2 / 37
フェザーガーデン
しおりを挟むそのアパートの名前は『フェザーガーデン』と言う。
経営者の苗字が『羽根田』だからそう付けられた。
部屋数は8、一部屋の広さは2LDKで、築20年近いが、至って普通の木造アパートである。
アパートの目の前は駐車場、裏手にはちょっとした山があり、隣には羽根田の実家、反対隣は昔からある工場が建っている。
前の通りにはバス停があり一日に十数本の市内循環バスが来るものの、辺りには田んぼが多く、都会からそう離れていない場所の割には長閑で静かだ。
ただ、駅や商店街はおろか、コンビニさえも近くに無いため、夜ともなれば暗く人通りなど殆ど無い。
住むには不便すぎて近所に住む人は年々減っているのが実情なのだが、世の中にはそれが都合良いと言う人々もいた。
特に外部との接触に気を遣う者、秘密を知られたくない者。
研究者たちは、そんな人々――宇宙から『訪問者』――をこの場所に集めて住まわせる事にした。
*******
『フェザーガーデン』の現在の管理人は初代管理人の息子、羽根田 星來(はねだ せな)である。
今ではもう慣れてしまったが、この、母の付けたアパートの名前を最初に聞いた時、星來はダサい、と思ったものだ。
(ここが建ったばかりの頃は、この名称を揶揄ってきた子もいたなぁ……)
星來は布団の中で寝返りを打ちながら、昔の事を思い出していた。
星來は、その晩、中々眠れなかった。
しとしと降る雨の音以外聞こえず、闇夜に目を凝らしても何かある訳でもなく、次第に意識は2年ほど前へと移って行く。
都会で疲れ切った星來が10年ぶりに戻ってきた実家は、昔と変わらないままそこにあり、実家で経営していたアパートもそのままだった。
ゲイだと公言していた息子が、突然子供を連れて帰ってきた事に両親は大層驚いていたが、何も聞かずに家へ入れてくれたのには感謝しかない。
しかも、その子供と血が繋がっていないのを知っても、孫だと言って可愛がってくれたのだ。
大人から甘やかされた記憶があまりない子供――孝紀(こうき)は最初こそ戸惑っていたが、直ぐに慣れて両親を「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼んで慕った。
そうして都会にいた頃から比べ、ずっと子供らしくなった考紀を見て、星來も嬉しかった。
そんなこんなで数か月が経った頃、突然両親が世界中を旅行して回りたいからアパートを頼むと言われた。
その頃の星來はまだ無職だったので、これ幸いとその話に飛びついた。
今時アパート経営なんて、不動産屋に丸投げだろうと思っていたのもある。
しかし、両親からこのアパートは事情があるからそれは出来ない、星來がやらないなら家の大半の土地とアパートを譲らなければならないと言われ、行く宛のない星來は仕方なく一から仕事を教え込まされた。
驚いた事に、このアパートは5年程前から外国の研究機関、Universe & Extraterrestrial intelligence research Institute(宇宙と地球外知的生命体の研究機関、略してU&Eと言うらしい)に協力していて、住人の半分以上がそこの関係者だと言う。
私立の研究機関で宇宙人の研究とか、両親は怪しい宗教に騙されているんじゃないかと星來も最初は思った。
しかも住人の中に、その地球外生命体がいると言うのだ。
「はぁ? 宇宙人とか俺は信じてないんだけど! 馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ! 」
その時は温厚な星來も流石に大声で叫んでしまったものだ。
すると、いつもは無口な星來の父が、珍しく自分の働いていた頃の話を始めた。
父は以前、その研究機関の日本支部で支部長をしていたと言うのだ。
星來は、てっきり父は外資系の商社に勤めていると思っていたのでびっくりしてしまった。
まぁ、父も当時はこの事を秘密にしなくてはならず、母以外には商社勤めと言っていたそうなので仕方がないだろう。
ならば今はどうなのかと聞いたところ、「話しても誰も信じないし、頭がおかしいと思われるだけだから好きにしなさい。でも、お前には信じてもらいたい」と言われたので、騙されてるのではと疑いつつも、星來は受け入れてしまった。
その後、父は101号室の金田夫妻のところへ、母と考紀も連れて改めて挨拶へ行った。
金田の夫は以前、政府の対地球外生命体課と言うところに勤めていたそうで、足を悪くして辞めた後はU&Eへ転職し、このアパートに住んで日本各地に住む彼らの相談に乗っていると言う。
政府にそんなものがある事は知らないが、話半分に聞いていた星來も、説得力のある金田の話は真剣に聞いてしまった。
決定的だったのが金田の妻の存在だ。
金田の妻は金髪ボブヘアーのとても小柄な女性で、いつもサイドまで覆う形のサングラスをしており、とにかく派手な服装をしている。
平日は駅前のビルで清掃の仕事をしているそうで、誰にでも明るく挨拶をしてくれる楽しい人だ。
金田の部屋に上がらせてもらって話をしているところへ、彼女は帰って来た。
相変わらず派手な服装で、今日はTシャツの虎と花柄のスパッツが目に痛い。
母が星來にアパートを任せたいけれど、地球外生命体の存在を信じてくれないと言うと、彼女は「まぁまぁ! 」と言って徐にサングラスを取った。
「わぁ……」
彼女の瞳は、良くテレビなどで見る宇宙人そのまま、大きくて真っ黒だった。
爬虫類みたいに白目がなく、瞼が上下から閉まる。
星來と考紀はそれが不思議で近くに寄って良く見せてもらった。
「私、エリス星から来たんだけれど、他の星の人はこの目が怖いって言うのよ」
「いいえ、怖くなんか無いです。か、可愛いと思います。ね、考紀」
「……かっこいい」
「ん、もう! 二人共口が上手いんだから! それから私たちの事は宇宙人とか、地球外生命体とかじゃなくて、簡単に『訪問者』って呼んで欲しいわ」
「分かりました」
星來は以前から金田の妻とは仲が良かったのもあってか、不思議な目を見ても本当に全然怖くなんかなかった。
これなら上手くやっていけると安心して、詰めていた息をホッと吐き出す事ができた。
しかし実家へ戻る途中、塀の上で座っていた103号室に住む佐々木の飼い猫が、日本語で話しかけてきたのには流石に仰天してしまった。
(猫……猫型の宇宙人? 人型じゃないから地球外生命体? 呼び方は『訪問者』でいいって言ってたっけ……)
混乱した星來は、その後、このアパートの住人の事を母から詳しく教えてもらった。
101号室は金田夫妻。
102号室は最近まで『訪問者』が住んでいたそうだが、母性へ戻ったので現在は空いている。
103号室の佐々木は知っているか分からないが、さっき出会った飼い猫(?)はナルコス星出身なのだそうだ。
104号室の大橋は星來も知っている。このアパートが出来た頃から住んでいるシングルマザーだ。娘さんはもう家を出たのだそう。彼女は地球人だ。
201号室の飯野は大学生でもう直ぐ出て行くらしい。
202号室は榎本と言う公務員の女性が住んでいる。彼女も地球人である。
203号室は昔から何故か空いていて、204号室は現在、星來と考紀が住んでいる。
ここに住んでいる地球人は『訪問者』に気付いているのだろうか?
もしも金田の奥さんのサングラスが外れたり、佐々木の家の猫とか、うっかり日本語で話しかけてきたりして来ないのだろうか。と、星來は不安になった。
「そうだ」
衝撃的な事が立て続けに起こって考紀が一緒にいた事を、星來はここで思い出した。
考紀はどう思って言うのだろう、怖がっていないだろうか。
おそるおそるその顔を覗き込んでみる……と、予想に反して考紀は目を輝かせていた。
「星來、ここは面白い所だね。オレ、みんなと友達になりたいな! 」
…………………………
Universe & Extraterrestrial intelligence research Institute(宇宙と地球外知的生命体の研究機関)
U&Eは適当です。すみません。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる