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鎌鼬の三男坊はお年頃
鎌鼬の三男坊はお年頃 二
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――今回の問題は解決してしまいました。
猩々さんは確かにそう言った。
てことは、猩々さんが独自に解決したんだろうか。それとも、自己解決してしまったんだろうか。
「んーと、解決、ですか? 解消とか中止ではなく?」
「ええ、ええ。まあ解決、と言い切れるかどうかはアレですが、一応オチはついた、と言いますか」
「オチ……」
「とりあえず、連れてきてますんで。……さ、お待たせしました。どうぞどうぞ、小汚いところですが」
小汚いゆーな。ちゃんと掃除してらい。
猩々さんの後ろから失礼します、と声がして、現れたのは小柄でやや小太りの好青年と、長身でいわゆる細マッチョのイケメンだった。
「初めまして、文河岸お悩み相談所の所長、文河岸怜と申します。……ええと、お二方は」
「お初にお目にかかります。私どもは鎌鼬三兄弟。私が長男の転、こっちのデカいのが次男の斬でございます」
“デカいの”と言われた細マッチョが小さく会釈する。あ、こういうの苦手なタイプなのかな。
かまいたち、か。
三人一組で行動する妖怪。
山を歩く旅人などを見つけると、一人目が後ろから突き転ばし、脚を取られている隙に二人目が脛を斬りつけ、血が出る前に三人目が血止めの薬を塗って去っていく。人間には見えないタイプの妖怪、だったか。
昔ばあちゃんから聞いたことはあるけど、普通に人間の姿なんだな。
あれ、でも……?
「あ、お気付きですか」
猩々さんがのんびりした口調で言った。
「ええ、三兄弟、ですよね? お一人いらっしゃらないようですが」
「彼は……」
「猩々先生、そこからは私が」
「……先生?」
「私ども、確かに普段トリオで活動しております。三男坊の治、それが三人目の名前です。……が、今日はちょっとワケアリでして」
「なるほど?」
「平たく言えば、あの、その」
「ここに来られない事情があるというかなんと言うかその」
平たくないなー。
「ええと、そのちょっと言い出しづらいというかその」
「――要はその三男坊がかっぱらいってことでしょ? 違うの?」
「お、小梅」
「お茶入ったよ。……ていうか、もう話の流れ上、その三男坊っていう子がやらかしたのは明白ってやつじゃない?」
まあ、そうなんだけどね。
ただ、解決したって聞いたのに、その本人はここにいない。
そこがちょっと気になるっちゃ気になるところではあるんだよな。
「なるほどね。つまり、その三男坊がぬら氏の千両箱を盗んだ。その三男坊はどうしてるんです? 高飛びでもしました?」
「いいえ」
そう答えた長男、テンが猩々さんに目配せをする。それに頷いた猩々さんは、自分のスマホを俺に見せてきた。
「彼はまぁ、とりあえずこういう状態にですね」
「うわぁ……」
三男坊は、かなり大柄でマッチョだった。
なんというか、バランスのいい、格闘家タイプだ。年齢は……下手すると高校生くらいか? 顔は影になって見えないが。
問題は、その状態である。
「どれどれ……おー、見事に吊るされてるねー」
そう。
彼は、大きな木の枝から下がる、大型獣捕獲網に引っ掛かり、そのゴツい身体を丸めて網に収まっていた。
「猟師にでも捕まったんですか?」
「当たらずとも遠からず、て感じですねー。仕掛けたのはたまにゃん嬢ですよ」
「たまにゃんが?」
あの人、何気に面倒見が良かったりするからなあ。
「これ以上はめんどくさいからあとは勝手にするにゃ、だそうです」
「なるほど。でも捕まえてくれたのは助かるなあ。……で、鎌鼬さん方、ちょっと伺いたいんですけどね?」
「ハルのこと、ですよね」
「ですです」
「どうしてあいつがこんなことをしたのか、ですよね」
「ですです」
「……ハルの野郎っ!」
次男のザンが、そう叫んでいきなり床に、自慢の鎌を叩きつけた。刃が床にぐさりと刺さる。
「あーあ、床に傷が」
「……ねぇ、ちょっと」
あっ。
気づいた時には遅かった。
鉄火肌でお馴染みの小梅が、だいぶ剣呑な雰囲気でザンの前に立っている。
「……なんだ、小娘」
「……あ?」
「おい、ザン!」
「小梅、やめとけ」
「……」
「はぁい。でも床はきちんと直してよね」
小梅が渋々といった感じで俺の後ろに回る。
こっそりと裾をつまみ、引っ張ってきた。
拗ねちゃったかあ。
でも、まあ。
俺もね。ちょっとカチンときちゃったよね。
――誰の女を小娘扱いしてんだ、なんてね。
「すみません、床の方はしっかり直しますので……」
「ああ、そちらは気にしなくて結構ですよ。初対面でいきなり床に得物叩きつけるような、不躾な妖怪なんぞに何も期待しちゃいませんって。ははは」
「え?」
「しょ、所長!?」
「怜ちゃん!?」
「あんたんとこの三男坊がやらかした、それはもう捕まえた。案件としちゃそれだけのことだ」
俺はそう言いつつ、ゆっくりとソファから立ち上がる。
長男は俺を目で追ってくるが、次男はずっと一点を見つめたままだ。
「本来なら猩々さんに話を通せばそれで終わりの筈なのに、わざわざここまで足を運んでくる。ってことは、別の相談事があるってことじゃないですかね?」
「……ご明察です」
「……」
「お断りします」
「えっ!?」
テン、猩々さん、小梅までがびっくりした顔で俺を見る。いやん。
「自分の身内の不始末をエサに人を釣ろうとする下衆なやり口。加えて俺の身内にいきなり吐いた暴言。こちらには謝罪するのに、本人には何も言わず、また本人もどこ吹く風だ。これでまともに相談なんか、乗れるわけないでしょう」
「え、エサにしたわけでは……!」
長男が言い返してくる。ごめん、あんたが悪いわけじゃないんだけどさ。
すると、次男坊が立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んできた。
「てめえ! 俺のせいだってのか、ニンゲンがっ!」
「うるせぇ! てめえのせいだって言ってんだよ! ウチぁ人間社会に馴染みたいあやかしのための相談所だ! キレて他人の女に暴言吐いて、床破壊するような馬鹿のためにあるんじゃねえ!! 分かったらケツまくって尻尾巻いて出て行きやがれ!! 出ていかねえなら!!」
俺は完全に怒りが振り切れていたらしい。
胸ぐらを掴まれたまま、相手の顎を右手で掴み、思い切り絞めあげる。
人間ではありえない程度の力が、次男坊の頭蓋骨に響いているだろう。
――知るか。
「ぐああああっ!!」
「所長、それくらいで……!」
「所長さん!」
「こらっ!」
ぽこん、と頭を叩かれた。
小梅である。
我に帰った俺は、ザンから手を離す。
顎を解放された彼は、そのまま床にへたり込んでしまった。
「怜ちゃん、やりすぎ。……どうしたの? いつもの感じじゃないよ?」
「……わりぃ」
俺はそう応えると、鎌鼬兄弟のところにいき、頭を深く下げた。
「申し訳ありませんでした。ご相談につきましては、猩々の方にお申し付けください。……私達は、人間社会に馴染めないお客様を助け、支援します」
「所長さん……。こちらこそ、申し訳ありませんでした。ザンにはよく言って聞かせます」
「……猩々さん、悪いけど」
「はいはぁい、ちゃんと聞いておきますよー! すみませんねえ、所長は今ちょいと大事な案件を抱えてて、そっちで疲れちゃってるみたいなんです。ね、小梅ちゃん」
「あ、う、うん! ていうか猩々さん、フォローのつもりだったんだろうけど、怜ちゃん今、本当に煮詰まっちゃってるの。ちょっと休ませてくるから、あとお願いね?」
……あれ。
小梅たちの声がなんか遠いな。
俺はそのまま、意識をふんわりと手放していた。
猩々さんは確かにそう言った。
てことは、猩々さんが独自に解決したんだろうか。それとも、自己解決してしまったんだろうか。
「んーと、解決、ですか? 解消とか中止ではなく?」
「ええ、ええ。まあ解決、と言い切れるかどうかはアレですが、一応オチはついた、と言いますか」
「オチ……」
「とりあえず、連れてきてますんで。……さ、お待たせしました。どうぞどうぞ、小汚いところですが」
小汚いゆーな。ちゃんと掃除してらい。
猩々さんの後ろから失礼します、と声がして、現れたのは小柄でやや小太りの好青年と、長身でいわゆる細マッチョのイケメンだった。
「初めまして、文河岸お悩み相談所の所長、文河岸怜と申します。……ええと、お二方は」
「お初にお目にかかります。私どもは鎌鼬三兄弟。私が長男の転、こっちのデカいのが次男の斬でございます」
“デカいの”と言われた細マッチョが小さく会釈する。あ、こういうの苦手なタイプなのかな。
かまいたち、か。
三人一組で行動する妖怪。
山を歩く旅人などを見つけると、一人目が後ろから突き転ばし、脚を取られている隙に二人目が脛を斬りつけ、血が出る前に三人目が血止めの薬を塗って去っていく。人間には見えないタイプの妖怪、だったか。
昔ばあちゃんから聞いたことはあるけど、普通に人間の姿なんだな。
あれ、でも……?
「あ、お気付きですか」
猩々さんがのんびりした口調で言った。
「ええ、三兄弟、ですよね? お一人いらっしゃらないようですが」
「彼は……」
「猩々先生、そこからは私が」
「……先生?」
「私ども、確かに普段トリオで活動しております。三男坊の治、それが三人目の名前です。……が、今日はちょっとワケアリでして」
「なるほど?」
「平たく言えば、あの、その」
「ここに来られない事情があるというかなんと言うかその」
平たくないなー。
「ええと、そのちょっと言い出しづらいというかその」
「――要はその三男坊がかっぱらいってことでしょ? 違うの?」
「お、小梅」
「お茶入ったよ。……ていうか、もう話の流れ上、その三男坊っていう子がやらかしたのは明白ってやつじゃない?」
まあ、そうなんだけどね。
ただ、解決したって聞いたのに、その本人はここにいない。
そこがちょっと気になるっちゃ気になるところではあるんだよな。
「なるほどね。つまり、その三男坊がぬら氏の千両箱を盗んだ。その三男坊はどうしてるんです? 高飛びでもしました?」
「いいえ」
そう答えた長男、テンが猩々さんに目配せをする。それに頷いた猩々さんは、自分のスマホを俺に見せてきた。
「彼はまぁ、とりあえずこういう状態にですね」
「うわぁ……」
三男坊は、かなり大柄でマッチョだった。
なんというか、バランスのいい、格闘家タイプだ。年齢は……下手すると高校生くらいか? 顔は影になって見えないが。
問題は、その状態である。
「どれどれ……おー、見事に吊るされてるねー」
そう。
彼は、大きな木の枝から下がる、大型獣捕獲網に引っ掛かり、そのゴツい身体を丸めて網に収まっていた。
「猟師にでも捕まったんですか?」
「当たらずとも遠からず、て感じですねー。仕掛けたのはたまにゃん嬢ですよ」
「たまにゃんが?」
あの人、何気に面倒見が良かったりするからなあ。
「これ以上はめんどくさいからあとは勝手にするにゃ、だそうです」
「なるほど。でも捕まえてくれたのは助かるなあ。……で、鎌鼬さん方、ちょっと伺いたいんですけどね?」
「ハルのこと、ですよね」
「ですです」
「どうしてあいつがこんなことをしたのか、ですよね」
「ですです」
「……ハルの野郎っ!」
次男のザンが、そう叫んでいきなり床に、自慢の鎌を叩きつけた。刃が床にぐさりと刺さる。
「あーあ、床に傷が」
「……ねぇ、ちょっと」
あっ。
気づいた時には遅かった。
鉄火肌でお馴染みの小梅が、だいぶ剣呑な雰囲気でザンの前に立っている。
「……なんだ、小娘」
「……あ?」
「おい、ザン!」
「小梅、やめとけ」
「……」
「はぁい。でも床はきちんと直してよね」
小梅が渋々といった感じで俺の後ろに回る。
こっそりと裾をつまみ、引っ張ってきた。
拗ねちゃったかあ。
でも、まあ。
俺もね。ちょっとカチンときちゃったよね。
――誰の女を小娘扱いしてんだ、なんてね。
「すみません、床の方はしっかり直しますので……」
「ああ、そちらは気にしなくて結構ですよ。初対面でいきなり床に得物叩きつけるような、不躾な妖怪なんぞに何も期待しちゃいませんって。ははは」
「え?」
「しょ、所長!?」
「怜ちゃん!?」
「あんたんとこの三男坊がやらかした、それはもう捕まえた。案件としちゃそれだけのことだ」
俺はそう言いつつ、ゆっくりとソファから立ち上がる。
長男は俺を目で追ってくるが、次男はずっと一点を見つめたままだ。
「本来なら猩々さんに話を通せばそれで終わりの筈なのに、わざわざここまで足を運んでくる。ってことは、別の相談事があるってことじゃないですかね?」
「……ご明察です」
「……」
「お断りします」
「えっ!?」
テン、猩々さん、小梅までがびっくりした顔で俺を見る。いやん。
「自分の身内の不始末をエサに人を釣ろうとする下衆なやり口。加えて俺の身内にいきなり吐いた暴言。こちらには謝罪するのに、本人には何も言わず、また本人もどこ吹く風だ。これでまともに相談なんか、乗れるわけないでしょう」
「え、エサにしたわけでは……!」
長男が言い返してくる。ごめん、あんたが悪いわけじゃないんだけどさ。
すると、次男坊が立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んできた。
「てめえ! 俺のせいだってのか、ニンゲンがっ!」
「うるせぇ! てめえのせいだって言ってんだよ! ウチぁ人間社会に馴染みたいあやかしのための相談所だ! キレて他人の女に暴言吐いて、床破壊するような馬鹿のためにあるんじゃねえ!! 分かったらケツまくって尻尾巻いて出て行きやがれ!! 出ていかねえなら!!」
俺は完全に怒りが振り切れていたらしい。
胸ぐらを掴まれたまま、相手の顎を右手で掴み、思い切り絞めあげる。
人間ではありえない程度の力が、次男坊の頭蓋骨に響いているだろう。
――知るか。
「ぐああああっ!!」
「所長、それくらいで……!」
「所長さん!」
「こらっ!」
ぽこん、と頭を叩かれた。
小梅である。
我に帰った俺は、ザンから手を離す。
顎を解放された彼は、そのまま床にへたり込んでしまった。
「怜ちゃん、やりすぎ。……どうしたの? いつもの感じじゃないよ?」
「……わりぃ」
俺はそう応えると、鎌鼬兄弟のところにいき、頭を深く下げた。
「申し訳ありませんでした。ご相談につきましては、猩々の方にお申し付けください。……私達は、人間社会に馴染めないお客様を助け、支援します」
「所長さん……。こちらこそ、申し訳ありませんでした。ザンにはよく言って聞かせます」
「……猩々さん、悪いけど」
「はいはぁい、ちゃんと聞いておきますよー! すみませんねえ、所長は今ちょいと大事な案件を抱えてて、そっちで疲れちゃってるみたいなんです。ね、小梅ちゃん」
「あ、う、うん! ていうか猩々さん、フォローのつもりだったんだろうけど、怜ちゃん今、本当に煮詰まっちゃってるの。ちょっと休ませてくるから、あとお願いね?」
……あれ。
小梅たちの声がなんか遠いな。
俺はそのまま、意識をふんわりと手放していた。
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