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鎌鼬の三男坊はお年頃
鎌鼬の三男坊はお年頃 七
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事務所に戻った俺たち――ハルさんも乗せてきた。小梅は例によって鋏に戻って俺のポケットだ――を待っていたのは、猩々さんと鎌鼬の兄二人だった。
「ただいま戻りましたー」
「おお、所長、お帰りなさい! ああ、ハルさんも、初めまして! 文河岸お悩み相談所の営業部長、猩々と申します! ささ、小汚いところですがどうぞどうぞ」
小汚いは余計だ。人んちをなんだと思ってやがる。
「はい、失礼します……」
「ハル……」
「テン兄さん……」
「もごっ! もごがも゛がももも゛も゛っ!!」
「おお、なんだあれ」
「あ、いけない。ザンさんがあまりに暴れるものですからね、ちょいと簀巻きに」
そういって猩々さんがソファの向こう側からザンさんを引きずり出してきた。簀巻きにされた上、猿轡をがっちりと口に嵌め込まれている。
不憫である。
猩々さんは、ザンさんの顔あたりにしゃがみ込み、ニコニコしながら髪を掴んで頭を上げさせた。怖い怖い怖い。
「はい、ハルさん連れてきましたからね、どうどう。……いいですか、次暴れたらどうなるか……ね?」
「……!」
必死に頷くザンさん。なんだろう、斬の字でザンのはずなのに、残念のザンに見えてきた。
猩々さんが猿轡を外す。ザンさんは大きく深呼吸してこちらを睨み、そして。
「ハルぅてめぇっ! 兄ちゃん達を差し置いて独立たぁどういうことだ! そういう一丁前のことは兄ちゃん達に勝ってから言いやがれっ! 大体てめ」
「てい」
「おふっ!」
猩々さんの人差し指と中指が、ザンさんの眼にぶっ刺さっていた。アレは痛い。
「暴れないでくださいと言ったじゃないですか」
「猩々さん、怖い方だったんですね……」
「まあ、色々ぶっ飛んでるのは確かですねぇ」
そう言ってソファに座った俺は、三者三様な状態の鎌鼬三兄弟を見る。
「庇護対象を求める長兄、独立したい末弟、ブラコンの次男か……。おすすめしたいのは、ハルさんの自立をテンさんが認めてあげることだと思いますけどね」
「はい……分かってはいるんですが、どうしても心配してしまって……」
「テン兄さん……」
「いや、心配はするでしょ、普通に」
「え……?」
「心配なんて、いつまで経ってもするもんだと思いますよ。自立しようともがく若い世代を、見守って時には手助けしてやるのが年長者の粋ってやつじゃないかと、私は思います」
「そう、ですね……。ハル、すまなかったな。お前がその技術を活かして人間社会に溶け込んでいくならば、俺はそれを応援しようと思うよ」
「テン兄さん……」
「さて、それでだ」
ま、この兄弟は大丈夫だろう。
なんか鎌鼬ならではの悩みとか関係なく、普通に身内の自立問題だった気もするが。
次の問題は、やっぱり。
「肝心の泥棒探しですね、所長」
「ですね。とはいえ、こっちは犯人さえ判れば解決したようなもんだが……」
「地道にやりますかねぇ」
「いや」
小さくため息をつく猩々さんに、俺は答えた。
「その前にちょっと、確認したいことがあるんですよね」
「と、言いますと?」
「いや、話を聞いてないでしょう、肝心のぬら氏本人から」
「ああ! そういえばそうだ!」
「あの人がどっかにぽろっともらして、それを聞いてた誰かが……なんて可能性が一番高い気がするんですよね」
「たしかに。ではちょっとお呼びしましょう」
猩々さんがぬら氏と連絡を取っている間に、鎌鼬三兄弟から声を掛けられた。
「すみません、泥棒の件ですが」
「はい?」
「もし見つかったら、追い込みは我々に任せてもらえませんか」
「鎌鼬としての仕事をしようと思いまして」
「……俺はハルが無事ならなんでもいい」
「いいんじゃないですか。うちとしての相談はもう済んでますし、泥棒のことはぬら氏へのアフターサービスみたいなもんですし」
「――ええ、じゃあお待ちしてます。所長、これからおいでになるそうですよ」
「分かりました。……じゃ、実働は鎌鼬さん達にお願いします。存分に暴れちゃってください」
――――
久しぶりのぬら氏は、なんかツヤツヤしていた。
「ど、どうも、ご無沙汰しておりますぅ」
「あっ、ぬらりんだ! ぬらっ☆」
「あ、やめて、ほんとやめて……」
相変わらずだなぁ。
Youtubeでのはっちゃけっぷりが嘘のようだ。
「で、ぬらさん、ちょいとお伺いしますけどね?」
「あ、はいぃ」
「千両箱を盗んだやつに、心当たりはありませんかね?」
「……ないですねぇ」
「じゃあ質問変えますね。……誰かに千両箱の話、しました?」
「んー……」
考え込むぬら氏。
この人がものすごくお人好しだというのは、これまでの経緯で分かっている。
だからこそ、彼自身全く警戒せず、仲良くなった存在には割と軽率に色々話してしまうんじゃないかと思ったのだ。
そして、その懸念は当たったのだった。
「……そういえば、ちゃんねるの準備をしている時に、誰かに話したような」
「誰です? 鎌鼬兄弟ではないんでしょ?」
「ええ。あれは、資材の運搬なんかをお願いした……ああ、山男だ」
「山男? あやかしですか?」
「ええ、身の丈二丈にもなろうかって大男です。普段は自分の住む山から出ることは滅多にないんですが、たまにゃんさんが紹介してくれましてねぇ」
またあの猫又かよ。あの人の立ち位置もよくわからないな。
「その山男に、千両箱の話をしたってことですか」
「え、えぇ。お礼の話になりまして、なにやら酒を呑ませてくれればいい、という話だったので、お金はあるからいっぱい呑んでくれと」
っていうか、これはもう確定だろう。
悪気があるようには思えないが、常識があるとも思えない。
金と酒が直結してしまって、それが誰のものかを失念してしまう、なんてのは、実は良くある話だったりするのだ。
人の金で焼肉喰いたい、みたいな言葉が飛び交う人間の社会でも、その気持ち自体は理解できる人は結構多いんじゃないだろうか。
「とりあえず確認しに行きましょう。仮に犯人だったとしたらどうします?」
「いやぁ、返してもらえればそれで……」
言うと思ったよ。
これだからこのぬら氏は憎めない。
「分かりました。この件に関しては、こちらの鎌鼬三兄弟が是非協力したいとのことなので、お願いするとしましょう」
「ぬらさん、私共に協力させていただきたい。いや、お願いします!」
「あああ、お顔を上げてください、そんな……」
それからぬら氏と鎌鼬三兄弟は連れ立って、山男の住む山へと向かった。
数日後、猩々さんから受けた報告によれば、山男はやはり千両箱を持ち帰り、その金でがっつり酒盛りをするつもりだったらしい。千両箱がぬら氏の所有物だという意識もなかったそうだ。
多少の返す返さない的な揉め事はあったらしいが、そこは鎌鼬の息の合った三位一体攻撃に屈し、和解したのちに取り返したとのことだった。
――――
それからしばらくは平和な日々が続いた。
小さい相談はあったが、その殆どはその場で解決出来るようなことだった。
やがて空気も冷たくなり、冬の足音が聞こえてきた頃である。
「所長っ!」
「おおぅ、久々にテンション高いですね。どうしました?」
「ちょっと遠くからのご相談をいただきました! 明日には向かいましょう!」
「遠くって……どこ?」
「信州、野沢温泉です!」
「ただいま戻りましたー」
「おお、所長、お帰りなさい! ああ、ハルさんも、初めまして! 文河岸お悩み相談所の営業部長、猩々と申します! ささ、小汚いところですがどうぞどうぞ」
小汚いは余計だ。人んちをなんだと思ってやがる。
「はい、失礼します……」
「ハル……」
「テン兄さん……」
「もごっ! もごがも゛がももも゛も゛っ!!」
「おお、なんだあれ」
「あ、いけない。ザンさんがあまりに暴れるものですからね、ちょいと簀巻きに」
そういって猩々さんがソファの向こう側からザンさんを引きずり出してきた。簀巻きにされた上、猿轡をがっちりと口に嵌め込まれている。
不憫である。
猩々さんは、ザンさんの顔あたりにしゃがみ込み、ニコニコしながら髪を掴んで頭を上げさせた。怖い怖い怖い。
「はい、ハルさん連れてきましたからね、どうどう。……いいですか、次暴れたらどうなるか……ね?」
「……!」
必死に頷くザンさん。なんだろう、斬の字でザンのはずなのに、残念のザンに見えてきた。
猩々さんが猿轡を外す。ザンさんは大きく深呼吸してこちらを睨み、そして。
「ハルぅてめぇっ! 兄ちゃん達を差し置いて独立たぁどういうことだ! そういう一丁前のことは兄ちゃん達に勝ってから言いやがれっ! 大体てめ」
「てい」
「おふっ!」
猩々さんの人差し指と中指が、ザンさんの眼にぶっ刺さっていた。アレは痛い。
「暴れないでくださいと言ったじゃないですか」
「猩々さん、怖い方だったんですね……」
「まあ、色々ぶっ飛んでるのは確かですねぇ」
そう言ってソファに座った俺は、三者三様な状態の鎌鼬三兄弟を見る。
「庇護対象を求める長兄、独立したい末弟、ブラコンの次男か……。おすすめしたいのは、ハルさんの自立をテンさんが認めてあげることだと思いますけどね」
「はい……分かってはいるんですが、どうしても心配してしまって……」
「テン兄さん……」
「いや、心配はするでしょ、普通に」
「え……?」
「心配なんて、いつまで経ってもするもんだと思いますよ。自立しようともがく若い世代を、見守って時には手助けしてやるのが年長者の粋ってやつじゃないかと、私は思います」
「そう、ですね……。ハル、すまなかったな。お前がその技術を活かして人間社会に溶け込んでいくならば、俺はそれを応援しようと思うよ」
「テン兄さん……」
「さて、それでだ」
ま、この兄弟は大丈夫だろう。
なんか鎌鼬ならではの悩みとか関係なく、普通に身内の自立問題だった気もするが。
次の問題は、やっぱり。
「肝心の泥棒探しですね、所長」
「ですね。とはいえ、こっちは犯人さえ判れば解決したようなもんだが……」
「地道にやりますかねぇ」
「いや」
小さくため息をつく猩々さんに、俺は答えた。
「その前にちょっと、確認したいことがあるんですよね」
「と、言いますと?」
「いや、話を聞いてないでしょう、肝心のぬら氏本人から」
「ああ! そういえばそうだ!」
「あの人がどっかにぽろっともらして、それを聞いてた誰かが……なんて可能性が一番高い気がするんですよね」
「たしかに。ではちょっとお呼びしましょう」
猩々さんがぬら氏と連絡を取っている間に、鎌鼬三兄弟から声を掛けられた。
「すみません、泥棒の件ですが」
「はい?」
「もし見つかったら、追い込みは我々に任せてもらえませんか」
「鎌鼬としての仕事をしようと思いまして」
「……俺はハルが無事ならなんでもいい」
「いいんじゃないですか。うちとしての相談はもう済んでますし、泥棒のことはぬら氏へのアフターサービスみたいなもんですし」
「――ええ、じゃあお待ちしてます。所長、これからおいでになるそうですよ」
「分かりました。……じゃ、実働は鎌鼬さん達にお願いします。存分に暴れちゃってください」
――――
久しぶりのぬら氏は、なんかツヤツヤしていた。
「ど、どうも、ご無沙汰しておりますぅ」
「あっ、ぬらりんだ! ぬらっ☆」
「あ、やめて、ほんとやめて……」
相変わらずだなぁ。
Youtubeでのはっちゃけっぷりが嘘のようだ。
「で、ぬらさん、ちょいとお伺いしますけどね?」
「あ、はいぃ」
「千両箱を盗んだやつに、心当たりはありませんかね?」
「……ないですねぇ」
「じゃあ質問変えますね。……誰かに千両箱の話、しました?」
「んー……」
考え込むぬら氏。
この人がものすごくお人好しだというのは、これまでの経緯で分かっている。
だからこそ、彼自身全く警戒せず、仲良くなった存在には割と軽率に色々話してしまうんじゃないかと思ったのだ。
そして、その懸念は当たったのだった。
「……そういえば、ちゃんねるの準備をしている時に、誰かに話したような」
「誰です? 鎌鼬兄弟ではないんでしょ?」
「ええ。あれは、資材の運搬なんかをお願いした……ああ、山男だ」
「山男? あやかしですか?」
「ええ、身の丈二丈にもなろうかって大男です。普段は自分の住む山から出ることは滅多にないんですが、たまにゃんさんが紹介してくれましてねぇ」
またあの猫又かよ。あの人の立ち位置もよくわからないな。
「その山男に、千両箱の話をしたってことですか」
「え、えぇ。お礼の話になりまして、なにやら酒を呑ませてくれればいい、という話だったので、お金はあるからいっぱい呑んでくれと」
っていうか、これはもう確定だろう。
悪気があるようには思えないが、常識があるとも思えない。
金と酒が直結してしまって、それが誰のものかを失念してしまう、なんてのは、実は良くある話だったりするのだ。
人の金で焼肉喰いたい、みたいな言葉が飛び交う人間の社会でも、その気持ち自体は理解できる人は結構多いんじゃないだろうか。
「とりあえず確認しに行きましょう。仮に犯人だったとしたらどうします?」
「いやぁ、返してもらえればそれで……」
言うと思ったよ。
これだからこのぬら氏は憎めない。
「分かりました。この件に関しては、こちらの鎌鼬三兄弟が是非協力したいとのことなので、お願いするとしましょう」
「ぬらさん、私共に協力させていただきたい。いや、お願いします!」
「あああ、お顔を上げてください、そんな……」
それからぬら氏と鎌鼬三兄弟は連れ立って、山男の住む山へと向かった。
数日後、猩々さんから受けた報告によれば、山男はやはり千両箱を持ち帰り、その金でがっつり酒盛りをするつもりだったらしい。千両箱がぬら氏の所有物だという意識もなかったそうだ。
多少の返す返さない的な揉め事はあったらしいが、そこは鎌鼬の息の合った三位一体攻撃に屈し、和解したのちに取り返したとのことだった。
――――
それからしばらくは平和な日々が続いた。
小さい相談はあったが、その殆どはその場で解決出来るようなことだった。
やがて空気も冷たくなり、冬の足音が聞こえてきた頃である。
「所長っ!」
「おおぅ、久々にテンション高いですね。どうしました?」
「ちょっと遠くからのご相談をいただきました! 明日には向かいましょう!」
「遠くって……どこ?」
「信州、野沢温泉です!」
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