Hope Man

如月 睦月

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中学校編

窓際の悪夢

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コツコツと音をたてる者、サリサリと紙の摩擦音を出す者、ササッコンコンと妙なリズム感を出す者、そのペン捌きは様々だった。クセや個性もあるのだろう、筆圧の高い者も居ればペンを寝せて最小限の筆圧で書く者もいる、だから音も違う、この音で集中できない人も居るのだろうが、龍一はむしろその音を楽しんでいた。ペンの音だけで何か音楽が出来ないだろうかと考える余裕すらある。



龍一は問題を読む時に、文章をペン先でなぞり、句読点でペン先をトン!とする、つまりスートン!スー…トン!だった。



一時限目は「国語」の試験。

試験の順番は国語・社会・数学・理科・英語、いわゆる『こくしゃすーりえー』である。一日に約5時間椅子に座ってひたすら問題を解く、好きな人にはたまらないだろうけれど、龍一にとっては拷問でしかない、学校での勉強に興味がない、いや、ほぼ興味がないわけで、興味のある授業は興味がある。



そもそも因数分解なんて自分が世の中に出たら使う事があるのか?という文句にも似た思想しか持ち合わせていなかった、楽観的だ、生意気だと言われればそれまでだが、現実を生きる龍一にとって先輩方の「厳しいエール」なんか古いとしか感じられなかった。もちろん彼らの言い分はわかる、だが時代が違うのだ、努力だの根性だの使い古されたテンプレートの様な言葉をぶつけられても全く響かない、そんな言葉だけで何とかなる時代ではないのは龍一もわかっているからだ、そこのズレを感じているからこそ龍一は先輩方々の言葉に従う気はなかった、むしろ『黙れ過去の亡霊が!』と言ってやりたかった。



国語は苦手と言う程ではなく、むしろ好きな方だったので苦しみは感じない。だが問題の作り手の文字の組み方なんかが気になって仕方が無かった。答えを求めるテストなのに、その答えを惑わせるような問い。

例えば「そうでなくてはならない」

は?と思わせ、問題を再度読み込ませるような時間稼ぎ型。こういう惑わせに引っかかって受験失敗ってどうなんだと龍一は問題を読みながら感じた。なんなら実力関係なくなってるじゃないか、こんな小細工で人生が変わってしまうなんて、問題を考えた人間の底意地の悪さを感じてしまう。



龍一にとっては、ひっかかるひっかからない以前の話しで、その学力に問題があるのでどうでもいい事のはずばのだが、彼の性格的に気になるのだった。



教室内を歩く教師、さながら刑務所の看守と言ったところだ。後ろ手で組みゆっくりと歩を進める、周囲を監視するのはわかるが答えを覗き見されているようで気分の良いものではない。見た目は革靴だが踵がない靴により耳障りな音がする、スリッポンと呼ばれているその靴は歩き方次第ではやたらと音をたてるのだ。



『さぁ5分前だ!あ、いや、5分前ですよ、最後に見直して下さい』



見直したところで思い出すなんてことはない、思い出す程脳内の引き出しはうまっちゃいないのだから。



始まる前にひと揉めあったので、5分あるはずの休憩が2分と言い渡された。騒いだ生徒のせいでもあるが、そもそも教師の態度に問題があったはずだと言うのに。社会のノートを見るが2分で何が出来るだろうか、わからない所は全部『ガンジー』と書けばイイや…そう心の中で呟くと、そっとノートを閉じて窓から見える流れる雲を目で追った。



二時限目が始まった。



社会は地理や歴史が織り交ぜられて、無理矢理作った感を強く感じながら必死で勉強した時に聞いていた音楽を思い出す。龍一は勉強しながらラジオや音楽を聴く、その曲を思い出すと勉強した事が脳裏に浮かび上がるからである。だが、思えば詰め込み型の勉強だった龍一、曲が出てきたところで社会の勉強が浮かび上がるものでもない。答案用紙にガンジーの名前が1つづつ時間の経過とともに増えていった。それでも書き間違いはするわけで、消しゴムが必要となった。



『消しゴム…消しゴム…』



窓に目をやると、筆箱があった。



『あ、ここに入れたままだった』



何の疑いもなく、窓のスペースに置いた筆箱を取り出し、机の上で消しゴムを取り出すと、筆箱を窓のスペースに戻した。



無意識だった。



無意識と言う言葉もとても気になるところだ、意識が無い状態なら寝たまま、ノックアウト状態と言っても良いのでは、ならば行動するはずが無いのに『無意識だった』と人は言う。龍一が首を傾げながらも興味をそそる言葉のひとつだったのに、まさか自分がその言葉のせいにする時が来るとは…それを痛感する出来事がこの瞬間に起こる。



龍一の一連の行動を見て、監視役の教師が机の前に急ぎ足でやって来た。机の右端に貼られた受験番号をボールペンの後ろで確認するように軽くなぞり、手に持ったファイルを何枚かめくると、龍一の顔を確認し、シュッ!シュッ!と日本の線を引いた。その軌跡は明らかに✕印を書いたをわかるものだった。



『✕を書いたよな…なんだ?まぁいいか』



その日、英語までの試験を終えると、一人で一時間以上かけて帰宅した。

母親の『どうだった?』の問いに、「また問いかよ、うんざりするな」と思いつつも、精一杯笑顔を作って『やれることはやったよ』と言う龍一。そこに1本の電話が鳴り響く。



『もしもし』龍一はわざわざ相手に名字を教える事はないと言う考え方なので、もしもししか言わないのだった。



電話の相手は担任の教師。



『はい、え、先生』



『桜坂、お前受験でなにしてんだよ』



『何もしてませんよ、なんですか?』



『隆斗高校から連絡があって、お前が二時限目にカンニングしたから、点数は一時限目のみになりますって言われたぞ』



『カンニングなんかしませんよ』



『わかるわかる、先生が言ってるのは疑われるような言動をしたんだろって事だ』



『疑われる…?んー…あ、筆箱を窓から取ったら監視員が来て✕を書いた気がしたけどなぁ、でも筆箱調べてもらったらカンニングしてないってわかるんだけど』



『違うんだよ桜坂、カンニングしたかしないかじゃないんだ、ダメだと言う行為をしたことがダメなんだよ。』



『わかりますけど…』



『まぁ言わなくてもわかると思うが、発表前に言っておくよ、まず隆斗高校は受験失敗だからな』



『わかりました』



とてもじゃないが今この時点で母親に伝える事は出来なかった。頑張ったつもりだったのだが、いつも結果が出る前に突き飛ばされて転げ落される。今回もそうだ、龍一のミスと言えばミスだが、その時点で注意でも良かったのではないか、なんなら持ち物検査をしたって良かったと思う、何も言わず二時限目から0点はあまりに残酷だ、いや、そうだと言うなら三時限目から五時限目まで無駄だと言うのに頑張る龍一を見てせせら笑っていたのだろうか。勝手な妄想でしかないが、龍一は悔しいを通り越して、呆れていた、『大人ってこんなにレベル低いのか』と。



公立の試験に向けて気持ちを切り替えなくてはならないが、今日はそんな気分ではないので、早々に眠りについた、ついてない自分を少しだけ呪いながら。
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