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刀の主人は美少女剣士

十三 あたしが代わるっ! ……て、正宗さん!?

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 低い体勢から左の刃を振り上げる。
 まだそれほど距離がは詰まっていない。間合いを計るジャブ代わりだ。
 少しでも相手の動揺を誘えれば、そこまでじゃなくても意識を向けることが出来れば、そこから連携を組んでいける……のだが。

「……」

 流石に甘かったか。まあ、そりゃそうだよな。
 如月さんはピクリともせず、正宗氏の柄に手をかけたままだ。間合いを見切っているのだろう、当てる気のない一振りだということが完全にバレている。
 とはいえこちらも動き出した以上、簡単に刃を収めるわけにはいかない。

「ちっ!」

 右の刃を叩きつけるように振り下ろす。
 ギィン! と金属音が弾ける。

「ぐあっ!」
『怜ちゃん!!』

 同時に、右腕がちぎれ飛んだのかと思うほどの衝撃が走った。そのまま吹き飛び、回転しながら地面に転がる。

 いてぇ。
 めちゃくちゃいてぇ。
 痛みを耐えて顔を上げると、如月さんは正宗氏を抜き放ち、切っ先を下に向け、右に流した格好でこちらをじっと見つめていた。

「強いですね」
「……よくいいますよ」

 皮肉かよこの女子高生。こっちは声絞り出すのに必死だよ。
 だが彼女は、小さく首を横に振り、切っ先をゆっくりと俺に向けた。

「いえ、強いです。だって」
「……」
「今ので、まだ意識があるんですから」

 おいおいおい。
 なんだこの実力差は。
 完全に遊ばれている。

『……この子、強いね』
「ああ」
『今の怜ちゃんにはキツい、かな』
「情けないけど、おっしゃる通りだな」
『ううん。……じゃ、いいかな』

 小梅の声が、心に響く。
 いいかな、という言葉には、特別な意味があった。

「ああ。……頼む」
『おっけ』

 その言葉で、俺と小梅の意識は入れ替わった・・・・・・

――――

「よぉし、いっちょがんばろっか!」
「!? 文河岸、さん?」
「怜ちゃんは今、ちょこっとお休みしてるよ」
「……まさか、小梅さん!?」

 弥生ちゃんが驚いてる。んっふっふ。

「せいかーい! ここからはあたしが相手させてもらうねっ!」

 初めて借りる怜ちゃんの身体。
 だけど、自分の身体と変わらないくらい、しっくりきてる。
 指輪の効果はもちろんだけど、あたしが覚醒してから、ずっと一緒にいるからっていうのが大きいんだよね、きっと。

『無理すんなよ、小梅』
「だーいじょうぶ! まーかせてっ!」

 うん、動ける。
 自分の身体の方が軽いけど、力は怜ちゃんの方があたしより上。妖力が効かない怜ちゃんだから、純粋な体力で比べられる。

「弥生ちゃん」
「はい」
「ちょっと本気でい」

 言いながら跳ね起きて、そのままジャンプ。上に伸びてる枝まで飛んで、足場にして急角度で降下っ!

「くねっ!」

 ジャンプ攻撃は立体的に戦えるけど、一度跳んだら何かに当たるまで、途中で方向は変えられない。
 でもね。
 跳ぶ軌道は、真っ直ぐと弓なりで変えられるんだよね。

「おりゃっ!」
「くっ!」

 真っ直ぐ最短距離で突っ込む。
 ここで、打ち落とそうとして刀を振らないのはさすが。
 人間一人の体重を、女の子の刀で打ち落とせるなんて、漫画とかゲームだけの話だよ。
 まあ、こんな機動で戦うこと自体、現実離れしてるって言われそうだけどね。

 ともあれ、弥生ちゃんは、最善の策に出た。
 つまり、横に跳んで避けたわけ。あたしは真っ直ぐだし、武器も短いから、大きく避ければ当たることはない。
 でも、大きすぎても体勢を崩しちゃうし、着地したあたしの動き次第では不利にもなりかねない。
 その絶妙な距離を跳んで、弥生ちゃんは正宗さんを正面に構えた。
 あ、ちょっと笑ってる。
 うん、そうだね。

 あたしも楽しくなってきた。

「……次で決めます」
「予告ホームラン? そんなこと宣言していいの?」
「ええ、いいんです」

 じり、と弥生ちゃんの足元が鳴る。膝に力がたまってきてるね。
 あたしの方も、腰を沈ませて重心を下げる。

 勝ち負けは関係ない、て怜ちゃんは言ってた。あたしもそうは思うけど、でも負けたくもないんだ。
 だから、勝手に決めた。
 スピードで勝てないなら、パワーで耐える。耐えて返して、最後まで立ってればあたし達の勝ち。
 きっと、向こうもそう思ってる。だって、すごくいい顔してるもんね。

――だから。
 ごめんね、怜ちゃん。後でちょっと筋肉痛とかすごいかも。

『いいよ。好きに使ってくれ』
「ありがと。いっぱいマッサージとかするからね」
『期待してるよ……くるぞ』

 うん。
 ……くる!

「ちぇええええっ!!」

 大きく上段に構えた弥生ちゃんから、とんでもない迫力の気合が聞こえてきた。
 多分、彼女の間合いまで5歩。
 結構空いてる……と思いがちだけど、彼女は速い。そして無駄がない。
 一瞬で詰められちゃう距離だ。……だから。

 あたしは、手に持った種子鋏あたしを、目の前で交差させた。

「ちぃあああああっ!!!!」
「こいっ!!!!」

 一太刀目、右上から左下に振り下ろしてきたのは、まだ半歩間合いの外。てことは。
 二太刀目、そのまま切り返した刃が跳ね上がる。最初と同じ軌道を辿って刀身が戻る……途中に、あたしは交差した鋏を差し込んだ。

 ギィィィィッ!!

 すっごい嫌な音を立てて、刃と刃がこすれる。向こうはそのまま振り上げたいんだろうけど……。

「そうはいくかっ!」
「ぐうっ!」

 交差して挟んでいる正宗さんに、あたしは更に力を込め、身体全体で捻った。

――真剣白刃取り、ていう技がある。素手で真剣の刃を挟んで止める神業。
 そんなこと現実にはほぼ不可能なんだけど、刃渡り50センチ近い鋏なら、同じ要領で受け止めることが出来るんだよね。

「白刃取り!? そんな!!」
「鋏だからねっ!!」

 言ってる間にもギチギチ、ゴリゴリと刃の削れるような音が響き渡る。もうここからは粘り合い……と思ったその時だった。

――……ぅ、くふぅぅぅ……っ。
           はぁぁぁぁん……

 え、なにこの声?
 見ると弥生ちゃんも困惑した感じだ。

……ひょわぁぁぁっ
      ……もっと…………っ

『小梅、小梅っ』
「え、怜ちゃん、聞こえるこの声?」
『聞こえる聞こえる、ていうかこれ正宗氏だ!』

「えええええっ!?」
「ど、どうしたんです!?」
「ちょ、ちょ、たんま!」

 あたしは慌てて後ろに下がった。
 弥生ちゃんはそのまま立ち尽くしてる。

「どう、したんです?」
「いや、どうしたもこうしたも、今の聞こえたよね?」
「あ、はい。……もしかして」

 そう言って正宗さんに目をやる弥生ちゃんの眉がみるみる吊り上がっていく。

「……正宗」
「ああっ! すみませんお嬢っ!!」
「……こ」

 あーこれガチで怒ってるわね。見えるもん、頭から湯気出てるの。

「この、ドMがっっっ!!!!」
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