FLY ME TO THE MOON

如月 睦月

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スタジアム

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『んじゃいくっすよ!』


羽鐘は2人に少し下がるよう言い、深呼吸を何度かした・・・精神集中をし、一気に解放する!

『ぶるぁああああああああああ!!!』

椅子に縛り付けた主婦ゾンキーから2m離れて放ったデスボイス。痙攣が始まり、首をぐるぐると凄まじいスピードで回転させた後、主婦ゾンキーは眼球を破裂させて動かなくなった。

暫く手を触れずに破壊されたゾンキーを見、その現場を目の当たりにして、2人は凍り付いたように動かなかった。

やっと口を開いたのはチャッキー

『な・・・なるほどねぇ~羽鐘にそんなチカラがあったとはね、こんな世界じゃなきゃ売れるぜーデスボ界の歌姫になれんぜ。』

『そ・・・そかな・・・』

照れる羽鐘に対し、チャッキーは真剣な顔で一歩近づいた。

じっと目を見つめると、静かに切り出した。

『凄い武器だ、それは確実に今の世界を変える、でもな、今のお前では救えないんだ、否定じゃねぇからよく聞け、まず破壊の波動を出す前のタイムロスだ、これは実戦向きじゃねぇ、わかってんだろ?精神統一して高めて高めて発してるんだと思う、でもいいか、一流の歌手ってのはどんな状況でも即座に声が出るんだ、一瞬で最高の状態へ持っていく、一瞬で最高の声が出せるんだ、それが出来なきゃ使えない』

『そんな・・・一人で・・・もしかしたらって・・・・確信無いけど試して、練習して、やっと見つけたのに・・・』

『あーいや羽鐘、勘違いすんな、お前がダメとか、そんなんじゃ話にならねーとかじゃねぇんだ、それを使えるようにしようぜって話だ』

『お主に出来るのか?雑巾みたいな顔のクセに』

『黙ってろホヤジジィ、なぁ羽鐘、お前のその声は刀だ、でも錆びてるから斬るってよりへし折る武器だ、今はな。磨き上げて真剣にしようぜ、俺なら短期間でできる。どうだ、やらねぇか?』

『友達に会わなくちゃいけないけど・・・彼女たちの武器になりたいから・・・やる!やるっす!』

こうして数時間、チャッキーのボイストレーニングが始まった。



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話が弾んだ2人は屋上で朝を迎えた。

『あ、話し過ぎたね、もう朝だよ、明るくなってきた』

『そうだね、行くんでしょ?睦月』

『約束したからね、無理にとは言わないよパイロン、ここなら安全だし・・・どうする?てかどうする?ほら、行くって言いなよ』

『行くに決まってて申し訳ございません・・・あの・・・さ・・・睦月・・・あの・・・』

『両親でしょ?わかんない!』



『え?わかんないって・・・なに?・・・』



『あの辺一体が丸焼けで火の海だったの、居たら生きてなんかいないし・・・逃げていたら・・・行方不明ってのが今の答えって感じかな・・・』

『そっか・・・心配だね。』

『諦めないよ、でも今は探しようがない。元気で何処かに居るって信じて、私は前向かなきゃ。信じた私が死んだら意味がないじゃん。・・・あ・・・・ごめん・・・・パイロン。』

『ううん、私はいいの、ちゃんと送れたから・・・。それに・・・睦月に会えたし、私は大丈夫』

『ねね、3人で合流出来たらさ、3人で暮らさない?ずっとずっと・・・そりゃその・・・スティールの家族とか、私の家族とか合流するかもしれないけれど・・・パイロンも家族としてさ、ね!』

『ありがとう・・・超絶嬉しい、きっとだよ睦月・・・』

『じゃいこっか!で・・・』

『申し訳ございません!』『申し訳ございません!』

二人は立ち上がり、お尻をパンパンと二度叩いて埃を落とし、顔を見合わせてお互いに一度頷いた。暗黙の了解とはこのことである、この状況下で息ピッタリなのは信頼があってこそだ。

屋上から下を覗き込むと、ゾンキーは生前の習性からか、それぞれが出かけたらしく、殆ど姿は見えなかった。それでも注意しながら、なるべく音を立てずにはしごを下り、先に下りた如月が周囲を伺う・・・問題ないので途中で待機していたパイロンに両手で頭の上に大きくまるを作り、OKの合図を出した。

そっと二人はその場を後にした。

スタジアムへは残り数百メートルと言ったところ。

『ところで、なんでスタジアム?』

『さぁ?言ったの私だっけ?まぁいいじゃん!バスーンと行っちゃおうぜ!』

まるでこの世界がゾンキーだらけなのが嘘のように、軽いステップで2人はスタジアムへ向かった。特に、本当に特に何もなくスタジアムへ辿り着けることができた。普通すぎて笑っちゃうほどに自然に安全にお散歩のように2人はスタジアムへ辿り着いたのだった。

『お、おおー!!!』

目の前にするスタジアムの壁は凄まじく高かった。

『中に入れて入口全部塞げたら最高の城じゃない?パイロン』

『そうだよね、中には居るのかな、ゾンキー・・・』

『うん、ここまでは簡単に来れたから、引き締めて行くよ、いい?いいよね?引き締めるからね。』

スタッフオンリーと書かれたドアに手をかける。

『スタッフじゃないから変にワクワクするよね』如月がニヤニヤしている。

『あるある』パイロンも顔だけで一瞬はしゃいだ。

キィ・・・と一度鳴ったきり、軽くスッと開いた。

コロッセオをイメージした建物なので、扉も岩のような塗装がされている。

『無駄に細かいよねこの塗装・・・いる?』

『睦月はそういうツッコミ、血も涙もないよね。』

『そ?』

ここも電気が通っていたので明るいスタジアムで助かった。

ゾンキーが居なければ貸し切り状態。

一体いくら積めばこの経験ができるのかと思ったら2人はニヤニヤが止まらないのだった。

スタジアムの中央への扉を開けて2人は驚いた・・・

今大人気のスーパースター【ZERO】のライヴの準備がされたままだったのだ。ステージはもちろん、スピーカーも照明も何もかも、もうライヴをするだけの状態になっていた。

『ちょちょちょちょ!!!!ZEROのライヴじゃん!!!すっごくない?パイロンすっごくない?いつだっけ?今ツアーだよね!ゼウスきたんだ!』

『うん!うん!本人いないけどなんかエネルギーすっごくて申し訳ございません!』

『てか死んだのかなー生きてるのかなーゾンキーになってても会いたいなぁ~・・・』

『やめなよ睦月(笑)』

ZEROとは、これまた大人気のオンライン狩猟ゲーム『モンスター・ハンティング』から生まれたロックバンドで、もともとはそのゲームをプレイする素人4人組だったのだが、プレイ動画をネットに投稿すると、たちまち人気者になり、『売れないからモンハンしてたら無駄に上手くなっちゃって』という、曲調とは裏腹な素な部分も手伝って大ブレイクしたのだ。

メインボーカルの『YUKI(ユキ)』

デスボイスの『TETSU(テツ)』

スネアドラムの『P.O(ピー・オー)』

三味線の『SID(シド)』

で構成されており、特筆すべき点はスネアドラムと三味線だろう。

キャッチーでジャジーなハスキーボイスのメロディーラインに和とメタルの融合という、今の時代では古くて新しい曲作りをするバンドとして人気が高い。

『きゃー!!!!シドの三味線!!!へへへ・・・蛇の革なんだよねこれ!カッケー!!!パイソン?パイソンかな?ボア?ボアなの?それともパイソン?』

『パイソン何回言うんだよ!こ・・・こっちは・・・ピー・オーのスネアドラムで申し訳ございません!』

だれも居ない広大なスタジアムのライヴステージで、テンション上がりまくりの2人だった。

『パイソンじゃない?パイソン!ねーパイロン!パイロンはパイソンだと思う?ねーパイロンソン』

『ごっちゃになってるよ、誰だよそれ』

『ねーねーソンソン、めっちゃカッコよくない?これ掻き鳴らすの!』

『古いゲームみたいに呼ばないでよ』

興奮冷めやらぬ2人だった。
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