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楓視点 1
しおりを挟む「そう、考紀は本当にどこにも行かないんだね」
その日の夕方、場所を楓の家のに移して、考紀から澪が来た際の顛末を聞いた楓はホッと息を吐いた。
楓は、星來と考紀が本当の親子ではないと知った時、いつか本当の親が来て、考紀を連れて行ってしまうのではないかと気が気じゃなかったのだ。
話を聞く限り暫くは大丈夫そうであるが、次に備えて楓も何かしなくてはと思った。
まだ出会って数か月だが、楓の中で考紀の存在はとても重要になっていた。
こんなに長い時間、家族のように過ごす友達は初めてなのだ。
考紀は気遣いが上手で、楓が上手く話せない時は助けてくれるし、苦手な人との間にも入ってくれる。
少し頼りすぎかと思って、迷惑じゃないか聞いてみたら、考紀は自ら進んで楓を助けていると言ってくれた。
そんな事、親にも言われた事がないのに。
おかげで毎日楽しく過ごせて、母親がいない寂しさも紛らわせられつつある。
良く観察していると、彼はクラスの皆に同じことをしているのだが、プライベートでもいつも一緒なので、楓は優越感に浸った。
皆が大好きな考紀と一番仲が良いのは自分で、考紀の事なら何でも知っている、今ならクラスで一番考紀に好かれているのは自分だと、今の楓なら恥ずかし気もなく胸を張って言うだろう。
「じゃあ、星來さんと考紀のお母さんが結婚したら良いんじゃない? 仲良いんでしょ? 」
ゲーム機を手に向かい合って通信対戦しながらお喋りを続ける。
「えっ? そうなったらいいけど、ダメなんだよ」
「なんで? 」
「だって、星來はさ、あっ! やられたぁ」
「勝った!」
「ねぇ、ケッコン、って何? 」
ゲームの勝敗が着いたところで、二人の会話を聞いていたリヒトが話しかけて来た。
少し前に仕事から帰って来たのだが、部屋に入ると直ぐにスライムの姿になり、リビングのソファーに転がってテレビを観ていたのだ。
サイコキネシスでリモコンを操作して、チャンネルを回していたが、同じニュースばかりやっていてつまらなかったようだ。
「結婚すると、好きな人と家族になって、ずっと一緒に暮らせるんだよ」
「契約だね、書類上の」
「うわ、現実的」
楓は子供らしくない考紀の返事にびっくりしてしまった。
彼は大人の中で暮らしていたと聞いたが、大人は結婚をそんな風に言うのだろうか。
「あんなの見栄だよね。結婚しなくても別に困らないじゃん。理解がない相手と結婚したら、そっちの方が大変だし。離婚になったらもっと大変だって」
「考紀……」
「でも、好きな人と家族になるっていいなぁ」
リヒトは楓の難しい話は無視して、二人へにじり寄った。
どうやら結婚と言うものに興味があるらしい。
「じゃあ、ボクと星來が結婚したら家族になれる?」
「結婚できたらね」
「じゃあ、ボク星來さんと結婚する!」
リヒトが嬉しそうに宣言すると、考紀も困った顔になった。
確かにリヒトは星來と仲が良いが、まだ結婚するまでではない。
そもそも星來とそう言う話が出た事もないんじゃないだろうか。
第一、リヒトはスライムだし。
スライムと結婚……それはないなと、楓は思った。
「あれ? それだったらボクは彬と楓と結婚してる?」
「違う、違う。結婚は本当に好きな一人としかできないんだよ。僕たちも家族みたいなものだけど、上手く説明できないよ、考紀」
楓はリヒトに上手く説明できなくて困ってしまい、考紀に助けを求める。
すると考紀は「好きだからって家族になれるとは限らないし、結婚なんてもっと難しいんだよ」と言ってそっぽを向いてしまう。
「もしかして、リヒトは星來さんが好きなの?」
「うん」
「だからリヒトってば、星來さんの前ではカッコつけてるんだね」
楓はリヒトの素直なところが好きなのだ。
カッコいいよりそっちを出せばいいのに、と思う。
「だって、恰好良い方が好きになってもらえるって博士が……これでも色んなの見て研究してるんだよ」
「そうなの?」
博士、とはリヒトの後見人でもある宇宙生物学の権威、シアーズ博士の事だ。
リヒトは彼をとても信頼しているのは皆知っている。
それにしても、博士は一体どんなものをリヒトに見せているのだろう。
リヒトは今風というより、昔の二枚目スターと言う感じなので、博士の年代のカッコいいなのだろうか。
「じゃあ、質問。リヒトさんって、何歳? 仕事はしているの? 無職はオレが許さないよ。あと、アピールポイントは?」
そこへ考紀が割って入って来た。
お菓子が乗ったちゃぶ台に両肘を突き、真剣な目でリヒトを見て、まるで何かの面接みたいな事を聞く。
「年はよく分からない。大体の移動距離や速度から計算して、だいたい1000年は生きてるんじゃないかって、博士が言ってた。仕事は博士の手伝いだよ。アピールポイントは……待って、考える」
と言って、リヒトはスライムの身体を震わせる。
「凄い年の差。って言うか、リヒトさん仕事してたんだ。でも、何するにも博士の許可がいるんじゃないか?」
「そうかも。でも、最優先は星來さんにリヒトを好きになってもらう事だね。星來さんスライムは好きかなぁ?」
「人間のリヒトさんならいけるかもしれないけどさぁ……」
「本当? じゃあ、頑張る!」
そう言うと、リヒトはピカッと光って人間の姿になった。
……全裸だけど。
服を着るように勧めながら、楓はため息を吐いた。
「ごめんね、リヒトって子供みたいだよね。何か勘違いしてるみたいだし」
「面白いからいいよ。それにリヒトさんは絶対長生きだろうから、キープしておいてもいいかな」
「キープ」
時々、考紀は楓も知らない大人の言葉を使う。
意味は何となく分かっても、そう言う時は何だか置いて行かれているようで落ち着かないのだ。
しかし、そんな楓の様子に気付かない考紀は「だって、もしも星來の方がオレより長生きだったら可哀想じゃん」と、言った。
いや、絶対考紀の方が星來さんより長く生きるだろ……と言いかけて楓は口を噤んだ。
自分の母親だって若くしてこの世を去ったのだもの、考紀がそう言う事を気に掛けるのもおかしい事ではない。
そこまで考えて少し悲しくなり、もうこの話は終わりにして話題を変える事にした。
「そう言えばさ、さっき言いかけたの何? 星來さんと考紀のお母さんが結婚できないって」
「ああ。星來は男の人が好きなんだって。だから無理」
「え? へ、へー」
世間では色々言われているので、そう言う人がいるとは知っていたが、知り合いは初めてだった。
「びっくりしたでしょ。オレもびっくりしたもん。ま、そういう訳だからさ」
「それ、僕が聞いちゃって大丈夫だった?」
「平気、平気。隠してないし、もしかして楓はダメだった?」
楓は頭を横に振った。
学校でも習っているし、特に偏見は無い。
それに……。
「考紀は? 考紀は、もしも男の人から好きって言われたらどうする?」
「え、オレ? 別に平気。楓は」
「僕も平気だよ! 全然、大丈夫!」
食い気味に返事をしたら、考紀は若干引いていた。
けれど、楓は気が付いた。
それならば、自分が考紀と家族になれる可能性があると。
さっき、考紀が結婚なんて契約。と言っていた事なんて忘れた。
あれは家族になる約束なのだ。
考紀はああ言っていたけれど、努力すれば良いだけの話だ。
「楓、どうしたの? 」
「うん、ちょっと考え事」
その日から、楓は考紀との将来設計を組み立て始めた。
早く行動に移さなければ、母のようにいなくなってしまうかもしれないし……そんな事を考えたら、楓の胸が激しく痛んだ。
もう、考紀がいない日々なんて、考えられない。
考紀となるべく一緒にいたいからと、中学受験を断わったら彬は苦笑いしていたが、反対はしなかった。
楓の心の内など、仕事柄、他人の様子をよく見ている彬には筒抜けなのである。
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