何とかしますよ」
「ごめん、頼むね」
「星來、心配しすぎ」

 今日から6年生は修学旅行だ。
 それなのに、学校に生徒を迎えに来たバスの前で、星來は頭を下げていた。
 実は考紀、直前に体温を測るのを忘れていたのに気付いて、担任の加納から体温計を借りて測ったのだ。
 それに、紅白帽も持っていなくて、学校から借りた。
 もう、心配しない方が無理だろう。
 星來は何度も、楓と加納に考紀を頼むと頼む羽目になった。

 考紀と楓が大きな荷物を抱えてバスに乗り込むと、暫くしてドアが閉まる。
「いってらしゃい」
 見送りの保護者たちが手を振ると、バスが出発した。

「はぁ~、やっと行った。本当に大丈夫かな」
「もう、自分で何とか出来るわよ。羽根田さんは心配性ね」
 独り言を聞いていた同じクラスの母親にそう言われ、星來は恥ずかしくて死にそうになった。
 
 
 考紀たちの修学旅行は二泊三日である。
 暫く会えないのに、早朝、急ぎの仕事が出来たと言って、彬と竜弥は慌てて仕事へ行ってしまった。
 その彬の代わりに星來が楓の見送りもしたのだが、楓はしっかりしていた、流石である。
 それより考紀が迷惑を掛けないと良いんだけれど、と、また心配しているうちにアパートへ着いてしまった。

「あ、リヒトさんは家にいるのかな」
 皆が出掛けてしまったので、暫くリヒトと二人きりかもしれない。
 また、キスとかされるのだろうか……と、考えたら、ちょっと心拍数が上がる。
(う……、気を強く持たないと)
 
 あれ以来、リヒトとは何もない。
 まず、二人きりになる事が無かったのだが、節度を持った付き合いをしてくれて助かっている。

 それにしても、今日は天気が悪い。
 空が厚い雲に覆われていて、今にも雨が降りそうである。
 星來は、旅行先の天気が良いことを願った。

 

 昼過ぎ、帳簿を付けていると、外が騒がしいのに気付いた。
 何かあったのだろうかと表を覗くと、駐車場に彬と竜弥、それに金田とその妻シャーリー、虎之助までが集まっている。
 皆、一様に難しい顔をしており、星來は不安になった。
 何事か聞いてみようと思い、サンダルを履いて下へ降りる。

「何かあったんですか?」
「ああ、管理人さん。もう直ぐ警報が出ると思うのですが、この後は家から出ないようにお願いします」
「え? 何でですか?」
「ちょと、厄介な事になりましてね。管理人さんのご両親にもこの件で動いて頂いていたのですが、上手くいかなかったんですよ」
「え、父と母が? 俺、何も聞いてないんですけれど」
「そうなんですか」
 
 星來は焦って、彬と金田に色々聞いてみたが、両親から聞いていないなら話せないと言われた。
 流石に『訪問者』関連なのは分かったが。

「そう言えば、リヒトさんは?」
 メンバーの中にリヒトがいないので聞いてみる。
 一人では不安なので、勝手ながら、彼がいるなら一緒にいたいと思う。
「リヒトは先に行きました。私たちとは別行動なのでどうしているかは分かりませんが」
「あ、そうですか……」
 もうとっくに出たと聞いて、星來はがっかりした。
 
「ほら、来たわよ」
 急にシャーリーが指差したので、皆で目を向ける。
 数秒後、裏山の上に突然黒い物体が現れた。
「UFOだ!」

 星來は初めて見るUFOに興奮した。
 まさか、こんな近くで、こんなにはっきり見られるなんて。
 それは良くテレビとかで見る円盤型ではなく、空に穴が開いたのかと思うほど真っ黒で、中央に厚みのある滑らかな楕円形だった。
 かなり大きく、裏山の頂上の何倍もある。
 これが近付いてきたのに、全く気が付かなかったなんて不思議で、未知の技術とか使っているのかな、と星來は思う。
 
「じゃあ、私は行くわね」
 シャーリィは、杖を突く金田と抱き合うと、裏山へ走る。
 驚いた事に、UFOへ辿り着く前に彼女の姿が消え、同時にUFOも一瞬で掻き消えてしまった。
「凄い……」
「金田、俺は行かないから一緒にいようぜ」
 星來が呆然としてると、虎之助がそう言うのが聞こえた。
 振り向くと、虎之助が金田の肩へ飛び乗ったところだった。
 
「いいや、お前は佐々木さんといなさい」
「でも……」
「私は大丈夫だから。では、情報収集は任せてくれ」
 そう言うと、金田は部屋へ戻って行った。
 
 虎之助も金田から降りると、「俺も帰る」と言って、佐々木の部屋のドアを引っ掻く。
 直ぐに佐々木がドアに隙間を作って、虎之助を中に入れた。
 
 
「とにかく緊急事態なんだよ。お前も早く戻れ」
 今度は竜弥が近付いて来て星來の腕を引くと、丁度、防災無線からサイレンが鳴り響いた。
 
『こちらは防災センターです。国外の施設からミサイルが発射されたと言う情報が入りました。至急、屋内へ避難してください』
 
「うそ、これうそでしょ」
「分かってんだったら早く戻れ。リヒトたちが守ってくれるから」
 ハッとして、星來は彬と竜弥を見る。
「分かったよ。二人も気を付けて」
 そう言って、部屋へと走った。

 
 部屋へ戻ると、テレビを点けた。
 どのチャンネルも、国外からミサイルが発射されたと報道している。
 だが、いつもと違い、どこの国からとは分からないと言う。
 専門家も分からないばかりで、話にならない。

 立ったままチャンネルを回していると、スマホが鳴った。
 学校からである。
 慌ててメールを開くと、修学旅行へ行った子供たちは既に到着していて、ホテル内に待機しているという連絡だった。

 海外でも警報が出ているらしく、SNSも全てこの避難警報のことばかりだった。
 誰もこの警報の本当の意味を知らないので憶測ばかりで大した情報はないが、星來はそれを見ていると知らなかったとは言え、毎日のんびり暮らしていたのが馬鹿みたいに思えて来た。
 最近、皆が忙しくしていたのはこの日に備えていたに違いない。

 今、リヒトやシャーリィはどうしているのだろう。
 あれから直ぐに彬と竜弥も何処かへ行ってしまった。
 どうやら星來はの両親も無関係ではなさそうだし。
 
 一人で焦ってみたが、直ぐに何もできる事がないと気付いた。

(世界は俺を、ううん、普通に暮らしている人を置いて進んでいるんだな。最前線で働いている人の傍にいたのに、何にも知らなかったよ)
 
 テレビやSNSを見ていても焦るばかりでどうしようもないので、星來は自室の畳に寝転がってカーテンの隙間から僅かに見える空を眺める。
 すると、空が微かに光った。

「雷?」
 しかし、雷とは少し違うような気がする。
 雲の上が何度か連続して光ると、また元の曇天に戻った。
 もしかしたら、リヒト達が何かしているのかもしれない。

 星來はパッと起き上がると、台所へ行った。
 冷蔵庫を開けて、野菜と肉と、他にも色々な物を出して料理を始める。

(そうだ、皆が帰ってくるまでに食べものを作っておこう。いつ帰って来るか分かんないし、日持ちのするものとか、冷凍できるものとか)
 まず、フライパンを熱してひき肉を炒める。
 甜面醤と豆板醤を入れて味付け、冷まして冷蔵庫へ入れておけば日持ちする。
 これをご飯にかけても良いし、麻婆豆腐なんかにも使える。
 それからきんぴらごぼう、切り干し大根の煮物。
 料理のアプリを開いて、他に作れるものはないか調べる。
 何もしないより、何かしていた方が気も紛れると言うものだ。

 沢山、食べるものを作って、タッパーへ。
 それを冷蔵庫へ綺麗に並べて保存した。


 気が付くと、外はだいぶ暗くなっていた。
 いつもなら、表の道路に車通りがあるのだが、今日は皆避難しているのか、静かなものだ。
 駐車場からも音がしないので、まだ誰も戻っては来ないのだろう。

 恐る恐る、自室のカーテンの隙間から空を見ると、真っ暗な空が一瞬光った。
「あっ!」
 怖くなって、カーテンを引く。

 部屋が真っ暗になり、急に心細くなった星來は、その場に蹲った。
 
 
 
 
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