Hope Man

如月 睦月

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中学校編

文化祭

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人は嫌な記憶を自分で記憶を仕舞い込み、忘れ去ろうとする。

勿論人による事ではあるが。



その記憶を仕舞い込んだ心の扉が突然開く事がある。

それは歌だったり、映画だったり、人の言葉だったり。

龍一は犬の名前と曲が心の中の記憶とリンクしてしまった。



『酷い事された記憶は全部残ってるのに』



なぜ自分でこんな大切な記憶を仕舞い込んでいたのだろうかと考える。レオとの大事な思い出なのに…いや、きっと自分のせいでレオが連れていかれてしまったと言う事実を隠したかったのかもしれない。



『そうだ…俺はきっとズルい人間なんだ、自分に都合悪い記憶を消し去りたかっただけなんだ』



そう考えると腹が立って仕方が無かった、自分を虐めて来た人間と見た目が違うだけで、中身は同じじゃないか…と感じた。心がモヤモヤした、落ち着かない、なんだかハラハラドキドキにも似た、それは100m走のスタートピストルが鳴らされる前のようだった。ピストルを鳴らされたところで走るわけではないが、この変な感覚は消える事無く続き、勉強どころではないので寝ることにした。



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翌朝、登校するとクラスは龍一の苦手なガヤガヤとした雰囲気だった。

色んな声、色んな会話が一度に聞こえてきて頭が痛くなる。

これは寄ってたかって虐められるときに似ていた。

罵倒したり愚弄したりする声が一度に襲い掛かり、殴られたり蹴られたりした、だからワイワイガヤガヤには少し恐怖感があったのだ。



そんな賑やかさも朝だけで、直ぐに通常通りの流れになった。

始業式だけで終りという小学生とは違い、中学ともなれば午前中だけ特殊で残りは普通に授業がある、これは何日休もうと休み明けの気持ちとして変わる事は無く、休みの翌日はとにかく楽な運びで終りたいと願うのだ。



放課後、学校祭の打ち合わせのために吉田のクラスへ顔を出す龍一。

朝からめんどくさい気持ちでいっぱいだった龍一にとって、今日一番の楽しみだった。屈託のないいつもの笑顔で吉田は『桜坂!待ってたよ!ははは』と言いながら側に寄って来た。



『できたか?作品、ははっ出来てるんだろ?』



『ああ、おかげで勉強ひとつもやってねぇよ』



『大丈夫大丈夫!冬休み頑張れ!はっはっはっは』



『簡単に言うぜ』



数日後に控えた学校祭、イラストクラブは教室を1つ使って作品の展示会を行う事にしていた、部長である龍一と副部長である吉田が中心となってその企画を進める事になっていた。誰も居なくなった教室を歩き回り、確認しながらレイアウトを決める。とても楽しい時間だった。



『じゃぁ次のクラブで作品集まるから、前日にセッティングだね』



『そうだね、ははっ、俺スゲー楽しみ』



『俺もだよ』



『じゃぁまた!』『うん、またね、ははは』



これを何度か繰り返し、いよいよ文化祭が近づいてきたある日の放課後、龍一は一度家に戻って完成させた童夢のイラストを持って吉田の家に向かった。吉田の部屋に入ると早速2人で完成品を見せ合う事にした。『まず俺からな』そう言って吉田がA3サイズの作品を広げた。龍一は言葉を失った、強弱のある線、程よい雑味と繊細な線の共存、ケタケタといつも笑っている吉田の姿からは想像できなかった圧倒的な表現力に龍一はワクワクした。考えてみると、いつも一人でもう一人の自分と戦っていた龍一にとって、初めて感じたライバル感だった。それは強いと言われている格闘家が、自分より戦績や勝ち星の多い格闘家と戦いたいと言う気持ちに似ていた。格闘技を少しかじったからなのか、強い相手を目の前にして高揚するのだった。



『凄い表現力だね、吉田くんの本気を見たって感じだよ』



『はははははは、全然だってこんなの、やめてくれよ桜坂、そんなことより早く見せてよ桜坂の超大作!』



『超大作とか言うのやめろ』



丁寧にちゃんと返しをしてから作品を広げる律儀な龍一、その大きさは四つ切サイズ、数字にすると380mm×540mmと言う寸法なので開いた時の圧力はなかなかのものである。逆に言えばそのサイズを生かした表現をしなくてはいけないので、紙との闘いも激化する。



『すげええええええええええええええええええええええ』



作品を見た吉田は声を張り上げた。



『童夢の表紙じゃんか!これ選ぶか!描きたいとも思わないよこんな凄いカット、いやいやいやいやあっはっはっはっは、参った!凄いしかないわ』



悪い気はしなかった龍一だが、これを本当の最後にして絵を描く事をやめようとしていたので心中は穏やかではない。続けたい、描きたい、そんな気持ちもあるけれど、トラウマが龍一の後ろ髪を『やめとけ』と引くのだ。



『やっぱりなぁ~桜坂君のポテンシャルは俺の遥か上だわ、敵わないよ、参った。』



『なに言ってんだよ、吉田の作品もすげぇよ、俺には無いものを完全に感じる。』



『なにこの褒め合い!』『だね!』



『あははははははははは』



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文化祭の日が来た。



学校の文化祭というものは、生徒たちが普段の学校生活で培ってき、色々な活動の結果や技術を披露し合う場として開催されるのが一般的。その活動や発表を通じ、生徒や教師、中には一般人を参加可能にして、学校全体の一つの大きな文化を実感し、共感したり讃え合ったりして一体感を生む。



だが実際はほとんどの生徒が『めんどくさい』と感じている。

なぜなら文化祭の為に短いスパンで作品を作ることがほとんどで、普段の活動が文化祭に向けてのものではないからである。どちらかと言うと普段のクラブ活動は『交流』や『時間つぶし』なのだ。



しかし龍一や吉田のように、ガチで勝負する者達もいる。

それが今日だ。

自分の作品の前で立ち止まる生徒が多いか、コメントはどうかを勝負する。数年後にこれがインターネットと言う世界の中で『いいねの数』『フォロワーの数』等で戦われる事になるとは思ってもいないだろう。



結果としては双方ともに互角の勝負だった。



『お互いテーマがマニアック過ぎたよね、はっはっは』



『誰も読んでないもんね』



『でもさ、人気のあるアニメや漫画のキャラクター描いたってさ、結局はその作品の人気であって、自分の技術は二の次だとおもうんよ、ははっ』



『それはあるね、だからって大友先生の作品が人気が無いわけではないよ、絶対』



『もちろんだよ、でもメジャーとマイナーってあるじゃん、大友先生の作品は知る人ぞ知るマイナー作品だと思う、あえて分けるならって話しだけれどね、はは』



『確かにね、でもそのマイナーで勝負した俺たちってカッコよくね?』



『うん、絶対カッコイイ、人気が欲しくて人気作品描いてチヤホヤなんかされたくないよね、ははっ』



『そう、負け惜しみじゃない、これはポリッシャーだよ俺たちの』



『床掃除してどうすんだよ、ポリシーだろ!はははははは』



2人は後片付けまで時間があるので、他の生徒の作品を見て回ることにした。

手芸や粘土細工等色々なものをグルグルと見て回り、感銘を受けた。



『縫う事で表現とか凄いよなぁ』



『俺は無理、ははは』



戻って来ると、後輩が部屋の片づけを始めていた。



『遅くなってごめんね』『ごめんねーははは』



『あ、部長と副部長!勝手に始めてました、すみません』



『いえいえ、ありがとう』



『あ、部長、部長の作品ですけど、来た時からないんですよ、外しました?』



『え?外してないけど、無いの?落ちてない?』



『ええ、探したんですけどないんですよ、盗まれたんですかね』



『桜坂!盗まれたんだよ!はは!』



『そうか!盗まれたか!お気に入りだったけど、嬉しいぞ!』



『やったな!』『やったやった!桜坂の勝ちだ!はは』



作品が盗まれたのに大喜びする2人を見て、首をかしげる後輩だった。
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