Hope Man

如月 睦月

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中学校編

おっさん

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大乱闘を勝利で飾って意気揚々と歩く4人…とは言ったものの、どう見ても勝利者には程遠い姿だった。満身創痍を絵に描いたような4人は、各々が肩を組みあって支え合っていなければ立って入れない程のダメージだった。だが、強いで有名だった湯中の金獅子を潰したのだから、みんな口元は笑っていた。



その沈黙を破ったのはタカヒロ。



『しっかしよぉ、俺ぁもう終わったと思ってたぜ』



すぐさま3人が、待っていたかのように話し出す。

『俺も、死んだと思ったね』

『やべぇ奴らばっかだもんな、眉毛ねぇやつとか』

『そうそう、あんなのぜってーモテねぇよな』

『だな』

『でもよく勝てたよなぁ、倍は人数違ったよな』

『俺たち伝説だぜ!』

『喧嘩に勝ったくらいで伝説なんて』



『バカ!龍一よぉ、中学生戦国時代だぜ?その頂点(テッペン)と噂される程のチームを潰したんだもの、伝説だろーがよぉ』



『金獅子以外は地元じゃないって言ってたじゃん。でもさ、湯中の頭やったんだから今度は俺たちが狙われるんじゃね?湯中や他校の不良からさ。』



確信を突いた龍一の言葉に一同は押し黙った。靴の底をズルズルと、熱く焼けたアスファルトに引きずる音が暫く鳴り響いた。

また最初に口を開いたのはタカヒロだった。



『そんときゃよぉ、こ、この4人で戦おうぜ』



『お、おう』『そ、そうだよ、うんそうだ』

あとに続くが説得力を感じない返事を中村と花田もしたのだった。



『本当だよね・・・約束してくれるよね』

龍一が静かに確認した。



『約束だ!』

タカヒロが龍一と組んでいた肩から腕を外して、龍一の前に立って右手を差し出し、手の平を下に向けた。それぞれが腕を外してタカヒロの右手に右手を重ねていった。龍一も最後にその重なり合った手の上に右手を乗せた。



--------------------------------------------------------------



空港に到着したが、プロレスラーの姿は一人も居なかった。

喧嘩している間に帰ってしまったようだった。

血だらけで足を引きずる4人組は誰が見ても怪しいらしく、警備員が龍一達の周囲を警戒し始めた。ここで学校に知らせるなんて話になっても面倒なので、静かに4人は空港を出ることにした。



『はぁー・・・喧嘩なんかしてっからレスラーみんな帰っちまったじゃねーかよ、ムカつくなぁマジでよぉおおお!』



中村は心に思った事をそのまま言葉に出して吠えた。それを聞いたタカヒロはイラッとしてすぐさま食ってかかる。



『もともとはお前が絡まれたんだろぉがよ、俺らが悪いみたいに言ってんじゃねぇよクソがコラ。』



『誰がクソだよこの野郎、いきなり突っかかったのはタカヒロじゃねぇかよ』



『やめろって』『やめろって』



中村とタカヒロの喧嘩を止める龍一と花田。

龍一はタカヒロを後ろから羽交い締めにし、花田は中村の胴にタックルしてしがみつき、そのまま押してタカヒロから距離を置いた。



『おおい!お前ら!おおい!』



誰かの呼ぶ声がして4人が同時に車道の方を見ると、真っ赤な軽四にギュウギュウに押し込められたようにムチムチのスポーツ刈のおっさんがこっちを見ながらアイスキャンデーを下から上まで舐め上げながら堪能していた。

そのおっさんがにっこり笑うと前歯が4本無かった。

その前歯で龍一が気が付いた。



『あ、タイガー・ジェット・スンだ』

前歯が4本無いのにその前歯で気が付くと言うのもおかしな表現ではあるが、特徴としては道路工事中の黄色と黒の縞模様と同じくらいわかりやすくて目立つものだったのだ。



『ほんとだスンだ』『うん、スンだな』



声をかけた前歯の無いおっさんは、あの夜タイガー・ジェット・シンの猛追撃の後に、プロレス会場に乗せてくれたタクシー運転手で、ほんの数分しか乗っていないと言うのに龍一達を覚えていたのだった。歩道側に車を寄せて助手席側の窓を限界まで下げると、グイッとその大きな身体を、まるで動物園のトドやセイウチが餌欲しさに寄って来るようにして窓から顔を出した。



『帰るのがぁ?乗っけて行くか?』



『あ、いえ、タクシー乗る様なお金は持ってないんで』



『そんなもんいらねぇ、乗れ!ほら!』



『え?4人ともですか?』



『イイから乗れ!警察来たら後ろの真ん中頭隠せよ』



『あ、じゃぁ・・・すみません』



4人で歯のないおっさんの軽四に乗り込み、送ってもらう事にした。あまり人を信用しない龍一は内心「連れ去られるのではないか」そんな事を思いながら。少しでもその真相を探ろうと、龍一は質問してみた。



『おじさん、家はどこなんですか?』



『銭湯行ってアイス喰いながら帰るくらいだもの、すぐそこよ』



『え?私たち全員送ってくれるんですか?かなり遠くなると思うんですけど・・・』



『そんな事ガキは気にすんな、これも何かの縁だろ』



『は・・・はい』



『ほら、アイス喰え』



そう言いながら箱に数本入った氷タイプのアイスを差し出したおっさん。全員が1本づつ手に取り食べだす。



『痛って!』『うはっ!』『くうううう』

口の中や口角が切れているので氷の冷たさが滲みる4人は思わずうめき声をあげた。



『喧嘩が?』



『は、はい・・・』



『がっはっは、いいさ、やらなきゃならねぇ喧嘩ってもんもあるさ、なぁ』



終始おっさんの陽気な話を聞きながら、次第に4人はゲラゲラと笑いながら1人、また1人と車を降りて行き、龍一とおっさんの2人きりになった。途端に気まずくなって話すことを止めた龍一だったが、おっさんは何かを察したのか、ゆっくりと話し出した。



『おらぁよ、会社じゃ馬鹿にされて友達なんかいねぇんだよ、この前のお前ら乗せた時な、友達っていいもんだなぁって思っちゃってな、で、今日お前ら見つけた時運命だって思ったのよ、こんなおっさんだけどお前らと友達になった気になってさ、つい声かけちまってさ、ガキ相手にバカだよなぁ・・・』



思わぬカミングアウトに龍一は胸が張り裂けそうになった。このおっさんを人さらいと思ったり、一緒に戦った仲間をどこかで信用していなかったり、そんなガキを友達だと言うのだ、恥ずかしさとか悔しさとか、なんかモヤモヤしていたものが涙となって流れ出してきた。



『おうおうどうした!?痛いのか?どこか痛いのか?』



『いえ、すみません、なんか俺・・・』



『うん、痛くないならいいんだ』



『あの・・・』



『痛いのは心だべ?多分俺も同じ思いをしてきたと思うからわがんだ、あのよ、そういうのってな、簡単に答えなんか出ねぇのよ、なんでかわがるが?』



『いえ・・・』



『正解なんかねぇからだよ』



『はぁ・・・』



『一つ言えるのはな、前向いて歩かなきゃぶつかっちまうってことだ』



『う・・・うん・・・』



『わがなくて良いんだ、はっはっはっはっは』



その後、少しだけ沈黙の時間が続き、龍一の家の前に到着した。折れそうなほど思いっきりサイドブレーキを引き『またな!』と笑って声をかけるおっさん。いつかお礼をしなきゃと思い、電話番号と聞こうとしてスイっと前に出て口を開いた龍一におっさんが割って入る。



『俺はよ、出会いってのは一期一会だと思ってんだ、また会いてぇなって思ったから今日お前らにこうして会えた、だからまたきっと会える、じゃまたな!』



『あのっ!』



『いいから早く帰れ!』



車を降りると龍一はおっさんに一言言った

『じゃぁな!』



『おう!またな!』

そう言うと全然カッコ良くないウインクをして、押し寿司のようにギュウギュウに自分を詰め込んだ真っ赤な軽四を走らせた。
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