FLY ME TO THE MOON

如月 睦月

文字の大きさ
上 下
24 / 63

完成

しおりを挟む
『うむ・・・外は心配なさそうだ。』



定期的に外の様子を確認している虎徹が腕時計を見て呟いた。
3時間が経過していた。

『長丁場じゃのう』

依然としてボイストレーニングが続いているようだった。

その間実は5回ほどゾンキーを運び込んでいる、実践トレーニングをしているのだ。加えて、ただ破壊するのではなく解明も試みていた。チャッキーのスタジオには声の分析ができるシステムがあり、周波数などももちろんわかる。

ここまででチャッキーが出した答えは、ただのデスボイスのキーやパワーの問題ではなく、羽鐘の骨格、身長、Aカップ等、色々な要素が絡み合い、唯一無二のデスボイスとなっていると言う事だった。

『羽鐘!細菌の研究設備は無いので俺はわからないが、オカルトチックに言えば、お前の骨格や体格から発せられる振動が、お前自身の生体エネルギーみたいなものと交じり合ってな・・・なんつーか・・・その・・・アレだよ、衝撃波みたいな。』

『う・・・うん』

『わかんねーだろ?俺もよくわかんねーよ、はははまぁいいや、俺の仮説はまだ続くから聞け、でな、お前のその波動が細菌に対して殺菌力があるんじゃないかと。要するにさ、聞いたことあんだけど、菌ってやつぁ100度になっても死なないっつーか、完全に死滅しないらしいんだよ、そりゃ菌全部に言える事じゃねーだろーけどな。でもな、ゾンキーの死に方思い出してみろよ、目玉パーン!だろあれって100度超えて沸騰してるんじゃねぇかって思うんだ。』

『え、じゃぁ人も死ぬじゃん沸騰して・・・』

『んーだから菌だけがその振動や波動で脳に集められてっつーか、逃げてくるっつーか・・・頭ん中が電子レンジみたいな?だから・・・そのぉ・・・お前の波動は電磁波・・・みたいな?もしかしたら外敵だと思って細菌そのものが熱を発してるのかも。』

『自滅ってやつっすか』

『そうそうそう、だから敵だ!と思わせる波長っつーか、波動っつーかそんなチカラがあるんじゃねぇかな・・あ!あれだ!脳を守ろうとして集まるのかもな!んで、一斉に攻撃するから逆に脳がこう・・・グツグツ煮えたぎってよ・・・・んー・・・・解明になってねぇけど・・・』

暫し3人は腕を組み沈黙した。誰かが何かを言わなくちゃいけない空気と言うモノは時と場所を選ばないもので、こんな事態でもまるで貧乏神が横切ったかのように気まずくなった。

『よし!トレーニングすっか!』

沈黙を打ち破ったのは全く持って普通で面白くもなんともない一言だった。

チャッキーの厳しいトレーニングが続いた。


目を閉じ、ゆっくりと刀を流れるように扱い始めた虎徹。

虎徹もこの先の道のりの為に、トレーニングを始めた。いや剣術なのでトレーニングと言うよりは稽古と言う言葉がしっくりくる、そんな背筋を伸ばしたくなるような鋭い空気が虎徹の周囲にピンと張りつめていた。

『ふぅ・・・・はぁーーっ!・・・・・ふっ!』

老いたとは言え、その太刀筋の鋭さは消えていない。恐ろしく優しく、インパクトの瞬間が速いその太刀筋に陰りは全く見えなかった。




その時、スタジオの扉が開いた。

『わ!あぶな!』

虎徹の切先が丁度扉の前にあった。

『すまん、終わったのか?』

『うん、おまたせこてっちゃん。』

『じいさん、待たせたな・・・立派な刀に磨き上げたぜ。』

『うむ、ご苦労じゃった雑巾、羽鐘、まだ移動できる明るさじゃ、スタジアムに行くんじゃろい?』

『うん!こてっちゃんも行ってくれる?』

『わしゃ約束したもんよ、待ち合わせの女子高生2人にも会いたいしのぅ、ふほほほほほ、雑巾顔の兄ちゃんは?行かんのか?』

『俺はやることがある・・・いあ、できた・・・かな。お前ら見て、隠れてる場合じゃねぇって・・・恥ずかしいけど滾ってきたわ、俺のソウルがよ』

『そうか雑巾、お前とはちゃんと決着つけたいからのぅ、死ぬんじゃないぞ、ヤバいときは逃げるんじゃ、高すぎるプライドは何も生みやしない、生きてこそじゃ』

『あぁ、ハナクソジジィ、お前もな』

『小生意気なガキが』

そう言うと2人は目を見てニヤリとした。お互いが認め合って『任せた』瞬間だった。

羽鐘と虎徹はチャッキーに雑誌を貰い、腕と脛に新しく巻き付けて、布テープでグルグル貼りつけた。武器の確認をし、靴紐を結び、内側へ仕舞い込み、羽鐘は2人に背を向け、ブラの肩ひもを少しきつく調整した。


『いや揺れんじゃろ』


『うるさい黙れ』


『あー、羽鐘、これやるよ、忘れてた。』

そう言いながらチャッキーが渡したのはリップクリーム。

『ありがとうチャッキーさん・・・ってこれ使ってんじゃん!!!!!』

『いいじゃねーかよ、間接キッスだぜ』

『って使ったのお前かよ!でも、サンキューっす!』

羽鐘と虎徹はキリリとした表情で、そしてどこか嬉しそうにチャイルド・プレイを後にした。

『羽鐘よ、もう少しだな・・・』

『うん、到着しても、いなかったら待つつもりだけど、こてっちゃんはどうする?』

『いつまででも待つつもりかい?』

『うん、約束したから。来なかったらそこで餓死してもいいつもりっす。』

『いつまでも来なかったら・・・・先にワシが逝ってしまうかもしれんが、一緒に待たせてもらおうかの・・・・』

『そんなに女子高生に囲まれていたいっすか?あははは』

『当り前じゃないか、こんなチャンス二度とないわい』


もちろん本心は、両親を失った羽鐘を可愛そうに思い、一人にさせてはいけないと言う気持ちなのだが、それも悟られてはいけないと、おどけて見せる虎徹だった。

こちらはスタジアムまで直線距離で10kmと言ったところか。他愛もない話をしつつも、周囲には気を配りながら、おじいちゃんと女子高生が互いの背中を守りながら進む。端から見ればおかしな光景だが、世界が変わった今では何の不思議もない。

『こてっちゃん右!』

『見えておる!』

『そっち!行けるか羽鐘!』

『任せてこてっちゃん!』

互いに声をかけあって、どんどんコンビネーションが良くなってゆく2人。

だが、警戒しながら隠れつつ、時には戦いながらの移動は、予想以上に時間がかかり、既に日が落ちかけていた。

『羽鐘よ、暗くなってしまっては危険だ、ワシは明日の移動にすべきだと思うがどうじゃ。』

『そうっすね・・・早く行きたいけど夜は経験してきたからね。。。夜はダメっすよ、なんか集まってくるからね・・・』

『よし、暗くなる前に宿を探そう、宿って言うかその・・・』

『安全な家ね!』

『申し訳ないけどな、借りさせてもらおう』

2人は予定を宿探しに変え、街を移動する。急ぎたいのはやまやまだが、急ぐ時ほど慎重に行動をしなくてはならない。一瞬の判断ミスで運命が左右すると言っても過言ではない。何もない、こうなる前の世界の方がよほど楽に過ごせたかもしれない、いや、楽だったのだ。今この世界になって、日1日の大切さを思い知らされている。よくよく考えると、今の方が1日を大切に大切に、一生懸命生きているような気がする。それはそうだろう、常に死と隣り合わせなのだから。

こんな世界で、勝手に人の家を借りることに、良心の呵責は薄れてきているものの、逆に増しているものがあった。

それは知識。

どのような家が安全性が高いのかを見極める知識が高まっている。窓は割られていないか、脱出経路が2つ以上あるか、侵入されやすいか否か、外から人影として見えやすいか否か、上げればきりがないのは事実だけれど、危険な目に会うことでその知識が増えるのは皮肉なものだが、それこそが経験、経験に勝るものはないとはよく言ったものである。

そんな知識をフル回転させて、辿り着いた物件にこの日は落ち着くことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

【完結】わたしの娘を返してっ!

月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。 学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。 病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。 しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。 妻も娘を可愛がっていた筈なのに―――― 病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。 それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと―――― 俺が悪かったっ!? だから、頼むからっ…… 俺の娘を返してくれっ!?

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

感染

saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

妹がいじめられて自殺したので復讐にそのクラス全員でデスゲームをして分からせてやることにした

駆威命(元・駆逐ライフ)
ホラー
僕、蒼樹空也は出口を完全に塞がれた教室で目を覚ます 他にも不良グループの山岸、女子生徒の女王と言われている河野、正義感が強くて人気者の多治比など、僕のクラスメイト全員が集められていた それをしたのは、ひと月前にいじめが原因で自殺した古賀優乃の姉、古賀彩乃 彼女は僕たちに爆発する首輪を取りつけ、死のゲームを強要する 自分勝手な理由で殺されてしまう生徒 無関心による犠牲 押し付けられた痛み それは、いじめという状況の縮図だった そうして一人、また一人と死んでいく中、僕は彼女の目的を知る それは復讐だけではなく…… 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスにて連載しております

妊娠条令

あらら
ホラー
少子高齢化社会の中で政治家達は妊娠条令執行を強行する。

処理中です...