貴方が必要とするのは、私ではないのでしょう?

夏露 あらた

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5 マティルダの想い

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 マティルダさんのお使いというのはとても簡単なものだった。先日私が魔法文字を刻むのを手伝った魔石を届けて欲しいというものだったのだ。
  
「えっと……この道を真っ直ぐ行って、右、だったかな?」

 アゼルシャンの王都ローツァルトはたくさんの商人が集い、商店を立ち並ぶために道が入り組んでいることが多い。整備された道がある大通りの一番通りと呼ばれる場所ならいざ知らず、まだアゼルシャンに来て日が浅い私にはここは入り組んだ迷路も同然である。

 マティルダさんから渡されたメモ紙を前に、道を確認するが目的の店は見当たらない。
 それどころか目印に書かれた場所と、今の道が一致しないのは気の所為だろうか。

 数分、メモと目の前の道を交互に見て、私は呆然とした。

「あ、駄目。これ迷ったわ……」

 どうしよう、と呟く絶望に満ちた私の声は、どこからともなくひゅるりと吹いた一陣の風に溶けていった。

 ***

「――エヴァンヌ家も酷なことをするわね。魔法の才能がない、ですって?」

 一方その頃『ヴィゼルの魔法具店』の店主、マティルダ・オルタ・ヴィゼルはお使いに出た弟子が刻んでいた魔石を手のひらに転がしつつ眺めていた。

 手のひらに転がる魔石はマティルダが丹精込めて魔力を注いだ特等魔石。手先が器用なレティアナによって刻まれた魔法文字は薄く輝き、見るものが見れば分かる最高品質なものになっていた。
 魔石とはもともと魔力を込める魔法士の力量によって質が決まるもの。

 かつて魔法大国ロアン王国で筆頭魔法士を名乗っていたマティルダは間違いなく現存最強の魔法の使い手の一人であり、その彼女が込めた魔石は例外なく最高品質となる。そんな魔石に魔法文字を刻む者は、それなりの力量がなければ文字を刻むことすらできない。

 件のエヴァンヌ家の『光の再来』と呼ばれるマティルダの弟子レティアナの妹、ラティシアですら、マティルダの魔石に

 マティルダは確信した。間違いなくレティアナにはラティシアを超える。恐らく彼女自身その事実に気づいていない。本人すら気づかなかったがために、彼女には魔法の適性がないとされていた。

 鍛錬次第では最強の一人と呼ばれるマティルダ自身すら超える魔法士となるだろう。

「そんなレティアナの才能も見抜けなかったなんて。ルシュオンも落ちたものね。これは直々の説教が必要だわ」

 かつての教え子。今はエヴァンヌ当主を名乗っているレティアナの父、ルシュオン・フィアス・エヴァンヌはマティルダのかつての弟子だった。

 マティルダが筆頭魔法士を辞めると同時にその地位を当時一番弟子だったルシュオンに譲り、今はこうやってアゼルシャンで魔法具店を営む店主となったという訳だ。

 その縁を辿り、ルシュオンの計らいでレティアナはマティルダの元に来ることとなったのだが、レティアナ自身はそのことを知る由もない。

「それとも自分ではレティアナの才能を活かしきれないと踏んだのかしら? いずれにせよ才能溢れるあの子に『名無しノット』の称号を与えたことには怒らなければならないわ」

 レティアナ=ノット・エヴァンヌ。
 その名を聞いた時、マティルダは憤りを抑えるのに苦労した。

名無しノット』とは、魔法士の中では無能を意味する称号である。

 基本、魔法士はミドルネームにそれぞれが得意とする魔法の適性を名乗る。使い手が途絶えたと噂されていた光の魔法を操り『光の再来』と言われるレティアナの妹が『ライト』を名乗っているのがいい例だろうか。

 しかし魔法士の家系の中でも稀になんの適性も持たず生まれる者がいる。そのようなものに侮蔑と軽蔑を込めて付けられるのが『名無しノット』という称号なのだ。

「すぐにあの子にあう称号を考えないとね。そういえばお使い、ちゃんとできるかしらあの子……」

 やる気もあり、才能にも恵まれている。教えれば飲み込みは早いのだが、少し抜けたところがある子だ。
 アゼルシャンの道は入り組んでいるので、覚えるのにもいいだろうとお使いを任せて見たのだが、まだ早かっただろうか?

 ――迷っていないといいのだけれど。

 マティルダはレティアナのことをとても気に入っていた。だがしかし、少し過信していたのかもしれない。
 彼女の心配通り、レティアナは見事に迷っているのである。

「あの子が帰ってきた時のために魔石を用意しておきましょう」

 弟子が今まさに迷っている最中であることなどとつゆ知らず。

 魔法文字を刻むのが楽しいと言った弟子の笑顔を思い出しながら、マティルダは新しい魔石に自らの魔力をこめ始めた。
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