FLY ME TO THE MOON

如月 睦月

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奇策

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焼いた大量のゾンキーの山は、真っ黒い塊となって、ブスブスと音を立てながら、真っ白な煙を上げていた。焼いたのが何時だったかもわからないが、体感的には一晩中燃えていたと思う如月。

夏なのでスタジアムで眠りこけても風邪ひく事はなかったが、歯磨きはしたかったので、ゼウスマートで手に入れた歯ブラシと、歯磨き粉を手に持って事務室へ向かった。それに気づき、羽鐘とパイロンも目を覚ました。


『如月さん歯磨きっすか?』


『あ、起こした?ごめんね、歯だけはちゃんと磨きたいのよ、この状況が長く続くなら虫歯はヤバイからね、ある?歯ブラシ。そう言えば前にロッカーは歯を磨かないとか言わなかったっけ?』


『そうでしたっけ?』


『まぁいいけど、ほら』


如月は新しい歯ブラシを羽鐘に投げ渡した。

受け取った羽鐘がパッケージを見た。


『あ、ちょ!私は豚毛じゃないと嫌なんっすよね!』



『うるせぇよ、磨けるだけ有り難いだろ』

そう、笑いながら警備室へ向かった。


『ア、そうそうパイロンさん、リュックっす!これ、パイロンさんのっすよね』

『あ、うん、ありがとう・・・てかこれ・・・』

『なんか燃えた女の人が背負ってて、私覚えてたんですよパイロンさんのリュック。で、返してくれって話になって。』

『その人は・・・どうなったの?』

『なにも聞き出せないまま死んだっす』

『そう・・・』

『何かあったんすね、分かんないけど気にしないでください。こんな世界ですから・・・・さ、歯を磨きに行きましょう!ね!』



『うん・・・・そうだよね・・・うん、わかった。』



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ガラガラガラガラ~・・・・・ピッ!



『ひゃぁ~すっきりした』



歯を磨き終わり、如月が鏡に向かってニーとしている。制服も血だらけだなぁ・・・髪も洗いたいし、てかお風呂入りたい。100万歩譲ってシャワーでもいいと呟いた。

『譲らなさの方が勝ってるし』

パイロンが突っ込みながら警備室の洗面所へやってきた。おもむろに歯を磨き始めるが、左手が左の腰の上だった。

『やっぱそういうポーズになるんすねみんな!』

腰に手を当てたポーズで歯磨きしながら羽鐘が入ってきた。

奥に詰められる如月。

『集まるんじゃないよ!邪魔!邪魔だってば!』

『もー!久しぶりに三人揃ったんだからイチャイチャするっすよ!ねぇねぇ!』

『イチャイチャじゃないでしょ、ベタベタでしょ』

冷静に突っ込む相変わらずのパイロンに辺りは静まり、歯を磨く音だけが響いた。

『ねぇねぇ、こういう一瞬で静かになった時って、貧乏神が横切った証拠って聞いたことあるんだけど、マジっすか?』

『だからスティールの胸は貧乏なんじゃないの?』

『ちょ!如月さん!これは貧乏じゃなくて貧素です!いや、貧ソじゃないから!やめてくださいよ、こう見えて気にしてるんすからね』

『ごめんねエー!ごめんねエー!』

『エー!を強調すんのやめてもらえます?てか2人とも何カップなんですか?』

『今ここでカップになんの関係があるんデェー?』

『如月さん、Dカップなんですね・・・パイロンさんは…』

『関係ないシー!』

『いいなぁ・・・CとDなんですね・・・』

『スティールちゃん、まだ高校生だからね、希望を持ちなさいな』

『そうそう、女の価値はおっぱいの大きさじゃないデー!』

『デーやめーい!』

歯を磨き終わり、冷静なパイロンが冷静に今を分析する。

『この炎と煙で人が来るかもしれないね・・・』

『ゾンキーより人の方が怖いかも。そもそもこの事態ってなんなんすかね』

羽鐘のこの言葉で如月は神楽 雅と出会ったことを思い出した。

神楽 雅が言っていた事。

『大事な事思い出したから、虎徹さんのところ行こう、4人で話したいの』

そう言うと如月は走り出し、羽鐘とパイロンも後に続いた。扉を開けてスタジアムに出ると、虎徹が体操をしていた。

『虎徹さん!お話があります!』

『おう!』

スタジアムの2階、少し広くなった座席の無いスペースに4人でペタリと座り込んで輪になった。如月が語りだす。

『街をうろついている時に、林に入って小屋を見つけて休んだわ、翌朝ゾンビファンガスによく似たキノコに寄生された死体を見た。その後、ゼウスマートのシャッターがゆっくり下りているのが見えたから、人が居ると思って駆け寄ったのよ・・・』

『まぁ・・・人はいてもおかしくないっすよね』

『うん、生存者かなって思ったのよ、そしたら明らかに私を見て逃げだしたからとっ捕まえて脅したの。』

『脅すて・・・』

パイロンは少し苦笑いをしながら微笑んだ。

『そしたらその人、ゼウス特務機関の・・・か・・・か・・・かぐかぐ・・・あ!神楽 雅って言ってた。でね、何してたか聞いたのよ、そしたら・・・・』

『強盗!』

『スティール黙って・・・。ゼウスマートは危機管理センター?のようなもので、表向きはコンビニ経営会社だけど、実はゼウスの上層部の人間を危機的状況から守るための施設だとか言ってた。』

『ほう・・・やはりそうじゃったか・・・』

『虎徹さん知ってたんですか?』

如月の問いに虎徹が答える。

『話の腰を折って申し訳ない、実は若い頃じゃがワシはそのゼウス特務機関の防衛部隊に所属しておってな、その時にそういう施設を作る計画は聞いておったよ。しかしワシは引退したからのぅその後は聞いておらなんだ』

『凄いね虎徹!防衛部隊だったから強いんだね!』

『いやいや、過去の話じゃ、ワシはもう歳じゃて、わっはっは』

『んじゃ、続けるね、それでその神楽 雅が言うには、ゼウスシティは軍事国家になろうとしているらしいの。でね、んと・・・・大統領のアレースが核より恐ろしい兵器を開発させて、周囲を威圧して巨大化しようと考えたんだって、それが生物兵器、つまりゾンキーってわけ。』

『ゾンキーを作ったの?』

『今話すねパイロン、作ったのはゾンキーじゃなくていわゆる細菌兵器なのよ、死んだ人間を操って感染を拡大させる。えっと・・・・』

如月はしっかり【死者の書】に記載していたのだった。

それを握る手にも力が入る。

『うん・・・えとね、噛まれることで血管から侵入。ベースはゾンビファンガスで、人間に寄生して脳を乗っ取るように作り出した新しい細菌。空気感染はせず体液感染だけってのが分かってる情報』

『ひどいっすね・・・』

『上層部はこの状況をリアルタイムで世界に向けて配信。感染者はゼウスから出られないよう、壁がもうせりあがってる。壁でシティが囲まれてる状態なのね。で、ゼウスの力の誇示の為に街がこんな状況になってる。傘下に入らないのなら感染者を送るって脅迫を始めてるらしい』

『感染者が出られないようにって・・・生存者も出られないんだよね?』

『ごめんパイロン、そこまでは聞けてないの、でも・・・復興なんか思いのほか簡単で地下に配備してある無人警備機なんとかドローンで一掃し、街を全て焼き尽くしてリセットする、壁の向こうにはもう新住居用の準備は整っており・・・街の差し替え準備は出来ている・・・らしいわ・・・。』

『そんな!じゃぁ壁の中の私たちは全滅しかないの?』

珍しく冷静なパイロンが声を荒げた。

『いや・・・・この状況をひっくり返す方法がある!』



『え?睦月・・・何?何があるの?』



『何なんすか?何なんすか?如月さん!』



『スティールのデスボイスよ』



『いや、でもどうやって?作戦は?どうするんすか?』



『ライヴしようぜ!ここ満員にしてさ!』



如月の奇策が飛び出した。
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