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ぬらりひょんの憂鬱
ぬらりひょんの憂鬱 十
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「うちの、もの?」
たまにゃんはポカンとしている。
「は、はい。その昔、それこそ私がちょっと荒れていた時、あなたからお預かりしたものです。……多分、当時色々ちょろまかして荒稼ぎしていた代官宅でいたずらしていた時に持ってきたものだと思いますが」
「義賊かよ」
「流行ってたんですよ、その遊び。鼠小僧なんて人間もいましたしね」
「乗っかるなよ……」
「ん~~……」
言われたたまにゃんは腕組みをして眉を寄せる。
“全然覚えがないし思い出す気もあんまりないけど、一応ていは繕っておくにゃ”といったところだろうか。
「全然覚えがないにゃ」
「そ、そうですか……」
「だから別にいらないにゃ。ぬらっちが必要なら好きに使うにゃ」
「お、意外にいい人」
「あ?」
そんなに睨まなくても。
あと小梅は俺の横からイラッとした空気を出さない。
「そういうことなら、あとはぬらりひょんさん次第、というところですね。どうします? 売買ルートならこちらでご用意できますが」
猩々さんが、だけどね。
そういえばあのおっさん、連絡してこないな。
「寝かせておいても何にもならないですね。……分かりました、ではお任せしたいと思います」
「ぬら爺が初めて意志の強い目を……」
「言ってやるなよ……」
「もういいにゃ? じゃあうちは帰ってハニーとイチャイチャするにゃ」
そういえばたまにゃんのハニーってどんな人なんだろうか。
とりあえず精力オバケという印象を勝手に持ってはいるが。
マンションに戻るたまにゃんの後ろ姿に深々と頭を下げるぬらりひょんを見ながら、俺はぼーっとそんなことを考えていた。
――――
事務所に戻った俺たちは、まず猩々さんに連絡を取った。
『おお、解決しましたか!』
「正確には、解決までの道ができたって感じです。それで、猩々さんにもちょっと手伝って欲しいことがあるので、これから来てもらっていいですか?」
『わっかりましたぁ! これからちょっと打ち合わせの約束があるんで、それが終わったら戻りまーす!!』
電話を切り、お茶を一口。
目の前では、ぬら氏が同じようにお茶を飲みながら、ちょこんと座っていた。
俺の隣では、小梅がお盆を抱えて俺にぴとっとくっ付いている。
「さて、じゃあこれからの動きですが」
「は、はい」
「猩々さんが戻ったら、換金ルートを紹介してもらいます。そこで千両箱を換金してもらって、そのお金でアバター制作を依頼、これはこちらでご紹介します。で、それが出来るまでにネタを用意していく……と」
「あの、それはどれくらいの期間なんでしょうか」
「もちろん今日明日ってわけにはいきません。それに始めるタイミングはご自身で決めていただくのがいいかと思います。何しろ、アバターや機材が揃ったところで、ネタがなければどうしようもないので」
「そ、そうですよね……」
あやかしを紹介するという内容である以上、原稿なんかも用意しないといけない。口達者でやり手の配信者なら一人で続けることも出来るだろうが、ぬら氏では正直不安が残る。
いずれスタッフも必要になるかもしれない。
しょうがない、ちょっと手伝ってやろう。
「うちに来た案件関係なら、ご本人に確認した後、エピソードとして使っていただいても構いませんよ。あやかしなので、コンプライアンス云々も本人さえ良ければ問題ありませんし」
「あ、ありがとうございます。……どれくらいの間隔で配信すればいいんでしょうか」
「たまにゃんが言ってたけど、週に3回くらいがいいよって。でも、ぬら爺一人でなんとかやっていくなら、週一くらいにしないとキツいかもね、編集とかもあるし」
「え、ひ、ひとりですか……?」
「違うんですか?」
「いえ、手伝ってくれるものかと……」
なるほど。
家長扱いされたり、てのはこういう部分もあるんだな。
確かに独特な親しみやすさを感じるあやかしではある。
だが、俺にはそういう“あやかしとしての能力”は通用しないんだ。
「手伝うのはここまでです。あなたがユーチューバーになるための準備として、こちらで出来ることはやりました。あとはあなたが頑張る番ですよ」
「また何か困ったらいつでも協力するから。ぬら爺、せっかく自分からやろうとしてるんだから、人に頼り切ってたらもったいないよ?」
「……」
言われたぬら氏は伏し目がちに考え込んでいたが、やがてゆっくり顔を上げた。
「……そうですね。ここからは自分でやってみます。たまさんにも相談なら乗ってやる、と仰っていただきましたし、頑張ってみようと思います。ありがとうございました、報酬は猩々さんにお渡しいたします」
「応援しています。……ところで、ぬらりひょんさん」
ぬら氏の目が輝き出したところで、俺は気になっていることを聴いてみた。
「千両箱、結局どこにあるんですか?」
「山の中の洞窟に。人の入る場所ではありません」
「と、いうと?」
「表に古びた社がありましてね。あやかし以外では見つけることも出来ないところです」
「ほほう」
なるほど、そういう所もあるだろう。
社ってのは、人間が神を祀るだけのものではない。
人とあやかしの世界を隔てるための結界として作られたものもあるのだ。
「じゃあ、そちらは猩々さんにサポートしてもらおう。小梅、アバター制作してもらえる人探してみてくれるか?」
「はーい」
「あ、あの、それでですね……」
「はい、まだ何か?」
ぬら氏は申し訳なさそうな顔のまま、こんなことを言い出した。
「私、これまであちこちの家を渡り歩いてきたもので、住む場所がなくてですね……」
「……あ」
そうか。
アバター使ってVTuberとして動画を配信するんなら、ネット回線の使える拠点は必要になるな。
「小梅ー」
「あいあい、空いてるよー」
「……と、いうことです」
「は、はい?」
「うちの事務所が入ってるこの建物、アパートなんですよね」
「え、ええ、そうですね。人っ気はありませんが」
「実は俺、元々このアパートの管理を任されてましてね。住人はあやかし限定なんですよね」
「ええっ、そうなんですか!?」
そう。
我が“文河岸お悩み相談所”のあるこのアパートは、俺が管理することになっているのである。
……させられている、が正しいが。
「なので、住む場所をご用意することは出来ます。どうします? 入居なさいますか?」
「は、はい、ぜひ!」
「分かりました。では、そちらの契約に入りましょうか……」
こうしてぬら氏の案件は解決し、我が“あやかし荘”に入居者が増えることになったのだった。
――――
「あ、見た目はぼろっちいですけど防音設備は完璧なので、いつ録画してもらっても大丈夫ですよ」
「あ、そうなんですか?」
「だって、聞かれたくないもん。ね、怜ちゃん」
「……そういうことです」
「な、なるほど……」
たまにゃんはポカンとしている。
「は、はい。その昔、それこそ私がちょっと荒れていた時、あなたからお預かりしたものです。……多分、当時色々ちょろまかして荒稼ぎしていた代官宅でいたずらしていた時に持ってきたものだと思いますが」
「義賊かよ」
「流行ってたんですよ、その遊び。鼠小僧なんて人間もいましたしね」
「乗っかるなよ……」
「ん~~……」
言われたたまにゃんは腕組みをして眉を寄せる。
“全然覚えがないし思い出す気もあんまりないけど、一応ていは繕っておくにゃ”といったところだろうか。
「全然覚えがないにゃ」
「そ、そうですか……」
「だから別にいらないにゃ。ぬらっちが必要なら好きに使うにゃ」
「お、意外にいい人」
「あ?」
そんなに睨まなくても。
あと小梅は俺の横からイラッとした空気を出さない。
「そういうことなら、あとはぬらりひょんさん次第、というところですね。どうします? 売買ルートならこちらでご用意できますが」
猩々さんが、だけどね。
そういえばあのおっさん、連絡してこないな。
「寝かせておいても何にもならないですね。……分かりました、ではお任せしたいと思います」
「ぬら爺が初めて意志の強い目を……」
「言ってやるなよ……」
「もういいにゃ? じゃあうちは帰ってハニーとイチャイチャするにゃ」
そういえばたまにゃんのハニーってどんな人なんだろうか。
とりあえず精力オバケという印象を勝手に持ってはいるが。
マンションに戻るたまにゃんの後ろ姿に深々と頭を下げるぬらりひょんを見ながら、俺はぼーっとそんなことを考えていた。
――――
事務所に戻った俺たちは、まず猩々さんに連絡を取った。
『おお、解決しましたか!』
「正確には、解決までの道ができたって感じです。それで、猩々さんにもちょっと手伝って欲しいことがあるので、これから来てもらっていいですか?」
『わっかりましたぁ! これからちょっと打ち合わせの約束があるんで、それが終わったら戻りまーす!!』
電話を切り、お茶を一口。
目の前では、ぬら氏が同じようにお茶を飲みながら、ちょこんと座っていた。
俺の隣では、小梅がお盆を抱えて俺にぴとっとくっ付いている。
「さて、じゃあこれからの動きですが」
「は、はい」
「猩々さんが戻ったら、換金ルートを紹介してもらいます。そこで千両箱を換金してもらって、そのお金でアバター制作を依頼、これはこちらでご紹介します。で、それが出来るまでにネタを用意していく……と」
「あの、それはどれくらいの期間なんでしょうか」
「もちろん今日明日ってわけにはいきません。それに始めるタイミングはご自身で決めていただくのがいいかと思います。何しろ、アバターや機材が揃ったところで、ネタがなければどうしようもないので」
「そ、そうですよね……」
あやかしを紹介するという内容である以上、原稿なんかも用意しないといけない。口達者でやり手の配信者なら一人で続けることも出来るだろうが、ぬら氏では正直不安が残る。
いずれスタッフも必要になるかもしれない。
しょうがない、ちょっと手伝ってやろう。
「うちに来た案件関係なら、ご本人に確認した後、エピソードとして使っていただいても構いませんよ。あやかしなので、コンプライアンス云々も本人さえ良ければ問題ありませんし」
「あ、ありがとうございます。……どれくらいの間隔で配信すればいいんでしょうか」
「たまにゃんが言ってたけど、週に3回くらいがいいよって。でも、ぬら爺一人でなんとかやっていくなら、週一くらいにしないとキツいかもね、編集とかもあるし」
「え、ひ、ひとりですか……?」
「違うんですか?」
「いえ、手伝ってくれるものかと……」
なるほど。
家長扱いされたり、てのはこういう部分もあるんだな。
確かに独特な親しみやすさを感じるあやかしではある。
だが、俺にはそういう“あやかしとしての能力”は通用しないんだ。
「手伝うのはここまでです。あなたがユーチューバーになるための準備として、こちらで出来ることはやりました。あとはあなたが頑張る番ですよ」
「また何か困ったらいつでも協力するから。ぬら爺、せっかく自分からやろうとしてるんだから、人に頼り切ってたらもったいないよ?」
「……」
言われたぬら氏は伏し目がちに考え込んでいたが、やがてゆっくり顔を上げた。
「……そうですね。ここからは自分でやってみます。たまさんにも相談なら乗ってやる、と仰っていただきましたし、頑張ってみようと思います。ありがとうございました、報酬は猩々さんにお渡しいたします」
「応援しています。……ところで、ぬらりひょんさん」
ぬら氏の目が輝き出したところで、俺は気になっていることを聴いてみた。
「千両箱、結局どこにあるんですか?」
「山の中の洞窟に。人の入る場所ではありません」
「と、いうと?」
「表に古びた社がありましてね。あやかし以外では見つけることも出来ないところです」
「ほほう」
なるほど、そういう所もあるだろう。
社ってのは、人間が神を祀るだけのものではない。
人とあやかしの世界を隔てるための結界として作られたものもあるのだ。
「じゃあ、そちらは猩々さんにサポートしてもらおう。小梅、アバター制作してもらえる人探してみてくれるか?」
「はーい」
「あ、あの、それでですね……」
「はい、まだ何か?」
ぬら氏は申し訳なさそうな顔のまま、こんなことを言い出した。
「私、これまであちこちの家を渡り歩いてきたもので、住む場所がなくてですね……」
「……あ」
そうか。
アバター使ってVTuberとして動画を配信するんなら、ネット回線の使える拠点は必要になるな。
「小梅ー」
「あいあい、空いてるよー」
「……と、いうことです」
「は、はい?」
「うちの事務所が入ってるこの建物、アパートなんですよね」
「え、ええ、そうですね。人っ気はありませんが」
「実は俺、元々このアパートの管理を任されてましてね。住人はあやかし限定なんですよね」
「ええっ、そうなんですか!?」
そう。
我が“文河岸お悩み相談所”のあるこのアパートは、俺が管理することになっているのである。
……させられている、が正しいが。
「なので、住む場所をご用意することは出来ます。どうします? 入居なさいますか?」
「は、はい、ぜひ!」
「分かりました。では、そちらの契約に入りましょうか……」
こうしてぬら氏の案件は解決し、我が“あやかし荘”に入居者が増えることになったのだった。
――――
「あ、見た目はぼろっちいですけど防音設備は完璧なので、いつ録画してもらっても大丈夫ですよ」
「あ、そうなんですか?」
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「な、なるほど……」
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