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刀の主人は美少女剣士
六 小梅の気持ち、正宗の性癖
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まずは正宗氏の話を聞こう、ということで、俺たちは宿に戻ってきた。
……のだが。
「……いない」
そう。
猩々さんも、正宗氏も、どちらも見当たらない。
どうせ猩々さんが温泉に入ろうだのなんだのとゴネたのだろう。
流石に真っ昼間から酒は呑むまい。……呑まないでおいて欲しい。無理か。無理だろうな。
結局、彼らが帰ってきたのは、俺たちが戻ってから10分ほどしてからだった。
もちろん、ほろ酔いである。
「あっ、いやー、お帰りなさい所長! ねえ所長! あっはっは!」
「ほろ酔いどころじゃねえな……」
「ちょっと、正宗まで」
「あ、いや、拙者は」
如月さんに咎められて、正宗氏はしどろもどろだ。
彼は多分、猩々さんに付き合わされただけだろうな。あれほど車酔いでゲーゲーやってて、急に酒なんか呑めるもんじゃない。それでもこうやって小さくなっているあたり、余程如月さんに嫌われたくないのだろう。
付喪神というのは、主人にはとことん弱いらしい。そういえば小梅も俺にはだいぶ“あまえた”だな、などと思わず考える。
そして彼のこの姿。霊格の高さが一目で分かる位、完璧なまでに人間に見える。小梅もだが、言われなければあやかしだと分からないレベルの見た目に加え、霊力の低い一般人からも普通に認知されるだけの強さもある。こちらはあやかし自身の強さというより、主人である人間との絆、関係性に大きく左右される。
例えば、うちの小梅は覚醒したての頃、俺と先代の主人のばあちゃんにしか見えなかった。普通の人に見えるようになったのは、ばあちゃんが俺の呪印を封じた時からだ。
「如月さん、正宗氏は呑んでないですよ、多分」
「文河岸殿……っ!」
「そうなんですか?」
「この毛深いおっさんに付き合わされただけかと。ま、それについては後でこの毛玉をきつく折檻するとして」
「さらっとエグいこと言いますね!?」
「観光も楽しんだし、ぼちぼち要件に入りましょうか」
部屋は和室で、大きめなローテーブルが真ん中にひとつ。
俺と小梅、如月さんと正宗氏が隣合わせになり、猩々さんを挟んでコの字に座っていた。猩々さん、お誕生日席かよ。
「さあ、では始めましょう! ……乾杯します?」
「しねーよ」
「ちょっとお湯沸かしてくるね。先にやっててー」
「あ、じゃあ私も……」
「いいから。如月さんはクライアントだから」
「ほらほら、早くしないと日が暮れちゃいますよ!」
「だからお前がゆーなって話なんだがな」
相変わらずのノリだが、おかげで彼らの緊張も少し解れたようだ。
「とりあえず、今回の依頼の背景は把握してます。なので、正宗氏から具体的にどういった依頼なのかをお伺いしたいんですが」
「あ、はい。実は……」
彼の語った概要の方はもういいだろう。
さっき如月さんから聞いた話とほぼ同じだ。
ただ、彼の立場からの話だったので、彼自身が後継者問題についてどう考えているのかはなんとなく伝わってきた。
彼は今、板挟みになっているのだ。
これまでの義理を通せば、如月さんに宗家を継いでもらいたい。
が、心情を吐露してしまえば、如月さんの自由にさせてあげたい。
そんな想いが見え隠れするが故に、彼の話は微妙にブレているように感じた。
「――お話は分かりました。で、ここからが案件になってくるんですが……正宗さん」
「は、はい」
「ここで一つ、先に決めておかないといけないことがあります」
「ほほう。それは一体なんでしょう、所長?」
「水の向け方が露骨すぎるな。正宗氏としては、どうしたいのかって話ですよ。多分、それを決めかねてるから相談したいってことなんじゃないですか?」
「おお、鋭い! いやー、流石ですね所長!」
「まだお酒残ってるわね、猩々さん。……刻む?」
「刻むなよ。――で、いかがですか?」
「……おっしゃる通りです」
でしょうに。
「正宗……」
「拙者は元々、如月流に仕える身です。その筋でいけば、お嬢を説得して跡を継いでいただくのが正しいとは思います。ですが……」
「如月さんの意思も尊重したい、と」
「はい……」
これはアレだな。
これほど主人を慕う正宗氏の、原動力となっている感情が何か、てのが問題だな。
「ですが、それだけでもないんです。拙者の手入れはいつも、お嬢にやっていただいておりまして」
「まあ、そうでしょうね。佩刀の手入れを持ち主がすることは、何にも不思議じゃない」
「そだね。あたしも怜ちゃんにお手入れしてもらうし」
「……その時、どんな気持ちですか?」
「えっ!?」
「その、文河岸殿に手入れをされている時、どんな心持ちになるでしょうか」
「え、や、その」
小梅が真っ赤になっている。やだ可愛い、いやそうじゃない。
「正宗氏、それはいわゆるセクハラというやつでは」
「そうよ正宗、控えなさい。……すみません、小梅さん」
「えあ、あうあうあ、い、いえ……って怜ちゃん、なんでちょっとニヤニヤしてんのよ!」
「おっと」
「ていうか、どうしていきなりそんな、ど、どんな気持ちって……」
「……拙者が常に感じている気持ちが、どんな感情から来ているものなのか。それを知りたいのです」
ああ、なるほど、そういうことか。
そういうことなら、小梅にも答えられるだろう。
「そゆことかー。ええとね、幸せ、かな」
「しあわせ……」
「うん。あたしねえ、怜ちゃんの事が大好きだから。その大好きな人にお手入れしてもらってると、大事にされてるなーって思って、幸せになるよね!」
う、すげえ照れくさい。顔が熱くなってきた。くっそ小梅め、こっちみてニヤニヤしてんじゃねえよ。
「なるほど、素晴らしい……」
「正宗さんは? やっぱり幸せになるんじゃない?」
「そうですね……」
そう言った正宗氏は、顎に手を当ててしばらく考えていたが、やがて顔を上げると、とんでもないことを言い始めた。
「拙者は、刀匠となったお嬢に、この身を槌にてがちんがちんと打ち直して欲しい。炎に焼かれて真っ赤になった拙者を、完膚なきまでに打ち据えて、お嬢専用の刀に生まれ変わりたい。……常にそう思っております」
「え、それって……」
まさかのドM!?
……のだが。
「……いない」
そう。
猩々さんも、正宗氏も、どちらも見当たらない。
どうせ猩々さんが温泉に入ろうだのなんだのとゴネたのだろう。
流石に真っ昼間から酒は呑むまい。……呑まないでおいて欲しい。無理か。無理だろうな。
結局、彼らが帰ってきたのは、俺たちが戻ってから10分ほどしてからだった。
もちろん、ほろ酔いである。
「あっ、いやー、お帰りなさい所長! ねえ所長! あっはっは!」
「ほろ酔いどころじゃねえな……」
「ちょっと、正宗まで」
「あ、いや、拙者は」
如月さんに咎められて、正宗氏はしどろもどろだ。
彼は多分、猩々さんに付き合わされただけだろうな。あれほど車酔いでゲーゲーやってて、急に酒なんか呑めるもんじゃない。それでもこうやって小さくなっているあたり、余程如月さんに嫌われたくないのだろう。
付喪神というのは、主人にはとことん弱いらしい。そういえば小梅も俺にはだいぶ“あまえた”だな、などと思わず考える。
そして彼のこの姿。霊格の高さが一目で分かる位、完璧なまでに人間に見える。小梅もだが、言われなければあやかしだと分からないレベルの見た目に加え、霊力の低い一般人からも普通に認知されるだけの強さもある。こちらはあやかし自身の強さというより、主人である人間との絆、関係性に大きく左右される。
例えば、うちの小梅は覚醒したての頃、俺と先代の主人のばあちゃんにしか見えなかった。普通の人に見えるようになったのは、ばあちゃんが俺の呪印を封じた時からだ。
「如月さん、正宗氏は呑んでないですよ、多分」
「文河岸殿……っ!」
「そうなんですか?」
「この毛深いおっさんに付き合わされただけかと。ま、それについては後でこの毛玉をきつく折檻するとして」
「さらっとエグいこと言いますね!?」
「観光も楽しんだし、ぼちぼち要件に入りましょうか」
部屋は和室で、大きめなローテーブルが真ん中にひとつ。
俺と小梅、如月さんと正宗氏が隣合わせになり、猩々さんを挟んでコの字に座っていた。猩々さん、お誕生日席かよ。
「さあ、では始めましょう! ……乾杯します?」
「しねーよ」
「ちょっとお湯沸かしてくるね。先にやっててー」
「あ、じゃあ私も……」
「いいから。如月さんはクライアントだから」
「ほらほら、早くしないと日が暮れちゃいますよ!」
「だからお前がゆーなって話なんだがな」
相変わらずのノリだが、おかげで彼らの緊張も少し解れたようだ。
「とりあえず、今回の依頼の背景は把握してます。なので、正宗氏から具体的にどういった依頼なのかをお伺いしたいんですが」
「あ、はい。実は……」
彼の語った概要の方はもういいだろう。
さっき如月さんから聞いた話とほぼ同じだ。
ただ、彼の立場からの話だったので、彼自身が後継者問題についてどう考えているのかはなんとなく伝わってきた。
彼は今、板挟みになっているのだ。
これまでの義理を通せば、如月さんに宗家を継いでもらいたい。
が、心情を吐露してしまえば、如月さんの自由にさせてあげたい。
そんな想いが見え隠れするが故に、彼の話は微妙にブレているように感じた。
「――お話は分かりました。で、ここからが案件になってくるんですが……正宗さん」
「は、はい」
「ここで一つ、先に決めておかないといけないことがあります」
「ほほう。それは一体なんでしょう、所長?」
「水の向け方が露骨すぎるな。正宗氏としては、どうしたいのかって話ですよ。多分、それを決めかねてるから相談したいってことなんじゃないですか?」
「おお、鋭い! いやー、流石ですね所長!」
「まだお酒残ってるわね、猩々さん。……刻む?」
「刻むなよ。――で、いかがですか?」
「……おっしゃる通りです」
でしょうに。
「正宗……」
「拙者は元々、如月流に仕える身です。その筋でいけば、お嬢を説得して跡を継いでいただくのが正しいとは思います。ですが……」
「如月さんの意思も尊重したい、と」
「はい……」
これはアレだな。
これほど主人を慕う正宗氏の、原動力となっている感情が何か、てのが問題だな。
「ですが、それだけでもないんです。拙者の手入れはいつも、お嬢にやっていただいておりまして」
「まあ、そうでしょうね。佩刀の手入れを持ち主がすることは、何にも不思議じゃない」
「そだね。あたしも怜ちゃんにお手入れしてもらうし」
「……その時、どんな気持ちですか?」
「えっ!?」
「その、文河岸殿に手入れをされている時、どんな心持ちになるでしょうか」
「え、や、その」
小梅が真っ赤になっている。やだ可愛い、いやそうじゃない。
「正宗氏、それはいわゆるセクハラというやつでは」
「そうよ正宗、控えなさい。……すみません、小梅さん」
「えあ、あうあうあ、い、いえ……って怜ちゃん、なんでちょっとニヤニヤしてんのよ!」
「おっと」
「ていうか、どうしていきなりそんな、ど、どんな気持ちって……」
「……拙者が常に感じている気持ちが、どんな感情から来ているものなのか。それを知りたいのです」
ああ、なるほど、そういうことか。
そういうことなら、小梅にも答えられるだろう。
「そゆことかー。ええとね、幸せ、かな」
「しあわせ……」
「うん。あたしねえ、怜ちゃんの事が大好きだから。その大好きな人にお手入れしてもらってると、大事にされてるなーって思って、幸せになるよね!」
う、すげえ照れくさい。顔が熱くなってきた。くっそ小梅め、こっちみてニヤニヤしてんじゃねえよ。
「なるほど、素晴らしい……」
「正宗さんは? やっぱり幸せになるんじゃない?」
「そうですね……」
そう言った正宗氏は、顎に手を当ててしばらく考えていたが、やがて顔を上げると、とんでもないことを言い始めた。
「拙者は、刀匠となったお嬢に、この身を槌にてがちんがちんと打ち直して欲しい。炎に焼かれて真っ赤になった拙者を、完膚なきまでに打ち据えて、お嬢専用の刀に生まれ変わりたい。……常にそう思っております」
「え、それって……」
まさかのドM!?
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