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ぬらりひょんの憂鬱
ぬらりひょんの憂鬱 二
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ぬら氏の斜め上な宣言が出たところで、真夜中の会合はお開きとなった。
それ以上のことを考えるには、俺も小梅も眠すぎた。
ぬら氏には「また明日おいでください」とお引き取り願い、今は寝室の布団で、小梅と共にごろ寝している。
「しかしなぁ……」
「ねぇ……」
動画配信ときたか。
妖怪というのは、幽霊のように「見えない怪異」ではないので、技術的には不可能ではない。
ないが、しかし。
「ぬら氏の特性考えるとなぁ……」
「んー……あ、あった」
「ん? さっきから何探してた?」
「これこれ、みてよ」
俺の横に寝転んで、タブレットをいじっていた小梅が、その画面を俺に見せてきた。
「ライブチャットじゃねえか、しかもR18の」
「そそ。……ね、この子、何か気づかない?」
画面には、いかにも女の子、という部屋のベッドが映っており、その真ん中にはちんまりと、色白の女の子が、半裸に近い格好でニコニコと座っている。
なんてことのない……ん?
一瞬、膝の上に置いたブランケットが動いた気がした。あれはもしや。
「……尻尾? コスプレ系か?」
「頭もよく見て?」
言われるままに頭に注目する。そこにはいわゆる猫耳が付いているが、コスプレなら、特に変わったことじゃない。
――ひょこひょこ動いているのを除けば。
「……これ本物の猫耳か?」
「そ。つまり、この子は猫又なのよ。ほら、尻尾2本」
「ォゥ……」
これは驚いた。
要するに、すでに動画デビューしている妖怪はいるってことだ。
まぁ、だいぶアレな方面の動画サイトではあるが。
「だから、ぬら爺も出来ないことはないと思うのよね」
「うーん……」
まぁね、うん。
技術的には出来るのよ。
出来るんだけどさ。
「でもよ。この猫むすめの場合は、その、なんだ、身体を武器に出来るだろう。あのぬら氏がそんなことしたらおま、R18じゃなくてR18Gになるぞ。グロ動画認定待ったなしだぞ」
「あたりまえじゃん、そんなこと。大体ぬら爺は“ユーチューバー”になりたいんでしょ? あそこ、男でもおっぱいにテープ貼らないと出られないんだよ?」
たしかに。
「……このサイト、小梅なら余裕でいけるんだけどなー」
「……いって欲しいの?」
「んなわけあるか」
ジト目になった小梅の頭を、てっぺんから後頭部にかけてゆっくりと撫でてやる。目をつぶってふんにゃり力を抜く姿を見ながら、俺は続けた。
「まぁ、あのじーさんがやるとなれば、全然別のアプローチをしていかないとな。……とりあえず今日は寝よう、明日また来ることだし」
「うん、そだね。……じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
小梅はそういうと俺の頬にそっと口づけをして、布団の脇にある和机にうずくまる。
ぽうっと青白い光を放った次の瞬間、小梅は元の種子鋏の姿に戻っていた。
付喪神は、大切に使われてきた道具に魂が宿り、人の姿になったあやかしだ。
その意識がなくなれば自然と元の姿に戻る。
以前、同衾したまま寝てしまったことがある。その時は、目を覚ましたら目の前に切れ味鋭い刃が口を開けており、大変怖い思いをした。
それ以来、寝るときは意識のあるうちに、元の姿に戻ってもらうことにしていた。
ともあれ、明日からはぬら氏の件をやっつけないといけない。
猩々にも話を訊かないとな。
そんなことを思いながら、俺は目を閉じて意識を手放した。
――――
翌朝。
台所からコトコト、トントンと小気味良い音が聞こえてきている。
朝食の支度は、小梅の仕事だ。
自身が種子鋏の付喪神だからか、彼女は刃物の扱いが非常に上手い。その気になれば、ドラムロールのようなスピードで野菜を切るなど造作もないのだが、彼女曰く
「朝からそんな音聞きたくないでしょ?」
とのことで、いわゆる朝の平和な風景、といったリズムを刻んでくれている。
全く、よく出来た付喪神だ。
身体を起こし、のびをして布団から出る。寝ている間に乱れた甚平を直しながら、俺は台所に向かった。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「コーヒー淹れる?」
「俺やるわ。小梅も飲むだろ?」
「ん」
「……その前にちょっとしっこ」
「言わなくていいし」
用を足しながら考える。
――ぬら氏が来る前に、猩々さんを呼んでおくか。
彼は、俺をここの所長に仕立て上げた張本人だ。
出会いは偶然だった。
深夜、たまたま車で通りかかった峠道で、たまたま全裸で震える彼を見つけ、車に乗せて山を降りた。
そしたらなぜか、この相談所の所長になってしまったわけなのだが。
わけわかんないよね?
いや、俺も分かんないんだけど。
まあ、あれだ。
こまけえこたぁイインダヨ。
って、死んだじーちゃんも言ってたし。
「怜ちゃん、まだトイレ? もうコーヒー淹れちゃったよー?」
「あっ、わりわり、ちょっと考え事しちまった」
「もー……早くご飯食べようよ」
「はいよーう」
返事をしてダイニングに戻る。
味噌の香りがぷん、と鼻を通り抜ける。
「お、茗荷味噌」
「うん、美味しいよねこれ」
麦多めの麦ご飯にわかめととうふの味噌汁。
それに、茗荷味噌。
名の通り、刻んだ茗荷と味噌を和えただけのシンプルな惣菜だが、これがウマい。
小梅の前の持ち主、俺のばーちゃんが小梅に教え込んだレシピだ。
「いただきます」
「いただきます」
軽く手を合わせ、箸を取る。
味噌汁で唇を濡らし、茗荷味噌を麦飯に乗せたところで、ヤツが来た。
「おっはようございまーす! いやー、朝ですねえ!!」
「……朝が過ぎるよ」
彼の名は猩々。
自称、我が相談所の営業部長である。
それ以上のことを考えるには、俺も小梅も眠すぎた。
ぬら氏には「また明日おいでください」とお引き取り願い、今は寝室の布団で、小梅と共にごろ寝している。
「しかしなぁ……」
「ねぇ……」
動画配信ときたか。
妖怪というのは、幽霊のように「見えない怪異」ではないので、技術的には不可能ではない。
ないが、しかし。
「ぬら氏の特性考えるとなぁ……」
「んー……あ、あった」
「ん? さっきから何探してた?」
「これこれ、みてよ」
俺の横に寝転んで、タブレットをいじっていた小梅が、その画面を俺に見せてきた。
「ライブチャットじゃねえか、しかもR18の」
「そそ。……ね、この子、何か気づかない?」
画面には、いかにも女の子、という部屋のベッドが映っており、その真ん中にはちんまりと、色白の女の子が、半裸に近い格好でニコニコと座っている。
なんてことのない……ん?
一瞬、膝の上に置いたブランケットが動いた気がした。あれはもしや。
「……尻尾? コスプレ系か?」
「頭もよく見て?」
言われるままに頭に注目する。そこにはいわゆる猫耳が付いているが、コスプレなら、特に変わったことじゃない。
――ひょこひょこ動いているのを除けば。
「……これ本物の猫耳か?」
「そ。つまり、この子は猫又なのよ。ほら、尻尾2本」
「ォゥ……」
これは驚いた。
要するに、すでに動画デビューしている妖怪はいるってことだ。
まぁ、だいぶアレな方面の動画サイトではあるが。
「だから、ぬら爺も出来ないことはないと思うのよね」
「うーん……」
まぁね、うん。
技術的には出来るのよ。
出来るんだけどさ。
「でもよ。この猫むすめの場合は、その、なんだ、身体を武器に出来るだろう。あのぬら氏がそんなことしたらおま、R18じゃなくてR18Gになるぞ。グロ動画認定待ったなしだぞ」
「あたりまえじゃん、そんなこと。大体ぬら爺は“ユーチューバー”になりたいんでしょ? あそこ、男でもおっぱいにテープ貼らないと出られないんだよ?」
たしかに。
「……このサイト、小梅なら余裕でいけるんだけどなー」
「……いって欲しいの?」
「んなわけあるか」
ジト目になった小梅の頭を、てっぺんから後頭部にかけてゆっくりと撫でてやる。目をつぶってふんにゃり力を抜く姿を見ながら、俺は続けた。
「まぁ、あのじーさんがやるとなれば、全然別のアプローチをしていかないとな。……とりあえず今日は寝よう、明日また来ることだし」
「うん、そだね。……じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
小梅はそういうと俺の頬にそっと口づけをして、布団の脇にある和机にうずくまる。
ぽうっと青白い光を放った次の瞬間、小梅は元の種子鋏の姿に戻っていた。
付喪神は、大切に使われてきた道具に魂が宿り、人の姿になったあやかしだ。
その意識がなくなれば自然と元の姿に戻る。
以前、同衾したまま寝てしまったことがある。その時は、目を覚ましたら目の前に切れ味鋭い刃が口を開けており、大変怖い思いをした。
それ以来、寝るときは意識のあるうちに、元の姿に戻ってもらうことにしていた。
ともあれ、明日からはぬら氏の件をやっつけないといけない。
猩々にも話を訊かないとな。
そんなことを思いながら、俺は目を閉じて意識を手放した。
――――
翌朝。
台所からコトコト、トントンと小気味良い音が聞こえてきている。
朝食の支度は、小梅の仕事だ。
自身が種子鋏の付喪神だからか、彼女は刃物の扱いが非常に上手い。その気になれば、ドラムロールのようなスピードで野菜を切るなど造作もないのだが、彼女曰く
「朝からそんな音聞きたくないでしょ?」
とのことで、いわゆる朝の平和な風景、といったリズムを刻んでくれている。
全く、よく出来た付喪神だ。
身体を起こし、のびをして布団から出る。寝ている間に乱れた甚平を直しながら、俺は台所に向かった。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「コーヒー淹れる?」
「俺やるわ。小梅も飲むだろ?」
「ん」
「……その前にちょっとしっこ」
「言わなくていいし」
用を足しながら考える。
――ぬら氏が来る前に、猩々さんを呼んでおくか。
彼は、俺をここの所長に仕立て上げた張本人だ。
出会いは偶然だった。
深夜、たまたま車で通りかかった峠道で、たまたま全裸で震える彼を見つけ、車に乗せて山を降りた。
そしたらなぜか、この相談所の所長になってしまったわけなのだが。
わけわかんないよね?
いや、俺も分かんないんだけど。
まあ、あれだ。
こまけえこたぁイインダヨ。
って、死んだじーちゃんも言ってたし。
「怜ちゃん、まだトイレ? もうコーヒー淹れちゃったよー?」
「あっ、わりわり、ちょっと考え事しちまった」
「もー……早くご飯食べようよ」
「はいよーう」
返事をしてダイニングに戻る。
味噌の香りがぷん、と鼻を通り抜ける。
「お、茗荷味噌」
「うん、美味しいよねこれ」
麦多めの麦ご飯にわかめととうふの味噌汁。
それに、茗荷味噌。
名の通り、刻んだ茗荷と味噌を和えただけのシンプルな惣菜だが、これがウマい。
小梅の前の持ち主、俺のばーちゃんが小梅に教え込んだレシピだ。
「いただきます」
「いただきます」
軽く手を合わせ、箸を取る。
味噌汁で唇を濡らし、茗荷味噌を麦飯に乗せたところで、ヤツが来た。
「おっはようございまーす! いやー、朝ですねえ!!」
「……朝が過ぎるよ」
彼の名は猩々。
自称、我が相談所の営業部長である。
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