Hope Man

如月 睦月

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中学校編

告白経由サヨナラ停留所前行

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龍一はバス停の前にある靴屋の閉まったシャッターに寄りかかった、その圧でシャッターが少し後ろに歪みながらガシャリと音を立てた。

右足を折って、その靴の裏をシャッターに押し当てると、もう一度ガシャリと音がした、ゆっくり腰に重心をかけて姿勢を安定させると、マルボロに火をつけた。

繁華街に立ち並ぶ煌びやかなネオンと高いビルの隙間から月が見えた。



ほっとした。



『煌びやかな世界は苦手だ…』



『そうなんだ』



『え!?いつのまに!』



『龍一君が煙草吸い始めた時から』



『忍者かよ』『くのいちくらい言いなさいよ』



『二次会行かなかったのか』



『知ってるでしょ、苦手なの』『そっか』



笠井だった、龍一の家から遠くない笠井が同じバスに乗るのは必然だ。



『一緒に乗って良い?』『俺のバスじゃないから乗りなよ、ははっ』



『まぁ…あの…嫌かなと思って』



『嫌じゃないよ、デートした仲じゃん』



『ふふ、そうだね』



ガラガラガラガラ…

ぶっ壊れそうな音を立ててバスが到着した。

プぅ~と時空の向こうから聴こえる古の豆腐屋のラッパような音が鳴ると、フシュ―っとめんどくさそうなため息と同時に扉が3つ折りになって開く。整理券と呼ばれる、大きなリトマス紙みたいなものを取り、一番奥の座席の窓側に座った。笠井が隣に座るのを想定し、先に下りるのは笠井だからだ。そんな気遣いがさりげなくできるのは龍一のちょっと良さだろう。だがこの場合、隣に変な人が座らないように守る意味でも窓側に笠井を誘導するのも正解ではあるのだが。



『隣に座ってもいい?』『あぁ、どうぞ』



笠井が座ると、連結した座席が少し沈んで龍一の身体が少し笠井の方に傾いた。

龍一が決して心地よいとは言えない乗り物のひとつ「バス」この頃は少し酔う癖があったので、バスに乗る時はウォークマンで曲を聴いて紛らわしていた。さり気ない気遣いが出来るのに、女の子の隣でウォークマンを聴こうとするあたりは無神経、この共存がまだ子供なのだろう。



『龍一君何か聴くの?』



『うん、一緒に聴く?』『うん』



『じゃぁハイ』



龍一はイヤホンの片耳を笠井に渡した、通常恋人同士がやる様な行為をサラッとやってしまうあたりもまた龍一、笠井にしてみれば刺激的でもあり、掴みどころが無くてやきもきするのかもしれない、それが龍一の魅力として映っているのかもしれないが、龍一がそれを知るはずもなく、屈託のない笑顔で『線短いからも少し側に来て』なんて軽々しく言ってしまうのだ。



体温を感じる程ピタリと身体をくっつけて2人で音楽を聴く。



少し走っては停車するバス。



やや暫くすると、乗車しているのは2人だけとなった。

龍一と笠井だけ。

龍一は曲を楽しんでいたが、笠井の感情は違う方に向いていた。

龍一と2人で同じ曲を聴いて、龍一とこんなにも寄り添って。

心は龍一で一杯になっている。



あと3つで下りる笠井、そっと話を始めた。



『龍一君、卒業式の練習の…あの事は本当に感謝してる』



『あへ?なんだって?ごめん』



『ううん、なんでもない』



バスが停車した、誰も乗らず扉が閉まる。

あと2つ。



『龍一君』『ん?』



『ううん、なんでも…』『どうした?泣きそうな顔して』



『あのね、私、あなたが心配だった、ずっとずっと心配してた』



『そっか、悪いね』



『でも私が心配したって何も変わらないし、何も起きないってわかってた、でも心配で…そしたらあんなことになって…』



『納豆事件ね』



『うん、何も起きないって思ってたけど、私には奇跡が起きた』



『奇跡?』



『気づいたのよ、心配じゃなかったのよ、その気持ちが少しだけ届いた気がした』



『そっか』



『髪も切った、デートも楽しかった、皆が嫌うのに龍一君はいつも優しかった』



『泣くなって…』



『ごめんね、うっとぉしいよね』



『そんなことないよ』



無言になってしまった2人。



真っ黒な窓に光の尾を引いた街の灯りだけが通り過ぎる。



次の停留所まではあと1つ。



笠井は静かに「つぎ止まります」のブザーを押した。



依然としてバスの中は2人きり。

だが、2人にとっては恐ろしく混雑した空間に思えた。

何かを伝えたい笠井、それを言われるのが少し怖い龍一。

怖いと言うのは適切に回答できるか否かと言う事。

きわめて真面目な話をしようとしているに違いない、それに対し自分は笠井を満足させることができるのだろうかと不安になっていた。

奇しくも2人の思いは少しズレているようだが、ドキドキは一緒だった。

脈打つ神経が耳まで達し、イヤホンを圧迫してドラムが二重に聞こえる。

笠井の顔をチラリと見ると、自分で側においでと言ったくせに、その距離の近さに心臓は破裂しそうになる。薄水色の白目に真っ黒な瞳は少し涙で潤いを含み、それを優しく包み込むような長いまつ毛の先も濡れて数本が束になっていた。



「笠井ってこんなに美人だったっけ」と心の中でハッとした。



ウォークマンがタン!と音を立てて止まり、テープの片面が終了する。



『龍一君大好き』



バスが止まると、龍一の唇から笠井の唇が離れた。



動き出すバスの中から外に居る笠井を見ると、何かを言った。



その唇は「さ・よ・な・ら」だった。



『またちゃんと答える事が出来なかったなぁ』



テープをひっくり返すと静かに動き出すウォークマン。



Everybody needs a little time away

I heard her say, from each other

Even lovers need a holiday

Far away, from each other



『素直になれなくて…か…』



龍一にとって素直であるか否かの前に、恋愛と言う感情がわからない。好きだと言われる事に対して嬉しさはあるが、自分がどうなのかがわからない。好きだと言ってくれる人にどう接したらいいかもわからない。



『ガキは俺かもなぁ』



ボソリと呟きながら曲を口ずさむと、とても悲しい気持ちになった。

悲しいと言うよりは哀しいと言った方が近いかもしれない。

寂しいにも似た哀しい。好きだと言ってくれた女子達に対して結局はほったらかしの投げっぱなし、何の答えも出していない。女性の気持ちになれば、龍一より辛いに違いないと思っていた、その思いを察すると涙が出て来たのだった。



バス停に到着して、お金を払うと運転手が気遣った。



『腹でも痛いのかい?』



『いいえ、ありがとうございます』



他人には腹が痛い様に見えるようだ、いや、ただの社交辞令かもしれない、だとしても運転手に心が痛いなんて言ったって通じないのだ、通じやしない、通じるわけがない、だから声をかけてくれたことに対してありがとうでいいのだ。



ずっと前に、仲間を信じてリンチを受けたあの沼のある公園のベンチに座ってマルボロに火をつける。



あのころとは違って静かで気持ちが良かった。



『俺に彼女なんて、まだはえーよな』



夜空に浮かぶ月に声をかけ、ゆっくりと家に向かって歩き出した。

そんな中さっきの笠井の唇の動きを思い出す。



『さよなら? そう言えば前に言われたな… どんかん…かもな』
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