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中学校編
夏休み、残り1日
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描いて描いて描き続けた7日間、とうとうペンを握る指の皮が剥けて血が出てしまった。痛くて握れなくなった龍一、しかし幸か不幸か龍一の童夢は完成した。
『良かった、指が壊れる前に完成して』
実際は壊れているのだが、龍一の壊れていると言う感覚はこんなものではなく、描けなくなる程の重傷を意味していた、要するに完成していなければまだまだ描き続けただろう、指にペンをテープで巻きつけてでも。
龍一は童夢を眺めた。
久しぶりにペンを握り、絵を描くことに没頭した日々は最高に楽しかった。
引退した、二度と描かないと決めた、だが実際描いて見ると改めて描くのが好きだと思い知らされる。
楽しいしかない絵を描くと言う行為はこの日童夢の完成と同時に幕を閉じた。龍一のトラウマが簡単に消えるはずもなく、描き終わるとやっぱりあの恐怖や絶望、無力感に苛まれるのだった。
『また…何にもやること無くなっちまったな』
そう呟くと、珈琲を口にした。
『もう2時か…』
時間は午前2時、ラジオをつけると『オールナイトニッポン』が聴こえて来た。深夜はラジオから聴こえるパーソナリティーのおしゃべりが心地よかった。
龍一は既に人嫌いになっていた。
数々の壮絶ないじめや裏切り、仲良くなった友人の死、理不尽な怒りをぶつけられ、正直心には穴が開いていたのだ。それに加え、入れ代わり立ち代わり家に来る親戚、『彼女は出来たのか?』『ちゃんとメシ喰ってんのか?』『学校は楽しいか?』同じ事ばかり聞かれ、人の部屋と時間と心にズカズカと入り込んで来る。更には父親の会社の仲間が集まってはワイワイと飲み会が始まり、酔っぱらいの飲めや歌えの大騒ぎ、朝まで麻雀、会った事も無い父親の友人に社交辞令の様な質問をされる。
うんざりを超えてしまい、人自体が嫌いになっていた。
関わりなくして生きる事が難しいのは中学生の龍一にも当然わかっていたので、作り笑顔で対応するが、そんな自分が嫌でもあった。
『俺に構わないでくれ』という気持ちが、誰か来るたびに湧き上がる。
いつしか龍一は高校生になったら家を出て一人でバイトしながら生きよう…そう考えるようになっていた。
だがそのためには高校に入らなければならない、吉田と同じ工業高校に入りインテリア科を受けると決めたが、正直このただ生きているだけのような日々が変わるとも思えないと言う考えもあった。なにより、吉田が自分から離れないとも言い切れないわけで、信じた相手が裏切る、居なくなることはもう嫌だった。
そう考えると吉田には悪いがもっともっとランクの低い高校に変えるべきかもしれない。そしたらかかるお金も安いのではないか?だったら安いバイト料でも暮らせるのではないかと。知識のない龍一はランクが低い高校はかかるお金も安いと勝手に思い込んでいたから導き出した根拠のない計算式なのだが。
少し前までは違う考えを持っていたが、中学生の考えなんて簡単に変わる。全ての中学生がそうとは限らないが、進学するか働くか、家庭の事情などでその生き方も大きく変わるし、進学を決めていたが親が倒れて自分が稼ぎ頭になる事だってあるだろう、そう、各々違うのだ、各々が各々であり様々あっての個々なのだ、それに伴い昨日言ったことが今日変わるなんてことは十分にあるだろう、社会とは違い、高校を選ぶことなんて、責任と言うものが付いてくる問題ではないだろう、が故にブレる事など当然あると、龍一は自分に言い聞かせる。
なるべく人と関わりたくない、干渉されたくない、それが今の正直な気持ちだった。
ここでふと気づく…『あれ?明日で夏休みは終わりじゃないか』
慌てて勉強しようと考えるが、何をしたらいいかわからない。
龍一の脳内はゼロになっていた、龍一の脳は興味のある事は引き出しに仕舞い込んで整理整頓して置く事が出来る、だが興味のない事は詰め込んだところでそれを入れて置く引き出しがないのだ。これはいじめや嫌がらせを受けていた時に、ヒソヒソと聴こえてくる心無い言葉を脳内にとどめない様に作り出した自己防衛システム。当然ながらそんな言葉は簡単に脳内から消えるはずもない、だが数日で消える、でも消えない、何度でも思い出して闇に引きずり込む、それは心に刻まれているからである。脳が忘れていても心は忘れないものなのだ…
それは記憶ではなく傷だから。
傷が痛むたびに思い出す、痛みを伴う言葉だから。
早く忘れようとして作り出したシステムは、嫌な言葉を忘れようとするための自己防衛策ではあったものの、その効果はほとんどなかったが、興味のない事は簡単に忘れられると言うアップデートはされていた。
龍一の勉強に関しては無意味なアプデとなったわけだが。
だって勉強に興味が無いのだから。
また一からやらなければならない事に驚愕する龍一。
『バカ兄貴のせいだ』
夏休みスタート時に龍一を連れ去り、その半分以上の日数をかけて連れまわした結果がこれだと龍一は腹が立った。
『だから嫌いなんだよ人間なんて、勝手なだけじゃないか、俺を巻き込まないでくれよ頼むから!』
午前3時を回っているのを忘れて声を荒げてしまう龍一。
トイレに起きた父親が気づき『早く寝なさい!何時だと思ってるんだ!』と一言ドアに向かって言い放つ。
それにも龍一は腹が立った。
今の状況がわかってるのか?お前三者面談で何を聞いていたんだ?俺はめっちゃ頑張らなきゃ入れない高校を目指して受験勉強をしているんだぞ!と心の中で怒りの気持ちを言葉にして、バターが出来上がるんじゃないかと思う程こねくり回したが、ふと我に帰った…『あ、なんもやってねーか…』
そう、龍一もまた理不尽に怒っていた。
状況に置いては間違いは一つもないが、やっていないと言う事実を棚に上げていたのだった、恐らく父親は勉強をしていると思ってのあの言葉だったとは思うが、龍一は何もやっていない、いや、やろうとしたがやれていない、結果何もしていない、明らかな自分勝手な龍一の怒り、ここは『いけない』と自分に反省した。
『でも言葉に出して言ってないからセーフ』
と言うとトイレの帰りに部屋のドアの前で『寝なさい!!!!!』と強めに言われるのだった。
切羽詰まって若干パニック状態だったが、父親の一括で落ち着いたのも事実。
『うん、そうだ、やらなきゃ、取り敢えずやらなきゃ』
勉強のやり方がわからない龍一は、前回同様にまた中学一年生のノートや教科書を開く事から始めた。そして別のノートに書き写す作業をする。読んでも興味のない事は翌日には忘れてしまうので、知識として脳内の引き出しに仕舞うために龍一が取った策が書き写す事だった。描く事が好きな龍一はいつしか紙から伝わる摩擦、ペンを少し走らせただけでそのペンの習性を指先から理解できる能力があった、その能力を書き写すと言う作業に変える事で、指先から情報を脳内に伝えようと考えたのだ。
こうなるともはやSFのように聞こえてくるが、そう言う神経系統や神経からの情報伝達増幅機能を持った人間もいるのだ、例えば長年勤めた銀行員は、お札の山から100万円を触っただけで正確に何度も掴みだせたり、常に同じ量を手の感覚だけで盛り付け出来る料理人しかり、天性のものもあれば修行の成果でもあるわけで、それが勘である場合もあるが、毎度ミスなく正確に行えるのなら勘も立派な性能であり才能である。
今、龍一は自分のその能力を別な形で発揮しようとしているのだ、挑戦することに遅いなんてことはないと言うけれど、受験勉強を中学一年生から振り返ってやろうとしている受験生にとってはいささか遅い、いや、個々の能力にもよるが、遅すぎると言われても『そんな事は無い』とは胸を張って言いにくい状況だ。
その状況を打破できるのかと言う戦いが始まろうとしていた。
夏休みは残り1日。
『良かった、指が壊れる前に完成して』
実際は壊れているのだが、龍一の壊れていると言う感覚はこんなものではなく、描けなくなる程の重傷を意味していた、要するに完成していなければまだまだ描き続けただろう、指にペンをテープで巻きつけてでも。
龍一は童夢を眺めた。
久しぶりにペンを握り、絵を描くことに没頭した日々は最高に楽しかった。
引退した、二度と描かないと決めた、だが実際描いて見ると改めて描くのが好きだと思い知らされる。
楽しいしかない絵を描くと言う行為はこの日童夢の完成と同時に幕を閉じた。龍一のトラウマが簡単に消えるはずもなく、描き終わるとやっぱりあの恐怖や絶望、無力感に苛まれるのだった。
『また…何にもやること無くなっちまったな』
そう呟くと、珈琲を口にした。
『もう2時か…』
時間は午前2時、ラジオをつけると『オールナイトニッポン』が聴こえて来た。深夜はラジオから聴こえるパーソナリティーのおしゃべりが心地よかった。
龍一は既に人嫌いになっていた。
数々の壮絶ないじめや裏切り、仲良くなった友人の死、理不尽な怒りをぶつけられ、正直心には穴が開いていたのだ。それに加え、入れ代わり立ち代わり家に来る親戚、『彼女は出来たのか?』『ちゃんとメシ喰ってんのか?』『学校は楽しいか?』同じ事ばかり聞かれ、人の部屋と時間と心にズカズカと入り込んで来る。更には父親の会社の仲間が集まってはワイワイと飲み会が始まり、酔っぱらいの飲めや歌えの大騒ぎ、朝まで麻雀、会った事も無い父親の友人に社交辞令の様な質問をされる。
うんざりを超えてしまい、人自体が嫌いになっていた。
関わりなくして生きる事が難しいのは中学生の龍一にも当然わかっていたので、作り笑顔で対応するが、そんな自分が嫌でもあった。
『俺に構わないでくれ』という気持ちが、誰か来るたびに湧き上がる。
いつしか龍一は高校生になったら家を出て一人でバイトしながら生きよう…そう考えるようになっていた。
だがそのためには高校に入らなければならない、吉田と同じ工業高校に入りインテリア科を受けると決めたが、正直このただ生きているだけのような日々が変わるとも思えないと言う考えもあった。なにより、吉田が自分から離れないとも言い切れないわけで、信じた相手が裏切る、居なくなることはもう嫌だった。
そう考えると吉田には悪いがもっともっとランクの低い高校に変えるべきかもしれない。そしたらかかるお金も安いのではないか?だったら安いバイト料でも暮らせるのではないかと。知識のない龍一はランクが低い高校はかかるお金も安いと勝手に思い込んでいたから導き出した根拠のない計算式なのだが。
少し前までは違う考えを持っていたが、中学生の考えなんて簡単に変わる。全ての中学生がそうとは限らないが、進学するか働くか、家庭の事情などでその生き方も大きく変わるし、進学を決めていたが親が倒れて自分が稼ぎ頭になる事だってあるだろう、そう、各々違うのだ、各々が各々であり様々あっての個々なのだ、それに伴い昨日言ったことが今日変わるなんてことは十分にあるだろう、社会とは違い、高校を選ぶことなんて、責任と言うものが付いてくる問題ではないだろう、が故にブレる事など当然あると、龍一は自分に言い聞かせる。
なるべく人と関わりたくない、干渉されたくない、それが今の正直な気持ちだった。
ここでふと気づく…『あれ?明日で夏休みは終わりじゃないか』
慌てて勉強しようと考えるが、何をしたらいいかわからない。
龍一の脳内はゼロになっていた、龍一の脳は興味のある事は引き出しに仕舞い込んで整理整頓して置く事が出来る、だが興味のない事は詰め込んだところでそれを入れて置く引き出しがないのだ。これはいじめや嫌がらせを受けていた時に、ヒソヒソと聴こえてくる心無い言葉を脳内にとどめない様に作り出した自己防衛システム。当然ながらそんな言葉は簡単に脳内から消えるはずもない、だが数日で消える、でも消えない、何度でも思い出して闇に引きずり込む、それは心に刻まれているからである。脳が忘れていても心は忘れないものなのだ…
それは記憶ではなく傷だから。
傷が痛むたびに思い出す、痛みを伴う言葉だから。
早く忘れようとして作り出したシステムは、嫌な言葉を忘れようとするための自己防衛策ではあったものの、その効果はほとんどなかったが、興味のない事は簡単に忘れられると言うアップデートはされていた。
龍一の勉強に関しては無意味なアプデとなったわけだが。
だって勉強に興味が無いのだから。
また一からやらなければならない事に驚愕する龍一。
『バカ兄貴のせいだ』
夏休みスタート時に龍一を連れ去り、その半分以上の日数をかけて連れまわした結果がこれだと龍一は腹が立った。
『だから嫌いなんだよ人間なんて、勝手なだけじゃないか、俺を巻き込まないでくれよ頼むから!』
午前3時を回っているのを忘れて声を荒げてしまう龍一。
トイレに起きた父親が気づき『早く寝なさい!何時だと思ってるんだ!』と一言ドアに向かって言い放つ。
それにも龍一は腹が立った。
今の状況がわかってるのか?お前三者面談で何を聞いていたんだ?俺はめっちゃ頑張らなきゃ入れない高校を目指して受験勉強をしているんだぞ!と心の中で怒りの気持ちを言葉にして、バターが出来上がるんじゃないかと思う程こねくり回したが、ふと我に帰った…『あ、なんもやってねーか…』
そう、龍一もまた理不尽に怒っていた。
状況に置いては間違いは一つもないが、やっていないと言う事実を棚に上げていたのだった、恐らく父親は勉強をしていると思ってのあの言葉だったとは思うが、龍一は何もやっていない、いや、やろうとしたがやれていない、結果何もしていない、明らかな自分勝手な龍一の怒り、ここは『いけない』と自分に反省した。
『でも言葉に出して言ってないからセーフ』
と言うとトイレの帰りに部屋のドアの前で『寝なさい!!!!!』と強めに言われるのだった。
切羽詰まって若干パニック状態だったが、父親の一括で落ち着いたのも事実。
『うん、そうだ、やらなきゃ、取り敢えずやらなきゃ』
勉強のやり方がわからない龍一は、前回同様にまた中学一年生のノートや教科書を開く事から始めた。そして別のノートに書き写す作業をする。読んでも興味のない事は翌日には忘れてしまうので、知識として脳内の引き出しに仕舞うために龍一が取った策が書き写す事だった。描く事が好きな龍一はいつしか紙から伝わる摩擦、ペンを少し走らせただけでそのペンの習性を指先から理解できる能力があった、その能力を書き写すと言う作業に変える事で、指先から情報を脳内に伝えようと考えたのだ。
こうなるともはやSFのように聞こえてくるが、そう言う神経系統や神経からの情報伝達増幅機能を持った人間もいるのだ、例えば長年勤めた銀行員は、お札の山から100万円を触っただけで正確に何度も掴みだせたり、常に同じ量を手の感覚だけで盛り付け出来る料理人しかり、天性のものもあれば修行の成果でもあるわけで、それが勘である場合もあるが、毎度ミスなく正確に行えるのなら勘も立派な性能であり才能である。
今、龍一は自分のその能力を別な形で発揮しようとしているのだ、挑戦することに遅いなんてことはないと言うけれど、受験勉強を中学一年生から振り返ってやろうとしている受験生にとってはいささか遅い、いや、個々の能力にもよるが、遅すぎると言われても『そんな事は無い』とは胸を張って言いにくい状況だ。
その状況を打破できるのかと言う戦いが始まろうとしていた。
夏休みは残り1日。
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