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からかさの恋

からかさの恋 二

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 からかさと反物を買い取り、事務所兼用の自宅に戻ってリビングで傘を取り出すと、ヤツがいきなり捲し立ててきた。

「おぅ早くお絹さんに会わせやがれおれっち達をこんなとこまで連れて来やがってさてはお絹さんをどうにかしようってんだなこの野郎何かあったらただじゃ済まさねえぞ唐変木がしのごの言わねえでなんとか言ったらどうなんだべらんめぃ」

 なんだ、「しのごの言わねえでなんとか言え」って。
 あとそこで“べらんめぃ”はおかしいだろ。

「ねえ怜ちゃん……」
「言うな、俺も後悔してる……」
「あいつうるさい……」

 そう言い捨てて、小梅は台所にお茶を入れに行ってしまった。

「言うなって。……おう、そこのボロ傘」
「あああ!? てめ、誰に口きいてやがんだこの野郎、言うに事欠いてボロたぁなんだ、由緒正しいとかあんちぃく・・・・・とか言いやがれこのすっとこどっこい、いい加減に……」
「うるせぇ!」
「ォゥッ」

 これはもう頭から抑え付けないと話が進まない。高圧的なのはあまりやりたくはないが、そうでもしないとこのボロ傘、延々と文句ばっかり垂れ続けそうだ。
 それにしてもこの傘、勢いだけはいいが結構打たれ弱いとみた。

「今小梅が用意してるからちょっと待ってろ。ガタガタ言ってると一本ずつお前の骨折ってたこ張って飛ばすぞ」
「……んだとこの野郎! とうとう馬脚表しやがったな!」
「だからうるせえって……」
「はい、お待たせー。さて、何作ろうかなー」

 そう言いながら、小梅がさっき買ったばかりの反物をテーブルに置いた。
 丁寧に伸ばしながら広げると、絹特有の光沢がするすると端まで移動する。

「あああ、お絹さん! おうそこのアマ、てめぇお絹さんに何しようとしてやがるんだオウッ!」
「いや、普通に着物かなんか作ろうかなって。正絹だけど、安かったのよねー」
「なんだとッ!? お絹さんを安い女だと、そう言ってやがんのかテメェはっ!!」
「いや、普通に3千円でお釣り来たんだから安いでしょ」

 まあ、リサイクルショップだしね。

 このあたりは、骨董屋とリサイクルショップの違い、とも言える部分だ。
 骨董屋での買取は、その品物の持つ価値が全て。そこに需要だの供給だのというものはほとんど介在しない。というか、品物自体に需要がくっ付いてくる、と言ってもいい。
 売値は買取額に維持費、手間賃などを合わせた額で売られる。従業員は主人だけだったりすることが多く、信用以外の枷はあまりない。
 高額買取が期待されることが多いが、逆に高額買取出来るような品物しか買い取らない、ことも多い。
 それに対して、「再生屋」のような一般的なリサイクルショップの買取は、その店の抱える顧客の需要ありきになる。
 買える額を想定して買取る、ということになり、買い取りの出来る品物の範囲も広い。
 小梅が買った正絹の反物も、だからこそ安く手に入った。
 あの店は洋服の古着に人気があり、和装はそれ程でもない。結果、安くても良ければ、というスタンスになる。まとめて買い取り、なんてことも少なくない。
 さらに売値で場所代、人件費、維持費、手間賃を稼いでいかないといけないので、需要と供給のバランスによっては、買取値の10倍の売値がつくこともザラだ。それでも儲けとしては、ちょこっとプラスになったらいいねー、くらいである。
 結果、価値の高いものほど安く買い取られ、安く売られることになる。
 そういう店・・・・・ではないから、である。
 このバランス感覚はかなりデリケートな部分で、10年続けられる店は優良、とも言える。1年と保たない店も結構あるのだ。

「お絹さんをそんな目に合わせやがってあの爺、今度会ったらタダじゃ済まさねえ」
「もう会わないから心配すんな、大体そのじいさんてのがどこの誰だか分からないし」
「ぐぬぅ……」
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

 ごちゃごちゃやっていると、小梅が反物を手にして、ためつすがめつしている。

「……この、付喪神じゃないよね?」
「え、マジで?」
「……」
「うん、この子には魂が入ってないもん」

 どういうことだ?
 からかさはこの反物のことを“お絹さん”と呼んだ。
 てことはつまり、これも付喪神、てことじゃないのか?

「からかさ、どういうことだ?」
「……」
「よし、小梅、ちょっとこの骨切っちゃって」
「うわぁ待った待った、大人しそうな顔して乱暴な野郎だな!」
「……っていうか。今まで気にしてなかったけど、あんたも声しか出せてないな。人化は出来ないのか?」
「そんな霊格の高え付喪神めったにいねえよっ! てめぇは見たことあるのかよニンゲン!」
「……目の前にいるじゃない。あんたの」
「へ?」

 からかさが小梅を見つめた。気がした。
 小梅はなんとなく目線を感じているのか、ちょっと困った顔でそっぽを向く。

「……なによ」
「……こ」
「こ?」
「こんな完璧に、ニンゲンにしか見えない美人の付喪神がいるかぁっ!!」
「は?」
「付喪神ってのはもっとこう、元の姿の分かるような部分が残ってるもんだろうがっ! あとなんかこう、やっとニンゲンに見えるかなーくらいのツラ構えがデフォ基本だろう!」
「いや知らねえよ、そっちの世界の話は」
「んーと」

 小梅が両方の手首から先を、鋏の刃に変化させる。
 手首を交差すると、そこにはでっかい種子鋏が鈍い光を放っていた。

「こういうこと?」
「うっ……!」
「そっか、あんたは人化出来ないのよね。……ね、怜ちゃん、猩々さんのおふだある?」
「んー……ああ、あの付箋か?」
「そうそう、アレをこの傘に付けてみて」

 仕事場のデスクの引き出しを開け、中から“封”と書かれた封筒を取り出す。さらにその中から赤い付箋を一枚出し、封筒を元のようにしまった。
 小梅のいるリビングに戻り、付箋を傘の柄に付ける。
 一瞬、目の見えなくなるほどの光が放たれ、それが収まったところには、傘に一つ目、柄が一本足になった、わっかりやすいデザインの“からかさオバケ”がボーゼンと立ち尽くしていた。

「おおおおっ!?」
「化けてもうるせえのかよ」
「すっげぇええ! いやお見それしやしたミスター、いずれ高名な陰陽師先生かと存じますが、何卒このチンピラの願いを聞いてやってくださいやし!!」

 手のひら返しが過ぎる。なんだミスターって。
 お前さっきまで俺のことすっとこどっこいとか言ってたじゃねえかよ。
 ……まあいいか。

「で、あんたの願いってのはなんだ? ことによったら手伝ってやるよ」
「へぇ。……実は何を隠そう、あっしはこのお絹さんに惚れておりやして」
「うん、知ってる」
「あたしも知ってる」
「えええっ! さ、さすがは陰陽師先生……」

 いやいやいや。
 それにしても、顔を赤らめるからかさオバケってのもだいぶシュールだな。
 シュールで言えば、存在自体もだけども。

「俺は陰陽師でもなけりゃ、知ってるのはあんたがずっと騒いでるからだ。……んで、惚れてるからなんだって?」
「……へぇ。実は、あっしはこのお絹さんと夫婦になるのが夢なんでヤンス」
「ヤンス」
「ひいては、この慎ましくも物静かなお絹さんの気持ちを知りてえなどと思っている次第でゴンス」
「ゴンス」
「……んーでもさ。この子、さっきも言ったけど、魂入ってないよ?」
「……それが、そうじゃねえんでござんして」

――ほう?
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