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からかさの恋
からかさの恋 八
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「定着しない?」
「ええ。一応魂は反物に入れたんですが、一体化してくれないんですよ。むしろヤンス氏とくっつきたがっているような素振りさえあります」
「魂に素振りなんてあるのか……」
事務所に戻ると俺たちは、アパートの空き部屋を使い、さっそくお絹さんの魂を反物に戻す作業を始めた。
基本的に不死ではあるものの、やはり器があるかないかでは、その心持ちが大きく違う。
平たく言えば、器のない魂だけの存在は、悪霊化しやすいのだ。
魂柱がその最たるものだろう。あれは魂が他の魂を器がわりにして、負の感情を際限なく肥大化させるものなんだそうだ。
「その芯として使われそうだったのがお絹さん、ということになりますねえ」
と、猩々さんは言っていた。てことは彼女、実はかなり強いんじゃないか?
今は剥き出しの魂を落ち着かせるため、ヤンス氏が説得にあたっているんだが、器に戻るのをそっちのけで、彼にベタベタしているらしい。
からかさと反物、か。
全く関係のない物に思えたりもするが……。
「どうしたもんですかねぇ……」
「ちょっとヤンス氏と話したいんですが、いいです?」
「人間のアイデアも必要かもしれません。お願いします」
「あたしもいくー」
既にいつもの大正浪漫風メイド服に着替えていた小梅を連れて、ヤンス氏が頑張っている部屋へと向かう。少し遅れて、猩々さんもついてきている。
「調子はどうすか……ってなんか凄いことになってんな」
「中々上手くいきませんねぇ」
「……の割にはなんかニヤついてんだけど」
ヤンス氏は、お絹さんの反物の上に器用に座り、彼女の魂を絡みつかせていた。
まあ、そりゃそうだろうなあ。
ずっと蔵の中で一緒にいて、数十年会ってない相手が、自分のために必死になってるんだ。
そりゃあ、相手に絡みついて離れたくない気持ちも分かる。
分かるがしかし。
「ちょっと人に見せられない顔になってるな」
「控えめに言ってキモい」
「遠慮した上でそれですか。容赦ないですな」
「いんやぁ、いいんでヤンスよぅ、おっほほぅ」
「取り込まれてるじゃねえか」
「おっほほぅって……」
とりあえずこのままじゃ話にならないな。
「ちょっと確認しときたいんだが」
「へぇ、なんでやんしょ?」
「あんた、このままだと共倒れになるの、分かってるか?」
「へ?」
「分かってなかったかぁ……。いいですかヤンス氏、このままお絹さんの魂が定着しなければ悪霊化、しかも、どう見ても取り憑かれてるあなたも一緒に堕ちることになります」
今回の猩々さんは珍しく真面目だな。ダジャレも出ないし。
「そうなると、我々としては、人間社会に溶け込んで生きたい他のあやかし達のために、除霊封印しないといけなくなるんです」
「うっ……」
「正直なところ、私はあなたがたにそれをしたくはないんです
「め、めんぼくねぇ」
「ね、怜ちゃん、猩々さんが真面目だよ」
「おう、なんかこうアレだな、背中が痒くなるな」
「所長……」
猩々さんにすまんすまんと手を合わせ、俺はヤンスに向かって言った。
「で、結局の所、二人は惚れあっているってことでいいのかな。だとしたら手はあるんだけど」
「え、本当ですかいミスター!」
「ミスターはやめなさいよ。まぁこれは二人の意志が大事になる話だ。その辺はどうかと思ってさ」
「つまり、ヤンス氏本人はいいとしても、お絹さんの気持ちも聞かねばってことですよね。ま、聞くまでもない状態ですけども」
「まぁねぇ」
帰りの車で聞いた話だが、お絹さんは以前はヤンス氏のことをそれほど、なんなら普通に話友達くらいの感覚だったようだ。
それが、先ほどの救出劇の際、ヤンス氏の気持ちに触れたお絹さんが、そりゃあもう慣れ切った子犬のように懐いてしまった、ということらしい。
「んで、どうするの、怜ちゃん?」
「お絹さんはヤンス氏に懐いてる。で、元の反物には戻ることは出来ても、定着は出来ない。で、そのままだと色々まずい事になる。そうですよね」
「へぇ、おっしゃる通りで……」
「むしろヤンス氏に定着しかねないですね……あ、もしかして所長」
「だったら」
猩々さんのセリフを遮る。オイシイとこ持っていかれてたまるか。
「ヤンスさん、日傘になりません?」
――――
こうして我が事務所には、古式ゆかしい佇まいの日傘が増えた。
つまり、ヤンスの傘地を剥がし、お絹さんの器である反物を加工して、日傘にしたのである。加工については、手先が器用かつ和裁の心得のある小梅が、残った生地を貰うという約束で請け負った。
「とはいえ、日傘にしちゃ随分と重たいですよー、所長」
「まあ、飾っておくだけでもいいんじゃないですか。お絹さん綺麗だし」
「そうだねー。大体がヤンスさんの足持って外に出るのはちょっとアレだし」
「アレって……。いやしかし本当にありがとうございヤンしたミスター!」
これでお絹さんの魂も安定するし、ヤンス氏の想いも遂げられるし、一石二鳥ってやつだ。ただ、夜中に時々、ぼーっとピンク色の妖気を放つのはちょっとやめてもらいたい。
「……さて、タダ働きは終わったし。今夜はゆっくりしようぜ」
「うん! ……それに、補充もしないと、ね?」
普段あまり見せないような蠱惑的な表情で小梅が微笑う。
そんな俺たちに背を向けながら、猩々さんが言った。
「ではまた明日。新しい依頼が来てるので、お昼頃にお伺いしますよ」
「新しい依頼?」
「ええ」
そう言いながらこちらを振り返る猩々さんは、微妙な笑みを浮かべていた。
「というか、続きになるんですかね」
「続き?」
次に答える猩々さんの言葉で、俺たちはその微妙な笑みの意味を知ることになった。
「ぬら氏から連絡が来ましてね。……千両箱が、盗まれたんだそうです」
「ええ。一応魂は反物に入れたんですが、一体化してくれないんですよ。むしろヤンス氏とくっつきたがっているような素振りさえあります」
「魂に素振りなんてあるのか……」
事務所に戻ると俺たちは、アパートの空き部屋を使い、さっそくお絹さんの魂を反物に戻す作業を始めた。
基本的に不死ではあるものの、やはり器があるかないかでは、その心持ちが大きく違う。
平たく言えば、器のない魂だけの存在は、悪霊化しやすいのだ。
魂柱がその最たるものだろう。あれは魂が他の魂を器がわりにして、負の感情を際限なく肥大化させるものなんだそうだ。
「その芯として使われそうだったのがお絹さん、ということになりますねえ」
と、猩々さんは言っていた。てことは彼女、実はかなり強いんじゃないか?
今は剥き出しの魂を落ち着かせるため、ヤンス氏が説得にあたっているんだが、器に戻るのをそっちのけで、彼にベタベタしているらしい。
からかさと反物、か。
全く関係のない物に思えたりもするが……。
「どうしたもんですかねぇ……」
「ちょっとヤンス氏と話したいんですが、いいです?」
「人間のアイデアも必要かもしれません。お願いします」
「あたしもいくー」
既にいつもの大正浪漫風メイド服に着替えていた小梅を連れて、ヤンス氏が頑張っている部屋へと向かう。少し遅れて、猩々さんもついてきている。
「調子はどうすか……ってなんか凄いことになってんな」
「中々上手くいきませんねぇ」
「……の割にはなんかニヤついてんだけど」
ヤンス氏は、お絹さんの反物の上に器用に座り、彼女の魂を絡みつかせていた。
まあ、そりゃそうだろうなあ。
ずっと蔵の中で一緒にいて、数十年会ってない相手が、自分のために必死になってるんだ。
そりゃあ、相手に絡みついて離れたくない気持ちも分かる。
分かるがしかし。
「ちょっと人に見せられない顔になってるな」
「控えめに言ってキモい」
「遠慮した上でそれですか。容赦ないですな」
「いんやぁ、いいんでヤンスよぅ、おっほほぅ」
「取り込まれてるじゃねえか」
「おっほほぅって……」
とりあえずこのままじゃ話にならないな。
「ちょっと確認しときたいんだが」
「へぇ、なんでやんしょ?」
「あんた、このままだと共倒れになるの、分かってるか?」
「へ?」
「分かってなかったかぁ……。いいですかヤンス氏、このままお絹さんの魂が定着しなければ悪霊化、しかも、どう見ても取り憑かれてるあなたも一緒に堕ちることになります」
今回の猩々さんは珍しく真面目だな。ダジャレも出ないし。
「そうなると、我々としては、人間社会に溶け込んで生きたい他のあやかし達のために、除霊封印しないといけなくなるんです」
「うっ……」
「正直なところ、私はあなたがたにそれをしたくはないんです
「め、めんぼくねぇ」
「ね、怜ちゃん、猩々さんが真面目だよ」
「おう、なんかこうアレだな、背中が痒くなるな」
「所長……」
猩々さんにすまんすまんと手を合わせ、俺はヤンスに向かって言った。
「で、結局の所、二人は惚れあっているってことでいいのかな。だとしたら手はあるんだけど」
「え、本当ですかいミスター!」
「ミスターはやめなさいよ。まぁこれは二人の意志が大事になる話だ。その辺はどうかと思ってさ」
「つまり、ヤンス氏本人はいいとしても、お絹さんの気持ちも聞かねばってことですよね。ま、聞くまでもない状態ですけども」
「まぁねぇ」
帰りの車で聞いた話だが、お絹さんは以前はヤンス氏のことをそれほど、なんなら普通に話友達くらいの感覚だったようだ。
それが、先ほどの救出劇の際、ヤンス氏の気持ちに触れたお絹さんが、そりゃあもう慣れ切った子犬のように懐いてしまった、ということらしい。
「んで、どうするの、怜ちゃん?」
「お絹さんはヤンス氏に懐いてる。で、元の反物には戻ることは出来ても、定着は出来ない。で、そのままだと色々まずい事になる。そうですよね」
「へぇ、おっしゃる通りで……」
「むしろヤンス氏に定着しかねないですね……あ、もしかして所長」
「だったら」
猩々さんのセリフを遮る。オイシイとこ持っていかれてたまるか。
「ヤンスさん、日傘になりません?」
――――
こうして我が事務所には、古式ゆかしい佇まいの日傘が増えた。
つまり、ヤンスの傘地を剥がし、お絹さんの器である反物を加工して、日傘にしたのである。加工については、手先が器用かつ和裁の心得のある小梅が、残った生地を貰うという約束で請け負った。
「とはいえ、日傘にしちゃ随分と重たいですよー、所長」
「まあ、飾っておくだけでもいいんじゃないですか。お絹さん綺麗だし」
「そうだねー。大体がヤンスさんの足持って外に出るのはちょっとアレだし」
「アレって……。いやしかし本当にありがとうございヤンしたミスター!」
これでお絹さんの魂も安定するし、ヤンス氏の想いも遂げられるし、一石二鳥ってやつだ。ただ、夜中に時々、ぼーっとピンク色の妖気を放つのはちょっとやめてもらいたい。
「……さて、タダ働きは終わったし。今夜はゆっくりしようぜ」
「うん! ……それに、補充もしないと、ね?」
普段あまり見せないような蠱惑的な表情で小梅が微笑う。
そんな俺たちに背を向けながら、猩々さんが言った。
「ではまた明日。新しい依頼が来てるので、お昼頃にお伺いしますよ」
「新しい依頼?」
「ええ」
そう言いながらこちらを振り返る猩々さんは、微妙な笑みを浮かべていた。
「というか、続きになるんですかね」
「続き?」
次に答える猩々さんの言葉で、俺たちはその微妙な笑みの意味を知ることになった。
「ぬら氏から連絡が来ましてね。……千両箱が、盗まれたんだそうです」
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