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ぬらりひょんの憂鬱

ぬらりひょんの憂鬱 五

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 猫又嬢は隣町に住んでいるらしい。
 それなりに距離があるので、車で移動することにした。

――したのだが。

「なんていうか、こう、アレですね」
「どうしました?」
「この車。低いというか、小さいというか」
「まあ、そういう車ですから」
「それに、小梅さんには申し訳ないことを」
「まあ、仕方ありません。二人乗りですから」

 車好きの親父が亡くなった時、引き継いだのがこの車だ。
 ユーノスロードスター。
 もう30年も前の車だが、親父が大事に整備していたおかげか良く走る。
 生前は俺を隣に乗せ、ニコニコしながら蘊蓄を語っていたものだ。
 現在は俺がハンドルを握り、小梅が隣に乗る。
 今日は小梅には種子鋏もとのすがたに戻ってもらい、助手席にはぬら氏を乗せていた。

「それに……」
「なんです?」
「よほど大切にされてたんでしょうね。魂が宿りかけている」
「え、ほんとですか」
「ええ。生まれるのはまだまだ先でしょうが、付喪神になる芽は既にありますな」
「そんなことも分かるんですねえ」

 そういう力も持ってるのか。
 これはウリになるかもしれない。

「ところで、一ついいですか、ぬらりひょんさん」
「え、ええ。なんでしょう?」
「猫又のこと、ご存知なんですか?」
「……ええ。随分前に、何度か。それほど付き合いが深いわけでもありませんが」

 ほんとか?
 さっき、猫又の名を聞いた途端、ぬら氏は彼女を「ババア」と呼んだ。
 猫又の記述は、日本では鎌倉時代に出てくるし、中国なんかでは随の時代までさかのぼる。
 確かに、齢300年程のぬらりひょんからすれば充分ババアではあるが。
 あの時の驚き様からすると、ひょっとしてただならぬ因縁があるのではないかと俺は考えていた。

――――

 猫又が住むというマンションに着いた。だいぶいいとこに住んでるな。
 人の姿になった小梅が連絡を入れると、猫又はすぐに来るとのことだった。

「あああ、もう来ちゃうんですね……」
「そんなに嫌なんだ……」

 ぬら氏はでっかい頭を抱え、なんならちょっと震えている。
 ここまで嫌がるというのはちょっと尋常じゃない。

――これは悪手だったかなぁ……。

 そう思って、やはりやめましょうかと声をかけようとした、その時だった。

「お待たせー、小梅ちゃんひっさしぶりぃ!」

 エントランスから元気よく出てきたのは、小柄なくせにたわわなスタイルの、一言でいって愛くるしい美少女だった。

「たまにゃん、久しぶりー! 相変わらず元気そうだねーっていうかむしろ若返ってるね!?」

 たまにゃん? 猫又この子の名前か?

「ハニーの精気のおかげにゃ! 配信も人気だし、もしかしたら、生まれてから一番ノってる時期かもしれないにゃ!」

 確かに、溢れ出んばかりの生気というか覇気というか、オーラすら見えそうなくらい気力に満ち溢れている感じはするがちょっと待て。

「今なんか不穏な言葉が聞こえたような……精気?」
「うん。たまにゃんみたいな、生き物に憑く系のあやかしは、ほとんどの場合宿主の精気を吸って生きてるの」
「にゃ」
「……猫って家に憑くって言わないか?」
「普通の猫はそうだにゃ。でもたまにゃんは猫又にゃ。猫又っていうのは、人間にいっぱい可愛がられた猫が、100年生きて化けるものにゃ」
「ああ、それは聞いたことあるなぁ、確かに」
「100年も可愛がられてれば人に憑くのも道理ってものにゃ。そんなことも知らないとかもはやお話にならないにゃ」

 おおう、毒っ気強いな。
 この時の俺は多分、半分感心、半分呆れているみたいな顔をしていたんだろう。
 たまにゃんが、俺の顔を見て顔をしかめていた。

「っていうかこの人間……うちの魅了ちからが効いてないにゃ」
「あ、うん。怜ちゃんにはあやかしの力は効かないよ。 ていうかあたしのご主人なんだから、魅了とかしちゃダメなの!」
「あ、そうか、ごめんにゃ。……かといって人間、お前に心を許したわけじゃないにゃ。うちは身も心も、うちのハニーのものにゃ!」
「え、なに、なんも言ってないのに振られたよ?」
「たまにゃん、プライド高いから……」

 ああ、なるほど。
 つまり、自分の能力が効かないからイラついてるわけだ。大人げないな。

「ま、この人間はどーでもいいにゃ。そんな細かいことより……」

 だいぶ失礼なことを言われている気はするがまあいいか。
 それよりさっきからずっと、たまにゃんの目線がぬら氏に張り付いていることが気になる。

「久しぶりだにゃ、ぬらっち」
「……どうも」
「ぬらっち?」
「ぬら氏、ぬら爺に続いて、新たな呼び名……」
「いや私、そのぬら氏っていうのも知らないんですが」
「あ、すいません、俺が心の中で呼んでました」

 諦めたように小さくため息をつくぬら氏に、たまにゃんがニヨニヨと口をゆがめながら近寄っていった。

「ふぅん、しばらく見ないうちに随分と貫禄出てきたにゃあ。相変わらず影は薄そうだけど……」
「あ、はい、おかげさまで……」
「なんか力関係があからさまだな」
「ねー、ちょっと意外」

 基本的にあやかしというのは、古参ほど妖力が強い傾向にはある。だがそれは言ってみれば基礎体力。そこからさらに信仰や恨みつらみや愛情などの感情、長年の絶え間ない自己研鑽などによって総合的な力は大きく変わる。
 でっかいヒョロ助よりちっさいマッチョの方が強いみたいなことだ。
 つまり、この力関係は、年齢差が原因というわけではなさそうだが……。

「もぉ泣き癖は治ったのかにゃあ?」
「い、いつの話をしてるんですかっ」
「だってぇ、いつも誰にも気づいてもらえなくてさみしい、さみしいって泣いてたにゃ。うちの胸に顔を埋めてたにゃ」

 そう言ってたまにゃんはぬら氏の胸をつい、と指でなぞった。
 びくん! とぬら氏の肩がはねる。
 だがそれは快楽とかそういうんじゃなく、ただ怯えているような感じだ。だいぶビビってるな。

「セクハラかな?」
「まあ、嫌がらせではあるんだろうな。セクシャル感は全然ないけど」
「……なんか、いつもからかってくる親戚のお姉さんみたい」

 あ、わかる。たまにいるよねそういう人。
 そんでからかってる時に思わぬ反撃されて、ちょっと乙女っぽい反応しちゃったりしてね。いやそれなんてエロ漫画だよ。
 ていうかたまにゃん、これだけ若々しい見た目とテンションを保ってるってことは、ハニーさん下手するとカッサカサになっちゃってないかしら。

「それでぇ? ぬらっちは、お姉さんにどんな相談があるのかなぁ?」
「あ、そうだった。すっかり忘れてた」
「ちょ、ちょっとぉ!? お願いしますよ文河岸さん!」

 いや、ほんとすいません。
 エントランスでごちゃごちゃやってるのもアレだしということで、俺たちはマンションの隣にある公園に移動することにした。
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