Hope Man

如月 睦月

文字の大きさ
上 下
73 / 87
中学校編

大雪の中で

しおりを挟む
いよいよ龍一は本気になった。今まで本気じゃなかったわけではない、絶対入ると思っていた隆斗高校を落ちた事が本当の本気にさせたのだ。こうなった龍一は常人を超える集中力を発揮する。



どんどん頭に入って来る勉強、ここへ来て吉田に学んだ基礎が本領を発揮する。何の為なのか、どう解くのか、その繋がりがやっとわかったのだ、苦手だった数学が面白い様に理解できた。そうとなれば他の科目は暗記だけだ、ひたすらに教科書を読み、ノートを見返した、間違いなく今、人生で一番勉強していると言える。



母親も父親もその姿を見て、今までの様な接し方を改め、声掛けも優しく、労うようになっていた、兄弟が遊びに来ても龍一の邪魔をすることも無かった。



深夜、時折絵を描きたくもなったが、あの件依頼怖くなっていたのでペンを取る事はなかった、描きたいと言う気持ちと描いてはいけないと言う気持ちが同居する不思議な感覚ではあったが。



今更勉強してもレベルが1や2しか上がらないのは龍一本人が一番わかっている事だったのだが、最初からどうせ無理だと言うのが嫌だった。諦めがつかないからだ、自分なりにやるだけやってダメだったら諦めもつくと言うもの、つまり龍一は今、めいっぱいの悪あがきをしているのだ。



----------------------------------------------------------



工場高等学校受験日



闘いを挑む日が来た、他の生徒とは比べ物にならないちっぽけな努力ではあるが、龍一にとっては充分な悪あがきをしたつもりだ。その達成感はこの街の受験生全てを凌駕するだろう。



やってやるぜ…そんな気持ちで溢れていた。

どこから来る自信なのかは不明だが、龍一の想い込みから来る自信は最強の武器でもあった、人は各々モチベーションの上げ方を持っていると思うが、龍一の場合は「思い込み」なのだった。頑張った成果を出し、結果を出すと言うこの受験と言うもの、『何事にも優劣を付けたがる日本人が好きそうなシステムだ』そう考える龍一にとっては本当に面倒くさいイベントである。『何でもきっちりきっかり決めれば良いと言うものではない、決める事で自分の首を絞めることにだってなるのだ、曖昧だからこそその隙間を縫って細く長く歩みを進められる人間だっているのに、全く競争の好きな国だぜ、そのくせ敗者にやさしくねーんだよ』と、若干ズレているものの、無理矢理着地地点を合わせる事で何となく良い事言ったような感じに自分で満足した。



一緒に行く人は居ないので早めに家を出て歩いていくことになったが、あいにくの大雪だった、この街ではよくある事。関東が桜の開花宣言で盛り上がる中、平気で雪が降り、なんなら吹雪すら巻き起こる。国が違うのかとさえ思う程に季節の違いを感じる街だ。かと言って送ってくれる人も居なければ、一緒に寒さを分かち合う仲間も居ないので、約1時間逆算して歩き始めるのだった。



ロングのフード付きコートの前ボタンを首まですると、そのフードを頭からすっぽりと被った。このロングコートはフードの深さが気に入っていた、てるてる坊主の様にはならず、顔が鼻の下まで隠れて見えなくなるのだ。目が合った合わないで喧嘩になるこの時代の必須アイテムでもあった。



外に出ると少しの風で流された大粒の雪がフードを叩き、耳元でサラサラと話しかけた。自分の吐き出す白い息がフードの中に入り込み、まつ毛の先に玉状の氷を作る。



『さみぃなぁ、こんな思いして試験受ける意味あんの?』



『ねぇだろ、こんなもん国が決めたダメ人間を落とすレースだ』



『あぁ、そうだな、くだらねぇ、でも流されて受験を決めたけど、俺初めて勉強ってもんに本気で向き合えたんだよ』



『そりゃ良かったな』『まぁな』



もう一人の自分と話をすることで、しんどい道のりをサクサクと歩けた。こう言う時のもう一人の自分は決まって否定的だから、自分を肯定するのにはいい話し相手だったのである、都合のいいイマジナリーフレンドとでも言うのだろうか、だが龍一は上手に付き合っている、病気や幻想ではなく、龍一自身が作り出しているのだから当然と言えば当然だ。



凍った横断歩道を生まれたての小鹿のように歩き、道のない歩道を脛まで埋まりながら歩くと、足先が冷たくて痛くなってきた。試験会場まではまだまだ概算でも30分は歩くだろう、取り敢えず深い雪から抜け出して靴を脱ごうとするが、雪がみっちり押し込まれた状態になっており、どうしようもない状態だった。『遭難する人ってこんな思いなんだろうな…』少し弱気になりながらも、一歩一歩前に進み続けた。こんな思いをして受験に行く人間がこの世にいるのだろうか『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』。凍傷は無いと思うが、冷たくて足が痛いと言うのはこんなに辛かったのかと思い知った。



歩くスピードが落ちた。



間に合わないと言うのは問題外だと分かっているが、とてもじゃないが足の痛みで歩く事が出来ない、それでも前に進まなければ。



『いつもこうだ…頑張ろうとすれば遮られる』



心が震えて涙が溢れそうになった。



風が強くなりまともに前を向ける状況じゃなくなった、足の痛みも増している。

心も壊れかけている、自分の置かれている状況に怒りも込み上げてくる。ただただ負けたくなくて前に出た、この状況に負けたくない、それだけだった。



身体も冷えてヘトヘトになりながら辿り着いた学校の門の前には、送ってもらって車を降りる生徒でごった返していた。言い得ぬ思いが心をギュっと締め上げる。それぞれ家庭の事情というものがあるのはわかっている、だが、どうしても自分だけと言う思いが龍一の心を支配する。



『くっそ、この思い、全部試験にぶつけてやる』



小さな決意を口に出すと、大きな闘志が湧いてきた。

しかしここで、上靴を忘れてしまったことに気付き、テンションが下がる。仕方が無いので裸足で入ることにした、玄関に座り込んで力の限り靴を引っ張ると、脱げた反動で後ろにひっくり返った。その勢いで靴の中の雪が玄関にぶちまけられた。玄関に居た高校の教師が近寄って来て『何をしているんだ君は!ご両親は!』と怒鳴りつけた。龍一は一呼吸置いて『1人で来たんです!』と、その教師よりも大きな声で答えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クライエラの幽微なる日常 ~怪異現象対策課捜査file~

ゆるり
キャラ文芸
正義感の強い警察官と思念を読み取る霊能者によるミステリー風オカルトファンタジー。 警察官の神田智輝は『怪異現象対策課』という聞き馴染みのない部署に配属された。そこは、科学では解明できないような怪異現象が関わる相談ごとを捜査する部署らしい。 智輝は怪異現象に懐疑的な思いを抱きながらも、怪異現象対策課の協力者である榊本葵と共に捜査に取り組む。 果たしてこの世に本当に怪異現象は存在するのか? 存在するとして、警察が怪異現象に対してどう対処できるというのか? 智輝が怪異現象対策課、ひいては警察組織に抱いた疑問と不信感は、協力者の葵に対しても向いていく――。 生活安全部に寄せられた相談ごとを捜査していくミステリー風オカルトファンタジーです。事件としては小さなものから大きなものまで。 ・File→基本的には智輝視点の捜査、本編 ・Another File→葵視点のファンタジー要素強めな後日談・番外編(短編) を交互に展開していく予定です。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

実はこれ実話なんですよ

tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。 (お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです) その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。 (その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性) 物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

処理中です...