上 下
2 / 39
ぬらりひょんの憂鬱

ぬらりひょんの憂鬱 二

しおりを挟む
 ぬら氏の斜め上な宣言が出たところで、真夜中の会合はお開きとなった。
 それ以上のことを考えるには、俺も小梅も眠すぎた。
 ぬら氏には「また明日おいでください」とお引き取り願い、今は寝室の布団で、小梅と共にごろ寝している。

「しかしなぁ……」
「ねぇ……」

 動画配信ときたか。
 妖怪というのは、幽霊のように「見えない怪異」ではないので、技術的には不可能ではない。
 ないが、しかし。

「ぬら氏の特性考えるとなぁ……」
「んー……あ、あった」
「ん? さっきから何探してた?」
「これこれ、みてよ」

 俺の横に寝転んで、タブレットをいじっていた小梅が、その画面を俺に見せてきた。

「ライブチャットじゃねえか、しかもR18の」
「そそ。……ね、この子、何か気づかない?」

 画面には、いかにも女の子、という部屋のベッドが映っており、その真ん中にはちんまりと、色白の女の子が、半裸に近い格好でニコニコと座っている。
 なんてことのない……ん?
 一瞬、膝の上に置いたブランケットが動いた気がした。あれはもしや。

「……尻尾? コスプレ系か?」
「頭もよく見て?」

 言われるままに頭に注目する。そこにはいわゆる猫耳が付いているが、コスプレなら、特に変わったことじゃない。
――ひょこひょこ動いているのを除けば。

「……これ本物の猫耳か?」
「そ。つまり、この子は猫又なのよ。ほら、尻尾2本」
「ォゥ……」

 これは驚いた。
 要するに、すでに動画デビューしている妖怪はいるってことだ。
 まぁ、だいぶアレな方面の動画サイトではあるが。

「だから、ぬら爺も出来ないことはないと思うのよね」
「うーん……」

 まぁね、うん。
 技術的には出来るのよ。
 出来るんだけどさ。

「でもよ。この猫むすめの場合は、その、なんだ、身体を武器に出来るだろう。あのぬら氏がそんなことしたらおま、R18じゃなくてR18Gになるぞ。グロ動画認定待ったなしだぞ」
「あたりまえじゃん、そんなこと。大体ぬら爺は“ユーチューバー”になりたいんでしょ? あそこ、男でもおっぱいにテープ貼らないと出られないんだよ?」

 たしかに。

「……このサイト、小梅なら余裕でいけるんだけどなー」
「……いって欲しいの?」
「んなわけあるか」

 ジト目になった小梅の頭を、てっぺんから後頭部にかけてゆっくりと撫でてやる。目をつぶってふんにゃり力を抜く姿を見ながら、俺は続けた。

「まぁ、あのじーさんがやるとなれば、全然別のアプローチをしていかないとな。……とりあえず今日は寝よう、明日また来ることだし」
「うん、そだね。……じゃ、おやすみ」
「おやすみ」

 小梅はそういうと俺の頬にそっと口づけをして、布団の脇にある和机にうずくまる。
 ぽうっと青白い光を放った次の瞬間、小梅は元の種子鋏の姿に戻っていた。

 付喪神は、大切に使われてきた道具に魂が宿り、人の姿になったあやかしだ。
 その意識がなくなれば自然と元の姿に戻る。
 以前、同衾したまま寝てしまったことがある。その時は、目を覚ましたら目の前に切れ味鋭い刃が口を開けており、大変怖い思いをした。
 それ以来、寝るときは意識のあるうちに、元の姿に戻ってもらうことにしていた。

 ともあれ、明日からはぬら氏の件をやっつけないといけない。
 猩々営業部長にも話を訊かないとな。
 そんなことを思いながら、俺は目を閉じて意識を手放した。

――――

 翌朝。
 台所からコトコト、トントンと小気味良い音が聞こえてきている。
 朝食の支度は、小梅の仕事だ。
 自身が種子鋏の付喪神だからか、彼女は刃物の扱いが非常に上手い。その気になれば、ドラムロールのようなスピードで野菜を切るなど造作もないのだが、彼女曰く

「朝からそんな音聞きたくないでしょ?」

 とのことで、いわゆる朝の平和な風景、といったリズムを刻んでくれている。
 全く、よく出来た付喪神ヨメだ。

 身体を起こし、のびをして布団から出る。寝ている間に乱れた甚平じんべいを直しながら、俺は台所に向かった。

「あ、おはよー」
「おはよう」
「コーヒー淹れる?」
「俺やるわ。小梅も飲むだろ?」
「ん」
「……その前にちょっとしっこ」
「言わなくていいし」

 用を足しながら考える。
――ぬら氏が来る前に、猩々さんを呼んでおくか。

 彼は、俺をここの所長に仕立て上げた張本人だ。
 出会いは偶然だった。
 深夜、たまたま車で通りかかった峠道で、たまたま全裸で震える彼を見つけ、車に乗せて山を降りた。
 そしたらなぜか、この相談所の所長になってしまったわけなのだが。

 わけわかんないよね?
 いや、俺も分かんないんだけど。

 まあ、あれだ。
 こまけえこたぁイインダヨ。
 って、死んだじーちゃんも言ってたし。

「怜ちゃん、まだトイレ? もうコーヒー淹れちゃったよー?」
「あっ、わりわり、ちょっと考え事しちまった」
「もー……早くご飯食べようよ」
「はいよーう」

 返事をしてダイニングに戻る。
 味噌の香りがぷん、と鼻を通り抜ける。

「お、茗荷味噌みょうがみそ
「うん、美味しいよねこれ」

 麦多めの麦ご飯にわかめととうふの味噌汁。
 それに、茗荷味噌。
 名の通り、刻んだ茗荷と味噌を和えただけのシンプルな惣菜だが、これがウマい。
 小梅の前の持ち主、俺のばーちゃんが小梅に教え込んだレシピだ。

「いただきます」
「いただきます」

 軽く手を合わせ、箸を取る。
 味噌汁で唇を濡らし、茗荷味噌を麦飯に乗せたところで、ヤツ・・が来た。

「おっはようございまーす! いやー、朝ですねえ!!」
「……朝が過ぎるよ」

 彼の名は猩々しょうじょう
 自称、我が相談所の営業部長である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

どうせクソババアと言われるなら,徹底的にクソババアになってやる・・・

猫山
キャラ文芸
ひまなばばあの徒然日記 88歳独身。彼氏募集中。人に言わせりゃ未亡人ってえやつさ・・・ ババアと呼ばれて早幾年・・・どうせババアと呼ばれるならば・・・  きよこ婆さんのご近所との交流をほのぼのと(???)書いています。はっきり言ってくだらない、でも、ちょっとずつ考える所が・・・・・??? ・・・未来のワタシ・・・過去のワタシ・・・ カテゴリ選択で迷いました。何になるんでしょう?違うと思った方がいらしたら、ご指摘ください。 別のサイトでのお話を書き直しての投稿です。

処理中です...