Hope Man

如月 睦月

文字の大きさ
上 下
54 / 87
中学校編

昂一との旅、埼玉

しおりを挟む
数日間の旅を経て、訳の分からない道へ入ってしまった昂一。この時代、カーナビと言うモノは無く地図に頼るしかなかったのだが、唯一の頼りである地図を見間違えると言う失態を犯した昂一。

『龍、ここどこ?』

『俺が知りてぇわ!!!!』

『こんな田んぼしかねぇ道走ったかなぁ…』

『何回か来た事あんの?』

『いや?初めて来たけど』

『まてまてまてまて!一回停めろ一回停めろ』

ゴトンゴトンゴトン

龍一が昂一に対してトラックを停める様声を荒げた時、トラックが左右に激しく揺れた。

『なになになになに!』

『やばいやばいやばいやばい』

昂一がトラックを停め、外に出て見ると、ヘッドライトに浮かび上がったのは数え切れない無数の亀だった。危険性のない亀だがこれだけの数が居ると恐怖すら感じる。恐らく田んぼから田んぼへの大移動なのだろう、それを踏みつけたのだった。タイヤの周囲を見ると、無残に潰されてしまった亀が多数目に入った。

『兄貴、バックできる?』

『可哀想だけど無理だな、踏みつけながら進むしかねぇわ』

気を使いながら、なるべく亀を踏まないようにトラックを進める昂一。

ゴトン…

ゴトン…

数回の揺れを感じ、亀の群れを通り抜けた。そのまま農道を走ると、ヘッドライトにカエルの群れが映り込む。先ほどの亀同様、圧倒的なカエルの数にビックリした、まるで地面そのものがウネウネと波を打っているように見えるのだ。世の中にはこんな光景があるのかと、恐ろしさすら感じる景色に対し感動も覚えた。流石に亀とは違い、カエルは恐らく踏んだだろうけれど、トラックはビクともしなかったのが逆に申し訳ない気持ちになった。

殺人鬼に襲われ、ヒロインが逃げるような山道をゆっくりと恐る恐る走るトラック。乗用車のような低い視点でも怖いが、トラックのように高い視点からの山道もかなり怖かった、フロントガラスが広く大きいので視界に入って来る暗闇の情報が多く、闇が迫って来る感覚はトラックならではの怖さではないだろうか。

『怖い話しようか』

『やめろ、洒落になんねぇよ』

『ある家にな…』

『やめろ!』

『怖ぇのか?』

『迷ってんじゃねぇかよ!怖い話とかしてる場合じゃねーだろ』

『まぁ焦るな、山の一本道は必ず街に繋がってる』

『根拠は?』

『勘だ』

『ちっ…』

『なぁ龍』

『あん?』

『お前親父と仲良くやってんのか?』

『あぁ、最近は少し仲いいよ』

『お前が来てからさ、親父はお前だけ連れてケーキ食わせたりさ、お前だけにこっそり饅頭喰わせたりさ、とにかくお前を可愛がっててな』

『そう…』

昂一からはじめて聞く父親の話し、しかも自分を可愛がっていたと言う話は心がむず痒い思いをした。

『でもよ、そういうの兄弟としては面白くなくてな』

『まぁそうだよな、でも俺のせいではねーし』

『わかってるよ、だからこうして旅してんじゃん』

『あぁ』

『俺も色々あってさ、親父を許すことが出来なくてな、あ、お前だけに饅頭食わしたからじゃねーからな』

『わかってるよ』

『兄弟ほとんどなんだけど、親父の考えかたと合わなくてな』

『全員?』

『姉はしらねぇけどな』

『そうなんだ』

『だからってお前も親父を嫌いになれとか言ってるんじゃなくてな、仲良くできるならしてやってくれってこった』

『あぁ』

兄妹がみんなアンチ親父とは知らなかった龍一は少しだけショックを受けたものの、家に居るわけでもない兄弟が親父をどう思おうが、さほど気にしたものではないかと思うのだけれど、正直少し寂しい気持ちにはなった。

『俺は…親父は…今は嫌いじゃない…でもいつかぶっ倒そうとは思ってる』

『いいじゃんいいじゃん、俺も相当やられたからな、でもな龍…』

『ん?』

『親父は強いぞ』

『あぁ、わかってる』

『おーーーーーーーーーーーーーーーーーしキタキタキタキター!』

昂一が歓喜したのは恐ろしい山道が街へと繋がっている証拠を目視したからだ、トラックが通る様な車幅ではない山道、対向車も来ず、崖崩れも起こさず、タイヤが埋まる事もなく抜けられたのは奇跡に近いかもしれない。チラホラと灯りが周囲に見え始め、龍一も安心し始めた。

『今日、ここらへんで寝るか』

『バカ言ってんじゃねぇよ!街まで出ろや』

『はははは、冗談だよ、もう少し頑張れ』

やや暫く凸凹道を進むと、街と言える景色が開いた。やっと揺れない道路に乗ったと言うのに身体は何となく揺れている感覚で気持ち悪かった。深夜の街を走るトラックの窓から見える景色は温泉街のように見えた、川から立ち昇る湯気、提灯、情緒を感じた。

『龍、風呂入りてぇよな』

『見たまんまじゃねーかよ!そう言えば数日入ってないけどよ』

『この時間に開いてると言えば…スーパー銭湯みたいなところかな』

『なんそれ戦隊ヒーローみたいな名前』

『うるせぇなついたぞ』

その建物には確かにスーパー銭湯と書いていた、何がスーパーなのだろうか、野菜とか肉とか売ってるのだろうか、それとも銭湯を超えたサービスがあるからスーパーなのだろうか、龍一の頭の中はそんな事でいっぱいだった。

着替えの入ったリュックを持ってスーパー銭湯とやらに入った。

ロッカーに荷物を入れ、手首にロッカーのカギを付けて入るらしく、何もかもが初めてで戸惑う龍一。本当は銭湯と言う知らない人間と一緒に入る風呂は気味が悪くて大嫌いだった、皮膚病もいるだろう、水虫もいるだろう、移されたくないのもあるが、そんなもんが溶け込んだお湯を顔にかけたり頭にかけたり、身体中に浴びると言うのが本当に嫌で嫌で仕方が無かった。そこで龍一はシャワーだけで済ませることにした、ベタベタした髪からは一度のシャンプーでは泡も出ず自分で笑ってしまった。そそくさとシャワーを浴び終わると、着替えて昂一を待った。やや暫くしても出てこないので財布にあった小銭でフルーツ牛乳を購入した。龍一はこのフルーツ牛乳が大好きだったが、そう簡単に買える程小遣いが無いので貴重品であり、贅沢品でもあった。

『今日ぐらいいっか』

そう言うと、腰に手をあてて一気にごくごくと呑み込んだ。
何たる幸福感、言い得ぬ満足感が龍一の心を癒し、身体に沁み込んで行った。毛細血管1本1本にフルーツ牛乳が流し込まれるような感覚、満タンお願いします!とスタンドで言って、口にパイプを突っ込んでフルーツ牛乳が出たらどれほど嬉しいだろうか、そんなアホな事で脳内が満たされる程には癒されていたのだった。

『龍、早いな』

『あぁ』

『今日ここで泊って行こうぜ』

『まじか!身体を伸ばして寝られるのか!ありがてぇ!』

2人はこの日、スーパー銭湯へと泊ることにした。

翌朝、ぐっすりと眠れた2人はトラックに乗り込み、昂一はセブンスター、龍一はマルボロをくわえるとトラックは動き出した。

『さぁーーーーーーーーーーーーーーーーて、今日は埼玉に入るぞ!』

『埼玉?え?そんなところまで来たの?トラックで?』

『おもしれーだろ?』

『ん、まぁ、簡単に経験出来る事じゃないからね』

『そうだろそうだろ!待ってろよ埼玉ぁあああああああああ』

『ふふ』

トラックは埼玉に向かってその大きな車体を走らせた。

久しぶりにマルボロを美味しいと感じた龍一だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クライエラの幽微なる日常 ~怪異現象対策課捜査file~

ゆるり
キャラ文芸
正義感の強い警察官と思念を読み取る霊能者によるミステリー風オカルトファンタジー。 警察官の神田智輝は『怪異現象対策課』という聞き馴染みのない部署に配属された。そこは、科学では解明できないような怪異現象が関わる相談ごとを捜査する部署らしい。 智輝は怪異現象に懐疑的な思いを抱きながらも、怪異現象対策課の協力者である榊本葵と共に捜査に取り組む。 果たしてこの世に本当に怪異現象は存在するのか? 存在するとして、警察が怪異現象に対してどう対処できるというのか? 智輝が怪異現象対策課、ひいては警察組織に抱いた疑問と不信感は、協力者の葵に対しても向いていく――。 生活安全部に寄せられた相談ごとを捜査していくミステリー風オカルトファンタジーです。事件としては小さなものから大きなものまで。 ・File→基本的には智輝視点の捜査、本編 ・Another File→葵視点のファンタジー要素強めな後日談・番外編(短編) を交互に展開していく予定です。

実はこれ実話なんですよ

tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。 (お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです) その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。 (その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性) 物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

処理中です...