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刀の主人は美少女剣士

十 ガチはやめなさいガチは

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 スパーリング。
 その言葉から出てくるイメージは、例えばボクシングのそれだ。
 軽い手合わせとか、練習試合とか、訳し方はそれぞれあると思うが、正しくは“模擬戦”という意味になるようだ。

 ――模擬戦。模擬戦ね。
 つまり、ガチの殺し合い、勝負所ではなくて、互いにいいところで止めておこうね、て前提の戦い……なんだけど。

 なにこの緊張感。
 俺に対して発する如月さんの、冷たいっていうか冷たすぎて熱いみたいなこの闘気。

「あ、あの、如月さん」
「……はい」
スパーリング練習試合、なんですよね?」
「ええ、スパーリング練習死合ですよ?」

 おかしい、なんかニュアンスがおかしい。

「……あの、殺し合いじゃないですからね?」
「……え?」

 きょとん。
 いや、きょとんじゃなくて。
 美人のきょとん顔は可愛いが、この人のドSという本性を知ってしまっている身としては、もう殺る気満々な表情にしか見えない。

「で、でも、やるからには」
「俺、人間。付喪神じゃない。普通に死ぬ。ゆーしー?」
「あ……あいしー」
「おーけーおーけー。……いやホント頼みますよ。ここで殺されたらサバゲーどころの騒ぎじゃないんですから」
「す、すみません……」
「このスパーリングでは、自分や相手がどこまで動けるのかを確認する程度にしておきましょう。いや是非そうしてください命が惜しい」

 もう完全に飢えた獣の目だったからね?

「分かりました、すみません」
「実戦形式ということですが、今回は正宗氏、小梅は使いません。如月さんは持ってきてもらった竹刀を、俺はこの」

 手に持った二本の木の棒を見せる。ここに着いてから即席でこしらえたものだ。
 まわりで見つけた廃材を、正宗氏と小梅に加工してもらったものである。長さはそれぞれ50センチほど、丁度小梅を俺が武器として使うときのサイズくらいだ。
 流石に疲れた様子で、二人とも今はまったりと茶など飲んでこちらを眺めている。

「即席の木小太刀を使います」
「はい」

 真剣は使わないとはいえ、当たれば痛いし怪我もする。だが、女性相手に……などと言っていられる相手ではない。
 怪我の心配をしなければいけないのは、圧倒的にこっちの方だ。

「……では、始めましょうか」
「お願いします」
「お願いします」

 きれいなお辞儀をして、如月さんは脚を前後に、大きく開く。上半身は横向きで、竹刀は腰に添えたままだ。
 いわゆる居合いでよく見る構えだ。
 こっちは小太刀を逆手に持ち、左手を少し前に出した、ボクシングでいうオーソドックススタイルである。

「……様になってますね、文河岸さん」
「ただの真似事ですよ」
「そうかしら」
「そうですよ」

 やばい、これだいぶ怖いぞ。
 剣術を修めているとはいえ、相手は人間、しかも華奢な女の子だ。こないだの鬼もそうだが、今まで俺が見てきた敵は全てあやかし、それも普通にこっちを殺しにかかってきていた。
 もちろんこれまでも怖い思いはしてきたが、今ほどの寒気を感じることはなかった。

 この子、天性の剣術家だな。
 あとドS。
 そんなことを感じながら、ジリジリと間を詰めてくる如月さんを見つめる。

 あ、こいつ目がやべえ。

 そう思った瞬間だった。

「っっっ!!」
「ちっ!」

 避けられたのは、本当に偶然だった。
 今の今まで俺が居た場所に、彼女の竹刀が振り抜かれていた。一撃で仕留めるつもりだったのだろう、振り抜いたあとのタメが長い。
 だからスパーリングだってのに。
 思い切り後ろに飛び退ったが、まっすぐ俺に向けて伸びた剣先が、今にも俺を貫きそうだ。

 怖い。

 そう感じた瞬間、なぜか・・・俺は、彼女に向かって全力で飛び込んでいた。

「んんんっ!」
「えっ!?」

 俺の間合いになる一歩手前で、俺は右手の小太刀を横に薙いだ。
 カン、と何かがぶつかった音がした。

――――

 それから先、どうしたのかは正直覚えていない。
 気づけば目の前には小梅がいて、俺にしがみついていた。泣くなって。

 俺はといえば、左に持っていた方の小太刀を無くし、肘から下が痺れている。全身に痛みがあるあたり、どうやらこっぴどくやられたらしい。
 更に腰から下が鉛のように重く、泥の中で蠢いているような感覚だった。

 そして、そんな俺が視界に捉えているものは。

 俺を正面に見据え、あるかなしかの笑みを口元にたたえた、無傷の如月弥生だった。

「……っ」

 その顔を見た時、俺はなぜか“勝った”と感じて、意識を手放した。
 その笑みが、怯えているように見えたからだ。
 なんだ。
 俺もそういう人間・・・・・・なんじゃないか。

――ほとんど意識のない中、俺の顔にひんやりしたものが当てられているのを感じた。
 多分、火照っている俺の顔を小梅が冷やしてくれているのだろう。
 それが気持ちよくて、俺はそのまま、今度は穏やかに意識を手放していった。
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