Hope Man

如月 睦月

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中学校編

モテキ到来

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人の感情とは難しい。

クラス全員に嫌われているのかと思えば、話しかけてくる者もいる。

離れてみたり側に来たり、さっぱりわからない。

だが龍一は器用に立ち振る舞うどころか、いつものままだった。

周りが変わったからと浮かれない、周りに嫌われたからと言って落ち込まない、そんな龍一が出した答えは「期待しない」。



期待するから裏切られた時に辛くなる、嫌われたと思って寄り添おうと努力すれば、その姿を笑われる。期待せず、自分は自分、人の振り見て我が振り直せ、自分はああなるまい、自分はこんな事するまいと、自ら受けて来た事を教訓としていた。



3月14日に卒業式が行われるので、あと1週間で龍一の中学校生活が終わる、そう思えばますます龍一の心はドライになっていく、幸いなことに耐え忍ぶ一週間ではなさそうな現状、少々冷やかされる程度など日常茶飯事、龍一だけに限った事ではない。『ずいぶん楽になった』そう感じ始めていた。



授業はほとんどなく、自習と言う名の無法な時間が多くなる。そんな中クラスで調子乗りの大川が声をあげる。ヤンキーに憧れカッコつけ、自称空手経験者だが水泳経験者のバタフライビンタ一発で半べそをかくほど喧嘩には弱い。強いヤツと群れる事で調子に乗り、女子の前だと調子に乗る、とにかく調子に乗りやすく、ついつい目立ってしまって叱られる事が多い男だ。



『卒業したらクラス会やらねぇ?』



クラス会とはそんなに直ぐにやるものなのか?

卒業後に何年かしてから久しぶりに集まらない?と言った空気ではないのだろうか、そう考えると『こいつやっぱりアホだな』と鼻で笑ってしまった。しかしクラスの反応はとても良く、一気にやる方向へと進んでしまう。



『桜坂君は行くの?クラス会』



後ろの席の馬場優子(ばばゆうこ)が龍一の肩をシャーペンでツンツンしながら声をかけてきた。綺麗と可愛いを混ぜ合わせたような清楚な雰囲気の女子で、その名に恥じず、誰にでも優しく接してくれる。馬場と言う名字から男子からは『ジャイアント』と呼ばれたりもするが、女子からは優ちゃんと呼ばれているので、龍一もいつからか普通にそう呼んでいた。思えば何となく龍一に寄り添うような距離感にいた。辛い目に会ってる時も『だいじょうぶ?』と書いたメモ紙をそっとくれた事もあった。そして彼女は赤面症だ。



『あー…俺、嫌われてると思うし…』



『じゃぁ私もやめよっかなぁ』『え?』



『あと…嫌われてないよ、少なくとも1人には』『え?』



馬場は真っ赤になって目線を反らした。



そんな中、幹事が山下久美子に決まったと聞こえて来た。

山下久美子(やましたくみこ)は心地よいクセっ毛のボブヘアーだが、後ろ髪の一部分だけを肩甲骨の下くらいまで伸ばしている、前髪で目が殆ど見えないが、色白でいつも3mmほど微笑んだような顔をしているけれど笑っているわけではない、その声を聞いたものは笠井同様殆どいない。群れる事を嫌い、いつも一人だが嫌われ者ではなく、ヤンキーでもなければチャラくもない、若干ではあるが龍一に似た空気感を持った女子である。



『え?山下が?』



クラスがざわついたが、当の山下は『問題ある?』とクールに答えていた。その声を聞いてまたクラスが『あんな声だったんだ』『しゃべった』とザワザワした。



『山下!一人じゃ大変だろ、誰か指名しても良いぞ』



大川の発言に対して魔法をかけるかのように少し曲がった右手の人差し指を肘ごとゆっくり上げた山下は、その魔法を発射するみたいに人差し指をピシ!と真っすぐにして龍一を指さした。



『え?俺?』



『桜坂!頼むな!』『よろしくー』『まかせたぞー』



なんなんだこの空気は、本当に人間の気持ちってものは掴めない。



『いやぁ俺は…』



『桜坂龍一…よろしく』指をゆっくり下ろしながら山下がそう言うと、静かに前を向いた。なんなんだこの状況…『私も手伝いたいです!』名乗り出たのは馬場優子だった、右手を上げて立ち上がっていた、クラスがまたざわつき、直ぐに冷やかしモードに入るが、取り仕切る大川が『静かに!いいんじゃね?2人じゃ色々大変そうだし』『大川!大川!』クラスの男子が割って入った。『大川あれ…』指さした先はには右手を中途半端に上げる笠井の姿があった。『どした笠井、火災発生か?』笠井が何か言っているがクラスの笑い声で聞こえない、しかしそれを搔き消すようにより一層大きな声で笠井が声をあげた『私も手伝います!!!!!!!!!!』



『なんだなんだ?桜坂の取り合いか?』『モテモテじゃねーかよ』『ヒューヒュー』



馬場が山下を睨み、山下は笠井を睨み、笠井は馬場を睨んでいた。

その三角形の中に入ったら全ての物が消滅しそうな空間が出来上がっているかのように重圧を感じる龍一。一層盛り上がるクラスだったが、担任の教師である野呂(のろ)が割って入る『冷やかすんじゃない!お前らの為に名乗り出てくれたんじゃないか、幹事なんて面倒なんだぞ?先生が指名してやらせるか?大川、お前やるか?』



『いや、俺はそういうのは…』



『そうだろう、やりたくないだろ?だったら自らやるって言ってくれた人には敬意を払え、動物園の猿みたいにイチイチわーわーキーキーするな、高校生になるんだぞお前ら』



クラスのアホ共に例えられる猿はどれほど迷惑な気持ちだろうか、そして軽々しく施設名を使われた動物園にも敬意を払って欲しい、もっと言えば高校生になるからワーワーキーキーするなとはどういう事だろうか、いい大人でさえワーワーキーキーすると言うのに。そしてなぜ高校生限定なのだろうか、龍一は何時ものように大人が口喧嘩で負けそうになると、必ず抜く伝家の宝刀的言葉『理屈っぽい』思考を脳内でぐるぐると巡らせた。そんな思考能力があるのに、今の状況が彼に訪れた『モテキ』だと言う事に全く気が付いていない、恋愛的思考能力はゼロ、笠井が言ったように『鈍感』なのだった。



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タクシー運転手である父親の康平は、シフト次第で晩御飯を必ず自宅で食べに戻って来る。その時間を共にした龍一が訪ねてみた。



『親父、幹事ってなにやるの?クラス会の幹事になったんだけど』



『場所決めて、お金をキチンと支払う役目かな』



『それだけ?』『いや、気遣いが大事だ』『どんな?』



『例えばお店に予算を言って、コースのメニュー内容を考えたりな、生もの苦手な人も居るだろうから刺身をメインにしたらその人が可哀想だろ、あとは大騒ぎして周りに迷惑をかけないように集まった人たちに注意もしなくてはならん、足が痛い人とか居るかもしれないから、座敷が良いのか椅子がいいのかも考えなきゃいけないし、場所がわからない人の為に案内状に地図書いたりも必要かな、それとー・・・』



『大変なんだな』



『そりゃそうさ、皆に楽しんでもらうための仕事だからな、場所決めてお金払えばいいってものじゃない、お酒だってそうだぞ、あ、お前らは未成年だから関係ないな』



『そっか、わかったよありがとう』『うん、しっかりやれ』



そこへ電話が鳴った、龍一が電話に出ると可愛らしい声が聞こえた。電話の声は実物とは少し違って聞こえる。



『夜分すみません、龍一君のクラスメイトで馬場優子と言いますが、龍一君はいらっしゃいますでしょうか』



『あ、優ちゃん?俺、龍一だけど』



『あ!龍一君!よかったぁドキドキしたよー男子の家に電話するなんてはじめてだから』そんな馬場の言葉に少しキュンとした龍一。



『どどど、どぅーした?』キュンとしてるくせに平然を装って話したものだから、言葉遣いがおかしくなっている。



『あのさ、今日、ごめんね、急に幹事に立候補しちゃって、迷惑じゃなかったかなって思って、それで…電話しちゃった』



『いやぁ全然だよ、今親父に幹事ってなにするのか聞いたんだけど、優ちゃんが入ってくれて良かったよ、山下と2人だったら大変だった、あと笠井な。』



『そうだね、思ってるより大変だと思うから、頑張ろうね』



『うん』



『あと…山下さんも笠井さんも…桜坂君の事、好きなんじゃないかな』



『それはないでしょ、俺なんか誰も…』



『わたしも!!!!!』『え?』



『わたしもだから』



『え?ど、どゆこと?何が?え?』



『鈍感』



『いや、まって、誰が?俺?』



『じゃ、また明日ね 龍一君』



『あ、うん、また明日』



電話を切ってから考えた、何の事なのか、どういうことなのか。

答えは見つからなかった。



けれど、また鈍感と言われた事と、馬場が龍一君と最後に呼んだことには気づいていた。『なんだろうこの胸がモヤモヤする感じ…』



龍一は食後に母親から胃薬を貰った。

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