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小学校編
まことちゃん
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今日の授業は図画工作。
4時間図画工作が続く金曜日が龍一は大好きだった。
保育園の頃、赤いリンゴを青く塗って母親が喧嘩していたのをふと思い出し、
今回はそのようなことが無いよう気を付けようと挑むのだった。
テーマは『夢』
夢を1枚の絵に描き出すと言う、大人の世界であれば
『すみません、もう少し具体的に』と質問を受けてしまうような授業。
夢と言っても色々あるわけで、将来なりたいと思い描くのも夢なら、
夢で見た映像を具現化するのも夢、そして夢の様な世界を描き出すのもまた夢。
龍一は自分の大好きな世界観を絵にすることにした。
それはこの世の動物すべてが殺し合いをしないで共存している世界。
例えばライオンの横で眠るアザラシ。
弱肉強食もなければ、海も空もない、食物連鎖なんか全くない世界だった。
厳密に言えば、この世に動物が溢れてしまう恐ろしい結果を招くわけだが、
龍一の頭の中はファンタジー一色だった。
3時間ほどかけて下描きを終えた龍一が満足げに眺めていると、
担任の稲山(いなやま)先生が側に来て、こう言った。
『おまえは絵を描く資格が無いな、下手くそすぎる』
龍一は耳を疑い『え?』と聞き返した。
『描く資格が無いっていってんの』
もう一度思いっきりみんなの前で発表した。
龍一はショックを受けた、殴られるよりも辛かった。
大好きな、大好きな絵を全否定されたされたのだ、無理もない。
龍一は体に震えを感じた。
生徒にはいじめられ、先生には絵を全否定され、行き場のない龍一は
心がまた少し欠けた音を聞いた。
しかし龍一の絵が上手くなりたいと言う気持ちは失われていなかった。
放課後は家に帰ってから歩いて40分くらいかかる本屋へ足を運んだ。
『あすなろ書店』
買わないなら触らないでと言う通称【鬼婆ぁ】と、
いつも居眠りしている【居眠り爺ぃ】が居る小さな書店。
隣がパン屋さんなので、いい香りが充満する本屋である。
龍一はやや暫く店内をウロウロした。
何を見ればいいかわからなかったのだ。
『何か探してるのかい?』
声をかけてきたのは居眠り爺ぃだった。
『う・・・うん・・・』
『なんだい?誰の漫画だい?タイトルか作者わかるかね?』
『いや。。。あの・・・』
『うん?』
『上手い絵ってどれですかっ!』
『画家の絵ってことかね?』
『わかんない、どれですか?』
居眠り爺ぃは一冊の本を取り出して開いた。
『こんなのはどうなんだね』
その絵を龍一が覗き込んだが、さっぱり理解できなかった。
顔が2つあったり、目がズレていたり・・・
そもそも油絵という技法も知らなかったので、全部雑に見えた。
『こんなんじゃなくて・・・』
そう言いながらまた店内をウロウロしていると、
楳図かずお先生の『まことちゃん』が目に入った。
手に取って開くと、めちゃくちゃ面白いのに黒が効いたパンチのあるリアルタッチ。
衝撃を受けた龍一は『この絵だ!』と思った。
財布から300円出して『これ下さい』と居眠り爺ぃに渡したのは【まことちゃん】の8巻だった。龍一の中では一番衝撃的なコマが多かったのだ。居眠り爺ぃは『320円なんだけど、今回はいいわ』と20円オマケしてくれたのだった。『ありがとうございました!』とお礼を言うと、龍一は喜び勇んで家に向かった。
なかなかきつめの坂を前傾姿勢で上がりきると、角に酒屋が見えた。カラカラになった喉が水分を求めていたので、その酒屋の自動販売機で何か買おうと思った。しかし、300円をまことちゃんに使ってしまったのを忘れていた。自動販売機の前でポケットをいくらゴソゴソしても1円も出てこなかった。
しかたがないので家までもう少し、頑張って歩こうと決意した。
下り坂なので少し楽には感じた。
龍一はまことちゃんを見ながら、早く絵の練習がしたかった。
上手くなったなと先生に言わせる為に。
公園を横切ろうとした時、同じ班の阿部と高学年の生徒が3人いた。
流石に龍一は、一度自分にやられている阿部が一人では襲ってこないだろうと思った。
加えて、高学年が低学年の喧嘩に手を貸すとは思わなかった。
『よ!』
と阿部に右手を上げてニッコリしてみた。
【阿部】
絵に描いたようなズルい顔に短めの髪、身体は細いが割と力があるタイプ。小賢しいのであちこちに付き、その場その場を切り抜けるのが上手い。
阿部は『よう!』と右手を上げながら近づき、龍一の腕を捕まえて、
高学年に向かって声を張った。
『こいつです!こいつこいつ!』
すると高学年3人が龍一を取り囲み
『お前なんかブドーやってんだって?』と一人が言った。
他の一人が龍一の足を思い切り払うと、びちゃーん!と水たまりに倒れた。
髪の毛を掴んで起こされて、また転がされ、何度も何度も泥を舐めさせられた。
『こいつつえーの?全然なんだけど?』
そう言った高学年の生徒は龍一を突き飛ばした。
とっとっととつまずくと、転んでブランコに頭を打った。
鎖のブランコだったので、その鎖を首に巻き付けられた龍一。
巻き付いた鎖で苦しい、背中に回された座る部分に両腕を回されて羽交い締めのようにされた。すると泥だらけの靴の裏で高学年に顔面を蹴られた。お腹を蹴られたり、ビンタをされた。
テコンドーの自主トレを欠かさずやっていた龍一だが、基本的には人にけがをさせるのは嫌いだった。あの時は大事な靖子ちゃんを守る為だったから戦った、しかし今はそうではない。阿部が『もう逆らうなよ!』と言うと高学年によるリンチが終わった。
もがいて身体をよじって絡みついた鎖を外した龍一。
首のあちこちが鎖で肉を挟まれたらしくヒリヒリして凄く痛かった。
顔を蹴られたので、顔に付いた泥が渇いてカピカピした感覚を覚えた。
公園の水道で顔を洗う龍一、触れるだけで顔が痛かった。
左目が見えにくかったので、目じりを切ったか、眼球に衝撃があったのだろう。
ぼんやりと霞んだ目で買ってきた【まことちゃん】を探す。
雨上がりで泥だらけの公園だったので、見渡す限り泥だった。
探せなかった。
どうせ泥だらけだったので、這いつくばって探し回った。
ブランコの下の泥に埋まっている本をついに見つけた時、雨が降ってきた。
本当に泥そのものと言った状態になっていた【まことちゃん】
今度は雨に降られた龍一だったが、そそくさと急ぎ足で家にむかった。
【まことちゃん】が楽しみだった龍一は雨に濡れることなんてどうでも良かった。
暴力による痛みもどうでも良かった、今の龍一の希望は【まことちゃん】が見たい…だった。
家に帰ると誰も居なかった、龍一にとっては鬼が居ないくらいに嬉しかった。
即シャワーに入ろうと着替えを用意してガスを付ける。
焦る龍一、鬼が来る前になんとかシャワーを終えたい!
泥だらけの服を風呂場で洗い、洗濯機にぶち込んだ。
ガスの準備が出来たのでシャワー開始!
あちこちが痛いけれど、我慢して大急ぎで身体を洗う。
10分ほどで出てきた龍一。
玄関に母親の喜美が居た。
『なしたの?』
『ううん・・・別に・・・』
『あんた顔どうしたの・・・』
『ううん・・・別に・・・』
『あっそ・・・』
そう言いながら喜美がビリビリと引き裂いてゴミ袋に捨てていたのは、
【まことちゃん】の8巻だった・・・。
4時間図画工作が続く金曜日が龍一は大好きだった。
保育園の頃、赤いリンゴを青く塗って母親が喧嘩していたのをふと思い出し、
今回はそのようなことが無いよう気を付けようと挑むのだった。
テーマは『夢』
夢を1枚の絵に描き出すと言う、大人の世界であれば
『すみません、もう少し具体的に』と質問を受けてしまうような授業。
夢と言っても色々あるわけで、将来なりたいと思い描くのも夢なら、
夢で見た映像を具現化するのも夢、そして夢の様な世界を描き出すのもまた夢。
龍一は自分の大好きな世界観を絵にすることにした。
それはこの世の動物すべてが殺し合いをしないで共存している世界。
例えばライオンの横で眠るアザラシ。
弱肉強食もなければ、海も空もない、食物連鎖なんか全くない世界だった。
厳密に言えば、この世に動物が溢れてしまう恐ろしい結果を招くわけだが、
龍一の頭の中はファンタジー一色だった。
3時間ほどかけて下描きを終えた龍一が満足げに眺めていると、
担任の稲山(いなやま)先生が側に来て、こう言った。
『おまえは絵を描く資格が無いな、下手くそすぎる』
龍一は耳を疑い『え?』と聞き返した。
『描く資格が無いっていってんの』
もう一度思いっきりみんなの前で発表した。
龍一はショックを受けた、殴られるよりも辛かった。
大好きな、大好きな絵を全否定されたされたのだ、無理もない。
龍一は体に震えを感じた。
生徒にはいじめられ、先生には絵を全否定され、行き場のない龍一は
心がまた少し欠けた音を聞いた。
しかし龍一の絵が上手くなりたいと言う気持ちは失われていなかった。
放課後は家に帰ってから歩いて40分くらいかかる本屋へ足を運んだ。
『あすなろ書店』
買わないなら触らないでと言う通称【鬼婆ぁ】と、
いつも居眠りしている【居眠り爺ぃ】が居る小さな書店。
隣がパン屋さんなので、いい香りが充満する本屋である。
龍一はやや暫く店内をウロウロした。
何を見ればいいかわからなかったのだ。
『何か探してるのかい?』
声をかけてきたのは居眠り爺ぃだった。
『う・・・うん・・・』
『なんだい?誰の漫画だい?タイトルか作者わかるかね?』
『いや。。。あの・・・』
『うん?』
『上手い絵ってどれですかっ!』
『画家の絵ってことかね?』
『わかんない、どれですか?』
居眠り爺ぃは一冊の本を取り出して開いた。
『こんなのはどうなんだね』
その絵を龍一が覗き込んだが、さっぱり理解できなかった。
顔が2つあったり、目がズレていたり・・・
そもそも油絵という技法も知らなかったので、全部雑に見えた。
『こんなんじゃなくて・・・』
そう言いながらまた店内をウロウロしていると、
楳図かずお先生の『まことちゃん』が目に入った。
手に取って開くと、めちゃくちゃ面白いのに黒が効いたパンチのあるリアルタッチ。
衝撃を受けた龍一は『この絵だ!』と思った。
財布から300円出して『これ下さい』と居眠り爺ぃに渡したのは【まことちゃん】の8巻だった。龍一の中では一番衝撃的なコマが多かったのだ。居眠り爺ぃは『320円なんだけど、今回はいいわ』と20円オマケしてくれたのだった。『ありがとうございました!』とお礼を言うと、龍一は喜び勇んで家に向かった。
なかなかきつめの坂を前傾姿勢で上がりきると、角に酒屋が見えた。カラカラになった喉が水分を求めていたので、その酒屋の自動販売機で何か買おうと思った。しかし、300円をまことちゃんに使ってしまったのを忘れていた。自動販売機の前でポケットをいくらゴソゴソしても1円も出てこなかった。
しかたがないので家までもう少し、頑張って歩こうと決意した。
下り坂なので少し楽には感じた。
龍一はまことちゃんを見ながら、早く絵の練習がしたかった。
上手くなったなと先生に言わせる為に。
公園を横切ろうとした時、同じ班の阿部と高学年の生徒が3人いた。
流石に龍一は、一度自分にやられている阿部が一人では襲ってこないだろうと思った。
加えて、高学年が低学年の喧嘩に手を貸すとは思わなかった。
『よ!』
と阿部に右手を上げてニッコリしてみた。
【阿部】
絵に描いたようなズルい顔に短めの髪、身体は細いが割と力があるタイプ。小賢しいのであちこちに付き、その場その場を切り抜けるのが上手い。
阿部は『よう!』と右手を上げながら近づき、龍一の腕を捕まえて、
高学年に向かって声を張った。
『こいつです!こいつこいつ!』
すると高学年3人が龍一を取り囲み
『お前なんかブドーやってんだって?』と一人が言った。
他の一人が龍一の足を思い切り払うと、びちゃーん!と水たまりに倒れた。
髪の毛を掴んで起こされて、また転がされ、何度も何度も泥を舐めさせられた。
『こいつつえーの?全然なんだけど?』
そう言った高学年の生徒は龍一を突き飛ばした。
とっとっととつまずくと、転んでブランコに頭を打った。
鎖のブランコだったので、その鎖を首に巻き付けられた龍一。
巻き付いた鎖で苦しい、背中に回された座る部分に両腕を回されて羽交い締めのようにされた。すると泥だらけの靴の裏で高学年に顔面を蹴られた。お腹を蹴られたり、ビンタをされた。
テコンドーの自主トレを欠かさずやっていた龍一だが、基本的には人にけがをさせるのは嫌いだった。あの時は大事な靖子ちゃんを守る為だったから戦った、しかし今はそうではない。阿部が『もう逆らうなよ!』と言うと高学年によるリンチが終わった。
もがいて身体をよじって絡みついた鎖を外した龍一。
首のあちこちが鎖で肉を挟まれたらしくヒリヒリして凄く痛かった。
顔を蹴られたので、顔に付いた泥が渇いてカピカピした感覚を覚えた。
公園の水道で顔を洗う龍一、触れるだけで顔が痛かった。
左目が見えにくかったので、目じりを切ったか、眼球に衝撃があったのだろう。
ぼんやりと霞んだ目で買ってきた【まことちゃん】を探す。
雨上がりで泥だらけの公園だったので、見渡す限り泥だった。
探せなかった。
どうせ泥だらけだったので、這いつくばって探し回った。
ブランコの下の泥に埋まっている本をついに見つけた時、雨が降ってきた。
本当に泥そのものと言った状態になっていた【まことちゃん】
今度は雨に降られた龍一だったが、そそくさと急ぎ足で家にむかった。
【まことちゃん】が楽しみだった龍一は雨に濡れることなんてどうでも良かった。
暴力による痛みもどうでも良かった、今の龍一の希望は【まことちゃん】が見たい…だった。
家に帰ると誰も居なかった、龍一にとっては鬼が居ないくらいに嬉しかった。
即シャワーに入ろうと着替えを用意してガスを付ける。
焦る龍一、鬼が来る前になんとかシャワーを終えたい!
泥だらけの服を風呂場で洗い、洗濯機にぶち込んだ。
ガスの準備が出来たのでシャワー開始!
あちこちが痛いけれど、我慢して大急ぎで身体を洗う。
10分ほどで出てきた龍一。
玄関に母親の喜美が居た。
『なしたの?』
『ううん・・・別に・・・』
『あんた顔どうしたの・・・』
『ううん・・・別に・・・』
『あっそ・・・』
そう言いながら喜美がビリビリと引き裂いてゴミ袋に捨てていたのは、
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