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休み明けの日々
しおりを挟む「よぉ、星來! 来てやったぜ!」
地元の駅から元気な声でやってきたのは竜弥だ。
大きなキャリーケースを持った彼は、短い黒髪をツンツン立たせて、毛筆で「大漁」と大きく書かれた黒いTシャツとハーフパンツの上に裾の長い派手な柄の半そでパーカーを羽織り、サンダルに黒いサングラスと言う姿だった。
この近くにある大学の学生とは全く違う雰囲気に、すれ違う人たちに大きく避けられているが、彼は気付いていないみたいだ。
*******
小学校の新学期が始まった日、仕事先の彬から星來へ連絡がきた。
彬:『ついさっき竜弥くんから連絡があって、今からそちらへ向かうと言っています。』
彬:『今、仕事を抜けられないので、すみませんが、相手をお願いして良いですか?』
彬から新しく作ったグループに招待されて入ると、直ぐに竜弥から反応があった。
『いまどこにいるの?』と聞くと、驚いた事に『もう直ぐ乗り換え駅に着く』と言う。
乗り換えてしまうと、最寄り駅まで20分ほどなので、星來は直ぐに家を出た。
そして駅に現れた竜弥は上記のような姿で、直ぐに見つける事ができたのである。
星來の運転する軽自動車の助手席に乗った竜弥は、とても嬉しそうにしていた。
「来るなら一週間前には連絡して欲しかった」と、少し強めに言っても星來の顔を見てニコニコして、小言を言われてもどこ吹く風だ。
しかも、「実家を両親と共に引き払ってしまっていて帰る場所がないから、出来れば今日からアパートに住みたい」と言う。
以前から気付いていたが、竜弥と言う子はせっかちである。
これで何度も失敗して、星來は何度も慰めてやっていた。
「タツヤくんが住む予定の部屋なんだけど、壁に穴が開いてて、業者は来週の予定なんだよね」
「大丈夫だって、俺はそんなの気にしねぇよ」
「そう言う意味じゃないんだけどねー」
アパートに着くと、一旦自室へ戻って鍵を持ち、203号室へ向かった。
隣が星來の部屋だと知って、竜弥はあからさまに喜んでいたが、考紀も一緒に住んでいると気付いて悔しがっていた。
「どう? もし気に入らないなら、知り合いに不動産業者がいるから紹介するけど」
二人で室内を一通り見て、今は段ボールで塞がれている押し入れの奥に空いた穴も確認する。
ついでにこの場所に住むメリットとデメリットも教えてやったが、「どうもこうも、俺は絶対にここに住むぞ」と、何にもない部屋の真ん中に座って、竜弥は息巻いていた。
今日は竜弥と彬と楓を夕食へ招待した。
最初、竜弥は外へ買い物に行くと言ったが、一番近いスーパーでも大人が歩いて15分以上かかるだろうし、今日は引っ越し祝いも兼ねて星來が夕食を用意する事にしたのだ。
それに竜弥は食堂の息子とあって料理が好きで、食材があれば何でもを作ってくれる。
星來が作った事のないエスニックな料理も作ってくれて、それが美味しくて皆で褒めると、「流石に親父のアジフライは再現できないけどな」と謙遜していた。
久しぶりの大勢での食事は楽しかった。
だが、リヒトの場所に竜弥が座っていると言うのが、星來には違和感で、何度もリヒトを探してしまうのはどうにもならなかった。
その様子が流石におかしかったのだろう、食事中、考紀がこっそり「大丈夫?」と聞いてきた。
部屋の契約にはU&Eの了承もいると言う事で、次の日から早速、竜弥は彬に連れ回される事となった。
働きたいと言う希望は、竜弥から早い段階で連絡があったそうで、半月ほどの期間の中で手続きはしていたそうだ。
次は例の通過儀礼を受けるのだろう。
とにかく対地球外生命体課は人手が足りないので、まずは『訪問者』に慣れて欲しいらしい。
それにしても、怒りっぽい竜弥が『訪問者』相手に上手くやれるのか星來は心配だった。
彼も大人になって、昔よりずっと落ち着いたようだが、人の性格と言うのはそう直ぐに直らないだろうし。
ふと、そう言えば、考紀は彼の事が平気なんだなと思った。
「考紀はタツヤくんの事、怖くないの?」
「え? 怖くないよ。前によく怒ってたのは、他の人に舐められない為の演技だって言ってたもん」
聞けばそんな答えが返って、来て衝撃を受けたものだ。
だとしたら、凄い演技力だと思う。
星來は初めて会った頃、いつキレるかしれない竜弥の事が本当に怖かったのに。
それじゃあ、あの甘えたの子犬みたいな竜弥が本当の姿なのだろうか……ギャップの凄さに震える。
そんな感じで話題に上がりやすい竜弥だったが、彬の部下になったとたん忙しくなった。
当然、上司の彬も帰りが遅くなるので、リヒトがいない今、彬が帰ってくるまで楓が一人で留守番の時もある。
金曜日にはついに、自分の部屋へ泊らせた。
リヒトが行ってしまってから、星來は気の晴れない日が多くなった。
最近、皆に頼られすぎて疲れてしまったのかもしれない。
「買い物にでも行こうかな」
こういう時は気分転換に限る。
今日は少し遠くの、ホームセンターが併設されているショッピングモールへ行ってみようと思った。
そろそろ次の野菜の種が欲しいし、そろそろ考紀の上着を見て来なくては……と考えて、これでは気分転換になっていないなと、星來は苦笑いする。
それでも他にしたい事が見つからなくて、星來はエプロンを外すと実家の駐車場に止めてある軽自動車へ向かった。
「星來さん」
アパートの階段を下りたところで、聞き覚えのある声が頭の中に響いた。
久しぶりの、その声は、もちろん彼の声だ。
「リヒトさん」
とたんに沈んでいた気持ちが浮上する。
しかし、どこにいるのか彼の姿は見えなくて、星來が気のせいかと思っていると、後ろからリヒトが圧し掛かってきた。
「ちょ、リヒトさん。元の姿に戻ってますよ。部屋に戻りましょう」
「疲れましたぁ。でも、ボク頑張ったんです。博士と外国の偉い人の所を一周して、研究費もらったり業務提携のお願いをしてきましたよ。ロビー活動とか昼食会とかパーティって必要なんですかね。ボク、もう二度と行きたくないんですけど! あ、お土産あるんでうちに寄って下さい」
リヒトは思っていた事を一気に喋ると、後ろから星來を軽く押した。
彼は背中に乗り上げていたが、自力で浮かんでいるらしく重さは感じない。
そのまま102号室まで押して行かれて、上がらせてもらえる事になった。
考紀はよくお邪魔しているが、星來は初めて中へ入るのでドキドキする。
間取りはどの部屋も一緒なのだが、各家庭には個性があって、どの部屋も様子が違うものだ。
星來のところは結構物が多くてごちゃごちゃしているが、宮島家は物が少なくモノトーンで纏められてすっきりしていた。
以前住んでいたマンションの部屋は残してある、と聞いた事があるので、余計なものは持って来ていないのかもしれない。
それでも、男3人で暮らすのは狭そうだ。
学校の道具が置かれているのが楓の部屋だろう。
多分その隣が彬の部屋。
キッチンは余り使わないのだろうか、調理台には何も乗っていなかった。
「でも、部屋はふたつしかないでしょう。リヒトさんはどうしているんですか?」
「ボクはここです!」
スライム姿のリヒトはリビングに鎮座している大きな紺色のソファーに飛び乗った。
「ここなら皆の様子が分かるし、テレビも見られますよ。良いでしょ」と言って転がる。
隣を勧められ、星來はソファーの端に座った。
すると、スライムがプルプルっと揺れて、突然、目の前のテーブルの上にポストカードの山が現れた。
「これは?」
「お土産です。色々考えたんですけど、何が良いか分からなくて。これ、行った場所で手に入れたんですよ。最初は星來さんの好きそうな、景色の良いのを買ってたんですけど、皆に知られちゃって。面白がって色々なのを混ぜられちゃいました」
表情はないが、リヒトがしょんぼりしたのが星來には伝わって来た。
それがおかしくて、クスクス笑いながらポストカードを捲る。
綺麗な景色や、可愛い動物のものはリヒトが選んでくれたらしいが、他の良く分からないグラフィックや地元の店の宣伝用、絵や彫刻の写真、色っぽい姿の女性や男性の写真は仲良くなった人たちにもらったのだそう。
ポストカードを見ながらリヒトが楽しそうに旅行の逸話を語ってくれたので、星來の憂鬱など何処かへ行ってしまった。
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